21.鎌倉にて問う

「源頼朝、か」


 口に出して、やはりかと得心する。

 九音の正体に気づいた時点で当たりをつけてはいたが、ようやく確信を持てた。

 

「九音、お前の見た光景は感応とかいうものなのか?」

「恐らくはそうだと思います。私が見たあの手は兄上のものに違いありません」

「そこで判別をつけるのか」


 九音に感応かどうか聞いたのには理由があった。

 俺は最初に鶴岡八幡宮で大男を見た時に、九音の言う手紙を握りしめている光景を見ているからだ。それと橋の上で踊る人間も見た訳だが、それの正体は目の前の人物だろう。


「聞きたい事が二つある」

「はい、なんでしょうか?」

「一つ目、あの大男…富士坊主を倒す事で頼朝は解放されるのか」

「分かりません。ですが、私はそれにかけようと思います。兄上をあのような姿で放っておくわけにもいきませんし」

「なるほど。二つ目の質問だ、お前はあの大男を倒す方法を知っているのか?」

「はい、確証はありませんが感応を受け兄上の感情が流れてきました。それに従えば、あの大男を倒す…いえ、消す事が出来るはずです」


 淀みなく答えたという事は、ある程度の確証を持っているという事か。頼朝を富士坊主から解放する事が出来るかは分らんが、どうやらようやく解決への一歩を踏み出せたようだ。

 ユエを家に連れて来た事と柳を嫌々ながら家に泊めた事が幸いした。明日からは忙しくなりそうだ。


「そうか、なら話が早い。明日にでも――――」

「はい、明日にでもこの家を出ようと思います」

「そうか」

「はい」

「………」

「………」


 沈黙が下りる。俺は九音の言葉を何度も反芻し、しっかりと頭の中で整理をつけ飲み込んだ。


「なんでやねん」


 その結果出た言葉が柳よろしく似非関西弁であった。


「わっ、凄いです! 私義君のベーシックなツッコミ初めて聞きました! めっさレアです! メイドの土産が出来ました!」

「喜ぶな阿呆がっ! 思わず訳の分らん事を口走ってしまうほどの事態だったんだぞ!? どう始末をつけてくれる気だ!」

「分かりました、今から出ていきます」

「だから、どうしてそうなる!? 突然出ていくだのなんだのとお前は思春期の女子か? 落ち着け、そうだ落ち着く事こそが最優先だ」

「えっと…大変言いづらいんですけど、まずは義君が落ち着くべきかと」

「…実に道理だ」


 俺は大きく深呼吸を行う。よし、落ち着いたぞ。これならば冷静に物事の判断が出来るというものだ。


「…それでだが、九音聞きたい事がある」

「義君聞きたいことばかりですね」

「黙れ元凶。いいか、俺が聞きたい事は一つだ。何故藪から棒にここを出るなどと口にした?」

「富士坊主から兄上を解放するためにです」

「何故出ていく事になる?」

「個人的な理由で、仲良くしてくださった方に迷惑はかけられません」

「なるほど、実に道理だ」


 俺は思わず納得してしまう。


「だ、だがな九音よ。お前は一つ失念している事がある。皆で取り組むという最善の選択肢だ。一人で臨むよりも遥かに勝率が高いはずだ」


 納得はしたが、このままで九音が出て行ってしまうため、俺は引き留めにかかった。

 何故そこまで俺が必死にならねばならんのかは分からないが、ともかく俺は九音を家に引き留めねばならんと決めていた。


「いいえ、それはいけません。どのような結果に落ち着くとも分からない事に、義君や清美ちゃん萩ちゃんを巻き込む訳にはいきません。私はこの家が気に入っています。はっきり言って、短い期間しか過ごしてないというのに執着心を持っているほどです。よって、相当の理由がない限りこの意志は揺らぎません」


 二の句も継がせぬ怒涛の勢いで意見を拒絶されてしまった。挙句に俺が引き留めようとしている事を理解し、釘まで刺される始末である。

 頑固者め、本当に始末に負えない女だ。などと同族嫌悪に近いしい感情が沸き上がる中、俺は即座に九音の言う相当の理由を考え始めていた。


「しかしだな九音。俺はお前に助けられている訳だ。ほら、清美を止める際に笛で援護してくれたのはお前だろう?」

「あら? 気が付いていたんですね」


 清美と対峙した際に聞こえた笛の音。あれこそが、有名な義経の篠笛の音とやらなのだろう。弁慶と五条大橋で対峙した際に吹いていたことで有名なアレである。


「色々と荷物を持ち込んでいたようだが、やはり篠笛も持ち込んでいたんだな。おかげで助かった。清美の分も礼を言わせてもらう」

「へ? その、私は篠笛なんて持ってきていませんよ? というより、笛とか剣とか義経関連の物は持ってきていません」

「あん? じゃあ、あの笛の音は…?」

「これですね」


 九音は背中に手を回したかと思うと、


「先ほど吹いていたのはこちらになります」


 おもむろに、黒い縦長笛を俺の目の前にコトンと置いた。


「リコーダーだと!? ふざけるな! あの笛の音は、リコーダーの音などでは―――――」


 ほかにも言いたい事があったが、ある事に気が付き俺は言葉を止めた。

 九音は義経関連の物は持ってきていないと言った。

 では、このリコーダーは一体何の目的で持ち込まれたのだろうか。

 普通はリコーダーなぞ使うことがないため持ち込みはしないだろう。俺は嫌な予感を拭うため、リコーダーを手に取り側面を見た。

 するとそこには、[源義之]と書かれたシールが貼られていた。


「俺のじゃねえかっ! 九音貴様! 俺の部屋に入ったな!」

「はい、侵入した上に物色しましたが、それが何か?」

「すげえ、この女一つも悪びれやしない。天性の悪人体質じゃねえか」


 俺は心底感心していた。いや、感心すべきではないのだろうが、心から自分がした事が悪事でないと思っている九音はやはり大物なのである。


「まあいい、別に見られて困るものもないしな。このリコーダーも未使用だし、お前にくれてやるよ」

「酷いです義君! 私のドキドキを返してください!!」

「事を穏便に済ませようとしたのに、荒立てるな阿呆がっ!!」

「そんな! あんまりです義君…。私はファーストキスである事と、異性のリコーダーに口づけするという青春味溢れんばかりのイベントに貞操を捧げた気分になっていたんですよ!?」

「口づけ言うな、間接キスだ。大体、そんなイベントを青春扱いするな。それと、これ以上は我が家に変態はいらん。自重しろ義経」

「ええ、ではそのようにたしましょう」


 何かしらネタを振ると即座にそれに対応してくるな、見事だ九音よ。


「はあ…面白いが、疲れる奴だ」

「ですが、本当にめっさドキドキイベントだったんですよ? リコーダーを吹くかどうかで助けに入るのが遅れたぐらいに」

「お前、清美とのいざこざを結構前から見ていやがったな。…一つ気になったんだが、今のお前は肉体的に女な訳だが、恋愛対象は…お、男になるのか?」


 俺は九音の発言等から、九音の恋愛対象についての疑問を持った。義経は女性と結婚していた経験もあるという事はノーマルだったと考えられるだろう。

 それが、義経であった実感を持ちながら、女性に生まれた現在ではどうなっているのだろうか。


「恋愛対象ですか? そうですね…なんといいますか、女性に生まれ女性として生きてきましたが、男性とどうにかなる気はありませんね。義君以外」

「やはりそうなるのか。何とも言えん事態だな…おい待て、不穏なことを口にしなかったか?」

「?」

「なんだそのキョトンとした顔は! お前はあれか? 場を荒らして回るが趣味なのか? だとしたら、性格が悪すぎるぞ!」

「義経ですから」

「何と言う事だ、あっさりと納得してしまった。卑怯だぞ、その免罪符」


 などと、軽口を叩きあい互いに笑ってしまう。九音がアレな人間である事は間違いないが、残念な事に俺も結構アレな人間である事を認めざるを得ない。当然の事ながら、九音にはアレ具合は負けるがな。俺は比較的に普通であるのだ。そうに違いない。


「本音を言いますと、恋愛事などというものに興味なんてないんです。私が義経と呼ばれていたころから」

「その割には、三人も嫁を貰っていたようだが?」

「ええ、全ては流れに身を任せた結果です。私は徹底した主観主義といいますか、男と女の垣根は肉体以外ないと考えた場合、それをどのような倫理観をもって諭されましても、拭う事が出来ないんです」

「そいつはまた面倒な生き方だ。だが、決して間違いではない。客観性などというものは、他者の考えを加味した主観にすぎない以上、人間という生き物は極論主観でしか生きれないはずだからな」

「……兄上」

「おい、やめろ。その惚けたような顔をは本気でやめろ。ついでに、俺はお前の兄上ではない。年上の妹を持った覚えはないからな。つまりは確実に違う」


 俺は九音の言葉を必死に否定する。というかなんだ、義経はやはり史実どおりブラコンだったという事か。反応が明らかに普通の兄弟のものではない。


「こほんっ…失礼しました。少々取り乱しましたね。義君も中々にイケメンですが、兄上に比べればまだまだですから、本当に気の迷いです」

「分かったてくれたの嬉しいが、人の顔を寸評した上、貶すのはやめろ」

「申し訳ありません、本音が漏れてしまい重ね重ね失礼をいたしました。ですが、それもこれも、義君が兄上と同じような事を言うのがいけなんですよ」

「貴様減らず口を…あん? 頼朝と同じ事? さっきの主観云々がか?」

「ええ、兄上も私に言って下さいました。『お前に何を言っても無駄だ。この上、俺の言葉など無駄に過ぎん。だが、我々は主観に魅入られて歩む生き物だ。お前は、そういう意味では、およそ天才といえよう。精々、道を誤らん事だな』、と」


 九音の口から語られる源頼朝という男。何というべきだろうか、ともかく義経に手を焼いていた事だけは分かる。

 しかし、それを置いても、義経に対し親愛の情があったように感じられるのは気のせいだろうか。


「義君といると、兄上を思い出します。その度に思うんです。やはり、兄上を助けねばらなぬと」


 九音の口調が変わる。意図してかは分からないが、義経として俺との会話を望んでいるのだろう。


「そうか、絶対なんだな」

「はい、義経めが鎌倉に赴いたのも、鎌倉にて留まるのも全てはその為と言い切れましょう」

「そうか、だが一人でできる事なのか?」


 俺は自分の思っていた事を素直に口にした。止めようとして出た言葉であるべきだが、それよりも俺は義経の…九音の覚悟を知りたかった。


「成せるかではなく、成すのです。この義経、いざとなれば鶴岡八幡宮と心中するつもりにございます。真っ赤に燃える炎とともに燃え尽きましょうぞ」


 義経モードの九音は決意に満ちた瞳で、ニヤリと笑いながら答えた。

その瞬間俺は、自分でも曖昧だった九音を引き留めようとしている理由を理解した。これはあれだ、情もあるが危険を回避しようとしていたのだ。

 目の前の女は、


「どうせこの都も源氏が作ったものだし、いざとなれば破壊も止む無し。所有物だし問題ないだろう。それより、兄上が大事。さらば鎌倉、フォーエーバー」


 とか考えているのだ。

 そして、九音はいざとなれば確実に街に火を放つ程度余裕でやってのけるのだ。崖から馬で駆け下りて大将首を取りに行くような輩だ、確実にやる。

 止めねばなるまい。この源氏共兄弟そろって鎌倉を壊滅させかねん!


「よし、九音よお前の覚悟は十分に理解したぞ。嫌というほどにな。だが、やはり一人では大変というものだろう。せめて俺が手伝おうと思うのだが、どうだろうか?」

「義君…いいえ、それには及びませぬ。貴方様に何かあれば大事にございます。義経は兄上の次に貴方様を好いております故」


 俺、戦慄す。冗談じゃない、義経になど好かれてたまるかコンチクショウ。聞きたくなかったこの事実。

 実際に九音として見れば容姿は整っている上に、非常素晴らしいバストをお持ちであるため、男であれば嬉しいに違いない。だが、そこに義経が付いたが最後、ネジの外れた好意が襲い掛かってくるのだ。それはもう向けられた方が死なんばかりに。


(もういっそ、一人で行かせて全てを無に帰した方が、俺は安全なのではなかろうか)

 

 絶望のあまりに、とんでもない考えが頭をよぎる。

 しかし、それでも九音を死なせる訳にはいかんと、俺はなんとかして止める術を考え続けた。

 そして、思い至ったのが、


「九音、ちょいと愚かな男の話をしてもいいか」


 自分の過去であった。

 正確に言えばこちらに来る羽目になった事件の事である。

 明らかに俺の汚点であり、今なおを公開と反省を繰り返している事件である。

 それを話す事が俺にとって、どれほどの覚悟がいる事か。

 だが、それを理解してなお、


(もう、後悔はごめんだ)


 俺は九音を止めるために一石を投じよう。

 さあ、己の不義に向き合おう。今度こそ、誰も傷つけず泣かせぬために。

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