第88話「下らなすぎる」
全員で黙り込んだまま、長い沈黙が流れた。
もう全員、この奇妙な事件の犯人があの青年であると理解している。だが、この推理通りになると、あの青年は自分が童貞故に戦闘機人の男女が付き合って関係を持っている事を許せず、処女厨をこじらせて彼女達を解体し、女子だけを製造して男子だけは製造しないという、いわゆる嫌がらせをしているという事になる……。
「……下らない……」
思わず呟く。
「……下らないですね……」
ネアも一言漏らす。
「……下らないですわ……」
コルラが溜息交じりに口から言葉を出す。
「……くだらないわねぇ……」
ピーコが唸り声気味に吐き出す。
「……くだらねえ……」
モコは頭を抱えて静かに嘆く。
「……実に下らないですね。チェイサー殿とサイダー殿がやけにやる気が無かったのは、こういう結末を予想していたからかもしれませんね……」
最後にバイラが、丁寧に事の顛末をまとめた。
そう、やはり下らなすぎる。いいのか? この下らない事件の全貌をあの長官の前に付きつけるのか? その後にあのチート眼鏡を破壊する? いや、待て。別にあの男にお前が犯人だと告げる必要が無いだろう。手っ取り早く眼鏡を壊してこの世界から去ればよいだろう。だが、戦闘機人達は未だに腑に落ちていない筈だ。そして、あの眼鏡を破壊してしまったらあの男がどうなってしまうのか……処女であるか見分ける事が出来なくなり、発狂するか? ああ、なんだか馬鹿馬鹿しくて情けなくなってきた。思わず頭を抱えてうめき声を出す。私は何のためにこの世界に来たのか……。
「アンチ殿」
「何だ、バイラ?」
「確かに、今回の一件は頭を抱えるほどの下らないかもしれません。しかし、この世界に住む戦闘機人の方々にとっては未だに不可解な事件として頭に残っている事です。だから、実に下らない事であっても、彼女達の為にあの長官を問い詰め真実を公にするべきです。この世界では戦闘機人の方々を解体する事が自然なことであったとしても」
「……お前初めて長台詞喋ったな……」
「台本に書いてありますから」
ここまではっきりと意見を述べるバイラは珍しい。後に引けなくなるではないか。まったく、非常に気が進まないが仕方がない。これもアンチートマンとしての使命と捉えよう。両手で太ももを叩きながらゆるりとソファーから立ち上がる。
「戦闘機人の子達を集めて、彼を交えて話をする。皆、できるだけ行方不明になっていた戦闘機人と仲のいい子達を集めてきてくれ」
全員が静かに頷き、それぞれ戦闘機人達を呼びに行くために部屋から出て行った。そうして1人部屋に残された私は、溜息交じりに再びソファーに腰掛ける。そして、検索機能で集めた情報を再び両目からデジタルスクリーンとして表示する。映し出されたデータ映像を閲覧していく。このデータだけはネア達には見せる気がしなかった。
「……あいつのデータがここにあるとはな……」
意図せずして手に入れた情報だった。まさかこの世界がもう1つの地球だとは驚いた。建物の作りと街の雰囲気、技術力と文化に懐かしさと親近感を覚えてのもこの為だったのだ。だからこそこいつのデータもあったのだ……。
「超人(スーパー)兵士(ソルジャー)計画(プロジェクト)、実験成功正式採用体第1号TATUYA……」
それは、前の異世界で倒した異世界転移者に関するデータだった……。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
しばらくして、ネア達の帰りが遅いことに気付く。あれから30分以上は経過している。流石に心配になって来た。やはりあれだけの人数に話し回るのは大変だったのだろうか……。いや、そうでもないだろう。ただ重要な話があるからこの部屋に来てほしいと戦闘機人の子達に知らせるだけだ。それだけでここまで時間が掛かるだろうか。それとも出撃命令で出払っているため揃えられなかっただけか?
しかし、部屋の外から複数の駆け足音が聞こえて来た。この熱源反応と足音の歩く癖は、ネア達だ。だがおかしい、何をそんなに急いでいるのかわからない。そして、勢い良く部屋の扉が開かれて、息を切らしたネア達が慌てて部屋に入り込んできた。全員青ざめた表情で冷汗をかいている。一目で尋常ではない事態が起こっている事を把握できた。何があったのか尋ねる。
「どうした、何があったのか落ち着いて話してくれ」
「アンチさん……大変です……いないんです……」
「……いないって、どういうことだ、ネア?」
「言葉通りです……いないんです……。戦闘機人の子達が全員この基地から消えてしまいました!」
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