第9話 使い魔
帰りの電車の中。
横で疲れ果てていびきを掻いている火本と、黙ったままの白雪さんを他所に俺は屋敷の一件について考えていた。
******
「純血の魔女は希望であり絶望であると言われているわ」
「どういうことだよ」
意味がまったく逆じゃないか。
「使い方次第ってことよ。私たち——この場合は混血の魔女ね、その魔女が薬師と言うのはもうわかっているわよね。今では薬くらいしか作れないけれど、純血の魔女は桁外れなの、無から有を作り出す事だってできるらしいわ」
「らしいって、えらく曖昧なんだな」
「だって、文献でしか読んだことがないもの、見たこともないご先祖様のことなんてわかるわけがないじゃない。言い伝えによると、純血の魔女達は姿を変えたり、物の大きさを変えたりできたみたいよ」
「まるで絵本の魔法使いみたいだな」
昔の絵本などで出てきた魔法使いはカボチャを馬車に変えたり、自身を竜に変えたりしていた。
白雪さんの言ってることが本当ならば、もしかしたら子供の頃に見た絵本なんかは歴史的事実なのかもしれないな。などと考えてしまう。
「でも、その力を使って独裁者や革命家などが世界を牛耳ろうとしたの」
白雪さんの表情が、嫌なことを思い出すように曇っていく。
「最初は世界のためと思ってやっていたのに、自分たちが人を殺す道具を作っていると知った当時の魔女達はそれぞれ姿を隠した。ある者は自決したり、またあるものは人の住んでいない所に移住したり」
「・・・・・・」
まるで自分の事のように。
いや、実際彼女はその被害を受けて人里離れた所に住んでいるのだ。
少なくとも昔の話などと簡単に考えられないだろう。
「散り散りになる前に同じ事を繰り返さないようにと魔女達は自分たちに罰を与えたの。力が無くなる薬を——。でも、力は無くならなかった。薬に残った魔力を維持させるための力が必要だった。その力が今の魔女に残っていて薬師として受け継がれているのよ」
「つまり、月島の力を使えばその力が解放されると?」
「かもしれないわね。前例がないから絶対ではないけれど、それでもお母様はその力に頼ろうとしているのは確かよ」
俺はグッと握りこぶしを作った。
あの時、何もできなかった自分に後悔の念が襲ってくるが。果たして、今の自分に何ができるのだろうか。
わかってはいるが、居ても立ってもいられず俺は部屋を出ようとする。
「どこへ行こうとしているの?」
「月島がどうなるかわからないのに、何もせずになんていられないだろ!」
白雪さんが俺を止める。
冷淡な物言いに俺は思わず声を上げてしまう。
何もできない自分。
何も知らない自分。
心の中が曇天どころか光さえ届かないくらいに真っ暗なモヤモヤに覆われている。
「今のところは大丈夫のはずよ」
「なんでそんなことがわかるんだよ」
「もし月島さんの儀式を行なうとしたら満月の夜だからよ。魔女は仕来りを重んじるわ、それはお母様であってもそう。長年の夢が叶うなら尚のことよ。だから日時はある程度予測がつくの」
「次の満月はいつなんだ?」
「二日後よ、今日はいったん戻って準備したほうがいいわね」
二日後——か。
時間には余裕が生まれたが月島が危険なことには変わりない。
ここで話してても拉致があかないと判断し俺たちは火本と合流しそのまま屋敷を後にした。
*****
月島は自分が魔女だという事を知っているのだろうか。
俺と出会った時にはすでに魔女だったのだろうか。
そうだとしたら、俺はこれからどのような接し方をすればいいのだろう。
今まで通り普通になんて察しのいい月島には通用しない。
それに、俺は嘘が下手すぎる。
その前にどうやって助け出せばいいんだ。
相手は魔女だ、どこにでもいるただの一般人が敵う相手なのか?
「あまり深く悩んでいても何も解決しないわ」
俺の肩にそっと手を置き白雪さんが言う。
「大事なのは今あなたに何ができるかよ。一つずつ解決していけば必ず結果はでるわ。それに、目的が同じなら協力したほうが良いでしょ」
「あぁ、そうだな」
一人より二人、仲間が多いに越したことはない。
白雪さんが耳元に顔を近づける。吐息が耳にかかり一瞬ドキッとしてしまう。
「あなたは私の駒なのだからしっかり働いてもらわないとね」
顔を離し微笑む白雪さん。俺が耳を押さえ顔を赤らめると、さらに小悪魔のような表情を浮かべた。
「あら、月島さんの一大事なのに私にときめいていていいのかしら?」
「うるせぇよ、そんなことより火本はどうするんだ?」
「火本君のことはあなたに任せるわ、彼のこと嫌いじゃないけれどなんとなく苦手なの」
そりゃ初耳だ。火本がこのことを聞いたら、さぞかしショックを受けるだろう。
「わかった、後で相談してみるよ」
とは言っても元々火本は幽霊屋敷の探索でここに来たのだ、できることならこれ以上巻き込みたくはない。
そもそも、何故シャルルは俺たちを屋敷に呼んだのだろうか。
時間稼ぎが目的ならわざわざ姿を現す必要がない。
まるで俺たちのこれからを指示するように言っていたようにも思える。
シャルルの意図が何かわからないが、シャルルについて聞いてみる価値はありそうだ。
「なぁ、使い魔について教えてくれないか」
「あなた私だけじゃなくシャルルさえも許容範囲なの?」
「……違うよ。いいから使い魔について教えてくれ」
俺が白雪さんの答えに真面目に否定すると、揶揄い甲斐が無いと判断したのか、白雪さんは一息ついてから口を開けた。
「使い魔は私たち魔女のパートナーみたいなものね。契約を交わして従わせることができるのだけれど、ペットのような使い魔もいれば分身と呼べる程の使い魔もいたりするの」
「契約ってよく漫画とかである寿命を減らすみたいなもんか?」
「簡単に言うとそんなものね。あなたが言ったのは生きる力、つまりエネルギーを媒体にした生命契約ね。他にも髪や爪などを媒体にする物質契約、感情や感覚を媒体にする精神契約、これ以外にもあるけれど有名なのはここらへんかしら、契約のやり方や懸けるものによって使い魔の力も変わるのだけど」
そういえば、聞いたことがある——。
マクンバやサンテリアなども呪術や厄除けとしてこういった儀式を行っているという。
それは使い魔と契約して呪いを付与したり、自らの身を守ったりしていたということか。
「でも魔女って薬が作れるほどの力しかないんだろ? 悪魔と契約なんてそんなことできるのか?」
「時と場合によるのよ。力にも波があって契約ができる位の力を持てる時期に、ちゃんとした儀式を行えば魔女じゃなくても使い魔と契約することができるわ。あなただってコックリさん位は知ってるでしょ」
「コックリさんは幽霊とか妖怪とかだろ」
「言い方が違うだけよ、悪魔だって妖怪だって妖精だって天使だって言い方一つの問題なだけだわ。とにかく、力が強い状態の時に手順を踏めば契約ができるわけ」
「じゃあ俺でも使い魔と契約ができるのか?」
「普通の人間では魔力が足りなくて精霊に飲まれるでしょうね」
「でも」と付け加えて白雪さんは言った。
「ハロウィンってあるじゃない?」
「あぁ、最近はコスプレ祭りみたいになってるな」
「そのハロウィンよ。新年の始まる前にはこの世とあの世を繋げる門が開くことを古代ケルトのドルイド達——、昔の魔法使いは知っていたの。そこから出てくる悪い妖精から、魔力を持たない普通の人たちを守るために
ドルイド達は民衆に儀式を行ってもらうことにした」
「それがハロウィン?」
「そう、魔力を持たない人でも信仰が多ければ儀式をしても効果はでるわ。おまじないでも効果があるって言ったと思うのだけれど忘れたのかしら?」
——すっかり忘れていた。
まさに、信じる者は救われるみたいな話だ。
「使い魔についてはこんなところかしら」と白雪さんが言う。
「ちなみに、お母様とシャルルの契約は私にもわからないわ。私が生まれる前からいるみたいだし」
となると、その主人を何とかするのがやはり妥当だろう。
「白雪さんのお母さんに弱点はないのか?」
白雪さんはため息をつく、先ほどの一息とは打って変わって呆れた感じだ。
「あなたまるでお母様を倒すみたいに聞こえるのだけれど。これだけははっきり言っておくわ。私はお母様を倒して欲しいのではないの、止めて欲しいのよ」
失言だった。
「月島さんを連れて行かれてショックなのはわかるけど、月島さんならもう少し冷静に判断すると思うわ」
月島なら……か。
「白雪さんは何か良い案はないのか?」
「ないこともないけれど、あまりお勧めできないわね」
「参考までにとりあえず聞かせてくれないか」
少しの意見でも今は聞いておきたい。
「月島さんをいなくしてしまえばいいのよ」
「いなくって殺すってことか、そんなことできるわけないだろ」
「だからお勧めしないって言ったじゃない。あなたが言ったことを使ってあげただけよ」
たしかに、狙いが月島なら月島をいなくしてしまえば白雪さんの母親も狙う意味はなくなる。
だが、そんなことは絶対にしないしさせたくない。
「じゃあ月島の魔女の力を失くしてしまうっていうのはどうだ?」
「残念だけどそれはできないわ、後天性の力じゃないもの。後天的に先天性の力を持っているのよ、前にも言ったけれどそれこそ血をそっくり入れ替えないと無理な話だわ」
八方塞がりか——。
悶々とする頭を掻きながら必死に考えていると、
「あなた、私を責めないのね」
白雪さんが呟いた。
「ん? なんで?」「私のせいで月島さんがこんな目にあっているというのに、しかも依頼の内容も最初と全く違うのにあなたは何も言ってこないじゃない」
「白雪さんを責めても何も変わらないだろ」
巻き込まれちまったもんは仕方ないし、今更あとに引けない状態っていうのも理由だけど——。
「——白雪さんの占いで俺に頼むと上手くいくってなっていたんだろ。占いとかあまり信じるほうじゃないけど、俺は白雪さんを信じることにしたんだ。月島も助けるし、白雪さんも助ける」
「馬鹿ね。シャルルが出てきた時点で上手くいってないって言ったじゃない。それに、占いはあくまで占いよ。信憑性なんてあまりないわ」
そう言うと白雪さんは俯いて「埃だらけの場所に行ったから風邪がぶり返してきたかもしれない」とそのまま黙ってしまった。
彼女の頬が赤らんでいたので、無理をさせないよう俺も口を閉じることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます