15.鮮血王女

砂埃が舞い、空気が震え、衝撃の余波が俺の髪を揺らす。目の前で繰り広げられるそれは、実に不可思議な光景であった。

 人が持つにはあまりにも大きな剣、それを自在に振り回し一瞬の隙も与えず目の前の倒すべき敵に襲い掛かる女。

 対して、敵の持つ剣とは比べ物にならない小さな二本の刀でそれを防ぎ、体勢を崩さんと打って出る女。

 それらがぶつかり合い、飛び跳ね、あるいは地を這うように姿勢を低くし、鉄のぶつかり合う音を奏で、火花を散らしあう。

 激闘であった。互いの技を競い合うがごとく、雄々しくも繊細な技の数。それらは既に舞踏とでも呼ぶに相応しく、彼女たちは――――清美と柳は舞台の上に立つ役者であった。

 そんな彼女達を、


「跳ねた…空中での交差…バックステップからのフェイント…くそっ! らちがあかん!」


 ブツブツと独り言を呟きながら、ギラギラとした目で凝視する男が一人。まさしく不審者である。俺の事なのだがな。


「やはり戦闘スタイルから糸口を掴むのは愚策か…いや、何かあるはずだ。考えろ、考えるんだ俺よ!」


 はっきり言おう、俺は血迷っていた。なにせ、やろうとしている事は道端で歩いている人間の素性を当てろとでも言うべき事なのだから。


「道端で歩いている人…いや、違う」


 己の思考の間違いを口に出し、俺は冷静さを取り戻す。

 そうだ、確かに取っ掛かりも無しに前世を当てろと言われたが、何も見知らぬ相手ではない。俺が挑む相手は勝手知ったる変態なのだ。

 今は巨大な剣をチャンバラよろしく振り回し、人外のごとき力を発揮しているが、よくよく考えれば元々変態であるし、頭のネジが外れていたではないか。つまり、今と大して変わらないと言う事だ。


「そうだ、本質は変わらない。それなら、今までの出来事を思い出せば…」


 無理やりな理論ではあるが、本質が変わらないと仮定するならば、俺には清美と過ごしてきた日々がある。そこから答えを導き出せるはずだ。

 大きく深呼吸をし、数々の清美との出来事を脳裏に浮かび上げ取捨選択を行う。不要なものを取り除き、残ったものが正解なのだ。


「同性愛…それとそうだあいつは居場所に固執していた…そして出身地…そうか、イギリス…それと塩は…一応リストに上げておこう」


 清姫と関係ありそうな部分を取り除き、引っかかった要素を挙げていく。

 雑多にワードを並べただけかもしれないが、何一つ手がかりがなかった状態から比べれば十分な進歩である。


「なんとかして、正解を絞り込みたいが…。そうだ柳は――――」


 思考を一度止め、柳と清美へと目を向ける。そして、俺は言葉を失った。


「くっ…どないせいっちゅうねん!」

 

 柳が押されている。ほんの少し目を放した隙に、形勢が大きく動いていた。

 先ほどのよりも激しく攻める清美に対し、柳はひたすらにその攻撃をよけ続けているだけであった。

 一体何があったのか。俺は声をかけようとした瞬間、


「…焼けて」


 清美の大剣を避け体制を立て直そうとしている柳に、背後から宿炎が迫る。そして、柳はそれを避ける事が出来ずに、飲み込まれてしまった、


「ふう、危ない危ない。無茶苦茶やな、あのお嬢ちゃん」


 かのように見えたが、いつの間にか俺の隣へ避難していた。清美の懐に入った時と同じ技を使ったのだろう。


「いやー、まいったわ。お嬢ちゃんのあのごっつい剣な、刀で受けとったのはええけど、しばらくしたらパワーアップしおったわ。なんや、切断に特化しとるみたいでな、ウチの刀あやうくぶった切られるところやったで。ま、大剣どころか不意打ちの炎さえも避けれるウチを倒すには足りてひんかったけどな!」

「そうか、ドヤ顔しているところ悪いが、尻に火がついているんだが大丈夫か?」

「………」

「………」

偽工敗歴アーマーパージ!!」


 柳の叫びと同時に、今度は着けていた草摺が吹き飛んだ。

 甲冑はなくなり草摺も消えた、つまりはほぼ丸裸である。

 ついに痴女暴誕かと思いきや、


「お前…それ…なんだ?」


 草摺が消えた後から姿を現したものに言葉を奪われる。

 甲冑が消えた後に、ナイロンのようなものが見えていたが、どうやらそれは下半身まで繋がっていたようである。

 そして肌を心許なく隠す紺色の衣服の名を、


「…水着や」

「ああ、学校指定のな」


 スクール水着と我らは呼ぶのである。

 目の前には自称宮本武蔵を前世に持つスクール水着に手甲を付けた侍。

 ここに新たなる変態が生まれたのである。


「…いい趣味してるな」

「その痛いものを見るような目やめーや! ちょっ、見るな言うたけど、露骨に目そらすんもやめてや! 趣味やないから! 仕様やからな!」

「はは、そうか」

「信じてーな! しゃあないやろ! 転身後の服装は前世以外に、自分の初転身の時に関係あるもんや、大切なもんに引っ張られんねん! 誰も好き好んでこの歳で、スク水なんぞ着たないわ!!」


 柳は必死であった。それはもう見ていて滑稽なほどに。それほどまでにスクール水着を着るのが嫌とは、一体何歳なのだろうか? いや、年齢にかかわらず、スクール水着が大切なものという時点でアレな訳だがな。


「ほれ、ウサギちゃんも見てみい! あれが月兎に関係あるように見えるか!? そういうもんなんや!」


 柳に言われ、ユエに目を移す。そういえば、あの破廉恥な衣装にベルトの様なものが大量に増えていたな。増えたからといって、あの服装は容認できるものではないがな。

 いや、それよりもだ。


「ユエー!! 大丈夫かー!?」


 すっかりユエの状態を確認するのを忘れていた。大声で、ユエに現在の状態を聞くと、


「へーきへーき! 頑張るもん!」


 非常に判断しづらい返答が返ってきた。


「さっきよりも、キャラブレが激しい気がするな。柳、急ぐぞ!」

「ほんま、判断基準はなんなん!? そうや、一つ気づいた事あったわ。お嬢ちゃんの得物な、剣に見えるけどあれ多分ギロチンや」

「ギロチン…刃の部分という事か?」

「せや、触れれば問答無用での切断、ついでに妙に首ばっかり狙いおる事、そしてあの形状や。間違いないで」


 清美の使っている武器がギロチンの刃か。いい情報を得た。

 これである程度、予測が絞れるようになった。しかし、まだ情報が足りなさ過ぎる。


「柳、他に何かないのか?」

「他か…せやなあ――――」


 突然柳の言葉が途切れたかと思うと、柳の姿が消え俺の隣には剣を振り下ろした清美が現れた。推測するに、話している最中に隙を見て襲ってきたようだ。

そして、余裕とばかりに真顔でウィンクを俺に向けてくる。こいつ実は割と正気なんじゃなかろうか。


「おお、怖っ! 旦那! 参考になるか分からんけど、前世を二つ持つ者はハーフの確率が高いで! 国が二つで片っぽずつが見てきた中で一番や! ほんなら、こっちも気張るから、なんとか知恵絞っといてや!!」

「そういう事は早く言え!!」


 清美は日本とイギリスのハーフ。日本は清姫だとすれば、もう一方はイギリス系のものである可能性が高い。そして、ギロチン。可能性があるとすれば、


「ジャック・ケッチ!」


 処刑人であろう。イギリスでは18世紀以降斬首刑が禁止されている。

つまり、


「デリック!」


 斬首に関係ある処刑人を上げていけば当たる可能性が高いのである。と言っても俺が知っているのは、口に出した二人ぐらいなのだが。

 はたして結果やいかに。


「ぷすーっ」


 何も起こらない、つまりははずれである。挙句、無表情のまま清美に噴出される始末である。


「よし分かった。柳、俺も今から戦線に参加さえてもらおう。その心底腹の立つ狂った豚公を二人でとっちめるんだ」

「何言うてんねん!? 旦那は自分の仕事して…あっぶな! ほんま早よ何とかしたってや!!」


 柳のいう事は尤もであった。しかし、腹の虫が収まらん。こんな時に何を考えているのだと言われかねんが、こけにされた羞恥と怒りを受けた以上、黙っている訳にはいかんのだ。

 今までだって、清美から受けた仕打ちは、倍にしてかえしてきたのだ。今回とて例外はない。そう、俺が態度を軟化させ、清美からからかわれたあの時も―――――


「ん?」


 何かが引っかかった。あの時、俺は何か重要なワードを聞いていたような…。

 思い出せ、あの時得た情報は、清美がハーフである事と…。


「そうだ、呼び名だ」


 あいつは、イギリスで別の名で呼ばれていた。それを思い出すと、俺の中でカチリと全ての情報が噛み合い、一つのイメージが浮かび上がった。

 そして俺は、その頭に浮かんだイメージを、


「ブラッディメアリー!!」


 躊躇することなく口にした。


―――――パリン


 ガラスが割れるような音が響くと共に、場に静寂が訪れる。

 誰しも皆時が止まったかのように、動きを止めていた。

 清美は静かにギロチンを下ろし、柳は様子を伺うように清美から距離をとり、俺は自分の推測が当たっていた事による、わずかな高揚と後悔のような妙な後味の悪さを噛み締めていた。


「ブラッディメリーって、誰?」


 いつの間にか俺の隣へ移動していた柳から、そんな疑問投げかけられる。


「メアリー一世のことだ。イングランドの女王。色々と逸話はあるが、一番の有名なエピソードはプロテスタント…異教徒への迫害と処刑だ」


 メアリー一世。父親ヘンリー8世により引っ掻き回された人生の果て、異教徒を処刑し、その命日を祝われる事となった圧政者。

 結果付いたあだ名は、「鮮血王女ブラッディーメアリー」。その名こそが、かつては国民の支持を受け王になった女の、報われることも無く、報われる理由もない人生そのものであった。


「なるほど、あのギロチンはそう言う理由からか。納得いったわ」

「炎もだ。メアリー一世は最初にプロテスタントの司祭を焚殺…焼き殺している。貴様が不思議がっていた、炎が強力だのなんだのの理由はそれだろう。火と火が、合わさり炎となった。言い得て妙が、目の当たりにすると恐ろしい話だ」

「しっかし、処刑か…まずいな」

「ああ、まずい」


 俺と柳は互いに押し黙ってしまう。前世を当てる事により突破口を開こうとしたのだが、その結果ドン詰まりになってしまったのだから。


「お嬢ちゃんを気絶させるんは骨や。あの炎は正直強い。せやから、なんとか他の方法を思たんやけど、清姫にメアリー一世。話を聞く限りやと、止まる方法は一つやな」

「ああ、お前を殺しきった時だろうよ」


 それが結論であった。清姫はその標的を逃さないだろう。メアリー一世は処刑を最後まで行うだろう。二重になった意思は、決して柳という敵を逃がすことは無い。

 つまり、今回の騒動の終着は柳の死をもって解決する事となる。


「いやー、流石に死ぬのはごめんや」

「ふん、こちらとしては一向に問題ないがな。そもそも、考えてみれば貴様が原因ではないか。なら、責任を取ってもらうのも悪くはないだろう」

「辛辣やな。しっかし、口ではそう言うても旦那にはその選択は無理や」

「…黙っていろ元凶め」


 柳に完全に見透かされていた。事実、俺はその選択肢を選べない、というよりは最初から存在していない。

 では、どうするか。それこそが、今後の課題であり、


「ほんなら、ちょいと時間稼ぎしてくるわ」


 俺に課せられた最後の難題なのである。

 清美が何かを覚悟したように、その瞳に炎のような意思を宿し、ギロチン剣を構える。柳はそれに呼応するように、ゆっくりと前へと歩み出て相対する意思を伝える。

 柳が剣を構えた、そう認識した瞬間、二人の姿が消えた。


「こっちの最速に着いてくるとは、成長しすぎなんとちゃうか!! ちゃうな、魂が固定されたからか! なんや、全部裏目っとるやないか! 逆に笑えるわ!」

「うるさい」

「ははっ! 意識も戻りつつあるんか! せやったら、もう一押し頑張らせてもらおうか! 精々隙をつくってや!」


 鉄のぶつかり合う音が聞こえるたびに、二人の姿がチラチラと見える。冗談のようだが、目に見えない速さで競い合っているようだ。

 大気が揺れ、衝撃が風となって伝わってくる。この期に及んで、どう足掻いても同じ土俵には立てないと、完全に理解する。どうやら、俺にできる事は思考するだけになってしまったようだ。


「何か…何かないのか? 清姫はともかくメアリー一世は…駄目だ父親がクソ野郎だった事ぐらいしか思い浮かばん」

土輪の行モードソイル!! こっちならどうや!」


 俺が考えをまとめようとする中、柳は柳で必死に清美を打ち倒せないかと、試行錯誤を繰り返しているようであった。

 ずっしりと構え、清美の剣撃を紙一重で受け流し、カウンターを入れようとする。

 だが、清美に攻撃が当たる寸前で、炎が足元から火柱となり吹き上がり、柳の身を飲み込んだ。


「柳っ!」

「じゃかしいわ! 叫ばんでも平気や! 土輪の行モードソイルはな、なんでも受け入れ受け流せる! 早々死なん!」

「そうは言うがな、お前今度は手甲が燃えているぞ!」

「なんやて!?」


 手甲が燃える。それは柳にとってあまりに予想外の事であったのか、剣を振りかぶった清美の動作に一瞬対応が遅れてしまう。


「あかんっ!!」


 そのまま俺の後方まで吹き飛ばされ、なんとか立ってはいられるが、体はよろけ流石にダメージを受けてしまった様であった。

 それに加え、


「結界が…」


 周囲の背景にヒビが入り始める。俺は最悪の事態を想定した上で、


「ユエ! 平気か!?」


 ユエへと声をかける。

 そして、返ってきた答えは、


「うん♪ へいきだよっ♪ 余裕に決まってるじゃない♪ なにせユエちゃんだぞ♪ 余裕しゃくしゃくだよん♪」

「駄目だ! もう持たない! 限界だっ!」


 余裕なように見えて絶望的なものであった。

 顔面蒼白で、満面の笑みとはなんと恐ろしいものだろうか。

 限界であった。キャラから肉体にいたるまで、ユエはもう持たないだろう。


「そうか…ウサギちゃん限界か」

「柳、お前無事――――」


 柳が俺の肩に置いた手には、手甲がなかった。三回までは平気と言っていた最後の頼みの綱が切れたと言うことであった。

 柳はスクール水着と頭の飾りのみになった姿で、大きく溜息をついた。そして、吐いた分を取り戻そうと深呼吸を行い、表情を引き締める。


「お嬢ちゃんな、宿炎を自ら使えるようになっとったわ。はっきり言うわ、手加減で相手するんはもう無理や。偽工敗歴アーマーパージも品切れ、ウサギちゃんも限界、その上お嬢ちゃんの炎は勢いと性能を増すばかり。このままやとウチが死んでも、街や一般人が無事で済むとは思えひん」


 柳の雰囲気から今までの余裕がなくなる。

 嫌な予感がしていた。考えたくも無い、最悪の予感が。


「旦那、一生ウチを恨んでや」


 そして、その予感は、


「お嬢ちゃん、殺すわ」


 柳の口から、さも当然のように放たれた。

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