第63話「手に入れた新たなるパワー」

《さあ、無事に到着だ。アンチ・イート》


オクッテキマス・プライスレスというトラックに運ばれて次元移動した私は、いつの間にか興奮が収まり、いつも通りの思考と話し方に戻った。自分でも疑問に思うが何だったんだあの人格は? 私の思考回路と言語機能は暴走して故障するとあのようになるのか?


《ああ、私の内部で一時的に人格を元に戻すプログラムを打ち込んでおいたんだ。安心してくれ》


「それは、どうも……」


周りを見渡すと、私が一番最初にインテリジェントデザイナーと邂逅した時の場所と同じ、暗闇ながらも、下から光を照らすステンドグラス調の柱がある空間。闇と光の融合したような不思議な空間。個人的にはインテリジェントデザイナーの間とでも呼びたい。


そうか、私は直されるために再びこの空間へと運ばれたのだな。しかしながら、我ながら滑稽な話しだ。自分で良かれと思い行動した結果が騙されて惨劇が発生した。その結果、破壊衝動と、怒り、悲しみと憎悪に思考を飲まれて怪獣化したわけだ。

しかも、情けの無い事に記憶と意識は半ば程しか保っていなかった。暴れた感覚は存分にある。


 ――よくぞ参った、ぞ……――


 彼の声が、インテリジェントデザイナーの声が私の聴覚に届き、この不思議な暗闇の空間内に響く。


「……どうも……」


今の気持ちを正直に言えば、気まずいといえる。

当然だ。原住民の言葉を信じたせいで、自分の浅はかな考えのせいで森全体が焼き払われる惨劇が起きた。微かに残る情景は、ダークエルフに直接手を下した事。あの時の私は、世界中の誰よりも獰猛で狂暴な生き物となり、アンチートマンの制約からも解放されていた。しかも、ある種の快感を覚えていた。


 ――うぬは暴走の果てに壊れた。口から紡ぎ出す言の葉も、人格も壊した。身体機能も負担を掛け過ぎた、ぞ……うぬは自分の過ちを憎むあまり、予すら予期しなかった事態を招いた、ぞ……――


 脳内に直接……否、心と精神に直接語り掛けるこの声は、自分が如何に小さな存在かを自覚させられるような感覚になる。彼は何でもお見通しだ。隠す必要も無いからさらけ出せる。


「……申し訳ない。まさか怪獣化するとは、自分でも未だに信じられません。その上、機能停止に陥ってしまうとは、情けない限りです」


 ――で、あるか……うぬはよくやっておる。ただ、そこに住む者達を、信じる気持ちを裏切られただけぞ。そもそもうぬは、異世界チート転生者以外は殺せぬ存在……原住民のいざこざには、不干渉、ぞ……――


 改めて念を押された感じか、再認識させるためか、妙に含みのある言い方をされる。


「私はどうなるのです?」


 ――うぬには、異世界チート転生者だけでなく、悪事を働く現住民に対しても、ある程度干渉ができるように改良する、ぞ……。その必要性を、感じた。時として、理不尽な脅威すらも絶やせばならぬ――


 どうやら私は改造手術的な事を受けるようだ。だが、私の本来の使命は異世界チート転生者を狩る事なのに、現住民の行動にまで鑑賞できるようにしてもらえるとは思わなかった。いいのだろうか?


「インテリジェントデザイナーよ、良いのですか? 私は元々異世界かいチート転生者を狩る番人として新たな生を貴方から授かった半サイボーグ。それが……ダークエルフの件があったとはいえ、何も干渉できるようにしなくても……」


 ――うぬは、ただ異世界チート転生者を狩るだけの存在にあらず。今うぬが行っている使命は、正しき正義とは言えぬ、正にアンチテーゼ、ぞ……。しかし、時には正しき正義も実行する事も……必要、ぞ……――


「インテリジェントデザイナー。それが、貴方の答え、お導きなのですか? 私は、現地で行われる出来事……悪行を止める権利を与えてくださるのですか……?」


 ――で、あるか……――


 相変わらず古風で回りくどい言い回しを好むお方だ。


 ――うぬには、改造後に使命に戻ってもらう……新たな正義と共に、ぞ……――


「感謝いたします」


 ――修復と共に、新たな力を授けよう、ぞ……――


 私の身体が光に包まれる。なにやら心地の良い感覚が体中を駆け巡る。穏やかな気持ちになってきた。そのままゆっくりと瞼を閉じた。宙に浮かぶ浮遊感、余計な音も何もない空間は落ち着く。

身体中の機能が、癒されていくような、損傷した個所が修復されていくような感触。光がちらつき、それと共に、思考が鮮明になる。頭に新たな情報が入り込み、膨大なデータが渦巻く。私の身体を構成する有機物と無機物の細胞が、活性化する。骨も筋肉も、皮膚も内蔵も、神経系統全てが刺激を受ける。

どれだけの時間が経過したのかはわからない。だが、改造修復手術が終わったと理解できた。ゆっくりと瞼を開いた。そのままステンドグラスの地面へと足を置く。手足を動かして確かめてみる。まるで生まれ変わったような気分だ。


 ――うぬに授ける新たな力は……これ、ぞ……――


「これは……?」


何処からともなく、光りに包まれ出現したのは、両手で掴んでもはみ出る大きさのバックルを付けたベルトらしき物と、両手で振り回せそうな柄の長さと大きな刃を持つ斧だった。これが私の新しい力か。ベルトと斧がパワーアップアイテムというわけか。


 ――ベルトは常に装着するが良い、アンチバレットコアとアンチートガンナー、双方を収めるホルスターも取りつけ可能、ぞ……。斧はうぬの意志で自由に手元に、戻る。凄まじきエネルギーを操り、異世界チート転生者、原住民、どちらも対応、できる。浮遊も可能、ぞ……

 ベルトの力により、新たな姿へと変身可能、ぞ……。今まで通りアンチートガンナーも使える、ぞ……存分に力を奮うが、よい……――


「あ、ありがとうございます……」


《では、行くとしようか。皆の所へ》


――で、あるか……フハハハハハ!!!!!――


 私はトラック形態に変形している彼の中へとお邪魔する。もちろん運転席だ。運転する必要はないと思うが。


《では、出発だ》


目の前に空間の裂け目が出来る。私を乗せたオクッテキマスは、加速して裂け目へと突入した。


 ――――……――――……――――……――――……――――……――――……


《よし、無事に到着だ。アンチ・イート》


「ああ、ありがとうオクッテキマス・プライスレス」


 無事に裂け目を通り抜けた。扉を開けて、外へ出た。すると、ネア達が炎を焚いて待っていた。そしてこちらに気付くと、皆急いで駆け寄ってきた。だが、その中でも一番早いのはネアだった。羽があるモコよりも早く、私に迫ってきたのだ。


「アンチさん!!」


「っがあ!?」


 彼女はいきなりジャンプした後、回転しながら飛びついて来た。両足で肩の上に乗っかられて彼女の大事な部分が当たる。


「こら、やめなさいはしたない!」


「元に戻ったんですか? もう、あんな目に遭わせませんか?」


「バッチリだ、安心してくれ。パワーアップアイテムも授けてくださった」


「ああ……良かった……!! 元の貴方に、優しい貴方に戻ってくれました……これで、またあなたの従者として着いて行けます……!! う、うぐ……ひっぐ……」


満面の笑みで思い切り抱き着かれるが、次第に泣きじゃくり始めた。青い肌が紅潮しており、白目の無い円らな黒い瞳には薄らと嬉し涙が浮かんでいる。か細い腕と華奢な体つき。少しの間迷惑を掛けてしまった。そっと彼女の髪を掻き上げて撫でる。彼女は幸せそうな微笑みを浮かべる。

 無邪気な笑顔だ。それでいて健気。思えば、彼女は少しの間だがアンチートマンに変身する事と、住民に話を聞くことを考慮してずっと人型で行動していた。本来なら元の姿でいるのが一番だというのに。無理をさせている気がして罪悪感を感じる。


「すごく……温かい温もり、私ずっとこうしていたいです!」


こちらの心配を他所に、彼女は私に抱き付いたままだ。その気持ちは嬉しい。


「フフフ……もうネアちゃんったら。僕もアンチ様が元に戻ってくれて、嬉しい限りですわ」


「ホントよ、ネアネエさん旦那が戻るまでずっと泣いてたんだからね?」


「そうか、すまないなコルラ、少年。君達にも苦労を掛けた」


「いえいえ、おかげで暴れる事が出来ましたので満足ですの、フフフ」


「アタシも気にしてないわ。それよりもモコ、アンタ旦那とちゃんと話しなさいよ?」


「わ、わかってるから!」


 おや、どうやら少年とモコは多少棘が抜けたようだな。モコは改まって私と向かい合う。正直気まずいのだが、彼女からは敵意は感じないので、森の件で苦言があるわけではないらしい。


「えっと、私はあんた達に命を助けられたから恩に報いる義務があるじゃん? でさ、私はあんたが見せた誠意に是非とも応えたいのさ。だから、バイラ共々、チームに入らせてもらうから。私達の力、存分に使って」

「ヨロンセル」


 真っ直ぐな気持ちだ。嘘偽りの無い。恩を返したいとは義理堅い子だ。しかも俺が示した誠意に応えたいとはこれまた律儀。空を飛ぶことも踏まえ、ここまで着いてきてしまっているのだから断る理由も無い。一応これまでの戦闘経験を見ていたから問題ない。


「こちらこそよろしく頼む、モコ、バイラ。さて、ネア、いつまでも抱き着いてないで離れてくれないか」


「イヤです!」


 何故だ、ホワイ?


「……ずっとこうしていたいです、どれだけ心配かけたのか、わかってるのですか!?」


 ネアは抱き着いたまま、すり寄る。肌に当たる体毛の感触は冷たいとは言わないが温かくも無い。彼女の肌には温もりを感じる。命の脈動だ。だが私は彼女だけのものではなく皆のものだ。独り占めは良くない。


「私が代役してたんだから、しばらく独り占めする権利があってもいいと思うのです!」


それを言われては、何も言い返せないではないか。


「それよりなにより……!」


 突然俯いて何も言わなくなった。どうしたのかと尋ねようとした瞬間顔を上げ、6つの目を見開いた彼女は瞳孔を広げたまま顔を接近させた。眼を逸らす事が出来ずに全身が硬直した。身体中から汗が吹き出して来た。これは……獲物として見定められた恐怖だ……。彼女はゆっくりと呪詛でも言うように喋りはじめた。


「……私ヲ怖ガラセテ失禁サセタ責任、取ッテクダサイネ……? アンチサン……?」


「……が……ぁぁ……」


 その瞬間、目の前が真っ暗になった。意識を完全に失う直前に私はしばらくの間、ネアが私を独り占めできる権利を思いついた……。

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