第90話「キャハハハハハハハ!!!!!」

 気が付くと、私は長官室で倒れていることに気付いた。視界が正常に作動して、データが画面に表示される。30分くらい気を失っていたらしい。私が起き上がるとネア達が出迎えてくれた。


「良かった、アンチさんだけ目覚めないからどうしたのかと思いました」


 ネアが安堵の声を漏らす。皆も一先ず安心したように一息ついている。


「……あの男は? 彼女はどうしたんだ?」


 周りを見渡すと、何処にも彼女と長官がいなかった。何処に行ってしまったのだろうか? あの後彼らはどうなってしまったのか気になって仕方がない。


「それが……あのアンチさん? この部屋の様子……見てください……」


「……何だこれは? 何でこんなにホコリだらけで……古めかしくなっているんだ!?」


 ネアに促されて部屋全体を見渡してみると、部屋の様子が一変していることに気付く。整理整頓されていた外観は無くなり、代わりに蜘蛛の巣と埃だらけの閑散とした部屋に変わり果てている。まるで、何十年も人が来ない部屋のようではないか……。窓から日の光が漏れている程度しか明かりが存在しない。


「ちょっと待て……なにがどうしてこうなったんだ?」


「それがね旦那……他の部屋も見て来たんだけど……何処もかしこも廃墟になってたわ」


「まるで誰も近寄らない廃墟とでも言いましょうか、僕達も目覚めた時にはこんな状況でしたの」


「わけわかんない状況だよ? で、私は街の様子を見に行ったんだけど……」


 モコが話すのを止めた。沈黙が流れる。その瞬間、言いようのない悪寒が走る。そしてモコは徐に口を開いた。


「街自体がゴーストタウンになってたんだよ? 信じられる?」


 急いで外を覗きこもうと埃だらけの窓を開いた。すると、外に広がっていたのは初めて訪れた時の耀げな港町ではなく、大きな被害に遭ってそのまま閉鎖してしまったような、草木が生え茂る無人の街が広がっていた……。


「これは……どういうことだ。私達が全員で気を失っている間に、この場所は廃墟にでもなったと言うのか……?」


「アンチ殿、それはどうやら違うようです」


 バイラが断言する様に発言した。その手には、あの男が掛けていたチート眼鏡が握られていた。彼はその眼鏡を不思議そうに、怪訝深そうに眺めている。


「アンチ殿。この眼鏡が我々をここに招いたのは確かでしょう。しかし、この状況から察するにこの街と基地は最初から廃墟だったと推測します」


 バイラの突然の問題発言に、私達は眼を見開いて彼に視線を集める。そんな馬鹿な事があるか。


「ちょっと待てバイラ。それはいくらなんでもありえないだろう。私達はここ数日間、戦闘機人の子達とスタッフの人々、町民と話して触れあってきたじゃないか。怪獣撃退の仕事も手伝った」


「それが全て……この街に残る呪怨により見せられた幻覚だったとしたら……?」


 バイラの声色が変わる。徐にこちらに視線を向けながら、私に眼鏡を差し出す。手袋を嵌めた手で眼鏡を受け取ると、かなり汚れて埃だらけな事に気付いた。


「まさか……このチート眼鏡により起きた惨劇を街に残る思念のような物が見せていたと言いたいのか……?」


「はい。もしこの眼鏡が見せていた幻覚なら、アンチ殿は掛からないはずです。ですが、私達も含めて全員が謎の数日間を過ごし、気が付けばこうして辺りは廃墟。こう推理するしか受け止められません。恐らくですが、我々はチートアイテムにより起こった過去の惨劇を疑似体験していたのでしょう。あの長官という男はこの眼鏡を手に入れた末に童貞をこじらせてあのような暴動を起こし、最後は記憶を残していた彼女によって……これ以上はいいでしょう。私達は直に見ていたのですから」


 バイラの推理を聞いていて、全員その場で黙り込んでしまった。今までの事は全て幻想だったというのか……あれほどリアルに反応していたというのに。半分機械の私まで幻覚が作用していたとは信じがたいが……異世界は無数にある。そんな不思議な事が起こっても驚く事ではないのかもしれない。


「ここに生きていた人々の強い念が残っているのかもしれないな……時として町全体が霊現象を引き起こす程に……」


「私達、実に不思議な体験をしたんですね……何だか新鮮と言うか、怖いと言いますか……」


《ようやく理解できたか?》

《やれやれだよ》


 不意に、チェイサーとサイダーの声が扉の方から聞こえ、視線を移すと、ロボットモードに変形した2人が佇んでいた。成程、2人はこの事を知っていたわけか。


「知ってたんだな? だからあんなやる気の無い様子を見せていたんだな?」


《私とサイダーは完全な機械だからな。本格的霊現象の前では無力なんだ。何もできずに計器を狂わされる》


《幻覚の類は僕らではどうしようもないからね。それに過去話も過去話だから……》


「そうだな、科学の力は呪怨には無力……おい待てよ。ここで見せられた現象が霊的現象で引き起こされたという事は……人々の念が籠っているという事は……」


 全員黙り込む。嫌な空気が流れる。そうだ、つまりはそう言う事ではないか。


 この場に大勢の幽霊が存在するという事になる。種族ではない本物の幽霊が……。ネア達に視線を移すと、皆表情が引きつっている。コルラは苦笑いを浮かべており、ピーコは首を横に振って否定する様子を見せる。モコは震えてネアは周りを見渡す。チェイサーとサイダーは何とも言えない表情を作る。


「ヤット気ヅイテクレマシタカァ?」


 一際生気の無い声が辺りに響いた。声の正体は、バイラだ。


「キャハハハハハハハはハハハハハハハはははははあはははははははははっはあっははあはっははははははははははははははははははあああああああぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁがががががぁぁぁ!!!!!」


 私達の心からの絶叫が廃墟に木霊した。そうか……バイラは最初から憑りつかれていたのだ。


 この場に残る怨念に……。

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