第50話「Andestroyer(アンデストロイヤー)」

 思考が狂い、理性と知性は消えている。

 目の前で行われた非道なる行為、裏切られた事に対する激しい怒りと悲しみ。そして湧き上がる憎悪と怨念が、自我を放棄させてすべてを支配した。


 体中に駆け巡る今までとは違う力。


 骨・内臓・神経系統・筋肉・皮膚等のあらゆるものが別の物に作り替わる感覚。原住民に対して抱いた抑えきれない程の強烈な負の感情に、反チート抗体が

反応。異世界チート転生者しか殺せなかった性質を変異させた。


 黒と紫の入り混じる体色。意志の宿らない黒い双眸からは妖しい光が放たれる。まるで骸骨と獣を彷彿とさせる頭部には鋭利な双角。鋭い牙が並んだ口を広げ、中から白い吐息が漏れる。盛り上がった身体はもはや人の形ではなく狂暴なモンスター。鋭利な爪を生やした腕と脚。


 この時彼は、自分を作りしインテリジェントデザイナーとアンチートマンの使命と制約から一時の間だけ解放されたのだ。


「ッヴァア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアガガアァァァァ!!!!!」


 とても、人が声帯から発しているとは思えない叫び声。地の底から沸き上がるような激しい怒りと悲しみ、憎しみと恨みが込められたような呪詛の叫び。


 否、そんな生易しいものではない。彼が与えているのは、全身に悪寒が走り、汗が噴き出る程の恐怖。


 自然界に生きる生物が感じる根本的恐怖を抱かせる存在。


「ひぇぇ!? な、何だこの化物はぁ!?」


 ダークエルフの1人が、恐怖のあまり怯えて膝を付く。他のダークエルフも恐怖に支配されて全身から汗を拭き出し、彼を一目見ただけで絶望の表情へと変貌し、身体中を震えさせる。女性のダークエルフは恐怖のあまり失禁して怯え泣いている。彼等が同時に感じた事は、自分達はもう殺されるという直感。だが、追い詰められた生物は気を狂わせて反撃に出るもの……。

 半狂乱状態のダークエルフが、ナイフを振り回しながら彼に襲い掛かる。いっそのこと気絶してしまえば、どんなに楽に死ねたか。


「う、うわあああああああ!!!!!」

「よ、止せ!? こ、殺されるぞ!」

 

 言葉虚しく、襲い掛かったダークエルフの男は一瞬で切り裂かれて命を落とす。切り裂かれた肉体と鮮血が地面に落下。その光景を目の当たりにしたダークエルフ達は一斉に逃げ出す。


 だが、彼の怒りはそれだけでは終わらない。


 凄まじい咆哮を上げた後、背中に生えた鋭利な背鰭を激しく発光させ、大きく開いた口内に紫色の光が集束される。その正体は熱線。彼の体内で生成されしエネルギーの塊を放射する攻撃、アンチート放射熱線。周りの大気が揺れ、木々が騒めく。両足を地面にめり込ませ、両腕を広げて放った。


 勢い良く放射された紫色の熱線は、その凄まじい勢いで衝撃波を巻き起こして燃え盛る炎を鎮火と同時に木々を薙ぎ倒す。熱線は何処までも伸び続け、逃げ惑うダークエルフ達に直撃。彼らの身体を熱で爆発炎上させる。断末魔の声を掻き消し、熱線が通過しただけで地形を焼き焦がす威力。


 モコとバイラに傷を負わせた者達を亡き者にした彼だが、それでも彼の憤怒は収まる事は無かった。自分の甘い考えが招いた惨劇は、自分自身を憎み怒る気持ちへと駆り立てる。


 ――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 私は最初、いったいアンチさんの身に何が起こったのかわかりませんでした。


 彼の気持ちを踏みにじり、モコちゃんとバイラちゃんに非道な仕打ちをしたダークエルフを目の当たりにした瞬間、私の理性は砕けて奴らに対する明確な殺意へと変わり、怒りに駆られた私は地面を蹴って走り出した。


 その直後だった。背後から彼の叫び、いや違う。まるで獣のようなけたたましい咆哮が鳴り響いたのは。そのせいで私の意識は逸れ、殺意も削がれてしまう。


「っ……何が……!? え……!?」


 背後を振り返り目にしたのは、アンチさんが紫と黒の靄、火花に覆われて、雄叫びを上げながら激しく慟哭する光景だった。その後に凄い衝撃が襲い、私は思わず両手で衝撃を防いだ。


《掴まれネア!!》


 いつもとは違う、激しい叫び声を上げながら人型に変形したチェイサーちゃんが、私の身体を抱える。手にはアンチさんが先程まで着けていた、アンチートガンナーとホルスターを取り付けたベルトが握られている。彼女は全速力で走り出す。まるでアンチさんから逃げるように……。


《モコとバイラを糸で回収しろ!!》


「ええ!? あ、はいっ!!」


 血気迫り、焦りすら感じるチェイサーちゃんの言葉に急かされて、私は視界に捉えたモコちゃんとバイラちゃんに向けて糸を放出。絡め取って引き上げ、身体全体を覆うように包んだ。これで振り落とされない。けど……。


「ちょっとチェイサーちゃんどうしちゃったの!? 何でアンチくんから逃げる様な」


《黙ってろ!! 今すぐ主の視界に入らない場所まで非難しなければ、私達も巻き添えをくって死ぬぞ!!》


 乱暴に言葉を捲し立てた後、チェイサーちゃんは「バイク」に変形した。危うく振り落とされるところだったけど、私はトランスフォームして人型になっていたので、何とかチェイサーちゃんに跨り、モコちゃんとバイラちゃんも上手くキャッチできた。


「振り落とす気ですか!?」


《戯け!! 私がそんなヘマをすると思っているのか! ちゃんとキャッチするわ!!》


「何言ってんの!? いきなり乗り物さんに変形して!! 今のは私がスパイダーセンスで危険察知したから跨が」


《ええい! とにかく聞け! 主はダークエルフ達に裏切られた怒りと悲しみ、自分に対する怒りで暴走してしまったんだ! これは私も想定外の事態だ! 後ろを見てみろ!》


「え!? 後ろって……」


 彼女に促されて背後を振り返り、アンチさんの姿を眼で……追う必要は無かった。


 何故なら、視界で捉えるには十分すぎるほどの……巨躯へと成り果てていたからだ。


 天まで届くのではないかと錯覚しちゃうくらいの大きさ……。


 黒と紫が混じった体の色。意志の宿らない黒い双眸からは妖しい光が放たれる。まるで骸骨と獣を合体させたみたいな頭には双角。鋭い牙が並んだ口を広げ、中から白い吐息が漏れている。盛り上がった身体はもはや人の形ではなく狂暴なモンスターそのもの。鋭利な爪を生やした腕と脚は力強く太い。その姿は伝説に聞く竜種のようにも見えた。あまりにも圧倒的すぎるその存在感。


「ッヴァア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝ァ˝アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアガガアァァァァ!!!!!」


 とても、人が声帯から発しているとは思えない叫び声。地の底から沸き上がるような激しい怒りと悲しみ、憎しみと恨みが込められたような呪詛の叫び。いや、違うそんな生易しいものじゃない! あれは獰猛で狂暴な獣の咆哮だ。

 激しい咆哮と凄まじい形相を見た瞬間、私は全身に悪寒が走り、汗が噴き出るた。思わず小さな悲鳴が漏れて直感した。これは、自然界に生きる私達動物が根本的に感じる恐怖。弱肉強食の世界で、自分達が勝てない、殺されて喰われると即座に理解してしまう程の上級捕食者と対峙する時に感じる感覚……。


「嘘でしょ……あれが、アンチさんなの……? どうしてあんな……まるでモンスター、竜種じゃない!」


《あの状態だと異世界チート転生者以外も殺せる。今は主がダークエルフに気を取られている隙に、視界に入らないところまで離脱する! サイダー達にも通信……もといテレパシーでこの光景を伝える! それと、あれはモンスター等と言う生易しい存在ではないぞネア!》


「えっ? じゃあ何ですか?」


《怪獣だ!!!!!》


 いつもは冷静沈着なチェイサーちゃんの口調とは完全にかけ離れた余裕の無い口調から、今起こっている事が深刻な状況なんだと再認識できた。そうだ。私だって感じたんだ。アンチさんの乗り物であるチェイサーちゃんも理解できてるんだ。


 さらに加速したチェイサーちゃんの速さは、超高速に近いのではないかと錯覚を覚えるくらいに凄かった。肌に触れる強い風がその証拠。背後をもう一度振り返ると、口から紫色の閃光を放射する彼の姿を僅かに捕らえた。その瞬間凄まじい暴風と地響きが私達を襲う。でも幸い、遥か彼方にまで逃げる事が出来た。

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