第45話「説得」

「……ばかな、生きてる……」


 静かに呟く。視界に入ったのは、モコとバイラの自宅天井。そして、こちらを心配そうに覗きこんでいたネア達と目が合う。


「アンチさん!!」

「アンチ様!!」

「旦那!!」


 3人とも抱き着いてくる。


「うえぇぇぇ……よがっだ~ひっくぇ……しんじゃぶだどおぼばぁぁぁ~」


 ネアは泣きじゃくりながら頬擦りをしてきた。後半何を言っているのか聴き取れない。


「貴方が倒れて吹き飛ばされた時は、どうしようかと思いましたわ……」

「ちょっと旦那大丈夫なの!? 何処も痛くないの?」


 コルラは私の手を優しく握り、ピーコは身体中を触りながら何処も痛くないのかと尋ねてくる。


 無論、何処にも痛みは感じない。大きな砲撃を直に食らった筈だが、不思議と痛むところは無く、怪我も無い。流石はサイボーグの身体とでも言うべきか、それとも回復力が高いのか。


「あんた……」


 すると、少し離れた場所からバイラを抱えたモコが近寄ってくる。目が合い、少しだけ気まずい。


「その……大丈夫……?」


「君から私を気遣う言葉が出るとは」


「ちょっと心配しただけよ、近くであんな派手に攻撃されたら……」


 体調を気遣うような素振りを少しだけ見せる。基本的にあの態度に変わりはないが、不思議と安堵を覚える。しおらしい彼女の態度が想像できないからだと思われる。


「……おいたん大丈夫?」


 バイラの円らな瞳と目が合い、体調は大丈夫かと聞かれる。この子、真に可愛らしい生物だ。微笑を浮かべて彼の頭を撫でる。


 ふと、視線がアンチェイサーとチェイサイドカーを探す。あの時、2機は自分達の自我を一時的に喪失するカウンターモードとやらに移行していた。今は大丈夫なのか、確認したかった。自分のせいで強制的にモードを切り替えられたから、余計に気に掛かる。2機は直ぐに見つける事が出来た。部屋の隅にビークルモードで置かれている。


「チェイサー? サイダー?」


 様子を見ようと近付いて話しかけてみるが、返事が無くまるで屍の様。


「アンチさんを攻撃してから、2人とも動かなくなりました。取り押さえようとしたらまるで糸が切れたみたいに倒れて」


「そうか……」


 色々と確認した結果、一時的な機能停止状態になっているだけだ。


「それにしても、何故お2人はアンチ様を攻撃なさったのかしら? まるで自分の意志が無くなったかのように無機質でしたわね……」

「起きたらとりあえず問い詰めればいいんじゃないかしら?」


「待て、彼らは自分の意志で攻撃したわけではない。あれは私のせいだ……」


 2機の事情は私だけが察している。今後遺憾を残さない様に、ネア達に自分の身に起きた事と2機が攻撃した理由を出来るだけ噛み砕いて説明する。さすがに要領を得ない部分はあるようだが、大方理解したようだ。これでアンチェイサーとチェイサイダーを責める事は無いと願いたい。


「ああ、それとモコ……」


「あによ?」


「すまない事をした。君を不意打ちでアンチバレットコア化させてしまった」


「そ、そうよそれよ! いったい私に何をしたのよ? いきなりくすぐられたような痛いような感覚が襲ったと思ったら、いつの間にかアンタの掌にいて、武器にセットされたら背中と右腕の意識が移るし、わけが分からなかったし!!」


「すまない、あれ生物を小型アイテム化して、このガンナーにセットする事でその性能を引き出す事が出来る」


「そ、そう。そんな武器だったのねそれ。まったく、何の断りも無く、不意打ちで女性をアイテム化させるなんて、どうかしてるし」


「ああ、すまない……」


「まあでも、私の空を飛ぶ能力が堪能できたのだから、そこは感謝してよね。私自身、貴方の武器で具現化された武装と能力に驚いているし……許してあげる」


 次第に落ち着いたのか、自分の力が役だった事を主張したかったのか、この件は許してもらえた。ダークエルフの追撃に関しては、敢えて話は振らなかった。 個人の考えを強制する権利など自分には無い事を実感したばかりで、止める事もできない。自分の身体がそのように作られている事に、非常に歯がゆさを感じる。


 思考を巡らせ、この案件をどうするべきか考え込む。今まで物事を力任せに解決してきたが、ここで一旦冷静に他の方法を模索してみる。


 おそらく、ダークエルフの残党はまだ存在する。チート転生者の傘下に降った理由は、反則的力を持つ異世界チート転生者と手を組むことで報復し、恨みを晴らそうと考えたのだろう。

 プライドの高い彼等が安易に手を組むとは思えないが、それほどまでの恨みつらみを持つか、甘い考えかもしれないが人質を取られている可能性も否定しきれない。


 この考えは、異世界チート転生者だけを敵視する私の性質ゆえだろうか? これは私のエゴか。アンチートマンの力では原住民が殺せず、大半が被害者と思っているだけなのかもしれない。だが、原住民同士の戦いを止めさせようとすると、あのように機能停止に追い込まれる。


 ……そうだ。単純にダークエルフが攻め込んで来ない様にすればいい。彼等を攻撃しようとするモコを力づくで止める必要も無い方法がある。


 話し合いと言う名の説得だ。


 甘い考えと思われるかもしれない。世の中話し合いで解決できるわけではない。特に、このような文明水準の低い異世界群は殆どが争いばかり。だが基本的な事を忘れてはならない。人型は何の為に知性と理性、文化が存在して言葉が話せるのか。言葉を交わし、双方理解を深める事でより良い文化を築き上げるためだ。


 言葉を交わす程度なら、私のカウンター機能も働かないだろう。


 心は決まった。ダークエルフ達が異世界チート転生者から縁を切る様に説得しに行く。


 この戦いに、武器は必要無い。非武装で向かわねば信用は得られない。相手は武装しているかもしれないが、それは覚悟の上だ。人間だった頃、幾多の修羅場を潜り抜けてきた。今更怖気づくことは無い。人間相手がダークエルフに変わっただけだ。


「アンチさん?」


「……なんだ?」


 こちらの決意に気付いたのだろうか、ネアが静かに私の名を呼ぶ。彼女の視線はこちらの瞳を捕らえたまま外れない。少し申し訳ない気持ちに駆られる。


「もしかして……無茶なこと考えてません?」


「いや、考えていない……」


「……本当に?」


 彼女元来の能力、スパイダーセンスが成せる技なのか、それとも私の表情と仕草がわかりやすいだけなのかわわからないが、的確に的を突かれる。黒く円らな瞳で、心配する表情を浮かべているネア。自分がこれから行おうとする事を思うと奇妙な罪悪感が湧いてくる。


 今回の説得に、ネア達を連れて行く事はできない……。獣人系であるネア達を連れて行けば、ダークエルフ達に余計な警戒心を抱く可能性がある。この作戦は私が裸同然で敵地に向かい、信用させる必要がある。何よりも、彼女達を危険な目に遭わせたくないという気持ちがある。そして、今まで彼女達に頼り過ぎていた。私が自分の力で倒した異世界チート転生者は、アンチートマンとして転生し、最初に対峙した者だけだ。


 不安な表情を浮かべたネアの頭に手を置き、優しく撫でる。彼女は戸惑い気味に赤面してこちらを見つめてきた。


「はうわぁ~!? ちょっと、いきなりなにするんですか!?」


「ああ、ちょっと外の空気を吸ってくる」


「え? あ、はい、お気を付けて……」


 彼女にことづけをして、出入り口から外へと出る。辺りは橙色の夕暮れ、沈みかけている太陽が異様に綺麗だ。ゆっくりと歩き続けて家から距離を取ると、そのまま一気に森の中を駆け抜けた。後ろ髪を引かれる思いを残しながら、視界を探査機能モードに切り替えてダークエルフ達の元へと向かう。


 ……アンチートガンナーは置いてきた。

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