14.二つの名を持つ女

「よっし! 気合い入れてこか!! んで、旦那。あのお嬢ちゃんの前世に心当たりあらへん?」

「ない。強いて言うならあれだ。やつはレズだ。歴史上の変態を探せば、あるいは引っかかるやもしれんな」

「うっわー、ろくでもない情報な上、該当人物大すぎやろ。歴史上の偉人なんて、ほぼほぼ変態やっちゅうねん。他になんか…っ!?」


 緊急事態にもかかわらず柳と会話をしていると、炎の熱気があるというのに場の空気が氷のように冷え切るような錯覚に襲われる。

 柳が何かにものすごい形相で反応したあたり、どうやらまずい事になった可能性が高いようだ。


「おい柳どうし―――――」


 言葉を言い切る前に、体に衝撃が走り視界が暗転する。そして、目が見えるようになると、俺は宙を舞っていた。


「…は?」


 何事かまったく理解ができない。なんだ、鎌倉ではカモノハシが空を飛ぶ訳であるから、俺も空を飛ぶのも不思議ではないと言う事だろうか?


「すまん旦那! 緊急事態やったからブン投げた! しかし、なんやっちゅうねん! お嬢ちゃんギア上げてきおったわ! 威力も速度もダンチやないかい!」


 俺が思考の逃避を行っていると、隣から忙しない声が聞こえてくる。どうやら、柳の奴も宙を舞っているらしい。


「ブン投げた?」


 状況を整理しよう。柳の口ぶりからして、恐らくは清美の攻撃を受けたのだろう。

 つまり、緊急回避として俺を空に放り投げた、と。ふむ、なるほど大体の事態は飲み込めた。


「俺が宙を舞っている理由は分かった。だが、なぜ貴様が隣にいる?」

「緊急言うたやろ! ウチも飛んだんや! そうでもせんと――――」


 体の上昇が終わり、そろそろ落下が始まるだろと思っていると、柳が下を見て絶句する。

 俺も釣られて下を見ると、


「あ、これやばいやつじゃないか?」


 下で待つ清美が、俺達を指差している最中であった。

 あの構えには見覚えがあった。炎を出す直前の状態である。

 つまり、俺と柳は回避の不可能な空中で今から丸焼きにされるという事だ。


「柳! やーなーぎーーっ!!」

「うっさいわ! 今作戦練ったるから、ちょい待て―――――」


 だが作戦を練るっている間、清美が待ってくれるはずもなく、無慈悲なままに炎が地上から放たれる。

 残念な事に柳の言うとおり速度が上がっているらしく、俺には最初の光以外視認することはできないが、柳よりも先に落下が始まった俺から焼かれ、二人そろって丸焦げになるようだ。

 俺は目を瞑り、今までの清美との日々を思い出していた。ろくな思い出がないが、その思い出の先にあったのは無念と申し訳なさであった。

 清美に俺を殺させてしまった事とそれを止められなかった事。だが、いくら悔やもうとも、何もかもが消し炭となり消え行く中では無為な事であろう。

 俺は焼け死ぬ。その証拠に、俺は今まで以上の熱を目の前に感じていた。


「ん?」


 妙である。俺は落下し続けているというのに、熱が目の前から感じ続けているのだ。

 俺は、意を決し目を開くと、


「止まっている…のか?」


 目の前で炎が進行を止め、あろう事か落下する俺に当たらぬようにと、後退していくという奇妙な光景が広がっていた。

 そして眼下には無表情で頬を膨らませている清美が見えた。お前このやろう、この状況で何ふてくされていやがる。あまりの理不尽に苛立ちを感じていると、


「勝機!!」


 突然柳が大声を上げ、俺の首根っこを掴んだかと思うと、


「旦那バリアー!!」


 などとふざけた叫び声を上げ、俺を盾にし地面へと着地する。

 炎は俺が地面へ着地する前に消え、無事生還と相成ったわけだが。


「…どういうつもりだ」

「どうもこうも、旦那バリアーやて」

「ふざけるなカス女!! 何を考えてやがんだ!?」

「ふざけとらんわ! これが一番効率ええやろ!? 旦那がモテモテなおかげで、お嬢ちゃん火を旦那に向けられん! せやったら、旦那盾にして生き残るんが筋やろ!?」

「どの筋だクズがっ!! 清美! 焼け! この自称ベテランのグズ侍を焼き殺してしまえ!!」

「ちょっ! 何言うてん!? 盾にしたんは悪かったけど、ウチ死んだらゲームオーバーやからな!?」

「ふむ、そうだな。残念だが清美よ、焼き殺しキャンセルだ」

「聞き分けよすぎやろ!?」

「時間がないんだ。じゃれている場合でもないだろう」

「…せやな」


 俺の言葉に柳も同意する。早いところ清美の前世を当てなければ、結界が破れ洒落にならん事態に陥ってしまうのだ。具体的には鎌倉が焼ける。それはもう盛大にだ。


「何か案はあるのか?」

「気になっとるんは一つ。お嬢ちゃんが火出す時、なんや妙なもんが見えた気がした。何かは分からんのやけど、近づいて判別すれば取っ掛かりになるやもしれん」


 ふざけた奴だが、本当に戦闘に関しては優秀な女だと俺は素直に感心した。

 しかし、近づくといっていたが、先ほどよりも威力と速度の増した清美の放つ炎を避けながらで、はたして上手くいくものだろうか。


「せやから、旦那にお願いあるんやけど」

「断る…と言いたいが、それをきかなければ、どうにもならんのだろう?」

「話が早くて助かるわ。すまん、ちょっと盾になってや」


 おおよそ考えていたとおりの事を言われ、俺は思わず溜息を吐いてしまう。

 ふざけて言っている訳じゃないという事はだ、


「なんとかして清美に近づけば、後は任せろという事でいいんだな?」

「ほんま話早いな。悪いとは思う、正直やりたくもない。けど急がなあかん以上、それが最善や」

「一度盾にしておいてどの口が言うか。こちらとて、やりたくもない事だが仕方あるまい。ついて来い柳!」

「おうともさ!」


 俺は勢いよく清美へ向かって飛び出し、その後ろを柳が刀を手に臨戦態勢でついてくる。

 清美はその光景を見て、不機嫌そうに顔を歪めると、柳に向けていた指を引っ込め、俺達の到着を待つように静かに佇む。

 本当にこちらに炎を放つ気はないようだ。ここぞとばかりに、俺はさらに走る速度を上げた。


「よし! このまま行けば――――」

「行ったらあかんっ!!」


 清美まで残り5mもない地点に差し掛かった所で、俺は突然背中をひぱられ、後退する事となる。

 そして、次の瞬間には俺の先ほどまでいた地点に炎が押し寄せる。

 危なかった…。柳に背中を引っ張られなければ、俺はあの炎に飲み込まれていただろう。

 俺を燃やす事に失敗した炎は、まるで生きているようにうねりながら、獲物を逃がしたと悔しがっているように見えた。


「宿炎や。どうやら、お譲ちゃんの意思に関係なく、自動防衛をおこなっとるみたいやな。でもまあ、後ちょいやし、後はまかせたってや!」

「は? 待て! 宿炎て燃えたが最後なんじゃ――――」


 俺が止める間もなく、柳は清美へ向かい飛び出していく。

 そして、当然宿炎は柳目掛け迫り、清美もまた柳が前へ出た事で狙いを澄まし炎を放たんとする。

 無鉄砲は結構だがこのままでは、鉄砲玉でお終いだ。しかも、ダメージがない以上豆鉄砲である。

 こうなる事は分かっていたはずだと言うのに、何故今飛び出したのだろうか。アホなのだろうか。


「おーおー、オールスターやな! 阿呆め! もろたわ!!」


 勝機を得たとでも言うような言葉に、俺は柳が何か策を講じて清美に突っ込んで行ったのだと理解する。

 あまり、活躍してはいないが、流石戦闘に関してのみ一流の風格を漂わせてるだけはある。

 俺は素直に感心したが、数秒後俺の感心と共に、柳は炎に飲まれその姿を消す事となる。


「は?」


 炎が当たった。それどころか、飲み込まれおった。それも、あの水の双竜を飲み込んだ宿炎にだ。

 …やられたんじゃないか?


「冗談だろ!? 柳! 貴様! 流石にそれはないだろうが!!」

「何がないって!?」


 柳を飲み込んだ炎の一部が突如膨れたかと思うと、中から柳が飛び出してくる。

 生きていて何よりだが、


「柳! お前鎧が焼けているぞ!」

「わーっとる! 一旦離脱や!」


 柳の着ている甲冑が現在進行形で燃えていた。

 それも生きているようにうねりながらだ。恐らく、柳の鎧についているのは宿炎だろう。

 俺は燃えている鎧が気になって仕方がなかったが、柳に言われるままに一時後方へと柳と共に撤退する。


「柳…それ、平気なのか?」

「平気な訳ないやん。ところがどっこい平気やねんな! ほんなら、偽工敗歴アーマーパージ!」


 柳が気合を入れるような仕草をすると、柳の着ていた甲冑が外れ、地面に落ちたかと思うと、そのまま燃え尽きてしまった。

 衣装を捨て去って大丈夫なのかと心配したが、どうやら胸元はナイロンのような布に守られているようであった。侍から痴女へのジョブチェンジは、どうやら回避できたようで何よりである。


「残りは手甲と草摺、二回分は死んでもよしってな! どや? すごいやろ? ウチ以外やったら、あかんかったやろな~」

「うざったい奴め。二回分は必要ない、今燃え死ね」

「辛辣ぅ!」


 どういう原理かは分からないが、全身に炎を浴びて甲冑しか燃えてなかった所を見るに、ダメージを一点でのみ受け、それを切り離すことが出来るのだろう。

 しかもあと二回と言ったか? 倒しても何度も立ち上がるなぞ、この女ラスボスクラスなのではなかろうか。あまり活躍はしていないが。

 戦わずにすんでよかった、今は心からそう思うのだった。


「それで、何か収穫はあったのか?」

「あったあった! 薄っすらとお嬢ちゃんの背後に見えとったもんが分かったで! 蛇や蛇! 真っ赤な蛇がギラギラこっち睨んどったわ!」

「レッドスネークカモン!?」


 まさか本当にレッドスネークを呼び出しおるとは正直脱帽である。

 と、冗談はそこまでにしておき、わざわざ炎を呼び出す際に清美が掛け声に決めた事。それと今この状況下で柳がその姿を確認できた事。

 以上を鑑みて、蛇が清美の正体のキーワードである事は間違いないだろう。


「蛇…は確定として、次の条件は…炎だろうか? それと名前…まさか」

「おっ、心当たりあるん?」

「…ある。だが、いや、待て、だとするとあいつが今バグってる原因が俺という事になる。違うな、俺のせいではない。むしろ俺は被害者であると言えるだろう。俺と清美に一切の不順な関係はないのだからな。そしてあいつはレズだ。よって、他の可能性を模索するのでしばし待て」

「なんやその長台詞! 何に言い訳しとんねん!! 自分ら、急いどるからね!? ちゅーか、何を言うてもお嬢ちゃんがああなっとるんは、旦那に関係あることやろ! 腹くくれや!」

「分かっている、分かってはいるんだ。だが、結末が…俺が殺される事になる…」

「ええから口にせい!」


 柳の奴、自分が関係ないからと勝手言いおってからに!

 だが、時間がないのは柳の言うとおりであった。

 俺は心の中でどうか当たらないでくれと、神や仏あるいは邪神にまで祈りながら、


「き…清姫」


 その言葉を口にした。


―――――パリン


 途端に場に響くガラスの割れたような音。

 最悪の気分であった。当たってしまったと言う事はだ、詰まる所俺は焼き殺される可能性が高いと言う事だ。


「一瞬で焼け死ねるといいんだがな…」

「気持ちは分かるが、悲観しとる場合か!! どれや? どの伝承の清姫が事実やったん!? ただの娘か、娼婦か、婆か、どれや!?」

「俺が知るか!! アレンジが多すぎて原点など分かるわけがないだろうが!!」


 安珍・清姫伝説、概要としてはヒロイン清姫が僧であった安珍に騙され、蛇となり安珍を焼き殺す話である。

 あくまでも伝承として残っている話であり、言ってしまえば創作である可能性が高い訳だが、どうやら事実としてモデルになった人間がいたようだ。


「それよりや! 存在が曖昧なんに、あないに強力な力持っとんねん! 普通ありえへんやろ! 具体的に存在が確認されとらんなら、名が通っといても力はスカスカが定石やろうに!!」

「そうなのか? だが、ユエはどうなる?」

「ウサギちゃんは特別や。本来はな、『白紙ブランク』言われとるような、ちょいとした特性を引き継いどる程度のもんやねん。まあ、ええわ」


 柳は外人のようなオーバーリアクションで文句を言っていたと思うと、突然口角を上げてにやりと笑う。雰囲気が突然変わる件といい、何かの特技なのだろうか。


「魂も固定できた。相手の前世も大体知れた。ほんなら、ちゃっちゃと済ましたろか」


 そういうや否や、柳は清美へ向かって突進していく。この女、戦闘スタイルは突進しかないのであろうか。

 しかし、今はベテラン気取りの割には戦法が雑な部分にダメ出しをしている場合ではない。


「馬鹿が! 突っ込むなら俺を連れて行け!!」


 俺を連れずに一人で向かって行ったという事は、初っ端から清美に狙われるという事だ。

 案の定清美を守っていた炎の壁が開き、清美が柳を指さそうと手を動かす。

 次の瞬間、


「かかりおったな! 風輪の行モードウィンド!!」


 一陣の風が吹いたかと思うと、柳は清美の懐へと入り込んでいた。

 清美の炎を回避しながら近づくのが難しいのなら、それを放つ前に近づけばいい。

 簡単な話だが、実行するとなると話は別なのだが…あの女、まだ切り札を隠し持っているとは。戦法は相変わらず卑怯であるが見事である。


「終いや! ちぃと痛いが、堪忍やで!」


 武器を持たない相手の懐に入った以上、長かった戦いが終わる。そう思い俺は思わず安堵の溜息を吐いた。そして、その気持ちは柳も同じだったのだろう。

 だからこそ、油断が生まれた。


「は?」


 柳が清美に峰打ちを入れようとした瞬間、清美の体から何かが顔を出す。

 それは鉄の塊であった。

 否、それは鉄の塊というには、あまりに整っていた。それは、一見にして菜切包丁のような、四角い大剣であった。

 そしてそれは、


「柳っ!!」


 飛び出した勢いをそのままに柳へと迫る。


「っ! 土輪の行モードソイル!!」


 そのまま大剣に貫かれるかと思った柳であったが、咄嗟になにか対策を講じたのか大剣の突きを受けて、俺の近くまで吹き飛ばされる程度で済んだ様であった。


「柳無事か!?」

「きっつ…ギリ防御が間に合わんかったわ。アレはなんや…? 清姫伝説にあんな記述あらへんやろ…」


 吹き飛ばされた柳に駆け寄ると、思っているよりもダメージは受けていなようであった。

 すぐに立ち上がると、ブツブツと何か考え事をまとめる様に独り言を呟き始める。


「ありえん…ならありえる方向に…せやったら…そうなる…か」

「ブツブツと気持ち悪い。何を悩んでいるか知らんが、話を聞かせろ」

「ダメージ受けたんやから優しくしてや。と、そないな事言うとる場合やなかった。旦那、緊急事態や。お嬢ちゃんやけどな、多分前世一つやないで」

「は?」


 何を馬鹿な事を、そう口に出そうとしたが、


「やっかいな事になりおったわ」


 どうやらふざけている訳でもなく、ましてやそんな事態ではなかったようだ。


「お前の言葉を信じるなら清美の前世が二つになるのだが、どういう理屈でそうなるんだ?」

「完全な生まれ変わりやないっちゅうこっちゃ。例えばやな、片方は血筋でガチ系、もう片方は性質が似てたんで引き寄せられたとかやな。ウチかて完全な生まれ変わりやないで。せやから、前世が二つってのは、稀によくある話なんや」

「分かりづらい説明をしおってからに…。つまり、生まれ変わりでないなら、能力を二つ持っている奴がいるって事だろう?」

「それや!」

「それや、じゃねえ―――――」


 いやな気配を察知し、俺と柳が同時に清美を見た。

 柳を吹き飛ばした後、宙に浮いていた大剣が清美手へと吸い寄せられていく。

 そして、大剣の柄を手に取り、


「やっぱウチかいな」


 その切っ先を柳へと向ける。紛う事なき宣戦布告であった。

 そして、ゆっくりと清美がこちらへと迫ってくる。


「旦那、あちらさんもウチをご指名やし、ちょいと行ってくるわ。旦那はもう一回前世当てれるよう考えておいてや」

「…分かった。出来れば何か情報を頼む」

「無茶言いなや。けどしゃーない、気張ったるわ」


 清美が歩くのを止め、剣を振り上げ駆け出すと同時に、柳も清美へと向かい走り出す。

 剣戟が響き、戦いが始まる中、


「本当に厄介な女だ。お前てやつは」


 俺の愚痴は鉄と鉄のぶつかり合う音の中に消えていった。

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