第1章 魔女の依頼
第1話 依頼
月島と待ち合わせの場所へと向かう。
依頼者との約束の場所は徒歩で数分の近所の公園、事務所の場所がわからないらしくこちらから向かえにいくという形をとったそうだ。
しかし、平日の昼間の公園に若い男女がいるというのは他の人からみてどう見えるのか。
ベンチに腰掛けている三十代半ばの主婦であろう方が砂場で遊んでいる子供達に「近寄っちゃいけませんよ」と注意を促しているようにも見える。
月島は堂々としたもので、そういった視線を気にも留めず公園の空いていたベンチに腰を下ろした。
…………。
電話からすでに三十分くらいは経っただろうか。
最初は立って待っていた俺も木陰に陣取り涼をとる。
月島に至っては子供達と仲良く遊び始めている始末だ。
先ほどの主婦と目が合ったが警戒を緩めたのか軽く会釈をした。
しばらくすると、遊び終えた月島が子供達に別れを告げこちらにやってきた。
「童心に帰ったようだったわ」
「そいつは良かったな、俺には帰るというよりむしろそのままだと思っているんだが」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない、子供のように純心でかわいらしいなんて」
俺の皮肉をものともせず都合のいいように解釈する。
この女どこまでポジティブなのだろう。
額の汗を軽く拭いながら、月島が俺に尋ねる。
「それより、依頼者は来たの?」
「来たら真っ先にお前に知らせているよ。俺は誰が来るかもわからないんだからな」
「そういえばそうね」
俺の横に座り、月島が一息つく。
「もう少し通気性のいい服を着てくれば良かったわ」
体に空気を入れるため、首元をパタパタと開く。
時折見える膨らみに俺は視線を泳がせた。
「ちょ、ちょっと飲み物買ってくるよ」
なんとなく、罰が悪くその場から離れる。
月島は気にしてはいないのだろうが、俺には目の毒だ。
近くの自動販売機で飲み物を買い、月島のいる場所へと戻った。
それにしても遅い、月島に飲み物を渡し待ち合わせ場所を再度確認してみる。
「本当にここで合ってるのか?」
「間違いないわよ。近くの公園はここしかないし、目印だってちゃんと伝えてあるもの」
すでに時刻は夕方、依頼者の電話から二時間程経っていた。
俺たちが話し合っていると一人の女性がやってきて口を開く。
「すいません、おそくなりましたぁ。月島探偵事務所の方ですよね?」
「ホントに待ちくたびれたわよ、映画が一本丸々観れるくらいに」
申し訳なさそうに挨拶する女性に対して月島は言い放った。
確かに、調子よく「今来たところ」とは言えないが、初対面の人にここまで正直に答える人もそうそういないだろう。
「私、水谷 白雪といいます、あの……。依頼の件なのですが」
名は体を現すとはよく言ったもので、雪のように白い肌を黒く長い髪が引き立てている。
こんな綺麗な子が探偵に依頼なんてストーカーの類だろうか?
もしそうなら俺が全力で水谷さんを守ってやるぜ。
かかってこいストーカー、俺が成敗してくれる。
考えを読んだのか月島が冷たい目で俺を見る。
そんなことを気にせず、月島は話を続けた。
「それで依頼の内容だけど、ここだと人目が気になるわね。ちょっと事務所までいいかしら?」
「わかりました」
俺と月島が事務所へ向かおうとすると、水谷さんはまったく逆の方向に進み始めた。
『ちょっとまった!!』
思わず二人でツッコミを入れてしまった。
びくっと驚く水谷さん、振り向いてエへへと頭を撫でながら舌を出している。
「ごめんなさい。私、超が付くほどの方向音痴で。先ほどこちらに来るときもずっと道に迷っていまして」
彼女が迷わないように並んで事務所へと向かう。
雑談を交わしながら彼女の緊張感をほぐしていく。
月島曰く「いきなり初対面の人に悩みを打ち明けてもらえるなんて思ったら大間違いよ。こういうのは友達と同じ、最初はたわいのない雑談から入るのが定石ね」とのことだ。
雑談ついでに方向音痴の事にも触れてみると、その日の体調や精神状態によってバラつきがあるとのことだ。
どんな方向音痴なのだろうか。
「今日は体調が悪かったのですか? あまり無理しないほうが」
「いえ、逆です。体調が悪いときほど早く辿り着けるんです」
余計なお世話だった。
****
事務所に着き椅子へと誘導すると、お茶を入れて軽く挨拶をする。
「改めまして、私がこの事務所をやっております月島 アリスです。そしてそこにいるのは助手の日下部。えっと水谷さん・・・・・・」
「水谷 白雪です。白雪で構いません」と軽く会釈。
「さっそく依頼の内容なのですが、その前に質問してもいいかしら?」
「なんでしょうか」
差し出したお茶を一飲みし、姿勢を整える。
何を質問するのだろう?
必要なことは来る途中にあらかた聞いていたと思うが。
「あなたは何故、私達が探偵をやっているとわかったの?」
どういうことだろうと考え俺は気づいた。
そういえばたしか、会ったときに彼女は「月島探偵事務所の方ですよね?」と断言していた。
こちらと同じ立場なら白雪さんもこちらの容姿まではわからないはずだし、少しは公園で人を捜す素振りをするはずである。
しかし彼女は迷いなく自分達のところへやってきた。まるで友達にでも会うみたいに。
「普通なら私達が探偵業をやっているだなんて思わないわ、せいぜいアベックとかカップルと思うのが関の山でしょうね」
アベックは死語だろう。
しかも両方同じ意味だぞ。
「となると、考えられるのが最初から私達をわかっていた上で話しかけてきたってなるんだけど。誰かに頼まれたのかしら?」
月島の推理に俺は言葉を呑んだ。
普段がだらしないだけに感動を覚えたほどだ。
「そのことを話す前に、私のことについて話さないといけません。依頼にも関係するので」
空気が重くなったような気がした。
これから話すことは他言無用だという表れのように鳥肌が立つ。
「魔女ってご存知でしょうか?」
「魔女っていうと、よくあるとんがり帽子に箒に乗ってケケケって笑うような?」
「はい。まず初めに、私は魔女です。それを踏まえた上で私の話を聞いてください。」
白雪さんはそれから自分の事について話し始めた。
魔法と言えるほど大げさなものではなく、どちらかといえば薬学に長けているということ。
その薬学の知識に呪文を唱えて何かしらの効力を発揮させるのだが、それは一般人にはできないということ。
白雪さんだけでなく世界中に魔女がいて人間社会に馴染んでいるらしい。
しかし、同属で馴れ合うことをあまりせず。
他の魔女がどこにいてどんな容姿をしているのかもわからないそうだ。
最初は魔女なんて言っている彼女を信じてはいなかったのだが、彼女の話が進むにつれ魔女という存在があるということを否定できなくなっていた。
「それで、なんで私達のことがわかっていたわけ?」
「それは占いで。あ、占いは趣味なのですが結構当たるんですよ。月島さん達に任せればうまくいくと出ていまして、現にこうして私が魔女だということを知らされた上で話を聞いてくれているじゃないですか」
たしかに、普通の人なら馬鹿にするか、一蹴するだろう。
仕事がなかっただけという理由もあるのだけど、そのことについては触れないでおいた。
「まぁ、信頼してもらっているようだし。私もここまで聞いた以上、依頼を断るなんて無粋な真似はしないから安心してちょうだい」
月島は自信たっぷりに笑いかける。
緊張が解けたのか水島さんは胸を撫で下ろしありがとうございますと何度も頭を下げた。
魔女といっても一人の女の子だ、自分の事を話すのに相当の勇気がいっただろう。
「それじゃあ本題に入りましょうか、依頼の内容なんだけど」
「はい、実は探して欲しい物がありまして」
てっきり復讐を手伝えとか、他の魔女と戦うなどと予想していた。
「この写真の物なのですが……。古くから我が家に伝わる壷で、この壷に薬品を入れて呪文を唱えると不死になれるという物なのです」
不死なんてそんな簡単になれるわけがないとだろうと言おうとしたが、彼女は魔女なのだ。
薬学に長けているということは不老不死の薬を作っていてもなんら不思議はない。
むしろ欲望としてはありきたりなくらいだ。
現実に作れるにしても作れないにしても、魔女本人がそう言っているのならばそうなのだろう。
「普通の壷ね」
見た目は骨董品を扱っている店に並んでいそうな、何の変哲もないただの壷だ。
これが不死になれる薬を作れる壷だなんて誰も思わないだろう。
「探して欲しいって言ったけど、さすがに見た目が普通の壷を無数の中から探すなんてそんなことできないわ。何か手がかりとかないのかしら? さっき言った占いとかで特定できないの?」
それもそうだ。
たった一つの壷を探すのに何の手がかりもない状態で探していたらいつになるか検討もつかない。
探し物を見つけるには探したい物の情報と場所が最低限必要になってくる。
情報はより詳しく、場所はより狭くしていかなければ探すほうも八方塞がりだ。
「占いは試してみたんですが封印が施されていてよくわかりませんでした。すいません」
「封印っていう事は意図的に隠した可能性があるわね、封印は魔女ではないとできないのかしら?」
「いえ、おまじない程度でできるので誰にでもできます。例えば誰にも見られたくない、見せたくないと思うだけで効力はあるんです」
月島は持っていたペンで手帳を叩きながら、
「うーん、せめてもう少し具体的な場所を知りたいわね。最後に置いてあった場所とかわからないの?」
まるで取り調べをしているみたいだ。
「私も詳しくはわからないんですけど、お母様ならわかるかもしれません」
「なら、あなたの母親に聞いてみたほうがいいわね。どこにいるのかしら?」
「えっと、あまり具体的には言えないんですが……。樹海です」
いかにもな場所だなんて不謹慎なことを考えてしまった。
「樹海なんてまたいかにもな場所に住んでいるわね」
人がせっかくそれなりの理由があるのだろうと思って言わないでおいたのに、こいつの頭には遠慮という文字は無いのか。
「私のお母様は人間が嫌いなんです、何があったのかわかりませんがなるべく人と関わろうとしません」
「なるほどね。とりあえず話を聞くにしても場所が場所だから今日は行けないわね、用意とかもあるし今週の休みで大丈夫かしら?」
わかりましたと頷く白雪さん。
「そうと決まったら今日はここまでね。これしまっておいて」
「はいはい」
のそのそと席を立ち書類を棚にしまう。
軽く伸びをして窓を眺めると、太陽が顔を隠し街は夜の準備を始めていた。
「それにしてもお腹が空いたわね。よかったら白雪ちゃん、ご飯を一緒にいかがかしら? ご馳走するわよ」
帰り支度をしていた白雪さんは手を止めて、少し考えてから「喜んで」と快諾してくれた。
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