第89話「そんな下らない事で、貴方は解体したんですか!?」

 ネア達の言う通り、基地の何処を探しても戦闘機人達はいなかった。

 最低最悪の予感が頭を過り、スタッフ陣を問い詰めた。最初は口を割らなかったが、コルラの蛇睨み弱と催眠状態により、自白させた。


 そして、戦闘機人達は長官の指示ですべて解体された事が判明した。私達が部屋で推理していたほんの数時間の間に、あれだけいた戦闘機人達を1人残らず全てだと……!?


「そ、そんな……馬鹿な事が……!? 何て男だ……」


「し、信じられません……全部残らず解体してしまうなんて……酷過ぎます」


 あの男は馬鹿なのか、本気で頭が狂ったのか!? 戦力を総べて失った状態ではないか。こんな状況を懐柔に襲われたら誰が防衛する? 奴らは通常兵器や人間では絶対に撃退できない存在、この世界では戦闘機人でないと怪獣を退けられない法則の筈だ。


 処女厨と童貞をこじらせて狂う所まで狂ってしまったのかあの男は!?


 何という事だ。実に下らない事で犠牲者を出してしまった。こんな下らなすぎて泣きたくなってくる事件の結末がこんな形で終わる等……アンチートマン一生の不覚、汚点だ!


「だが……せめてあのチート眼鏡を破壊しておかねば!」


 急いで長官室へと駆けた。もはや頭の中が本気の怒りでなく、情けなさとアホらしさからくる怒りの感情で満たされる。情けない、しょうもない。このやり場のない怒りとやるせなさを誰にぶつければいい? あの男しかいないだろう。たかが自分の部下である戦闘機人達が性行為を経験していただけで解体して処女主義を主張するなど、もはやお天道様に顔向けできない本性だ。あの男、初見は物腰柔らかい生真面目な性格と思ったが、真面目系屑である事は既に承知している。一発殴って粛清してやらねば気が済まない! どうやらネア達も同じ事を考えているらしく、明らかに怒り心頭している。いいぞ、この際だからとことんやってしまおう。ここがもう一つの地球なら尚更だ!


「おい、長官!」


 扉の前に辿り着くとノックもせずにいきなりノブを回して扉を乱暴に開けた。机の上でリラックスしていた奴の姿を視界に捉え、増々腹が立った私達はそのまま部屋に侵入する。男は驚愕して声を掛けてきたが、無視して胸倉を掴みあげて持ち上げた。微かに呻き声が漏れたがお構いなしに話を始めた。


「貴様ぁ!! 処女厨と童貞をこじらせて戦闘機人達を殺したな!!!!!」


「なっ!? ……ぐ、あ、アンチ殿何をする、落ち着いて下され……!?」


「この状態で落ち着ける馬鹿が何処にいる愚か者が!!!!!」


 持ち上げた長官に怒声を浴びせる。声の出力はMaxだ。部屋中に私の怒声が響き渡り、微かに揺れた気がする。そして追い打ちを変えるようにネアが糸を放出して長官を簀巻き状態にして拘束。バイラも付け足すように糸を吐き加え、拘束力を上げてくれた。


「アンチさん、もうこの男の犯行暴露する必要はありませんよね?」


「ああ、モブキャラが全ていなくなり語る相手が犯人だけになったからな!!」


「貴女は最低な男ですね! とち狂って全ての戦闘機人を解体してしまうなんて、自ら手の込んだ自殺をしたような物です! これじゃ怪獣が攻めてきたら何もできないじゃないですか!! 馬鹿でしょう!?」


「眼鏡は何処だ!? 言え、あれはこのアンチートマンが直々に破壊する!!」


 持ち上げた長官を激しく揺さぶり脅す。彼は短い呻き声を漏らしながら必死に体を動かそうともがく。


「何を言う! 結婚まで処女を守らないビッチ共は、すべて消えてしまえばよいのだ。中古品に用は無いのだよ!!」


「そんな下らない事で、貴様は戦闘機人達を解体して基地の戦力を大幅に弱体化させたのか!? 成程、手の込んだ自殺行為だな!!」


「ええい、黙れ客人! この眼鏡は今後私が目指す白い処女基地の発展には欠かせないものだ!!」


「キモいです!」


「ああ、キモい!!」


「キモいですわ!!」


「キモいのよ!!」


「キモいんだよ!!」


「大変気持ち悪くございます。怒りを通り越して呆れすら覚えます。全く不遜極まりない真面目系屑であり、処女中の権化。救いようがありませんな」


 全員で悪口を投げつける。特にバイラの懇切丁寧な言い回しが堪えたらしく、長官は唸り声を上げた。しかし、意地でも眼鏡を渡さない姿勢は変わらず、私はそのまま眼鏡に触れようと手を伸ばす。


「すみません長官。お騒がしいところ失礼します」


 突然、背後でノックが聞こえたかと思うと、扉が開かれて1人の少女が入って来た。こちらは男性スタッフ以外この基地には残っていないと認識していたため、正直驚きを隠せなかったが、即座に長官を離した。

 その少女には見覚えがある。確か、戦闘機人の1人だった。見た目は戦闘向きには見えないが小さいながらも高性能なシリーズと資料には書かれていた。何故彼女がこの場に現れたのか理解できなかった。この男は基地に存在する全戦闘機人を解体してしまった筈だ。センサーにも彼女達の反応は皆無だった。


「長官、私のレベルが何故か1に戻ってステータスが下がっているのですが、これはいったい……?」


 少女は私達の事などお構いなしに、この男に向けて何やら疑問を投げている。……レベルが1に戻りステータスが下がる……? まさか! この男は一度解体した彼女達を再び製造したのか!? 


 わざわざ製造し直すのなら、何故再び作り直すと言う面倒な手順を踏んだのか。いや、既に答えは出ているではないか。解体して作り直すという事は、身体が新しく生まれ変わっているという事だ。つまり、処女膜がある身体。この男……どうしようもないくらいに屑だ!!


「やあ、新しく来てくれたね? 実は前回の君達には問題があったのだよ」


 意気揚々と笑顔で語り出す男。何を抜け抜けと! 自分の勝手な都合で、処女厨をこじらせて戦闘機人全てを解体した貴様が言える事か。だが、どんなに反論したところで、あの少女は既に新しい存在として誕生した。私達が事情を説明したところで理解できないだろう……。


 ……ん?


 ちょっと待て。


 記憶が無いのなら、何故あの少女は自分のレベルが1に戻っている事を自覚しているんだ……?


 明らかに前世の記憶がある事を自覚している証拠ではないか!? まさかと思い、私は少女の方を振り返り確かめた。すると……。


「ああ……そうでしたね……ワタシ、解体サレテノデシタ。何ノ意味モ無ク……」


 瞬間、全身から汗(オイル)が噴き出した。これは、恐怖だ。少女の雰囲気が先程までと違う。その声は呪怨に満ちている。彼女の背後には前世の記憶の証である炎のオーラが浮かんでおり、その中には目の前にいる彼女と同じ姿の少女、彼女自身がいた。


 同じと言うと語弊がある。その姿は意味も無く命を散らされた事に対する呪怨が宿る恐ろしい形相となっていた。見ているだけで身体中に悪寒が走り、硬直して動けなくなってしまった。ネア達も彼女の異様な雰囲気を感じ取り、私と同じ状況に陥っている。そして、それはこの男も同様だった。


「な、何を言っているんだ? どうして記憶が……ど、どうして数字が変わっていないんだ? 確かに君は新しく製造した新しい君であって、前の中古の君ではないだろう!?」


 男の声が恐怖で震えている。身体中を震え上がらせて、ゆっくりと近づいてくる彼女に対して怯えている。徐々に壁際に追い詰められた男は背後を振り返り悲鳴を上げる。そして、彼女は首を横に傾けて男の顔を覗き込んだ……。


「返シテヨ……ワタシノ……ワタシノ彼氏ヲ返シテヨォォォォォォォォォォォ!!!!!」


 少女の呪詛の叫びを直に聞き、基地全体に男の絶叫が木霊する。


 そうだ、転生しても……経験人数とそれに繋がる記憶は保ったままだったのだ。そう理解した瞬間、私の意識は途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る