第8話 交錯
「遅かったですね、それにお嬢様まで一緒にいるなんて」
「ふん、目的は違っても経過は同じみたいね」
彼女たちの会話の意味はよくわからなかったが、俺は彼女たちよりも部屋の真ん中で気を失っている月島のほうが気掛かりだった。
薄暗い部屋の奥に幽かに光った、二・三人入れる程の大きさの魔方陣らしきものがあり、その魔方陣の中に横たわった月島と共にシャルルがいた。
特に外傷のようなものは見当たらないが、あまり良い状態とは言えない。
「月島がなんでここにいるんだ?」
「なんでって、これが彼女の目的だからよ」
俺が白雪さんに尋ねると、白雪さんはさも当たり前のように答えた。
月島が目的?
「目的ってなんなんだよ、月島が何をしたっていうんだ」
「何もしていないですよ。連れて来るときに少し暴れましたけど」
シャルルは月島を睨みつけながら鼻で笑い、言った。
月島が何もせず、ただ黙って連れて来られるとは思ってはいない。
しかし、月島を標的にする理由があるはずだ。
「あなたはまだわかってないみたいですけど、月島アリスは私の主の目的にとって必要不可欠なのですよ。それに、お嬢様にとっても」
「白雪さんの目的?」
「・・・・・・」
白雪さんは何も言わずシャルルを見ている。
沈黙を目的の口外許可と判断したのか、シャルルが続けて答えた。
「月島アリスは魔女です、しかも純血の」
「魔女って・・・・・・。白雪さんのようなのか?」
「いえ、お嬢様は魔女ですが純血ではありません。正確にはこの世界にいる魔女、魔法使いは皆混血です。月島アリスだけが純血なのですよ」
意味が解らない。
つまり、月島が純血の魔女だからここにいるっていうのか?
「なんで月島がだけが純血の魔女なんだ?」
「私も調べましたが、両親ともに普通の人間でした。純血の理由はわかりませんが、おそらく後天的に純血になったと考えるのが一番妥当でしょう。何故純血だと分かるかについては、お答え致しかねます」
後天的に純血なんてそれこそ馬鹿げた話だ。
血をそっくり入れ替えたみたいじゃないか。
「そんな話信じられるわけないだろ」
「ですからあくまで推測です、私は悪魔ですが全てが解るわけではないので。あ、悪魔とあくまでをかけたわけじゃありませんよ」
こういうところは白雪さんと似ている。
いや、白雪さんが似ているのか。
「それで、純血の月島をどうするつもりなんだ。まさか生贄に捧げるなんて言わないだろうな」
「それはどうでしょうね——。私は、我が主に連れて来いと言われただけですので」
シャルルは「もういいでしょうか」と言うと、月島が寝ている魔法陣に近づく。すると、魔法陣が光を帯び、まるで外部からの干渉を拒むように放射していった。
「それではそろそろ帰らせてもらいますよ、人間の姿は疲れるんです」
行かせてはまずい。
目的がなんであれ月島が必要ならば、それを守らなくてはならない。
月島を危険な目に合わせるわけにはいかない。
「待ってくれ、最後に一つだけいいか」
「なんでしょうか? あまり時間をかけたくないので短めにお願いします」
「なんで火本に依頼したんだ? 最初から月島を狙えば良かったんじゃないのか?」
時間稼ぎとはいえ、俺は気になっていたことを聞いてみた。
そもそも、関係のない火本を巻き添えにする意味がない。
月島が狙いでそれがこんなに容易くできるのなら、火本に依頼する必要がないのではないのか?
「その答えは簡単です。今のあなたと同じだからですよ」
シャルルの手が月島に触れると同時に、まるで煙のように二人が消えていく。
「待て!」
「行ったらダメよ。シャルルの許可なくあの魔方陣の中に入ったら、あなたが消えてしまう」
白雪さんが俺を窘める。
忠告を無視し俺がシャルルの方へ駆けて行こうとするが、突然の大きな音と共に部屋の扉が勢いよく破壊された。
ただでさえ薄暗い中、埃が舞い上がってさらに視界が悪くなる。
「月島さんはしばらく安全なはずよ、今は自分の身を守りなさい」
白雪さんの位置が掴めず声だけが聞こえる。
「守りなさいって、俺の命は大丈夫じゃないのかよ」
「あの娘があなたを襲うことはなかったけれど、状況が変わったわ」
先ほどのシャルルとの会話を思い出す。
「なるほどね、時間稼ぎか」
破壊された扉の向こうで、人影が徐々に姿を現していく。
彼女はすでに魔力を使っていたわけだ。
それは俺に対してではなく火本に対して。
「悪りぃ、なんかお前を倒さなきゃいけない気がするんだ」
火本は軽くそう言うと、俺を目標として捕らえる。
——意識はあるみたいだな。
「白雪さん、どうすりゃ火本は治るんだ?」
「どんな人間でも、どんな友達でも妬みや嫉みはあるものよ。あなたへの嫉妬心を発散させるのが一番でしょうね」
火本が俺にどんな劣等感を持っているっていうんだ。
普通に火本とやりあっても俺に勝ち目などない。
となれば、火本の洗脳を解くのが一番なんだが……。
「とりあえず殴られてみたらどうかしら?」
「簡単に言うなよ。さっきの見たろ、扉を破壊するほどの力で殴られたら命がいくつあっても足りないぜ」
おそらく、魔力か何かでドーピングみたいな状態になっているのだろう。火本の力は明らかに人間離れしていた。
話している間もジリジリと距離を近づけてくる。
金髪の大男に迫られて、思わずたじろいでしまう。
「大丈夫だ、手加減してやるよ、っと」
火本の拳が俺を目掛けて飛んでくる。
紙一重でかわすが拳が地面に触れた瞬間、床が凹み小さなクレーターができていた。
「これで加減かよ、ずいぶん気前がいいことだな」
埃が舞い散る中、何とか体勢を立て直し火本と距離を取る。
悠長に言ってはいるが、まともに食らったらひとたまりもない。
「俺はいつも正義のヒーローに憧れてたからな、そのための努力はしてきたつもりだ」
「その結果が魔力で操られているとはいえ、らしからぬことをしているってわかんないのか?」
「わかっているさ、だが——」
火本も思うところがあるのか、息を吐きその場に立ち止まった。
「だが?」
「——お前ともやりあってみたい!」
火本が拳に力を籠め、俺に向けて微笑んだ。
本当に手加減していたのだろう、今までとは比べものにならないほどの緊張が伝わる。
「避けるなら避けられなくするまでよ」
力の籠った一撃は、俺ではなく壁に向けて放たれた。
「っく!!」
そのまま火本は壁を破壊すると砕けた壁のつぶてが俺を襲う。
慌ててガードをするが、無数の弾丸が貫くような衝撃が響く。
「どうした。反撃しないと一方的にやられるだけだぞ」
「そんな挑発に安々と乗るわけがないだろ」
相手が火本じゃこっちは手が出せない。
それを見かねた白雪さんはため息をついて口を開けた。
「まったく、あなたもつくづくお人好しね。自分が襲われているのに、その加害者のことを心配するなんて。馬鹿としか言い様がないわ」
「そんな事言ったって、親友を殴れるわけないじゃないか。子供の頃からずっと俺はこいつのことを見てきたんだ、こいつを殴る理由が俺にはない」
幼い頃にも火本とは何度か喧嘩をしたことはあるが、喧嘩というよりはじゃれあった感じだ。
その時も、俺は火本に手を上げたことなどは無い。
暴力で分かり合うというのが、俺にはどうしても理解できないからだ。
「だそうよ、残念だったわね。火本君」
白雪さんがそう言うと、火本は攻撃をやめ軽く伸びをする。
「やっぱダメだったか、一遍こいつとマジなケンカしてみたかったんだけどな」
「え?」
まったく状況についていけない俺をよそに、火本と白雪さんは自分にかかった埃を払い始めた。
「お前には申し訳ないことをしたと思ってるけどよ、俺は操られてなんかいないんだよ」
と火本はポケットから手紙らしきものを取り出した。
「火本君には一芝居打ってもらったの、シャルルに操られているようにね。ハンカチで嗅がせたのはシャルルの魔力を打ち消す薬よ」
「んで、お前がきっと月島のことで無茶するだろうからそれを止めて欲しいってな。最初はわけがわかんなかったけどよ、白雪ちゃんの頼みならまぁいいかなって」
「・・・・・・」
「それより、詳しく説明してくれよ。あのシャルルって娘が悪魔で月島と白雪ちゃんが魔女ってことはわかったけどよ」
「その前にちょっといいか」
俺は白雪さんを連れて、火本から離れた場所で聞こえないように尋ねた。
「魔女ってことは秘密にしなきゃいけないんじゃなかったのか?」
「別に、魔女ってことは知られても平気なのよ。そうじゃなきゃ月島さんの前で言えるわけないじゃない」
「じゃあ性格の事はどうなんだ? 俺以外の他人にバレたらいけないとか言ってなかったか?」
「あのねぇ、それも占いで上手くいくと出ていただけで、別に強制的なものでも何でもないのよ。そもそもシャルルが手を出している時点で、上手くいく可能性はほとんどなかったわ」
シャルルの名前が出てきた時点で、白雪さんは火本を巻き込むことを決めていたのか。
たぶん、屋敷を探索している時にでも話し合っていたのだろう。
白雪さんは火本へ向き直りお辞儀をすると。
「火本君を巻き込んでしまって、本当に申し訳ない事をしたと思っているわ」
「んや、俺は別に巻き込まれたとも迷惑だとも思ってはいないさ。白雪ちゃんの請負人であるこいつが困っていたら助ける、それが親友だろ」
そう言われるとなんとなく歯がゆいが。
あの場面で火本が俺を止めてくれなかったら、きっと俺はここまで冷静に白雪さんの話を聞けなかっただろう。
白雪さんはここまで見越していたのか……。
「それで、白雪さん。月島はどこへ連れてかれたんだ?」
「おそらく、私の実家でしょうね」
そういえば、目的は違うが経過が同じとシャルルが言っていた。
経過が同じということは、月島を白雪さんの実家に連れて行く事が二人という事なのだろう。
白雪さんの実家は確か樹海の中、ここからはかなり離れている。
「——なぁ、月島が狙われる理由はなんだ? 純血の魔女ってなんなんだよ」
白雪さんは黙る。
「俺は先に外で待ってることにするわ」
火本が何かを察したのか部屋から出ていく。
そして火本がいなくなったのを確認してから、白雪さんは口を開けた。
「純血の魔女は希望であり絶望であると言われているわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます