第7話 お化け屋敷

 三日目。


 昨日と同じく、朝から事務所へとやってきた火本に叩き起こされ、気持ちのいい朝とはとても言えなかった。

 しかし、昨日に続き火本が豪勢な朝食を用意してくれていたので、そこには目を瞑ることにした。


 俺が火本と今日の予定について話し合っていると、つい先ほど起きたのか白雪さんがやってきた。


「おはよう——ございます」


 だらしなく大口を開けてあくびをしていた白雪さんは、火本を見つけると即座ににっこりと笑顔で挨拶をした。

 さすが白雪さんだ、一瞬で猫を被りやがった。


「火本さんですね、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、白雪ちゃんみたいなかわいい子と仕事ができるなんて男冥利に尽きるってもんですよ」

「ふふ、お上手なんですね」


 自己紹介も早々に白雪さんは着替えに戻り、部屋には俺と火本だけが残った。


「白雪ちゃんっていい子だな、あんな子と少しでも同じ屋根の下で暮らすなんてうらやましいよ」


 知らぬが仏とはまさにこのことだ。

 彼女の本性を知ったら、火本の羨望は絶望に変わるだろう。


「顔がいいのは認めるけどな」

「なんだよ、素直じゃないな。お前は月島にぞっこんだもんな、白雪ちゃんには構ってられないってか? なんでお前ばっかりモテるんだよ、まったく不公平もいいとこだぜ」

「不公平はお互い様だ、俺にとってはお前のほうがよっぽど羨ましいよ。俺に無いところをたくさん持ってて。俺はモテてるという自覚も実感もないんだからそれはモテてないと同じことだろ」


 あと、月島はそういうのじゃない。


「いいか日下部、モテる奴は人を集めるんだ、黙っていても、何をしてても隣に誰かいるってことはそういう要素があるんだよ」


 そんなことを言われても、まったく実感の無い話だ。


「お前の容姿とかじゃなく、それこそお前に惹かれているんだよ。磁石みたいにな」

「そうだったらいいんだけどな」


 これ以上は何も言わないでおく。

 俺はただの探偵助手だ、魔女でもないし、火本みたいに正義の味方でもない。

 しばらく沈黙が続いたが、着替えを終えた白雪さんによってその沈黙もかき消された。


「お待たせしました」


 支度を整えやってきた白雪さんの服装はとてもラフなもので、デニムのパンツにTシャツなだけなのだが、それでも彼女の見目麗しい姿は俺と火本の視線を奪った。


「動きやすい服装でと言われたのでこんな格好ですが」

「いやいや、すごく美しいですよ。素材がいいと何を着ても絵になるものです」


 火本が調子よく話すと、両手を頬に当てて恥ずかしがる白雪さん。


「それで、今日のことなんだけど」


 褒め殺しと総受身の二人の間に割って入り俺は話しを切り出した。


「今日は幽霊屋敷で何をするんだ?」

「何もしないよ、行って見てくるのさ。探索というほど探りもせず。捜査というほど確かめもしない。見に行くんだよ」

「それじゃ俺たちが行く必要無いじゃないか」

「白雪ちゃんは後付けだとしても、行くといったのはお前じゃないか。でもまぁ、俺一人だと何も起きないと思うけどね」


 それに、と付け加えて。


「シャルルちゃんの興味はどうやらお前にあるみたいだしな」

「はぁ? なんで俺なんかが女子高生の興味を引くんだよ」


 たった一回、数時間しか会ったことのないような奴に興味を抱く理由なんて、俺には皆目見当もつかなかった。


「だってシャルルちゃん、俺と話をしているときもお前のこと見ていたぜ」

「見てたって、サングラスに帽子だってかぶってたんだから視線までわからないだろ」

「言い方が悪かったな。意識していたって言ったほうがいいのかな。そのくらいなら仕草とかで読み取れるさ」


 だからって、それが俺に対して意識しているとは限らないだろう。

 それに質問などは全部火本がやっていたし、俺とあの子は一言も交わしてない。


「あ、あの。すいません、口を挟むようで悪いのですが。シャルルさんとは誰なのでしょうか?」


 白雪さんの疑問は仕方がないとはいえ、彼女に黙って手伝ってもらってもいいものだろうか?

 依頼者の秘密を厳守するのであれば言うべきではないのだけれど、もとより白雪さんには幽霊屋敷へ行くということが手伝いなので、このまま話さずにいてもいい気がするが……。


「あぁ、俺の依頼者だよ、シャルルって仮名なんだけどね。なんでも幽霊屋敷で不思議なことがあったらしいんだ。俺たちはそのことで幽霊屋敷に行ってみようってことになったんだけど」


 言うのかよ!

 プライバシーも何もあったものじゃない。

 俺が目で火本に威嚇すると、小声で火本が言った。


「大丈夫だよ、最低限のところしか言わないから。それに白雪ちゃんが黙っててくれれば済む問題だ」


 首を傾げる白雪さん。

 火本は少し頭を悩ませてから。


「あー、なんて言うか。ここからは俺の憶測なんだけど。そのシャルルちゃん、上から何か圧力を掛けられているみたいなんだ。だから彼女の説明はあやふやなものでモザイクがかかったようになっているのさ」


 上から圧力?

 シャルルさんを苛めている人達のことだろうか?


「それで俺たちは幽霊屋敷に現場検証みたいなことをするんだ。だってわからないんだからね、シャルルちゃんが何をしたいのかも、何をして欲しいのかも」

「……わかりました。ありがとうございます」


 白雪さんは少し訝しげな表情をしたが、すぐにそれをやめた。


「んで、どこまで話したっけ?」

「お前の依頼者が俺のことを意識しているってとこだよ」

「え? 何? お前にしては珍しく自意識過剰なんじゃないか?」

「お前が言わせたんだろ!」


 こいつ、わざと俺に聞いてきたな。


「ははは、冗談、冗談。まぁそれは幽霊屋敷で何かあればわかることだ」


 何もなければそれは火本の勘違いで終わるのだが。

 月島同様、火本の勘は当たりやすい。

 何もないと言い切れない以上、用心をするに越したことはないだろう。

 火本は時計を確認すると席を立ち。


「それじゃあ、肝試しに行くとしますか」と言った。



*****



 幽霊屋敷は電車で数駅先の徒歩でしばらく歩いた場所にあった。

 周りに家はなく、生垣と呼ぶよりは壁と言ったほうが良いくらいに高い垣根に囲まれて、隙間から見える純和風の二階建ての家は、幽霊屋敷と称されるに無理もないほどの廃墟と化している。


 俺たち三人は入口へと向かうが、中に通じる立派な門扉には錠が掛かっていて、立ち入り禁止と張り紙がしてあった。

 仕方なしにと周囲を探索してると、一人ずつなら入れそうなスペースを見つけ、火本が先に様子を見に行く。

 肝試しとしてのスポットとして有名なのか、他の場所とは違い人が入った形跡があちこちに見受けられた。 


 火本の合図で俺たちは順番に中へと入っていく。

 庭へと出ると、外から見るよりおどろおどろしいその雰囲気に俺はわなないた。


「これは見事にそれっぽいねぇ」


 暢気にそんなことを口走る火本はずんずんと庭を進む。

 その後ろを白雪さん、そして俺がついていく。


「そういえば火本。お前、お化けが怖いとか言ってなかったか?」


 歩きながら火本に話かけた。


「ん? 怖いよ。それに好きじゃない」

「だったらなんで、そんなに平気そうに進めるんだ?」

「俺が怖いのは見えないものさ。はっきりとしないものほど怖いものはないよ」

「今の状況を聞いているんだ、お前もそれっぽいってはっきり言ってたじゃないか」

「それは、見たままじゃないか。幽霊屋敷みたいだからそう言ったのさ。俺は自分の目で見たり、感じたりしないと信じないことにしているんでね。幽霊の存在は怖いけれど、こういう状況は別になんとも思わないさ」


 白雪さんも特に怖がっている様子はない。

 怖がってはいないが、怖がっている振りをしているといった感じだ。

 まぁ、白雪さんは実家が樹海にあるらしいしこのくらいは平気ってことか。

 玄関の前で火本が止まり、用意していた懐中電灯を点ける。


「お邪魔しまーす」


 列の最後にいた俺が敷居を跨ぎ終えた瞬間。


 ガラガラガラ!


 開いていた扉が手も触れずに勢いよく閉まった。

 顔を見合わせる俺たち。


「こいつは、洒落にならないな」


 やれやれというように火本は言った。

 口調は相変わらず落ち着いている。


「ダメだ、全然開かない」


 扉を開けようとするがびくともしない。

「仕方がない」と火本が奥へと足を動かし始める。


 古びてはいるものの中は意外と綺麗な様子で、俺たちよりも前に肝試しでもしてた奴らが書き残していった悪戯書きなどがあるくらいだった。

 居間、客間、台所、お風呂、トイレなど一通り調べ終えて俺たちはある異変に気がついた。


「なぁ、思ったことを言っていいか?」

「やめとこうぜ。できれば俺も気にしないようにしていたんだ」


 火本も俺と同じことに気がついたのか尋ねてきた。


「この家、階段はどこにあるんだ?」


 しばらく歩いてから気付いてはいたのだが、外観で言うとこの家は二階建てのはずである。

 多少の段差はあったのだが、あの高い壁のような垣根の外からでも見える二階。

 そこへと続く階段が見あたらなかった。

 まるで何かを隠しているように。

 まるで何かから守るように。

 目標を階段にし、一部屋一部屋注意深く調べていく。


「ねぇ、これって勝手口じゃないかしら」


 台所で白雪さんが発見した勝手口らしき扉は板が張られていて、一目見ただけではそれが扉であるとはわからなくなっていた。


「よいしょっと」


 俺と火本で板を外し引き戸を開ける。

 増築したのか和風の家に似つかわしくない通路があり、外へ続く扉と、そして階段とに道が分かれていた。


「引き返すなら今のうちだぞ」


 火本が急にそんなことを言い出した。


「ここまで来て引き下がれるわけないじゃないか」


 そう答えると。


「お前じゃない、白雪ちゃんだ。ここまで怖い思いをしながら一緒に来てくれたけど、さすがにこれ以上迷惑は掛けられない」


 怖がってはいないんだけどな。

 白雪さんを外へ出そうと扉へ手をかける火本。

 すると、突然火本が倒れ寝息を立て始めた。


「何をしたんだ?」


 俺は彼女に聞いた。

 先ほどまで火本がいた場所に白雪さんが手にハンカチを持って立っている。


「別に、邪魔だったから寝かせただけよ」

「邪魔だったって、なんで?」


 ハンカチをしまい、彼女は火本の体を壁に凭せ掛けさせる。


「なんでって、そのシャルルって人の狙いがあなたなら、関係のない火本君を危険に合わせるわけにいかないじゃない」


 先ほどの火本みたいなことを白雪さんは言うと。


「シャルルって名前を聞いたときからわかってたんだけど、火本君に魔女のこと教えるわけにもいかないし、あなたに説明する暇がなくてこうするしかなかったのよ」

「知り合いなのか?」

「一応・・・・・・ね。あまり良い知り合いとは言えないけれど」

「シャルルって子は何者なんだ? お前みたいな魔女なのか?」


 白雪さんは鼻で笑う。


「魔女? 魔女は同属嫌悪をするものと説明したと思うけれど?」

「じゃあいったいなんなんだよ、もったいぶらずに教えてくれ」

「あなたが説明する前に聞いてくるんでしょ? それが聞く人の態度なのかしら」


 言葉尻に難癖ばかりつける白雪さん。

 ただでさえあまり長居をしたくない場所なのに、こんな所で油を売っているわけにはいかない。


「わかった、悪かったよ、シャルルとは何者ですか?」


 ここは俺が折れて本題へと話を戻した。


「彼女はお母様の使い魔よ、正確には猫の悪魔ね。彼女の目的は大体察しがつくのだけれど、まさかお母様がこんなに早く手を打つとは思っていなかったわ」

「目的ってなんだ?」

「それは彼女から聞きなさい」と階段を見上げる。


 振り返り白雪さんの視線の先を見ると。

 暗い階段の先に赤い瞳が輝き、俺と白雪さんをじっと見つめていた。


 猫の鳴き声が響く。

 それはまるで警告のように俺たちに向けての敵意をむき出しにしている。

 彼女は二階へと手招きすると姿を奥へと潜めた。

 白雪さんへと顔を向けると。


「大丈夫よ、目的はあなたの命ではないから」


 白雪さんはそう言って階段を上り始める。


「彼女はあくまでも使い魔だから、命令もなしに人を殺めたりはしないわ」


 その命令が俺の命ではないということか。


「面白くないかしら?」

「俺の命にそんな価値があるとは思っていないから、なんとも思ってないさ」

「あなたの命に価値がないことはわかりきっていることだけど、そんなこと今はどうでもいいのよ」


 俺の命はやはりそんなもののようだ。


「私が言いたいのはあなたがつっこむべきところでつっこまないことよ」


 こちらを向いて俺を指差す。

 それこそ今はどうでもいいことじゃないのか?


「白雪さんの期待に答えられなくて恐縮だけど、俺にはそれほど面白いとは思えなかったんだ」


 それに駄洒落につっこむなんて難しいことはできない。


「あなたが面白くなくても私がボケたのだから、笑い転げて死ぬか、つっこみ転げて死ぬかしなさい」

「つっこみ転げるってなんだよ。ボケのタイミングも悪すぎだったじゃないか」

「それなら死になさい」


 結局それが言いたいだけかよ。

 階段を上がり終え辺りを見回すと、骨董品がずらりと並んだ中に扉が一つだけある。

 どうやらそこにシャルルがいるみたいだ。


「無事でいたいのならあの子の目を見ないようにしなさい」


 扉に入る前に白雪さんが注意する。


「目?」

「そう、彼女の赤い瞳には理由があるのよ。使い魔であるという契約と同時に彼女の魔力を片目に封じているの。だからもし、彼女が力を使うなら視線に注意すべきでしょうね。目さえ合わせなければ何もされることはないわ」


 なるほど、火本と喫茶店で話していた時の違和感はそれか。

 悪魔の彼女から人間の雰囲気がしないのは当たり前だ。


「それじゃあ、入るわよ」


 警戒しながら扉を開け中へと入る。

 俺は目の前の光景に絶句した。


 そこにはここにいるはずのない月島の姿があったからだ。

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