第51話「ネアンチートゥマン」

 命からがら何とか逃げる事が出来ました。


 恐怖と緊張感から解放されたせいか、全身の力が抜けて倒れた。まだ、息が荒い。汗も出てる。


 正直、死ぬ思いをしたのはこれで2度目です。1度目は異世界チート転生者に襲われた時だね。この時はアンチさんが助けてくれました。けど、まさか2度目がアンチさんに殺されかけるなんて。まだ脳裏に、彼の変貌した恐ろしい姿が焼き付いている。


 糸に包んでおいたモコちゃんとバイラちゃんの様子を確認する。一応、私の糸には鎮静効果や麻痺を応用した鎮痛効果がある。人間の道具で例えるなら「ほうたい」の役割も果たせるから、応急処置には持ってこいです。2人とも取りあえずは大丈夫みたいですね。息はしてる。バイラちゃんの方は重傷だけど、容体は安定している。せめて、火傷と傷に効く薬や回復魔法があればいいのですが、私はモンスター系獣人族だから、残念だけど使えないし持ってない。


《どちらも、今は体調は安定しているな。脈拍数も心拍数も安定。外傷は、バイラの方が重傷だが、お前の糸で持ち堪えている状態だな》


 いつもの冷静なチェイサーちゃんに戻っている。やっぱり頼もしい。心なしかちょっとだけ優しい気もします。


《我々アンチートメンバー、誰1人として回復手段を持っていないとは、ある意味自殺行為かもしれんな……》


「回復薬はともかく、魔法は無理です。魔族や魔人、魔物が使える神秘の技なんですよ? 人間なら魔法使いしか使えないもん……」


《そうだったな……私も機械故、使えない。主も反チート能力以外は使えない作りだからな……》


 ちなみに、私が使っているサイコパワーは魔法ではありません。超能力です。


 すると、後の方から私達の名前を呼ぶ声がした。コルラちゃんとピーコくん、サイダーくんの声だ! 私も大声を出して場所を知らせる。


「ご無事で良かったわ、ネアちゃん、チェイサー様」


「うん、私達は大丈夫です……」


「ちょっと……モコとバイラは大丈夫なの? この糸で包んでる2人がそうよね?」


 ピーコくんが、不安そうな表情で、2人の様子を見た。


「酷い目に遭わされたのね、とくにバイラは重傷なのね……」


「うん、今は私の糸で応急処置しかできないの……」


 どうしよう……この場にアンチくんがいない事、どう説明すればいいんだろう……。私は恐る恐るチェイサーちゃんの方に視線を向ける。


《サイダー、住民達は無事か?》


《もちろんだよ姉さん。皆アンチバレットコア化してるから、バイタルは良好だよ》


《そうか……なら、皆。あれを見てくれ。サイダーはコルラの視界補助をしてやれ》


《え? うん。コルラ、ちょっと失礼……》


「はぅん? え、ええどうぞ……」


「何よ何なのどういう事なの?」


 チェイサーちゃんは2人と1機に彼(・)を見るように促す……。コルラちゃんは眼が効きづらいのでサイダーくんが何やらしてあげている……。


「……あれ、なに……?」

「……なんですの……あの巨大な……」


 コルラちゃんとピーコくんは、遠くに離れているにもかかわらず、私と同じ状況に陥った。2人とも、やっぱり動物の根本的恐怖を感じて、血の気が引いているみたい。表情は強張っているし、体中が震えて汗が出てる。

 それに対してサイダーくんの反応は薄い。もしかしたら驚いているのかもしれないけど、乗り物さんモードだから顔が見えず、わからない。


《いったいどういうことなの姉さん? あれは主じゃないか! どうしてあんな姿になったの?》


「主って、どういうことですのサイダーくん。まるであのモンスターがアンチ様のような言い方を……」


《言葉通りの意味だ、コルラ。あれは主が暴走の果てに怪獣化した姿だ。……主はダークエルフ達に裏切られたんだ》


「裏切られたとは……どういうことですの? 確か、ダークエルフはアンチ様が説得に行った筈でしょう?」


《奴らは最初から主とのとの約束を守る気など無かった、森に火を放ったのはダークエルフ達だ。モコとバイラにこんな傷を負わせたのも奴らの仕業。

 あの状態はモンスター等と言う生易しいものではない。怪獣だ。衝動が治まるまで攻撃する事を止めない。すべてを破壊し尽す。主の絶望と悲しみはそれほど大きかったのだ……》


 チェイサーちゃんの声が虚しく響く。アンチさんがあんな状態じゃ、話す事も出来ない。


《このまま主を放っておくわけにはいかん。この世界を滅ぼしかねん》


「けど、どうすんのよ? あんな超巨大な旦那、近づくだけで殺されるわよ? こっちの事もわからないんでしょう?」


「今のアンチ様に対抗できる方法が思いつきませんわ……」


コルラちゃんとピーコくんの言う通りだ。歩くだけで災害状態なのに。どうすればいいのですか?


《アンチートガンナーで、主を一度アンチバレットコア化すればいい。そうすれば少なくとも暴れる事は無い》


「そっか、小さくしちゃえば暴れられないもんね。よし、じゃあ私が行きます!」


 その瞬間、皆が一斉に静かになった。あれ? 何で? 私なんか不味い事言いましたか?


「あらやだ流石ね~ネアネエさん」

「はぅん! 流石ファーストヒロイン、一番最初に挙手なさるなんて」

「いやぁ惚れてるだけあるわね~!!」

「蜘蛛ですから狙った獲物は逃さないのですね」


 はい!? ちょっとピーコくんとコルラちゃんったら、2人でニヤニヤしながらいきなり何言ってるの!? 


「ちちちちちちちちちち違います! ほほほ惚れてなんてないです、慕ってるだけです。べ、別に好きとか愛してるとかそう言うのじゃありません!!」


 皆顔を見合わせて数秒後。


「「?」」


「違いますよ!? 助けてもらったからって直ぐに惚れてたらチョロインじゃないですか!? 尊敬しているだけです!!」


チェイサーちゃんとサイダーくんまでクエスチョンマーク浮かべないでください、私は別にアンチさんにその気があるわけじゃないもん、助けてもらった時はカッコイイって思ったけど、私は蜘蛛であの人は鉄人間なんですよ。


「素直に言ってもよろしいですのよネアちゃん?」

「別にファーストヒロインならいいんじゃないの?」

《いつも真っ先に話しかけているというのに》

《僕は初めて会った時からそうだと思ってたのに》


「ぶっ飛ばしますよ!?」


額の4つの複眼を展開させて凄んだら全員黙った。微かに「キモッ!?」「コワッ!?」って言ったけど気にしない。ベルトを手に取る。しかし、ここであることに気付いた。


「そうだ、これでモコちゃんとバイラちゃんをアンチバレットコア化させないと!」


《いい判断だな。実はそのアンチバレットコアホルスターには、嵌めたバレットコアを回復させる機能が付いている。それも回収できていたのは収穫だな》


「そうなんですか? あ、コルラちゃんとピーコくんもアンチバレットコア化しないと」

「あらら」

「まあその方が安全よね」


 アンチくんがいつもやっていた過程を思い出しながら、アンチートガンナーをホルスターから取り出して2人に向けて銃口を向ける。えっと、それで引き金を引くんだよね。


「えい!!」


《Trance(トランス)Formation(フォーメーション)》


4人の身体か光に包まれて小さくなっていく。アンチバレットコア化した4人をホルスターに収める。すると、ホルスターが緑色に発光して粒子の様な物が出始める。これが回復効果か……。


「これで良し。じゃあ、早速アンチさんのところに行きます!」


《待て、ネア。丸腰で行くのは危険だ! せめて変身してから行くんだ》


「へ? 変身?」


《そうだ。アンチートガンナーを掌に押し付けて、主の様にアンチートマンに変身しろ。アンチートマンの機械の装甲鎧なら、もし攻撃を受けたとしてもアンチート物質同士で反発し合い、無効化される》


 アンチート物質が反発し合うのどうこうってのはよくわからないけど……え? それ本気で言ってるのチェイサーちゃん? 私がアンチートマンに変身しろって!? あれってアンチくん以外変身できないってわけじゃなないのですか!?


《嫌なのか? ならば死ぬぞ? それともコルラかピーコにやらせるか? 言いだしっぺは君だろう》


「あの、アンチさん以外も変身できるのですか?」


《問題は無いよ。アンチバレットコア化してアンチート物質を宿しているなら変身できるんだ。まあアンチート抗体の塊である主の方が適正は高いけど。ねえ姉さん?》


《その通りだ》


 えっと……ああ、でも、今は躊躇してる場合じゃない、これっきりです。何か妙な罪悪感を感じるけど仕方がないもん、緊急事態なんだもん、と自分に必死に言い聞かせた。


深呼吸をして、ベルトを腰に巻いて固定。アンチートガンナーを握りしめて、ちゃんと構える。そして……微かに震える左手を銃口に近づけていく……緊張するよ……!


 銃口が、私の掌に……触れた。


その瞬間、なんか、壁の向こう側で激しく掻き鳴らす様な音楽が鳴り響く。低音で、何と言うかダークな格好良さなのかな? そんな感じがする。


《Anti(アンチ)Up(アップ)》


 砂を砂利付かせたような音が交じる、低い響音音声がガンナーから流れた。

 同時に銃口から赤紫色のエネルギーが大量放出されて私の視界と身体を包み込んだ。エネルギーは全身に堅い装甲を生成。私の肉体が別の何かへと変貌する妙な感覚がする。視界が晴れると、私は黒と紫の装甲に包まれたアンチートマンの姿へと変身したみたい……。


「で……出来た……変身できたよ私……! あ、声が反響してる」


 両腕や下半身を眺め、彼方此方触りながら確かめる。本当にアンチさんが変身しているアンチートマンへと変身できたんだ、私。何でかわからないけど声も反響してて面白い。目の前に妙な表や数字とか文字が出てるんだけど、邪魔でしょうがないです。


《どうやら無事に変身できたようだな。乗れネア。しばらくの間は君がアンチートマン……いや、ネアンチートゥマンだな》


「は、はい。私はちょっとの間だけネアンチートゥマンです!」


《その意気だ、行くぞ》


 サイダーくんがチェイサーちゃんと合体してマシンクロッサーになる。ああ、今気づいたけどこれならグラグラしないで車体を支えられるのですね。


 チェイサーちゃんの「はんどる」を思い切り握り、加速する。景色が通り過ぎていき、徐々にスピードを上げながら、怪獣状態のアンチさんとの距離を縮めていく。怖いけど、やるしかありません。アンチさんを元に戻さなきゃ!

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