第5話 オッドアイの少女
何の変哲もない駅前。
普段電車を使う機会がないので、俺にはあまり縁のあるところではないが、それでもここだけは昔から何一つ変わらずにいる。
昔といっても俺が高校時代の話だが。
「そういえばどんな娘がくるんだ?」
先ほどまで話していたのは依頼の内容だが、これから会う人物の外見的特長は何も知らない。
「どんな娘だろうな、可愛い子ならいいな」
表情が緩む火本に冷たい視線を送る。
こいつの頭の中はきっと、花が咲き乱れているに違いない。
「連絡先とか知らないのか?」
「ちょっと待っててくれ」
携帯を取り出し電話を掛け始める火本。
「使われてないってさ」
こいつ、ひょっとしてアホなんじゃないか?
花畑から焼畑に変わった火本の脳内に俺が止めを刺す。
「馬鹿馬鹿しい、騙されたんだよ。俺だって忙しいんだ、悪いけど帰らせてもらうぜ」
「まぁまぁ、ちょっと待てって。まだ来たばかりじゃないか、ちゃんとこっちの特徴も言ってあるし。それに俺には考えだってある」
「どんな考えだよ?」
俺の質問に「まぁ見てなって」と言って火本は広場へ向かった。
「おーい!!!!」
火本が声を上げる。
見事にほとんどの人が火本へと顔を向ける。
一瞬時間が止まったようになったが、しばらくすると何もなかったように動き出す。
俺は一瞬呆気に取られたが、すぐに他人の振りをして視線を外した。
なるほど、自分と関わりのある人なら多少なりともなんらかのリアクションを起こす。
少なくともそのまま何もなかったように歩き出したりする可能性は低い。
こいつもなんだかんだで考えて行動してるんだな。
だが、普通はそんなこと思いついても恥ずかしくて誰もやらないぞ。
それから絞られた数人に声をかけて戻ってくる火本。
「全滅でした」
やっぱり馬鹿だこいつ。
恥辱覚悟で人探ししたのに恥ずかしさしか残ってない。
しかも、周りの人からの視線が俺にも向いている。
なんてこった、俺にまで被害が及んでいるじゃないか。
「まぁいっか、もうちょっと待とうぜ」
恥ずかしさもリセットしやがった。
むしろ最初から恥ずかしさなんて感じていないようである。
結局残ったのは俺の羞恥心だけだった。
「あ、あの……」
ふと、俺の背後から声を掛けられる。
振り返るとそこには、赤い帽子を深くかぶりサングラスをかけた女子高生がいた。
制服にサングラスって不審者にしか見えない。
「なんでしょうか?」
当たり前のことだが、俺に女子高生の知り合いは居ない。
この状況で話しかけてくる人なんて火本の依頼者くらいなのだが、それでも俺は聞いてみた。
「火本さんでしょうか?」
この子は俺のことをどう見えているのだろう。
髪の色、体格、まったくといって俺と火本に共通点はない。
あるとすれば今までの人生とかだが、それが彼女にわかるわけがない。
「あーごめん、火本は俺だ」
横やりを入れる火本に彼女は不思議そうに首をかしげる。
「お化けのメールをしてくれた子かな?」
「は、はい、そうです」
火本の言葉にビクリとする彼女。
俯いたままなので表情までは読めないが、内気なのであろうか、肩を竦めている。
「じゃあここで立ち話ってわけにもいかないし、近くの喫茶店で話をいいかな?」
「わかりました」
彼女についてきてもらう形をとり、俺は火本に話しかけた。
「どういうことだ? なんで俺とお前を間違えたんだ?」
火本は片手を前に出し「悪い」と謝ると。
「俺の特徴じゃなく、お前の特徴を話してあったんだよ。俺って第一印象良いほうじゃないし、お前のほうがそういうのはぴったりだろ?」
確かに、金髪で背も高めの男が待ち合わせに居たら声をかけづらいのはわかるが。
そういうことは早めに言ってほしい。
「だからお前には絶対に来てもらわないといけなかったんだ。さっき言ったことも含めてな。敵を騙すにはまず味方からって言うじゃないか」
まず敵がいないし、騙す必要もない。
それに今更そのことについて注意しても終わったことだ。
話すべきを話さずなこいつは反省をしないだろう。
目的地へと到着し、中へ入る。
道中、彼女の様子を窺ってみたが、目深にかぶった赤い帽子とサングラスに隠されて、どんな面持ちをしているのかまでは結局わからなかった。
*****
「それじゃあ詳しく聞かせてもらおうか」
先に頼んでいたコーヒーと紅茶が卓上に置かれて火本が話し始めた。
「まずは、そうだな。名前はメールに書かれていたシャルルってことでいいかな?」
「はい、構いません」
仮名すら俺は聞いていない。
「じゃあ自己紹介からしないとな、俺は火本。んで、こいつが日下部。悪いと思ったけど最初は日下部の特徴を君に教えていた。君の警戒心を解くためさ、そこは許してほしい」
俺が軽く会釈すると彼女もつられて会釈する。
「とりあえず顔を見せてもらってもいいかな? 失礼だと思うけど君は俺に依頼をしに来たんだ。それが人に物を頼む姿勢ではないよね」
なんで上から目線なんだよ。
まぁ、言い方は悪いけれども火本の言い分も最もだ。
相手が年下だからというわけではないだろうが、火本は意外と礼儀に厳しい。
「少しだけでいいでしょうか?」
「どういうことかな?」
「自分の顔にコンプレックスがあるので、あまり人に見られたくないんです」
「わかった。少しだけでかまわないし、無理強いもするつもりはないよ。誰でもコンプレックスっていうのはあるものだからね」
まるで自分のことを言うように火本は言った。
そして彼女の顔が明らかになると俺は息を呑んだ。
「片目だけ違う色をしているんだね。もういいよ、ありがとう」
言われて彼女はまた帽子とサングラスで顔を隠す。
——オッドアイ。
聞いたことはあるが、実際に目の当たりにしたのは初めてだ。
彼女はそのとおり片目だけ赤い目をしていた。
しかし、それ以外は他の人となんら変わりがない。
それ故に赤い目が非常に際立つものになっていてコンプレックスを感じているのだろう。
「あまり驚かれないんですね」
自分の顔のことに簡単に触れる火本に対して、彼女はそう言った。
「いや、驚いているさ。でもそれだけだ。別に気になることじゃない」
たしかに、依頼に関して言えば関係があるとは思えない。
顔を確認しようとした火本に対しても言えることだが、俺は黙っていた。
「依頼のことなんだけど、君は俺にどうして欲しいのかな?」
答えを待たずに火本は続けた。
「行方不明になった友達は戻ってきてるし、君も被害を受けていない。それでいいじゃないか、俺に依頼する理由がわからないんだよ。そこを詳しく教えてもらいたくてこの場を設けさせてもらったんだけど」
「被害は……あります」
「どういった被害なのかな?」
「それは言えません」
言えない。
つまりそれは言うなと言われているのか?
その後の質問に対しても「言えない」や「すいません」といった返事が多く、依頼に対しての進展は見受けられなかった。
それでも火本は深く聞こうとはせずに、彼女の話に合わせるようにただ頷き質問する。
何かわかったことがあるのだろうか?
その問答がいくつかされた後、火本が切り出した。
「なるほどなるほど。今日はここまでのほうがよさそうだね。明日にでも幽霊屋敷へ足を運ぼうと思うんだけど、場所を教えてくれるかな?」
差し出した手帳にペンを走らせる彼女。
そのまま会計を終えて、俺たちは席を立つ。
彼女を出会った場所まで送り、駅へと向かう後姿を見届けたあと、俺たちは事務所へ戻るために歩き出した。
「頷いていたけど。何かわかったのか?」
帰り際に火本に聞いてみた。
俺が巻き添えを食っただけにしても、何もわからないまま終われるほど俺も安くはない。
「わからないさ、だってあの子は何も言ってないんだからな」
「はぁ? でもお前はなるほどとかわかったようなことを言ってたじゃないか」
「おおよその見当はついたけど、確証はないって感じかな」
「憶測で判断するにも材料が少なすぎないか?」
「それは確かにそうなんだけど、なんていうのかな――」
火本は頭を掻き、一息つく。
「たぶん、あくまで憶測だけどさ、あの子苛めにでもあっているんじゃないのかな?」
火本は昔いじめられていたことがあった。
他の人と外見が違うというだけで疎外されたり嫌味なことを言われたりしていた。
だからこそ火本には、あの子の気持ちがわかったのだろうか。
オッドアイという他の人とは違う特徴をコンプレックスとして持っているあの子に。
「でも、もし仮に苛めだったとして。俺たちには何もできないじゃないか」
苛めを力で解決しようとすると、大概事態は悪化する。
「だから明日幽霊屋敷に行くのさ。彼女が来るかどうかはわからないがな」
「彼女が幽霊屋敷に来れば解決できるのか?」
「場所は教えてくれたんだ、あとは第三者の俺たちがそこで起きたことを学校に言えばいい。あの子は俺たちに幽霊屋敷を見せたがっているんだ」
「なんで俺達にまで苛めってことを隠してたんだ?」
第三者の介入が欲しいのなら普通に言えばいいじゃないか。
「庇うのと干渉するのは違うだろ? 無関係の人間に干渉されればそれ以上事が大きくなること少ないし、学校側も動かざるを得ない」
たまたま俺たちが幽霊屋敷に行って、現場を見てしまったっていう状況にしたいってことか。
だから会うのも躊躇って、なるべく繋がりを持ちたくなかったのかもしれないな。
「もし苛めだとしても、解決するのは本人だ。苛めにどんな原因があろうと当事者じゃなければそれは解決にもなりはしないよ。まぁなんにせよ明日幽霊屋敷に行こうと思ったのはそれ以外に何かありそうだからさ」
何かある。
嫌な台詞だな。
「お前はどうするんだ?」
「どうするもこうするも、ここまで付き合わせといて今更行かないとは言わないさ」
何もしていないからな。
白雪さんの依頼もあるが、週末までは動きようがないので今は火本の手伝いに身を勤しむことにした。
それに正直なところ、あの子には妙な違和感を感じていた。
違和感と表現するのはおかしいが、彼女がオッドアイということを抜きにしても、彼女の存在が何かあやふやでおぼろげな、薄気味悪いといった感じの印象を受けていた。
極端な話だが他の人と変わりがあるからこそ個人というものがあるのなら、彼女にはその個人というものが感じられないというか。
まるで人間ではないような――。
「お前が来てくれるなら助かるよ」
「なんでだよ、お前一人でも大丈夫そうだったじゃないか。俺が行くのはついでなんだ、話の終わりを見ずにいたんじゃストレスが溜まっちまう」
すると火本はにやりと笑みを浮かべて。
「だって、お化けは怖いじゃないか」と言った。
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