1.鎌倉にて変人二人

 八月に入って間もない頃であった。真夏日である今日は、外に出るのも億劫で、俺こと源義之みなもと よしゆきと居候の竜胆清美りんどう きよみは、畳の上で何をするでもなく大の字に寝そべっていたのである。

 日差しは開け放たれた雨戸から燦々と我らの肌を焼き照らし、熱はいっそうこもっていく。

 築五十年経つ我が家は、いくらか風通しが良く作られているのだが、雨戸も縁側へ続く障子も開けっ放しにしたとして、いかんせん風が吹かなければ、コンクリートだろうが木造だろうが関係ないのである。

 庭の木に止まっているであろう蝉のけたたましい鳴き声が、暑さをさらに助長していく気がしていた。


「蝉の声…なんであんなに蝉は元気なのかしら?」

「知るかよ、俺らと違って希望に満ちてるんだろう?」

「さようか」

「さようだ」


 互いに朦朧とする意識の中で、特に意味の成さない会話をする。それほどまでに暑さにやられてしまっているのだ。


「何でこんなに暑いのよ…」


 タンクトップにスパッツ一丁という、どこでエクササイズする気なのかと問いたくなるような出で立ちで、清美は胸元を仰ぎながら愚痴をたれた。


「だから、クーラーつけりゃあいいって話だろうがよ」

「それはそうなんだけど、なんていうか情緒がねー」


 そう言って、清美は駄々をこねるように体をたたみの上で跳ねさせた。その振動を受けて、地毛である長く美しい金髪は畳の上で乱れ、汗をかいている頬にだらしなくこびりついてしまう。


(黙ってりゃ、十二分に映えるって言うのに、至極残念な女だな)


 あくまで私見ではあるが、竜胆清美は美人である。本人曰くハーフである清美は、一般的な日本人よりも肌は白く透き通っていた。瞳は大きく色はエメラルドグリーン、地毛と同じく金色の眉は慎ましく薄く引かれ、すっきりとした整った顔立ちに、桜色の薄く可愛らしい唇が乗っかっている。見た目清楚な顔立ちは、深窓の令嬢を思わせた。

 体はスポーツや武術をいくつかやっているらしく、引き締まっており、ハーフであるからに足も細長くモデルのようであった。胸も大きいほうだと、俺は思う。というより、大の字で寝ているため、非常によく強調され大きく見えるのだ。差し支えなければどの程度の大きさなのか、後で具体的な数値を聞いてみるとしよう。


「いちいち面倒な奴め。文句があるならさっさと出てけって、もう十日も前から言ってるだろう」

「何よー、囲ってるんだから責任持って面倒見なさいよ」

「はっはっは、おいおい勘弁してくれよ。とり憑かれたの間違いだろう?」


 俺と清美の言い分は真っ向から違っていたが、どちらが正しいかといえば、言うまでもなく俺のほうなのである。それをなぞり確かめるため、俺は清美と出会った日の事を思い出していた。




―――――十日前


「やっぱりね、浮気っていけない事だと思うのよ」


 独り言でも口にするように、つい数十秒前に喫茶店で相席となった制服姿の少女は、小説を読みふける俺に向かって、そんな言葉を投げかけた。いまどき喫茶店で相席など珍しいことなのだろうが、北鎌倉にあるこの喫茶店は古民家風の出で立ちと、上等な飲食物のおかげで鎌倉内外から平日でも人が訪れるのである。

 相席の女は制服姿である事から、学生なのであろう。半袖のセーラー服、タイはしっかり締めてあるのに、ほかは皺だらけで、スカートにいたっては二、三箇所ひどい折り目がついていた。美しい金髪も整えてあるように見えて、多少癖がついてしまっているようだし、顔にも少し疲れが出ていた。入ってきた瞬間から美人であったため目立ってはいたが、相席とはいえ突然話しかけてくる事からも、妙な女だと思った。


「藪から棒だな。というより、会話をしようと話題を投げかけられたって事で問題ないんだよな?」

「ええ、そうよ。気が滅入っちゃってるの。少し、話に付き合ってくれない? あ、私は竜胆清美」


 自己紹介をされた以上は、こちらも返さなければいけなかった。無視して本を読み続ければよかったかとも思ったが、時間が有り余っているからこそ本を読んでいたのだ。暇つぶしが他にあるなら、そちらを優先させても問題ないだろう。


「源義之だ」

「源? 鎌倉にぴったりの名前ね。生まれはここ?」


 鎌倉市に越してきてから、何度も聞いた質問であった。といっても生まれは鎌倉市であるのだから、はいと答えたいものなのだが、今年の初めまで海外にいた以上、はいそうですと答える訳にもいかないのであった。


「いや、生まれは鎌倉だが、最近帰ってきたばっかりだ」

「あらそうなの? へーへー、そっかぁ。名前からして、いざ鎌倉へって感じに意気込んで、こっちへ来たのね」

「そうでもない、やる気も気合もなかったさ。この町が嫌いって訳じゃないが、はっきり言って引越しだなんだのと、興味ないこと以外に労力を割かれるのは面倒すぎる」

「あはは、今時って感じね。それじゃあ、私との会話も結構嫌々?」

「話題の振り方は好みだ。後は今後の内容次第だな」

「わおっ! 何その言い方! 何様よもう! 面白い人ね君!」


 あまり評判のよくない俺の対応が、どうやら清美は気に入ったらしい。だれだって、嫌われるよりは好かれた方が気分がよくなるものだ。なので、俺はしばらく清美の話に無条件に付き合うことにした。存外単純な性分なのだ。


「で、なんだっけか? 浮気はいけないだったか?」

「そう、浮気よ。しかも五股」

「非常に気になる単語だな、それ」


 清美が声を潜めテーブルに身を乗り出したので、俺もそれにならうように身を乗り出し、わざとらしいほどに秘め事を話す格好となった。


「とんでもない奴もいたもんだ」

「しかも、そのとんでもない奴、最終的にお腹を刺されたのよ」

「まじか、お約束すぎて面白すぎるだろ」

「でしょー? 五人全員にばれた挙句、家での詰問中にやられたってね」

「んで、どうなったんだ、その最低野郎は? 死んだのか?」

「ところがどっこい、刺されたのがナイフじゃなくてフォークだったの。刺されたのに、とくに…さしてダメージも受けずに逃げおおせたのよ」


 わざわざ言葉遊びをする為に、言い直した清美に俺は感心した。妙な出会いであったが、いい付き合いが出来るかもしれない。


「はん、そいう奴ほど生き延びるものなのかもな。それもまたお約束ってやつだ。今頃なにしてんだろうな、そいつは」


 そんな、俺の淡い期待は、


「君の目の前でお茶でもしてるんじゃない?」

「あんたの話かよ!」


 荒げた俺の声と共にどこかへ霧散していったのだった。溜息を吐くと、仕切りなおしと咳払いを一つ、俺は清美に向き直った。


「あー…なんだビッチさん」

「わお、露骨に態度が辛らつね」

「そりゃ、辛らつにでもなるだろうよ。ともかくだ、男遊びが過ぎるってのは分かった。で、態々それを聞かされた以上、俺はそうそう引っかからんぞ。別の河岸に移るんだな」

「あん? 何言ってんのよ?」

「ああん? 俺を鴨にしようとしてんじゃねえのか?」


 互いに怪訝そうな面持ちで、顔を近づけ睨み合う。どうやら、誤解が生じているようであった。


「いや、ないない。ノーセンキュー&バットサプライよ」

「何だその、糞にも満たない発音の英語は」

「…酷い言いようね。まあ、誤解されてるみたいだから、先に言っておくけど私、男にあんまり興味ないから」

「………」


 どういう事なのかと、一瞬脳が誤作動を起こしかけたが、即座に俺は清美の言葉の意味を理解した。とはいえ、出た答えが答えなだけに、一応答え合わせをしておくべきかと、清美に言葉を投げかける事にした。


「些細な質問なんだが、あんたの通う学校ってどこだ?」

「鎌倉史女子高」

「なるほど、ビッチはビッチでもレズビッチか。業が深いな」


 推測はいたって正解であった。だからどうという事はないが、成るほどと俺は一人で頷くと、


「実に面白い」


 素直に感心を口にした。その言葉が流石に以外であったのか、清美は目を丸くすると、突然噴出し、机を叩きなんとか笑いを堪えようと苦心しているようであった。


「面白いのはどっちよ! うんうん! 気まぐれに声をかけたけど、結果上々の上ね! あ、でもレズは酷くないかしら? 百合よ、百合。幼さ残る恋にこそ、花咲く夢があるってものなのだから」

「何いってんだ。ああ、いや、あんたの妄言と女色の呼称違いの両方に対しての言葉なんだけどな」

「本当に歯に衣着せないわね君。でも、そっちの方がやりやすいし、話しやすいかな。それで、百合とレズの違いだけど、愛と恋の違いみたいなものよ。私はソフトなほうがいいって話」


 なるほど、そう言われれば確かに違いは明白である。清美の求めるものは、恋であり取り返しのつかない深い愛はいらないという事なのだろう。当たり障りなく、軽い情熱に身を任せたいと言った所か。


「って事は、あんたはあれか? 恋多き乙女ってことか。罪深いな、同性での恋愛ってだけでもハードル高いのに、責任も取らず他人を弄ぶなんざ、ろくな事にならない訳だ」

「あー…うん、ごめん。今のは一般論って言うか、私の場合は恋多きって訳でもないのよ」


 清美はそう言うと、今しがた運ばれてきたコーヒーをぐいと飲み込んだ。その様子を見て、俺もすっかり冷めてしまっているコーヒーを口元に運び、


「恋でもなく、愛でもない。それじゃあ、なんだってんだよ?」

「そりゃ性欲よ」


 口に含んだコーヒーをおもいっきり噴出した。


「けほっ…あんた、すごいな色々と」

「ごめん、流石に今の言い草は自分でもどうかと思う。君があんまりにも変人だから口が滑ったわ。ちょっと訂正させて」


 ちょっと待ってと、手のひらを差し出して待ったを掛ける清美であったが、どう言い換えても、俺の中で今年一番のクソ女番付一位を堂々と受賞した事実は変わらないだろう。


「そうね、結論から言うと、私は女体が好きなのよ」

「俺の方も結論から言うと、やっぱり番付一位はあんたで決定だ」

「わお、何の番付? 美少女ランキング? うふふ、困っちゃう」


 本気かどうかは分からないが、俺の目の前で不敵に微笑むクイーンオブクソ女を見て、俺はついでに馬鹿番付一位もくれてやろうと決心するのであった。

 そんな俺をよそに、気がつけば清美は窓から遠くを見て、容姿だけであれば非常に似合う物憂い気な表情を浮かべていた。


「気がついたらね、なんかもう抑えられないモンスターが私の中にいたのよ」

「そうか、大変だな色々と」


 完全に呆れ全開で適当に返した返事だったのだが、どうやら清美は沈痛な面持ちで、気を沈めているようであった。俺は、まさかここからシリアスな話へと持っていかれるのではと、漠然と降りかかろうとする脅威に顔を強張らせ、そうであるなら何とか話を逸らすと心に決めた。

 こんなくだらない下世話な話で真面目に語り合うなど、真っ平ごめんであったのだ。


「ええ、本当に。最初こそ我慢していたのよ? というより、自分の性質に気がつかないようにと無意識に目を逸らしていたのね」

「目を逸らしてたって事は、今まで一度も我慢した事ないんじゃないか?」

「黙りなさい、話の途中よ。でも、中学に上がってすぐ仲のいい子が出来てね。毎日いちゃいちゃと過ごしていたの」

「おい待て。目を逸らしてたんじゃないのか?」

「うっさい、茶々入れないの。それでね、その子の様子がある日違っていたのよ。ついでに雰囲気もなんだかフワフワしているっていうか、変化した訳ね。私は即座に男の影を疑ったわ。誰だ私の可憐なアマリリスに触れたのはと、その子に探りを入れたわ。もし当たっていれば、どうにしかしたやろうと付け焼刃ながら武術も学んでね」

「あんたさ、自分の中のモンスター押さえる気なかっただろ? むしろ、中とは言わず最初から、あんた自身がモンスターだったに違いねえって」

「否定はできないわ。少女は一皮向けばヤングモンスターだものね」

「少女とか関係ないからな。お前がおかしいって言ってんだよ」

「えー? 何かしらよく聞こえないわー。さて、それで私は麗しき我がアマリリスに問いかけたわ、何があったか話しなさいと、そりゃもうすごい剣幕でね。曰く、タガの外れた闘牛も真っ青だったらしいわ」

「もういい、突っ込みいれるのも楽じゃないんだ。おとなしく、あんたの話を聞くよ」


 俺はすべてを諦め、テーブルの脇に寄せておいたお冷を口に含み喉の渇きを癒した。清美も喋り続けていたため喉が渇いたのか、コーヒーを手に取り俺と同じ行動を取った。一瞬の間が出来る。俺はもう一口水を飲もうとして口に含み、


「生理来たんだって、私のアマリリス」


 コーヒーの二の舞よろしく、口から水を噴出したのだった。


「ごほっ…すまん、話の内容が見えんのだが」

「ん? さっきの続きよ。中学生に入るまで初潮が来てなかったらしいわ、アマリリス。それできた事が嬉しいって、はにかみながら答えてくれたわ」

「ああそうかい。ところで、そのアマリリスってのやめないか? 俗っぽさが滲み出て、非常に恥ずかしいと思うんだが」

「やめないわ。んで、その時の表情が…君は男だからよく分かると思うんだけど、羞恥から僅かに上気した頬、困ったように微笑む喜びを得た表情、あどけなさの中に漂う仄かな苦味を含んだ女の香り、つまり最高に食べごろだった訳ね」


 俺は目の前でウットリとした表情でゲスい話をする女を見て、正直頭が痛くなりつつあった。性的な事に対して嫌悪感は無いが、目の前の女の下世話っぷりには流石に閉口するというものだ。そんな俺を尻目に、清美は語りをやめる気は無いらしい。


「それを見た瞬間、私はある事を思い出したわ。それは何年か前に聞いた、恋の前兆を予感させる表現、赤い実はじけたなんて言葉」

「ああ、なんだ。あんたにも、まともな感性が備わっていたんだな」

「当たり前じゃないの。私はいたって普通の女なんだから。そう、あの時の感動を表現するというなら―――――」


 どうしてか、俺はホッとしていた。清美の自分を普通だという遺憾極まりない言葉をスルーするほどに。俺は問題児が見せる一時の優しさのような、言い表しづらい感動にも似た安らぎを得ていたのだ。そして、それは、


「――――卵子はじけた、ね」

「作者に謝れ狼藉者がっ!!」


 予想を越える衝撃と失望をもってして、完膚なきまでに叩き消されたのであった。俺は一つ学んだ、やはり問題児はどこまでいっても問題児なのであると。ましてや、目の前の女はモンスターなのだ、中身がゲスなら何もかも駄目な事など、火を見るよりも明らかではないか。


「私だって、本当はこんな表現したくなかったわよ! でもしょうがないじゃない! パーンてした後、キュッってなったんだから、下腹部がっ!」

「男でもそこまでシモネタに走らんぞ!」

「シモネタじゃないわよ! 本当にその時そうなったのよ! そうじゃなかったら、私はアマリリスを襲う事もなかったんだから!」

「アウトだ馬鹿女! 手ぇ出してんじゃねえよ!」

「大丈夫大丈夫、その後付き合う事になったし、和姦セーフ。あと、自分の容姿に感謝ね。美人は得するものよ。ともかく、私の人生の始まりは中学一年の夏に近い今日のような日だったのでしたとさ」

「意図せずして、ゴミ人間が出来るまでを知っちまった…。なんだこのやるせなさは」


 頭を抱えている俺に、水でも飲んで落ち着けと、清美が手をまだつけていないお冷を差し出してくる。その中途半端な気遣いを羞恥心を抑制する理性に向けてやれと思ったが、口にするのも面倒なので大人しくお冷を受け取り、もう噴出すまいと警戒しながら口に含んだ。

 一息ついた俺は、ここまできたら全て聞いてやろうと、清美にいくつか質問をしてみる事にした。


「それで、そのアマリリス…くそっ、やっぱ微妙に恥ずかしいな口にするのが。ともかく、ソレとはその後どうなったんだ?」

「分かれたわ。三ヶ月ぐらいで、原因は私の浮気よ」

「ほんとぶれないな、あんた」

「…本当は浮気なんてする気なかったの。アマリリスがいれば幸せだと思っていたわ。でもだめだった。だって私女の子の体大好きだもの。苦肉の策で、肉体以外で色々代用したけど、グラビアじゃ満たされなかったわ。幸い顔は良かったから、散々ひっかけては揉みしだき、口説いては貪ったわ。ええ、金髪ピンクグリズリーと呼ばれる程度にはね」

「字面だけで、駄目な方面の凶暴さが分かるってすげえな」


 清美のあまりに一貫した破廉恥ぶりに、俺はある種の感動を覚えていた。そんな俺をよそに清美は気だるそうに溜息を吐き、コーヒーを飲み干した。


「そんな肉食な私だけど、これから変わろうと思うの」

「は?」


 何いってんだあんたはと、思わず声を出してしまう。出来る訳ないだろう、とは思うが話の続きを一応聞く気に俺はなっていた。あれだ、ビックリ箱を楽しむ心理と言うやつだろう。


「流石にね、懲りたわ。お腹を刺された時のね、私を刺した子…パンジーの表情が、忘れられないの。怯えるような、涙を流しながらの苦悶の表情。あれはいけないわ、女の子にさせるものじゃない。私は間違っていた。今でこそだけど、はっきりそう言えるわ」


 またしても清美は女子を花に例える。何かこだわりでもあるのだろうか、聞く気も起きないが。


「間違っていたのなら、正さなくてはいけないわ。傷を負って、ようやく傷つけている事が分かるって、最高に情けないけどね」

「そうか…人間痛い目みなきゃ理解できないもんだ。それが分かってんなら、あんたはもしかしたら変われるかもな」


 口ではそうは言ったが、内心がっかりしていた。稀代の変人が今ここで一つの人生に幕を下ろそうとしているからだ。俺としては、散々非難しながらも、非常に楽しませてもらっていた上に、ある種の尊敬の念を不本意ながら抱いていたため、それらが失われることを残念に思っていた。


「ありがとう、私頑張る。二度と女の子にあんな顔をさせない為に、しばらく休んだ後、修行をして、これから関わる子を笑顔に出来るように尽力するわ」


 おめでとう俺、お前が望んだ稀有な才能は輝きを失う事無く、桃色の重圧な目も痛くなるほどの輝きを持って、目の前に君臨しているぞ。


「あー…なんだ、竜胆…」

「清美よ」

「そうだったなゲス美とやら」

「わお、私に対する君の評価が丸分かり。否定できないのが辛い所ね。うふふ」

「否定するなんざ、お天道様に顔向けできなくなるような真似は避けとけ。それでだ、真に不本意かつ自身に対し不審を抱く事だが、あんたに対し畏敬の念を抱くにいたった事をここに表明させてもらおう」

「うわぁお! 雲の上どころか、月から大地を見下ろすような上から目線ね」

「知った事か。まあなんだ、前途多難な上、末はレズもののAV女優か東京湾に沈むかといった所だろうが、ぜひ強く生きてくれ。その方が面白いからな」


 そう言い切ると、俺は一気にお冷を飲み干し席を立った。時間は充分に潰せたし、これ以上ここにいる理由はないのである。加えて言えば、話を聞いている分には面白いで済むが、もし清美に関わる事となればゲスい目に合うに決まっているので、さっさと退散するのが吉と判断したのだ。


「じゃあな、その破廉恥な人生に幸少なからん事を」


 最後の挨拶を済まし、俺は静かに席を立ちレジへと向かう。すると後ろからついてくる影一人。


「何故ついてくるんだ?」

「そんなもの、コーヒーを飲み終わったんだから、帰るために決まってるじゃない」

「なるほど、まったくだ」


 何か出鼻をくじかれた気がしなくもないが、気にせず俺はさっさと会計を済ますと外に出た。七月も下旬であるため、日差しは強く帽子の一つでもかぶって来るべきだったかと、後悔するほどであった。

 照りつける日差しに目を細めていると、店から首をかしげながら清美が出てくる。


「不思議ね、レジのお姉さん、なんだか怯えた風に私を見ていたわ。私、そんなに怖がられる事ないと思うんだけど…でも、ちょと興奮しちゃったわ。うふふふ」

「俺らの会話を聞いてりゃ、そうなるっての。あんだけ大声で話してんだ…しばらく、ここには来れないな」


 思わず突っ込みを入れてしまった。だが、これ以上付き合う必要もあるまいと、俺は鎌倉駅方面へと歩き始めた。清美は、ああ、それもそうか、と俺の言葉で得心がいったようで、手をポンと叩くと、俺の後ろをちょこちょことついて来る。


「まて、何故ついてくる?」

「あのねぇ、私も帰り道が一緒だからに決まってるでしょう?」

「そうか、それなら当然そうなるな」


 俺は確かにと頷いた。珍事に巻き込まれたくないあまり、警戒心を出しすぎたようだ。


「そうそう、まだ家に着くまで時間あるんだし。そんなに邪険にする事もないと思うわ。肝胆相照らした仲じゃない」

「阿呆め、お前がかってに自分の内をぶちまけただけだろうが。それに勝手ぬかすな、と言いたい所だが、確かに邪険にする理由はないな」


 簡単なコミュニケーションすら拒否する理由など、どこにもないと俺は判断した。確かに一般常識として、俺の選択は間違っていなかったと言えるだろう。だが、この選択が結果として、大いなる間違いであった事は後に示されるのである。

 その後、俺は自宅に着くまでの三十分間ほど、ひたすら清美と喋り続けた。清美はやはりただの変態ではなく、ナンパなどで鍛えられたのだろうか、話題に事欠く様子もなく楽しい時間を過ごすことができた。

 鎌倉寄りではあるが住宅街から外れ、山近くにある緑に囲まれた自宅に着くと、俺は武家屋敷のように広い日本家屋である我が家に入るため、神社にでもあるような立派な木製の門を開けて庭へと入って行った。


「それで、だ。何故我が家の敷地内に足を踏み入れた?」


 門を閉めようとして俺は振り向き、目の前に立つ清美に質問を投げかけた。自分では気が付いていなかったが、清美いわく、この時の俺はこめかみを押さえ、面白いほどに渋い顔をしていたらしい。

 俺の問いに、清美は容姿に似合わんばかりに可愛らしく首をかしげると、


「そんなの、今日からここに住むからでしょう? よろしくねダーリン」

「あ、すげえ、鳥肌立った」


 俺が一番聞きたくなかった言葉をご丁寧にも、熨斗をつけて叩きつけてくれたのだ。勘違いなきよう先に言っておくが、本当に嫌だった。見た目美少女にダーリンなどと呼ばれて鳥肌が立つほどに嫌だったのだ。


「出て行け。いいな、出て行くんだ。ハウス! ハウスだ!」

「うふふ、犬じゃないんだから、そんなので出て行く訳ないでしょう?」

「あ、すげえ、今外を通った膝丈ギリギリのスカートはいた子、すごい可愛かったぞ」

「まじですかしらん!?」


 駄犬は自らの欲望に逆らう事無く、ものの見事に外へとはしゃぎ出ていた。俺は見下すように鼻で笑うと、門を閉めしっかりと錠を掛けた。

 そして、家へと帰っていく。さらば竜胆清美、さらば我が麗しき変人よ。二度と会う事もあるまい。


「あ…けて…けて…」


 背後から門をコンコンと門を叩きながら、すがり付くような声が聞こえてくる。音と声は一定のリズムを保っており、地獄の底より湧き出る呪詛に聞こえた。


(こ…怖えぇ…)


 あまりのおどろおどろしさに、流石の俺も無視する事が出来ず、門へと踵を返すのであった。そして、門越しに言葉をかける。


「おい…まじで怖いから、やめろそれ」

「あっ、帰ってきてくれたのねダーリン」

「お前もう一度それ言ってみろ。何があろうと門を開けることはないと思え」

「すみませんでしたぁっ!」


 何がここまでこの女を必死にさせるのかと、思わず考えてしまうほどの激しい謝罪であった。しかしながら、俺がこの門を開ける理由にはならない。


「それと気になったんだが、女好き自称しておいてだな、男に対してダーリンってどうなんだ?」

「え? 男ってそういうの好きじゃないの? 私だったら、美人にそう言われたらコロっとやられちゃうんだけど」


 図々しい自己評価と、すばらしい男性脳であった。だが清美よ、大よそ間違った考えでないにしても、あんたは無理だ。いくら美人とはいえ、中身を知れば誰だって騙されることはないであろう。…撤回、俺は騙されない、他の男はどうだかしらんがな。


「そうじゃなくてだな、レズとしてどうなんだって話だ」

「別に? 女体が好きなだけで、男が恋愛対象外って訳ではないもの。確かに好きではないけれどね。ほらほら門開けて見なさいな、いいことあるわよ~」


 猫なで声で色っぽく、清美は明らかな誘いを俺に呼びかける。このようにして、いたいけな少女を誑かしてきたのかと、容易に想像できるほどの色っぽさであった。しかしながら、俺には効かない。性欲よりも、面倒臭さが勝っているからだ。


「破廉恥な関係は求めていない。不愉快だ、帰らせてもらう」

「ごめんなさいぃっ! 本当にすみませんでしたーっ! もうすっごい反省してるから! 土下座します! はい、しました! お願いだから開けてよー!」


 なんという捨て身っぷりだ。俺は再び清美に対し感動を覚えていた。人間ここまで無様になれるだろうか? 否、そうそうなれないだろう。

 嫌な予感しかしないが、感動に対する対価は必要だろう。それに清美が必死になる理由も知りたかった。


「仕方ない…ほら、開けたぞ―――って、本当に土下座してんのかよ!」

「信じていたわ、私の唯一のお友達」

「ひどい侮辱だ。大変不愉快だぞ」

「うう…流石に酷いわ。地面暑いし、泣いちゃいそう」


 この炎天下日差しにさらされて、アスファルトの地面は鉄板とまではいかないが、十二分に熱を持っているようであった。流石にこのままここに放置しておくのは気が引ける。


「分かった、もういいから立てよ。嫌で仕方ないが、家で茶の一杯でもだしてやるから」

「義之優しい…ありがたく頂戴するわ。氷入れてね」

「馴れ馴れしい上、図々しいやつだな…」


 やはり失敗だったかと、俺は清美にも聞こえるように大きく溜息をついた。清美はそれを物ともせずに、俺の後ろにピッタリとくっ付いて、家の中まで付いてくる気満々のようであった。俺とは対照的に機嫌がいいのが癇に障る。


「もういい、さっさとついて来い」

「いえっさー。了解よ」


 俺は門から続く石畳を歩き、玄関の鍵を開け、引き戸である扉を開けた。すると、俺の背後からこの機を逃すまいと、家主よりも先に清美が猫のようなしなやかさで玄関から家の中へ入っていった。

 そんな行動をとっておいて、玄関で脱いだ靴をしっかり揃える辺り、幼少時の教育は行き届いていたのかもしれない。俺は清美に続き、玄関で靴を脱ぐと我が家へと足を踏み入れた。


「お庭も広かったけど、家のも外見と同じく広いのね。昔にタイムスリップしたみたいで素敵だわ」

「お褒めに預かり恐悦至極。さっさと出て行ってくれると、この上ないんだがな」

「ありがとう、しばらく厄介になるわね」

「ついに日本語すら通じなくなったか。こら! 勝手部屋を開けて見て回るな!」


 きょろきょろと興味しんしんで、家の中を清美は見て回ろうとする。放って置けば、清美は二十近くあるこの家の部屋を全て開けて、探検を始めかねないノリだった。


「ほら、こっちだ」

「わお、手をいきなり掴むなんて大胆。って、やっぱり男の子は力強いのね。女の子とは違うわ」

「ああ、そうかい。いいから大人しくついて来い」

「うふふ、了解よ」


 このままでは危険だと、俺は清美の手首を掴むと強引に居間へと引っ張っていく事にした。居間に着くと、俺は早速クーラーを付け、部屋の中央にあるちゃぶ台前に清美を座らせた。

 そのまま、俺は清美の対面に腰を下ろそうとしたが、お茶を入れてやるといった手前、キッチンへ向かい最低限のもてなしをしてやらねばならなかったのである。


「そこで大人しくしてろよ」

「はいはーい。大地主様には逆らわないわ」

「俺の持ち家じゃないっての…」


 キッチンへ入る前に俺は、余計な事をするなと清美に釘を刺す。居間には中央のちゃぶ台、壁にかけてある木時計、それに最近購入した液晶テレビに、色々と雑用品が詰まっている棚があるだけだったが、清美の奴は何をしでかすか分からないので俺は急いで準備を進める必要があった。

 俺は家に似合わないこじんまりとしたキッチン横の冷蔵庫を空け、中に何か出すものがないかと探り始めた。

 さて、何故この家の台所があまり大きくないかといえば、勿論近年改築されているからであった。俺の家は、何でも百年近い歴史を持つらしく、当時お偉いさんが住んでいたのか、庭も含めれば三百坪はあるらしい。しかし、庭が広かろうと家がでかかろうと、住んでいるのは俺一人なのである。必然、使われる部屋は限られてくる。

 俺が清美を案内した居間もその一つで、主にこの居間と隣の寝室、それと物を色々と置いてある右奥のトイレ近くの部屋以外使用していなかった。台所は面倒な事に俺が居間として使っている部屋の反対側にあったが、以前に住んでいた俺の叔父が使ってたのか、上手い具合にシステムキッチンが居間に併設されていたため、3LDKにでも住んでいるようにすごす事ができたのだ。唯一の弱点は風呂が遠いことだが、特に問題に思うこともなかった。


「麦茶でいいか? いや、そこまで気にするでもないか、適当でかまわねえな。茶請けも…あった、もらい物のハトサブレーでいいだろ」


 台所でさっさと最低限のもてなしを整えると、お盆を持って居間へと振り返る。


「あ゛あ゛~…すっごい落ち着く~」


 振り返った先には、持っていた通学用の鞄をその辺に投げ出した上、制服のタイをはずし、だらしなく服を着崩して畳の上に寝そべる清美がいた。苛立ちを感じるよりも、どうすればここまで図々しくなれるのかと、疑問が浮かび上がってくる。


「あ~…おつかれ~。最近疲れててね~、こことっても安らぐわ」

「すごい馴染みようだな。住んでる俺でも、そこまでだらける事はないぞ」

「嘘おっしゃい。こんな居心地のいい場所、他にないわよ。絶対出て行かない、この地は私が貰い受けるわ」

「頭から麦茶かけるぞ」

「すみませんでした。でも、褒めたつもりなのよ。うふふ」


 癖なのだろうか、わざとらしい笑いを最後に付けて、清美は畳から起き上がると机の上に置かれた麦茶に手を伸ばし、そのまま一気に飲み干した。喉を鳴らして、気持ちよくなる飲みっぷりであった。


「はぁ、生き返るわ」

「そいつは結構。一息ついた所で本題に入ろう」

「何だったかしら? 女性の胸と尻どちらが優れているかという、泥沼必至の永遠の罵り合いをするんだったっけ?」

「一人でやってろ。あんたが無様を晒してまで、どうしてここに居住を望むのかって話だよ」

「実はね、私住む家がないの」


 思った以上に重い告白であった。しかし、俺は一切動じることはなかった。


「嘘だな」

「わお、話を聞くまでもなく断言されてしまったわ。根拠はあるのかしら?」


 面倒な事になったと、さっそく俺は後悔した。いつもの癖で、清美の嘘を指摘したのはいいが、そうなれば説明を求められるのは当然の話であった。


「はぁ…何度もやりとりするのは面倒だから、あんたが本当はどうして俺の家に居たがるのかって事の説明でいいか?」

「かまわないわ。採点は公平に下してあげる」


 どんと、自分の胸を叩き任せろと清美は意思表示した。俺はその勢いに清美のふくよかな胸が潰れてしまわないのかと思ったが、どうでもいいかと疑問を投げ捨て、聞かれた事をさっさと答えてしまおうと口を開く。


「まず、注目すべきはあんたのスカートだ。大きな皺がいくつか戻らないほどついているな。これは、椅子に長時間座っていたというには、腰近くから縦に大きく残りすぎている。そうなると、制服のまま寝てしまった結果出来たというのが正解だろう。当然家で寝たならば、制服は着替えるはずだ。それを念頭に置き、次に考えるのは制服が着替えられなかった状況だ」

「ちょ…ちょっとまって!」


 一気に言い切ってしまおうと思っていたのに、清美に突然言葉を遮られてしまう。


「なんだよ」

「ごめんなさい、思った以上に本格的な感じの話が始まっちゃったから、ついていけなくて…大丈夫落ち着いたわ。それで、今までの義之の言い分だと私が制服で寝ていないっていうのが前提じゃない? 私がずぼらで、制服のまま寝るような女だったら、話は最初から成り立たないと思うのだけど」

「なるほど」


 まさかの反論である。しかし、俺は清美の行動を好ましく思った。何故ならば、こういった理論だてての思考は、外部からの茶々が入ることで、より正確性を増すことがあるからだ。俺は、自分の考えの正当性を示すために、


「だが、それはないな。あんたは意外と外面…というより外での身だしなみには気を付ける人間なはずだ。首のタイがしっかりと閉めてあった事がその証拠だ。制服の乱れに対して、タイだけがしっかりと結ばれていた。つまり、一度はずしてしっかり鏡なりで結び直しているという事だ。それ裏付けるように、あんたは畳みの上で寝っ転がる時すら、タイをはずしているしな。そしてもう一つ、髪の毛も一応整えようとしているあたり、ずぼらでない事が伺える。そういう習慣がある以上、家で制服で寝るとは考えづらい。それに、制服で寝ていたとして、そのまま外に出るのは流石に不自然だろうよ」


 清美の反論を封じ込め、一気に言葉をまくし立てた。清美の頬が今日初めてヒクつくのを俺は見た。とはいえ、俺が今のように物事の説明を始めると、大体の人間が同じような状態になるので、見慣れた光景であった。

 説明しろというから手の内を明かしたうえ、順序だてて説明してやってるというのに、何故皆同じようなリアクションを取るのか、俺には理解できなかった。


「それじゃあ、続けるぜ? 以上の推察から、あんたは家ではなく慣れない、しかもあまり疲れの取れない場所で寝ていた事になる。それは、あんたの目の下にうっすらクマが出来ている事と、我が家を褒めた言葉から分かる事だ。以上を踏まえ考えられるのは、漫画喫茶であんたは昨日今日あたり過ごしていたという事だ」

「うわぁお…正解よ。鳥肌が立ったわ、いい意味で」


 ぱちぱちと力強く清美は拍手する。こんな反応をされるのは稀であったので、俺はこそばゆい気持ちになる。


「そのややこしい説明口調な解説は、趣味か何かなのかしら?」

「さあな、気がついたこんな感じになってたんだよ」


 清美にはうそぶいたが、原因は分かっていた。それは面白いものを見るとすぐに興味を示してしまう俺の性質が、自分を納得させる過程で順序だてて物事を組み立てる際に、脳内で行われるプロセスを口に出してしまったのが始まりだと認識しているからだ。

 だからといって、清美に説明する必要もないので、俺は適当な返事でお茶を濁すことにしたのだ。


「さて、話に戻ろうか。出た結果と、あんたの喫茶店での話を総合すると、恐らく件のあんたを刺した少女が家の周りを探っているか、あんたを捜し歩いているかで家に帰れていないが正解だろう。だからあんたは必死になって食い下がっているんだ」

「参りました、百点満点です」


 ははーと、仰々しく清美は正座をし土下座するかのように頭をたれた。

 俺は普段とは違い後味の悪い事にならなかった事と、清美の観念っぷりに気をよくしていた。


「百点満点をとったご褒美に、美少女が家に住む権利を差し上げようと思うのだけど、どうかしら?」


 しかし、次の瞬間には清美の言葉で、すっかり気を悪くしている自分がそこにはいた。この女の肝の太さは、どこからきているのであろうか?


「美少女によるな。女体好きで貞操観念が低い金髪のゲス女なら、罰ゲームも甚だしいだろうしな」

「うふふ、不思議ね名指しにさえれていないのに、何だか自分がとっても拒絶されてる気がするわ」

「不思議だな。俺は拒絶しているというのに、本人は頑なに認めようとしないらしい。意思疎通の難しさに、俺はすっかり困ってしまうぜ」


 顔上げた清美と微笑み合う。互いに引く気はないらしい。


「いーじゃない、いーじゃない。お部屋は一杯あるんだし。座敷わらしの一人ぐらい飼う余裕はあるでしょう?」


 机をバンバン叩き、清美は駄々をこね始める。まるっきり子供の行動であったが、十代も後半の少女がこのような行動に出るのはどうなのだろうか?


「厳かな和室を、ヤリ部屋に変えてしまいそうな存在を座敷わらしとは呼ばないからな。疫病神もいい所だ」

「だめ?」


 小首をかしげて上目遣いで、清美は俺に懇願する。小動物を連想するほどの可憐さだが、その実中身はハイエナのように肉食で目ざといゲスだと俺は知っている。


「可愛らしい仕草でねだっても駄目だ」

「どうしても駄目?」

「駄目だ」


 清美は俺の強い意志を受けて、うなだれてしまう。流石にこれで話はついたかと、俺は安心して用意した麦茶を飲もうとして、


「お願いします! 助けてください!!」


 かつて見たこともないほどの、力強い土下座を目の当たりにする事となった。危ないところだった、もし麦茶を口に入れていたら、今日三度目の噴出を披露してしまう所だった。


「一体何があんたをそこまで突き動かすんだよ」

「怖いのよ! 家の前に行ったら、生気のない目で私のパンジーが体育座りでうずくまってたのよ!? しかもブツブツ何か呟いてるみたいだし、他の子からの話だと『お姉さま知りませんか?』って私を探し回ってるって情報まで入ってきてるのよ!!」

「出ていってあげりゃいいじゃねえか。ほれ、ここに的があるぞ、次はナイフでもって外すなよってな」

「まだ死にたくなーい! 女の子といちゃいちゃいたーい!!」


 清美は土下座したまま両手で畳をバンバンと叩き、自分の主張をぶちまける。手で物を叩くのは癖なのだろうか。

 それにしても、なんという生への執着、そして性への渇望。かつて伝記によれば王は道化を傍に置くのを好んだというが、その気持ちが俺には少しだけ理解できていた。この女(道化)、心底面白い。


「お願いします! 他に頼るべき女の子がいるけれど、ここがいいんです! 家畜でいいんで、部屋と餌を与えてくれれば、生きていけるんで! ごめんなさい、家畜はいいすぎたけど、何でもいいんでここに置いてください!」

「嘘つけ。今までのことから推測するに、刺された事と五股がばれて、他に行く場所がないんだろうが。そうでなければ、ここまで必死になるもんかよ」

「ブヒー! ブヒブヒブー!」

「うわっ! 嘘がばれて不利になったから、憐憫を誘おうと本当に家畜で通す気だな! あんたプライドがねえのかよ!!」

「プライドで女を抱けるなら、私はこうはならないわよ!」


 顔を上げて、目尻に涙を浮かべての迫真の叫びであった。


「ご立派、ゲスの鏡だな」

「ゲスでも何でもかまわないわ。私は引く気はないわよ!」


 場は混迷を極め、俺は養豚場の豚と化したゲス女の始末に注力する事となる。目の前のゲス美改めブタ美は、次から次へと言葉巧みに自分がここに住む正当性を口に出し、端から俺がそれを論破するという作業が三十分も続いた。


「なんでそこまで私を拒むのよ!! ホモか! 君ホモなのね!」

「ざっけんな! 俺はあんたをここに置く理由がねえって言ってんだよ!」

「理由!? 理由があればいいのね!? まってなさいよ不能ボーイ! そこ動かないでよ! 目に物見せてやるから!」


 誰が不能だ発情女が、と反論しようとしたが、清美は何かを考えるように目を閉じ精神統一でも行っているのか、今までとは違う雰囲気をかもし出していたため、何が起こるかの興味が勝り、俺は言葉を飲み込んだ。

 数秒の後、清美は目をカッと開くと突然制服の上着を脱ぎ捨て、


「こぉぉいっ!!」


 バンとたおやかな胸を手で叩き、女だというのに男らしく俺を誘ってきた。俺の頭に清美の制服が降って来る。ブラジャー丸見えの胸がけっこうな勢いで揺れたが、俺のテンションは一気に降下していった。


「誰が、そんなみえみえのハニートラップに引っかかるか大馬鹿女!!」


 俺は清美が投げ捨て、俺の頭へと着地した制服を持ち主に叩き付けると、大きな溜息を吐きつつ、胡坐をかいて清美に向き直る。


「あんだけたいそうな事を言っといて、ハニートラップってどうなんだ、おい」

「理由は無ければ、作るものよ。でも駄目だったわ、枯れ木に花は咲かないと言うことね」

「枯れてる枯れてないじゃない。あんな百年の恋も冷めるような、誘い方あるか」

「どんな誘い方でも、来る人は来るわよ。でもよかった、本音言うと来られてたら一応武術習ってるし、倒してしまってたかも。うふふふ」

「なるほど、今時珍しい純粋なトラップだったという訳だな。さて、荷物は鞄だけか、それを持って、さっさと出て行ってもらおうか」


 しっしと手を振り、出て行けと意思表示する。


「ちょっとまって、まだある! まだあるの!」

「まだある? どんだけ引き出し多いんだよ。素直に感心するぜ」


 清美は鞄を手で引き寄せると、その中をガサゴソと探り始める。目当てのものはすぐ見つかったようで、ゴトンと重量のある音を立てて、両端の紐を引っ張ると口が閉まるタイプの袋が机の上に置かれた。

 中には石でも入っているのだろうか。袋に入っているので、しっかりと形は見えないが、  玉に近い丸い形をしているようだ。


「これを献上するわ」

「献上って…中身一体なんだよ?」

「大事なものよ。今の私にとっては唯一の財産と言えるわ」


 そこまで言われると、流石に中身が気になってくる。俺は恐る恐る机に置かれた袋から、中身を取り出してみた。すると、コブシほどの大きさはある、綺麗な色の球体が中から出てきた。


「…なんだこれ? 透き通ったピンク色、それの所々白が混ざった球体? 確かに綺麗だが一体…」


 そこまで口にして、俺はハッと気がついた。綺麗な球体、清美の物々しい態度、それが導き出される答えは…。


「まさか」

「ええ、そのまさかよ」

「まさかこれは」

「ええ、それは―――――」


 俺は自分の触れている球体から、威厳ある輝きが放たれる錯覚を覚えた。名称は分からないがさぞ高価なものなのだろう。俺は清美の言葉を待った。そして、散々もったいぶって清美の口から出た言葉は、


「岩塩よ!」

「やはり宝石――――岩塩!?」


 俺の淡い幻想を打ち砕き、素っ頓狂な声を上げさせるに至るものであった。


「岩塩…岩塩って塩って事か? ソルトなのか?」


 俺はしげしげとピンク色の球体こと岩塩を眺めた。そういえば、塩に鉄分が含まれるとピンク色になると聞いたことがある。たしか、ヒマラヤだったかで取れるとかなんとか。


「何で女子高生が、岩塩持ち歩いてんだよ!!」

「知らないの? 今マイソルトって女子高生の間で流行っているのよ?」

「しれっと嘘吐くんじゃねえ! 聞いたこと無いぞ!」


 後から聞いた話によると、マイソルトの流行は案の定の嘘で、清美が持っていた岩塩は本当に普段使いのものだったらしい。つまり、岩塩を携帯する変人であったということだ。口を開くたび、変人度が上がって行くとは恐れ入る。


「ほら、この鞄から取り出したステンレス製の岩塩削り器で、毎回食べる分だけ削るのよ」

「いやいい、仕舞っておけ」


 俺は実演して見せようかと言う清美を制して、岩塩片手に持っていつでも削れると意気込んでいる清美を真っ直ぐ見つめていた。


(やっぱこの女、おもしれえ…)


 素直な意見であった。実際、他人を家に泊めるなど面倒で仕方が無いが、それ以上に目の前の珍妙な生物に対する興味が勝っているのを俺は認めてしまった。泊めてしまってもいいと思っている、手のひら返した自分が今まさに、ここにいるのである。

 だが、ここまで拒否した以上、大手を広げて迎え入れるのも癪であった。と言う訳で、絶対に泊めないから、俺が何か一つでも納得する意見を出せば泊めてやろうに、趣旨を変える事にしたのであった。


(しっかし、変えた所で、このヘンテコな生物はまともな言い分で、俺を説き伏せる事が出来るのだろうか?)


 今まで上の空で無視していた、ぎゃあぎゃあと捲くし立てている清美の声に耳を傾けてみる。


「ほら、ちょっと削ってみたから食べてみなさいよ。美味しいから! ぜひ明日も食べたくなるから!」


 無理だな。俺は、清美を鼻で笑うと、そう結論付けた。


「ちょっと何よ! 私だって、食事ぐらい作れるんだからね!」

「ん? 何の話だ?」

「んん? 今私が料理を作れないと馬鹿にしたんじゃないの? ほら、塩を使って料理を作ってあげるって話してたでしょう?」


 そんな事をほざいていたのか。まったく頭に内容が入っていなかったので、てっきり塩を舐めろと催促しているものだと思っていた。


(しかし、料理か…悪くないな)


 一人暮らしなんてものをしていると、他人の作った料理に飢えてくるものだ。特に俺は片親だったうえ、親が料理を作ってくれる訳でもなかったので、正直心惹かれるものがあった。


「あら? もしかして、脈ありかしら?」

「…変なところだけ鋭いな、あんた」

「うふふ、他人の変化には過敏なのよ。もてるためにね」


 流石であると、俺はまた感心させられた。すると、清美は何故か動きを止め、俺の顔をじっと見つめ始めた。


「おい、なんだやめろ。身の危険を感じるんだが」

「そっか。そうなのね。喫茶店での事を考えれば、突破口は一つしかなかったんだわ」


 ブツブツと人の顔を見ながら呟かないでもらいたい。だが、清美が一連の流れから何かを掴んだのだけは見て取れた。俺は虫の知らせとでも言うのだろうか、次の清美の言葉が決定的な力を持つことを感じ取っていた。


「義之、メリットあるわよ」

「ほう、随分と自信ありげだな。言ってみろ」


 清美は、ニヤリと勝利を確信した笑みを浮かべ、


「私は非常に面白い女よ!」


 自虐に近い言葉を口にした。度重なる言葉の応酬の末、たどり着いた先は悲しい自己アピールであった。


「知ってるが。それがどうした?」

「簡単な話よ。私は、君を退屈させることがないわ」


 ピクリと俺は自分の眉が動いたことに気がついた。本能的な部分で、興味を持ってしまっているのだ。


「事実だろうな。正直に言えば、今このやり取りすら楽しんでいるしな」

「でしょうね。何せ君は退屈していたんだものね。喫茶店で小説を読んでいるなんて、時間つぶし以外の何ものでもないわ。もっと早くに気がつくべきだったのよ」

「全国の本好きに謝れ」

「はい、ごめんなさい。それで、一つ提案があるんだけど」

「聞かせてもらおう」


 俺はこの時点で、清美の口から出るであろう言葉を予想していた。その予想は、


「私をこの家に置けば、君が退屈することは金輪際無いと保証するわ」


 裏切られること無く、俺の心をくすぐるには十分すぎる言葉であった。


「なるほど、考えたな。俺の性質を加味した上で、もっとも効果的な提案だ」

「造作も無いことよ」


 金髪をフサァとかき上げ、清美は勝利を確信しているようであった。癪だが、清美の予想は当たっていた。


「それと、もう一つの条件として、食事は私が受け持つわ。それに加えて、余計な面倒もかけないと誓う。どうかしら?」


 真剣な顔で清美は俺に訴えかけてくる。俺は苦笑すると、手のひらを顔ぐらいまで上げて、参りましたと降参の意を示した。


「残念だが、うんと言わざるを得ないな」

「いやったー!」


 清美は両手を上げて万歳すると、そのまま畳の上に倒れた。そして、体を伸ばし畳の上でローラーをかけるようにゴロゴロと転がり始める。

 ここまで喜びを表現されると、流石に悪い気はしないもので、多少の無作法にも目をつぶるべきであろう。


「さて、不本意ながら話がまとまった所で、もう夕方だ。さっそく、夕飯を作って――――」


 そこまで言って、清美を見ると、


「…ん…くぅ…」


 年相応の無垢さで、寝息を立てている少女はそこにいた。


「自業自得とはいえ、そりゃ疲れるだろうな」


 清美の必死っぷりも、精神的にも肉体的にも限界を感じていた所から来ていたのかもしれない。そう思うと、このまま放って置くのは、情が無さ過ぎる気がするから不思議だ。

 俺は寝ている清美を居間に置いたまま、客間まで足を運ぶと、来客用に用意されていた布団一式を取り出し、居間まで持ってきた。

 クーラーの温度を上げ、清美に薄手の掛け布団を掛けてやる。一仕事終えると、俺は何故か気を使ってテレビなどもつけずに、喫茶店で読み残した小説を片付けることにした。

 いつもと変わらぬ行動であったが、不思議と退屈を感じることは無かった。清美の寝息が聞こえてくる。俺はそれをBGM代わりに、静かに読書に没頭していくのであった。


 以上が清美と俺の出会いであるが、これより十日の間、俺は清美の宣言どおり退屈を感じることがなった事を、明言せねばなるまい。ついては、以下に簡易ながらダイジェスト形式で、いかにしてくだらない時間を我々が過ごしたかを記そうと思う。



一日目:前述のとおり、清美はぐっすりっと寝てしまっていたため、二十三時ごろにおきた清美と共に、インスタントラーメンをわざわざカセットコンロの上に土鍋を載せて、残り物のキャベツなどを入れて鍋料理風にして、二人で突きながら夕飯を食べる。

 清美の提案でそうなったのだが、案外これが悪くなかった。一日目は疲れていたので、そのまま風呂にも入らず就寝となった。



二日目:朝起きると、清美が庭に出てラジオ体操をしていた。すでに時刻は八時を回っていたので、どうやら臨場感を出すために小型のレコーダーを買って、夏休み中は毎朝やっているらしい。非常に面白い。

 朝食は宣言どおり清美が作ってくれた。冷蔵庫に物が入っていなかったため目玉焼きに味噌汁ご飯という典型的な日本の朝食であった。

 その後、風呂に入りたいという清美の願いを聞き入れ、風呂を沸かし浴場まで案内してやる。下着類を洗っておいてくれと頼まれたので、洗濯機に投げ込み、着替え用に俺のジャージを置いておき、清美が出てくるのを居間で待つ。流石にTPOを弁えてか、きちんと服を着て出てきた清美を俺は褒め、檜で作られた我が家自慢の大きな風呂に入り一息つく。

 午後は会話をしテレビを見、疲れを癒すようにのんびりとすごしてしまう。

 夜になると、清美は岩塩をどうしても俺に喰らわせたいらしく、スーパーで買ってきた豚肉を素材に、塩の使い方をレクチャーされた。思った以上に旨い、若干はまりそうになる。



三日目:おそらく俺が忘れる事ない日である。昼ごろに友人情報で清美を刺した相手(といっても、肉に食い込んだ程度で今は傷が残っているが、後々消える程度らしい)がいないとの情報を聞き、洗濯済みの制服を着込んで、俺を連れて清美家へと向かうことになる。

 今まで見せることがなかったしおらしい態度にほだされ、俺はすんなりついて行くこととなったが、それが間違いであったのだ。

 結果からいうと、俺は待ち伏せしていたパンジーこと清美のステディにフォークで腹を刺される事となる。

 待ち伏せされていたのである。情報をよこした友人とやらも、後に金で買収されていた事が発覚する。ゲスの友人はやはりゲスであったのだ。

 刺された感想は、痛いの一言であった。といっても清美と同じく肉に軽く刺さった程度なので、多少血は出たが得がたい経験をさせてもらったと思うほどに軽症であった。

 だが、刺した本人のほうが精神的に参ってしまったらしく、仕方なく俺の家に連れて帰り介抱する事となる。

 あまりにも申し訳なさそうにする清美をどうにかしようと、


「襲わないのか?」


 と冗談めかして口にすると、


「我慢してるところ」


 と真顔で不謹慎な回答が返ってきて、思わず噴出してしまった。おかげで、場の空気が和み清美の態度がいつものように戻ったのが幸いであった。非常に面白い。



四日目:パンジーの精神衰弱が著しく、家の雰囲気が非常に重苦しい。特に俺を見ると延々謝罪の言葉を繰り返す壊れたレコード状態になってしまうようであった。仕方なしに、


「気にするな、非常に珍しい体験をさせてもらった。感謝してるほどだぜ」


 と本音を爽やかに笑いながら告げると、突然精神衰弱から立ち直ったパンジーと清美にヒソヒソされる。何故だ、俺は場を和ませようとしただけだというのに、何故阻害されねばならない。納得がいかない、非常に不愉快である。

 しかしながら怪我の功名というべきか、パンジーが正気に戻ったため対話の後、和解することに成功する。パンジーは俺に再度謝罪の言葉を述べると、


「変わり者同士、お似合いだと思います。どうか、お姉さまをお願いします」


 と何か勘違いしたまま、失礼な捨て台詞を吐いて我が家を去っていった。腹立たしいことこの上ない。

 ついでに、その言葉を聞いて清美が恥ずかしいそうにもじもじしている事に気が付く。気色が悪い、気まずくなるからやめてほしいものである。



五日目:残念な事に清美になつかれる。どうやら、清美の中で俺は父親やら兄弟と同じカテゴリーに入ったらしく、手を出してこないだろうと、やけにベタベタ引っ付いてくるようなった。

 暑苦しい事とパンジー刃傷事件が解決た事を鑑みて、早く帰れと言うと、今日の夕食はオムライスだと告げられる。

 確かに、解決したからといってすぐ帰す事もないだろうと、今なって言える事だがオムライスに釣られて、残留を許可してしまう。

 因みに。オムライスはハヤシソースを使った本格的なものが出てきた。非常に美味であった。



六日目:昼頃から、清美が武術の鍛錬と称して、筋トレをはじめる。しばらくすると、庭で格闘ゲームのような動きをし始め、それが案外本格的なものであったので、楽しむことができた。その後は頻繁に携帯をいじっているようで、何をしているのかと聞くと、


「メールとライン。情報収集が趣味なの」


 とぶっきらぼうに言うとまた携帯に没頭し始めた。どうやら、もてるために近隣の噂などを友人からいただいているとの事であった。意外なマメさである。夜は清美が昨日のハヤシソースを使いハヤシライスをこさえる。非常に満足である。



七日目:俺が和食を食べたいというと、豚と大根と卵の角煮込みを清美が作ってくれた。肉じゃがを作らない辺り、気取っていなくて高感度が高い。細部まで煮込みが染み渡り美味であった。



八日目:ここに来て俺は、自分が清美に餌付けられていることに気が付く。胃袋をつかまれるのは非常にまずい。人間の三大欲求は理性を超えて、その猛威を振るう事があるからだ。

 俺は危機を感じ、そろそろ帰った方がいいのではとの趣旨をやんわりと清美に伝えると、清美はあっさりと家を出て行った。拍子抜けするが危機は去ったと安心する自分がそこにいた。

 しかし、二時間後には大きなキャリーバックと買い物袋引っさげ清美は帰ってきた。聞けば着替えや雑貨を取りに行くついでに、買い物をしに出ただけだと言う。どうやら、やんわりと言いすぎて、いったん帰って戻って来いと聞こえたらしい。不覚である。

 追い返そうとしたが、食後にスイカを切るといわれ、俺は陥落してしまう。面倒くさがりであるのに、季節の趣向に弱いのが災いしたのだ。夕食は豚の生姜焼きだった。食後のスイカと合わせて、とても満足である。

 余談であるが、清美を出て行かせることを諦めた俺は、さりげなく清美を呼び方を「あんた」から「お前」へ変えてみることにした。一応親愛の証であるが、清美には黙っておく。こそばゆい事は基本苦手なのだ。



九日目:清美が家庭用プールで溺れる。家からスクール水着を持参した清美が、蔵から家庭用の小さなビニールプールを発掘したのが発端であった。蔵を空ける事を許可していなかった俺は、躾をせねばと十七歳になる清美の尻を叩く事にした。家捜しなどすべきではないと、理解してくれたようでなによりである。

 因みにこの時、清美が俺より一歳年上だという、驚愕の事実が発覚する。清美の謎のドヤ顔が腹立たしかったため、もう一度尻を引っぱたくと、理不尽だとブーブーわめき散らされた。非常にうっとおしく、無益な暴力は振るうべきではないと、改めて学ぶ。

 鞭の後には飴が必要であろうと、ビニールプールを膨らませて清美に提供してやると、された仕打ちを忘れたかのように感謝を述べ、一時間近くもあの手この手で遊び倒した後、気が付けばプールのヘリに頭を乗せて寝ていた。

 あまりの間抜け顔に、俺は思わず発見すると共に、顔に水をかけてしまう。清美は驚きバランスを崩すと共に、一杯に張られたプールの中に逆立ちするような形で滑り入っていった。パニックになったらしく、しばらくの間水の中で暴れる清美を見て俺は腹を抱えて笑っていた。

 清美は体制を立て直すと、何があったのかと聞いてきたので、河童が水遁の術でお前を狙ったと適当に答える。


「なんてこと! それで雄雌どっちだった!?」


 と聞いてきたので、雄だったと答えると、


「ガッデーム!!」


 と大声を上げて怒りを露にした。雌と答えれば、どうなっていたのだろうか。非常に興味深く面白い。

 その日の夕食は、鯖の味噌煮であった。普段食べないものに、俺は気をよくした。



十日目:清美が庭奥にある納屋からバーベキューセットを発掘する。どうやら蔵でないので、入ってもいいと思ったらしい。小学生かクソ女。

 ともかく許可を取っていない行動であったので、再び尻を叩いた後、清美と連れ立ってバーベキュー用の食材を買いに行った。

 夜になり、庭は清美の独壇場となる。最近は庭で清美が体を鍛えていたので、元々清美のテリトリーという感が否めていなかったのだが、鍋将軍がいるように、バーベキュー軍曹がそこに存在していた。

 正確には塩軍曹であったが、ともかく肉の焼け具合と味付けに厳しいのである。俺としては一切を仕切ってくれるので助かったが、他の人間とバーベキューする際には大丈夫なのかと心配になり苦言を申し立てると、


「大丈夫よ。気を許した仲でないと、こんな事しないから」


 と言われ、謎の優越感に浸かるも、すぐに甘えられていることだと気が付く。バーベキューは肉の焼き加減といい、同じ岩塩を使っているというのに、味に違いが出ており新たな発見にたいそう満足した。

 なお、バーベキューの火をおこしながら、炎見ると血が騒ぐと言っていたが、この女をこのままシャバに置いていいのかと本気で悩む。今にろくでもない事を起こすに違いない。いや、もう起こしているな。手遅れだった。

 その日の夜、親しい宣言をしたせいか、ついに清美は風呂上りにタオル一枚で家の中をねり歩き始める。

 親しき仲にも礼儀ありという言葉を俺は懇切丁寧に教えてやると、


「はい、ありがとうございます。勉強になりました」


 とかしこまった口調になった。違うそうじゃない、服を着ろと俺は言っているのだ。その後、清美がスパッツにタンクトップ一枚で寝るまで過ごしたことにより、カテゴリー的に裸族に近い性質を持っていることを知る。勘弁してほしい。

 その日の夜は気温が二十六度を超えていたため、蝉の声がうるさかった。




 ―――――そして現在


「あー…ゆだるー」

「だから、クーラーつけるって言ってんだろうが」


 二人そろって薄着でだらだらと、夏の猛暑を満喫していた。清美のスパッツにタンクトップという出で立ちもどうかと思うが、俺は俺で短パンにシャツ一枚という夏スタイルであったので、何も言うことが出来なかった。

 だが、流石に暑さに限界を感じていたので、畳から立ち上がろうとして、清美にそれを止めるように圧し掛かられた。重たい暑いの最悪コンボである。


「ぐふっ…どけ重たいんだよ」

「どいたらクーラーつけるでしょ?」

「分かった、つけないからどいてくれ」


 清美は退くためにしぶしぶと緩慢な動きで体を持ち上げ、俺に覆いかぶさるような体制で動きを止めた。


「傷、ごめんね」


 どうやら、だらしなく晒された俺の腹に残るフォークの跡が目に入ったようだ。


「気にするな。稀有な体験だったしな」

「義之も本当に変人よね。それにしても、妙なペアルックになってしまったものね」


 そう言われて、俺は清美の腹に目をやった。程よく引き締まった色の白い清美の腹には、俺と同じような所に、同じような四つの点の傷が残っていた。ペアルックというには語弊があるが、おそろいである事は誤魔化しようのない事実であった。


「不名誉の証だな。お前は不貞の、俺は友人選びを間違えた事へのな」

「そうね。両方とも私のせいなのは変えようのない事実だわ」


 反省しての台詞であったが、清美はその言葉に似合わず、何故か嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。本当に訳の分からない女である。


「もう痛くない?」

「言われなけりゃ刺された事も忘れてるぐらいだ」

「痛むようなら舐めるけど、本当に平気?」

「今の言葉を聞いて、さらに平気なったぜ。いいからどいてくれ、いい加減その体勢のままだと、お前の汗でも降ってきそうで、たまったもんじゃないんだ」


 だが、清美の奴は人語を解さないらしく、片手を俺の腹に当てて愛おしそうに傷を撫ぜると、ぼんやりとした表情で俺の顔へ、自分の顔を近づけてきた。


「義之は、女の子みたいなきれいな顔をしてるわね。眉は細いし、睫は長い。唯一、鷲鼻が高いのだけはいただけないけど、肌も綺麗だし、目もパッチリとしているし、中性的」

「お前本当に頭がショートしてるだろ。クーラーをつけてやるから、頭を冷やせ」


 暑さのせいで頭をやられているのだろう。女体好きの百合女とは思えない発言である。


「大丈夫、超正常。それに、女体の事ばかり考えている訳じゃないのよ」

「本当にどうしたんだ? どうかしてるぜ。そういや、最近セクハラおやじのような発言を聞いてないな。お前、もしかして夏バテか何かか?」


 俺はここ数日を思い出し、清美の言動が理解しがたい部分はあったが、性的な異常が見当たらない事に気が付いた。なのでそれを包み隠さず口にすると、


「それよりも、ここにいる時間が楽しかったから」


 眩しいほどの笑顔で、俺は不意打ちを喰らわせられてしまった。明言していってしまおう、俺は真っ向からの好意にめっぽう弱いのだ。

 俺は自分の頬に熱が宿るのを感じていた。それは夏の暑さのせいではなく、考えたくはないが、もっと別の要因なのである。


「私ね思うのだけど、私と義之は性格的な部分じゃなくて、もっと人間として区分される性質的な部分で似ているんだわ」

「ひどい侮辱だな。訴えるのも辞さぬ発言だぞ」

「聞いて義之。私の女体好きはね、根幹にあるのが退屈だと考えているの」


 なんと言う事だ、この体勢でまさかのシリアス話が始まってしまった。しかも、妙に興味惹かれる内容であるため、抵抗することがかなわないときた。仕方なしに、俺は大人しく、清美の考えを聞くことにした。


「趣味とか趣向とか、人間はそういったもので退屈を誤魔化して生きるわ。誤魔化すために必要な事は、本当に些細なものでいいんだと思うの。けれども、たまに些細な事にしても、その幅が極端に狭い人間がいるのよ」

「それがお前か?」

「ええ、そして義之もね」


 勝手に決め付けられて、俺は多少苛立ちを感じた。しかし、その苛立ちの元を正せば、それは図星を突かれた事なのかもしれないと、心のどこかで感じていた。清美の言葉に俺は、共感を得ていたのだ。


「私にとってそれが女の子だった。幅が狭くて、挙げ句に好みにうるさい私は、それ以外に退屈を誤魔化す手段がないと思っていたわ。けれども、違ったのね。だって、今は怖いぐらいに満たされているもの」

「そいつはようござんしたな。慰みになれて光栄だぜ」

「義之にとって、私の女の子への愛に匹敵するものは何なのかしら? とても興味があるんだけど、教えてくれない?」

「知らんよ。考えた事もない」


 そして、考える事もしないつもりであった。それでも、俺はおそらくはこれであろうという答えを持ち合わせていたのだ。

 好奇心を満たすこと。そして、それらを理解し思考すること。それが、清美の女子への愛に匹敵する俺の中での慰みなのだろう。


(だからどうしたって話だな。もう、面倒ごとはごめんだ)


 頭の中に浮かんだ、過去の思い出を消し去るように、俺は清美から目を逸らした。清美は俺の微妙な変化に気がついたのか、それ以上は追求してこなかった。

 人との距離を案外弁えているのだろう。清美は清美で、俺の知らない苦労を背負ってきたのかもしれない。大半が自業自得の産物なのかもしれないが。


「それで、今の話で結局何が言いたかったんだ?」

「ん? 一生仲良く出来そうな義之が、女体化しないかなーって話」

「その言葉を聞いて安心したよ。さっさと退け、レズ女」


 勢いよく起き上がり、乱暴に清美を押しのけると、


「いやん」


 などとふざけた声を上げ、清美は素直に俺に覆いかぶさるのをやめ、仰向けに倒れると部屋の隅までゴロゴロと転がっていった。


「無駄な時間を過ごしたな、っと」


 俺は立ち上がりさっさとクーラーリモコンを手にすると、気合を入れて電源をオンにした。涼しい風が、部屋の中へ送られてくる。至福だ、文明の利器のなんと素晴らしき事か。

 この快適さを味わっては、流石の清美も情緒など口にできまいと、振り返り清美の方を見ると、いつのまにやら縁側へと続く障子の前でうつ伏せになって寝転んでいた。

 クーラーを付けた以上、雨戸を閉めるわけにもいかないので、外へと繋がる障子を閉めねば冷気が逃げてしまう。この女、非常に邪魔である。

 そうまでして、暑さを味わいたいのかと俺の中で清美マゾ説が浮上したが、そんな事はどうでもいいと、俺は清美まで近づき、退かすために一応声をかける事にした。


「そら、どきやがれ。障子閉めるんだよ、邪魔だ」

「この地は先祖より続く、約束の地なり。自然を文明で汚す野蛮の徒は去るがよい」

「昨日までお前も、さんざんクーラー使ってたろうが」


 くだらない小芝居に付き合うのも面倒だったので、退こうとしない清美を踏みつけて、さっさと熱気の原因である障子を閉めてしまう。足元から、ブヒィ、という下品な短い悲鳴が聞こえた気がしなくもないが、気のせいであろう。


「おうぼー、横暴! 年上のお姉さんを足蹴にするんじゃないわよ!」


 なにやら、抗議の声が聞こえる気がしなくもないが、それも気のせいなのだ。俺は一仕事終えたと一息つくと、ちゃぶ台の前に腰を下ろしテレビをつけた。清美はまた携帯をいじっているようだ。


「ワイドショーばっかだな。って、もう昼か」

「そうみたいね。それじゃ、お昼の支度始めちゃおうかしら」


 清美は携帯を放り出し立ち上がると、テキパキとした動きで台所へ入っていった。


「義之ー、今日素麺でいい? この間安売りされてたのが、まだ余ってるのよー」

「かまわんよ。よろしく頼む」


 台所から聞こえてきた声に返答して、テレビに目を向ける。そういえばもうすぐ甲子園が始まるな、などとテレビをボーっと眺めながら考えていると、


「義之、ちょうどいいからシャワーでも浴びてきたら?」


 ひょこっと台所の入り口から覗き込むように顔を出し、清美は俺に汗を流す事を勧めてきた。確かに汗をかいているので、その提案にしたがおうと俺は立ち上がる。


「お前が先じゃなくていいのか?」

「いいのよ、どうせ素麺茹でるだけでも、台所は暑いんだから汗かくんだし。私は、お昼ご飯の後に浴びることにするわ」


 スパッツにタンクトップ、その上にエプロンという、裸エプロンの痴女と見間違うようなスタイルで、清美は台所に立っていた。何事かと、あやうく噴出すところであった。そんな事をしようものなら、あの女のネチネチとしたからかいを受けねばならない運命にあっただろう。危ないところだった。

 さっさと、シャワーを浴びてこよう。俺は急ぎ足で風呂場へ向かうと、服を脱ぎ脱衣所に用意されているかごに入れて、浴室へと入っていった。


「ふー…生き返るな…」


 そして悠々とシャワーを浴びていると、遠くからドタドタと何かが迫ってくる音が聞こえてきた。俺は直感でこれはまずいと、シャワーも止めずに浴室の入り口に背を向けた。次の瞬間、


「ノーエッグ!!」


 俺の憩いのスペースであった浴室は、けたたましい音ともに現れた闖入者によって無残にも破壊されることとなった。流石にないだろ、浴室の戸をいきなり開けるなんて。


「どういうつもりだ? ずいぶん大胆な覗きだな」

「どういうつもりもなにも、無いのよ!」

「よし分かった、一旦戸を閉めてタオルを投げてよこせ。話はそこからだ」


 清美は俺の言うとおり戸を腕一本入る程度に隙間を残して閉ると、タオルを投げてよこした。俺は、それをキャッチすると、腰に巻きようやく危機を逃れるのであった。


「もういいぞ」


 俺がシャワーを止めながら声をかけると、勢いよくドアを開け放ち、清美が浴室の中へ入ってきた。腰にタオル巻いてるとはいえ、ほぼ裸の男に臆す事が無いというのは、女子高生としてどうなのだろうか、


「で? なんのつもりだ? 無礼ってレベルじゃないんだが」

「そんな事より無いのよ卵が!」

「あん? なんだエロ本でも読んでたのか? 何回弾けるんだよお前」

「卵子(そっち)じゃない! 冷蔵庫に卵が無いの!」


 最初に清美が入って来たときに上げた奇声はそいう事だったのか。ノーエッグ、卵が無いね…それがどうしたというのだろうか。


「卵って、いったい何に使うんだよ?」

「汁を割るのに使うのよ! それに鰹節を入れて、マイルドにして食べるの! 竜胆家の素麺は代々そうって決まっているのよ!!」


 ああ、この女馬鹿なんだなと思った。そんな事で、異性の入っている浴室に入ってくる奴がいるか。俺は自分のこめかみがヒクヒクと痙攣するのを感じていた。


「色々と言いたいことはあるが、代々決まっているのならしょうがないな。話はおおよそ理解した。さっさと居間に戻れ。いいな居間に戻るんだ、大人しく」

「はい」


 怒りをこめた言葉に、清美は驚くほど素直に今へと戻っていった。俺はシャワーを出すと、さっと体を流し、常備してある風呂上り用のジャージに着替え、一目散に居間へ向かい、清美の尻を引っ叩いたのだった。


「本当に、申し訳ありませんでした」


 清美は流石に反省したのか、土下座をして俺に謝罪する。しかし、ここ数日間で幾度となくその姿を目の当たりにしてきた俺は、特に動じることも何を思う事も無く、清美の誠意をあっさりと受け流すのであった。土下座のバーゲンセールには興味が無いのである。


「まずな、卵が無いから癇癪起こすのは勘弁してくれ」

「でも、卵ない素麺なんて考えられない!」


 清美は土下座を崩すと、頭を左右に振って、絶望っぷりをアピールする。知ったことかと、俺は鼻でそれを笑ってみせた。


「なによもう! 仕方ないじゃない! 食に関しては妥協したくないんだし!」

「普段からご相伴に預かっといてなんだが、お前の食に対する執着は恐ろしいな」

「馬鹿を言わないで、私一人ならこんなに拘らないわよ! 塩以外ね! 義之に食べさせるから、一番おいしいものをって頑張ってるんじゃない!」


 俺は、清美の言葉に感動を覚えていた。今までの料理に対する清美の真摯な態度は、塩以外俺のためだというのだ。大体が、塩のことであった気もするし、俺が頼んだわけでもないが、それにしたって自分のために苦心している清美に、感謝を覚えない訳が無いのである。


「あー…そのなんだ、あれだ、買いに行くか?」

「え?」


 俺の言葉が意外だったのか、清美は一瞬で落ち着き払い、俺の顔を真っ直ぐ見つめてきた。やめてほしい、恥ずかしい真似を晒すのはごめんなのだ。


「ちょっと待ってね」

「何をだ?」

「今からだと遅く…着替えて…シャワー…うん!」


 ブツブツと何かつぶやいていたかと思うと、突然大声で何か納得した声を上げ、清美は正座を崩し立ち上がった。


「何だ急に」

「ちょっと待っててね、すぐ準備するから! お昼は遅くなるけど、多少買い食いでもすればOKでしょ? それじゃあ、すぐ戻るからそこ動かないでね!」


 俺が口を挿めないほど早口でしゃべり倒すと、清美はさっさと風呂場へと向かっていった。服を脱ぎ散らかしながら。


「おい馬鹿女! 服は脱衣所で脱げ!」


 俺は仕方なしに、清美の衣服を回収すると、その辺にまとめて置いておく事にした。洗濯機は風呂場にあるので、鉢合わせを避けるため、後で持っていく事を選んだからだ。


「外に出るなら、俺も準備しないとな」


 独り言を呟くと、俺はテレビの電源を落とし、立ち上がると隣の部屋へ移動し服を着替え始めた。面倒なことだというのに、ちっとも行動が鈍ること無いのは我ながら驚くべきことだと思う。

 さて、今日は日差しが強い。清美の分の帽子でも用意してやろう。どこかに、麦藁帽子がおいてあったはずだ。それをかぶれば、ロクデナシの清美も見た目は清楚なハーフで通るはずだ。一緒に連れ立って歩くのも、そう悪くは無いだろう。

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