第39話「空を駆ける少女」

《汚染反応は無い。空気も正常だ。害を成すような物体も無い》

《それでも気を付けてね。主は例外を除いて外界の攻撃には弱いんだから》


 チェイサーとサイダーがライトを点滅させながら、森の環境を説明し出す。気を付けろと通告を受けるがその通りだ。攻撃する意思を示した場合はチート以外の攻撃でも無効化できるが、突発的に起こる爆発や銃弾攻撃、毒や麻痺攻撃は無効化できない。決して無敵ではない。視界にこの森のデータグラフと共に細かい数値も表示されているがやはりよくわからない。


「それにしても、やけに静かですね。動物の鳴き声も怯えているというか……表面上は何もないように見えるけど、森が叫んでる」


 ネアが目を閉じて耳を澄ませるような仕草を見せ、表情が厳しくなっている。自然の意志を感じ取れるという事か。元々森に住む種族ならば相応の能力とも言える。


「そうですわね。妖精や精霊の存在も感じ取れませんし、明らかに隠れてますわ」


「エルフの存在も感じないわ。まあ彼等の場合、滅多に人前に姿は見せないけどね」


 コルラと少年も不審を抱くなか、遠方から微かに異世界チート転生者の存在を感知した。即座に意識を切り替えて感覚を研ぎ澄ますが……。


 1人ではない。小さな気配が大人数でいる。


「アンチさん、早速見つけたんですか?」


「ああ、また複数だ」


「立て続けだね。きっと森や動物が怯えて、妖精やエルフが隠れてるのもそいつらの仕業だね。今回は何人なの?」


 仕事モードに切り替えたネアに尋ねられ、森全体に感覚を広げて具体的な人数を絞り出す。視界に数字が表示されていく。人数は……。


「50……いや、80……150……」


 視界に表示されている数字の更新が止まらない。探索範囲を広げれば広げるほど人数が増えていくのだ。これは何の冗談だろうか。異世界チート転生者が百人以上も同じ異世界に転生するなど、秩序崩壊レベルの話ではない。思わず数字を口に出す。


「ちょっとアンチさん!? いくらなんでも多すぎじゃないですか!?」


 ネアも驚きの声を上げるが、やはり数字の更新が止まらない。


「180……200。200だ」


 この人数はどうかしている。この異世界が滅んでしまう。


「いや、異世界チート転生者自体は俺に勝てないから問題ない。本当に大問題なのは……200人もの異世界チート転生者が1つの異世界に存在する事だ。

 全員がチート能力を使っていたら、この異世界の勢力図は書き換えられているだろう、国家も崩壊している可能性がある」


《主の予想は当たっている。この世界の状況データを検索してみたが、どうやら奴らによって国や種族の大半が敗れている。この異世界は彼等に牛耳られる寸前と言う状況だ》


「悲しいな……」


《でも、エルフや妖精、獣人が暮らすこの森林地帯は、まだ侵略に手こずっているみたいだよ主》


「まだ手こずっている? どういうことだサイダー」


《まだ分析中だけど、対抗してる原住民がいるみたいだね》


「そんな存在がいるのか、いったい」


 突如、異世界チート転生者達の気配が近くなる。一斉にこちらに向かってきているようだ。気付かれたか。すぐさまアンチートガンナーの銃口を掌に押し当てた。


《Anti(アンチ)Up(アップ)!》


 装甲が身体を包み込んでアンチートマンへの変身が完了。ネア達も臨戦態勢に入る。これだけの大人数を相手にするのは初めてだが、やるしかない。視界がレッドフィルターに覆われる。


《待て、主! 未確認飛行物体が高速で接近中!》


「未確認飛行物体だと!?」


 その時、上空の遠方から徐々に高速で迫る空気を斬るような音が聞こえ始めた。これは……ソニックブームか!?


「伏せろ!!」


 咄嗟にネア達を抱き寄せて一か所に固まった。その直後だ。耳を劈(つんざく)くような高音と激しい暴風、衝撃波が襲い掛かってきた。ネア達から悲鳴が上がり、あまりの勢いに吹き飛ばされそうになる。まさか、これは未確認飛行物体の攻撃か!?


 微かに頭を上げて周りの様子を確認するが、暴風により砂埃が舞っている。視界は相変わらずレッドフィルターが掛かっているが、こっちに近付いてきた異世界チート転生者達の姿が見える。奴らもこちらと同じように暴風と衝撃波に翻弄されている。しかし、この攻撃を発している者の正体は何だ? 何とか上空を見上げると、そこにいたのは大きな両翼を広げて飛行する……少女の姿だ。


「ふん、また性懲りもなく来たのね、異世界チート転生者共。嘆かわしいわ、これだけの実力を見せつけてもまだ抵抗するのね? 頭の悪いこと」


 少女が異世界チート転生者達を翻弄しながら高速で旋回している。何とか聞き取れた声から察するに、彼女はこれまでに何度も彼等と対決しているという事か。では彼女こそが手こずらせている存在か。


「またあの小娘か! テメエら、怯まずやっちまえ!」


 異世界チート転生者達から雄叫びが発せられ、それぞれ魔法らしき力を発動させて少女を狙うが、彼女は難無く躱す。


「愚かなチート共め。また蹴散らしてあげるから!」


 少女が口を大きく開くと、中から衝撃波の様な揺らぎが放出された。異世界チート転生者達は彼女の攻撃に思わず蹲る。少女の姿を凝視すると、腕と一体化した翼は皮膜型。鳥の羽根ではない。身体は青黒い体毛に覆われ肌は青白く、体型は華奢。口から牙を覗かせ、眼は白黄色に発光しており、耳は翼と同じような形で少し大きい。これは……。


「あ、アンチさん。こ、コウモリ。バット族です、あの娘(こ)」


「コウモリだと? 夜行性じゃないのか?」


「種族によって違うとは聞いていますが、さっきから出してるのは、超音波です!」


 口から発せられる超音波攻撃と、高速で飛行する事により起こるソニックブームと暴風。そして巻き上げられる砂埃と葉草による視界不良。高所の理を得た攻撃により奴らは手も足も出ない。


 ▼バット族/個体名不明/♀

 人間の姿とコウモリの翼と耳、牙などを備えたモンスター系獣人。夜行性かつ昼でも活動できる。血液やフルーツを好み、耳から出す超音波、高速で飛行する際に発生するソニックブームが最大の武器。


 これだけの人数を相手に防衛線を繰り広げていたという事は、彼女は相当な実力の持ち主ではないだろうか? それとも、自然を味方につけている故の事か。


 更に気になるのは、彼女がチート能力者の名を知っている事。だが、いつまでも黙っているわけにはいかん。奴らを始末する。今なら蝙蝠少女の攻撃でこちらに気付いていない。


《Judgement(ジャッジメント)、Antirt(アンチート)BREAKAR(ブレイカー)!》


 アンチートガンナー銃口から赤紫色のエネルギー波が放たれる。エネルギーを放出し続けたまま回転させて複数を一掃する。一応上空の蝙蝠少女に視線をずらす。彼女はこちらがチート能力者を攻撃している事に気付てくれた。頷いて敵ではないという意思を伝えると、理解してくれたようで、援護するかのように旋回し出す。


「助かる。ネア、コルラ、少年。こちらも負けるな」


「はい」


「お任せを」


「どんと来いよ」


 こちらの指示にネア達は力強く返事を返し、それぞれ攻撃を始める。


 ネアが地面に両腕を当ててサイキックパワーを地面に震動させて奴らにお見舞いする。コルラが毒液を吐き散らし、少年が毒針を連続発射する。それに合わせて俺は光弾を連続発射する。

 遠距離攻撃の嵐。上空からの蝙蝠少女による超音波攻撃とソニックブームにより、敵はまともに攻撃すらできない。一方的なオーバーキル状態。運良く攻撃を逃れて接近してくるが、少年が両腕の鋏で一刀両断して私がとどめを刺す。


 どれくらいの時間が経過したのだろうか。視界からレッドフィルターが消える。どうやら200人の内、100人は討伐できたようだが、残りの奴らは逃亡してしまったようだ。まあいい。こちらの攻撃により壊滅状態故、後で追えばいい。それよりも今は蝙蝠少女の話を聞かねばならない。


 彼女は翼を羽ばたかせながら華麗に地面に着地すると、こちらに近付いてきて緩やかな表情を見せる。円らな瞳に整った鼻筋。滑らかな顔の輪郭と唇。一見すると可愛らしい印象。グロくはない。


「何処の誰だか知らないけど、ご助力に感謝するわ、ありがとう」


 毅然とした態度で優等生のような雰囲気が漂う。だが、余所者に対する警戒心のようなものを宿している。当たり前の態度だ。


「私はバット族のモコ・リウよ。よろしく」


「アンチ・イートだ」

「ネア・ラクアだよ、よろしくね」

「コルラ・スネイブですわ。以後お見知りおきを」


「……ピーコ・オスンよ……よろしく」


 少年が、えらく不機嫌そうな態度を取っている。先程の攻撃で何処か怪我でもしたのか、それとも彼女の事が気にくわないのか?


「あの、そちらの物体は何かしら? 乗り物?」


 モコが背後にあるマシンクロッサーに疑問を持ったようで不思議そうに眺める。


「乗り物で鉄の塊のような種族だ。大きい方が姉のアンチェイサーで、小さい方が弟のチェイサイダーだ。詳しい事は説明しても理解できないから察してくれ」


「はあ、そう、わかったわ。ところで、貴方達は何者? チート転生者を攻撃してくれたみたいだけど?」


「異世界チート転生者を狩る番人とでも言おうか。この子達は……家族だな」


「へえ、貴方達もチート能力者に対抗する者なんだ?」


「そう思ってもらって構わない。君はどうしてチート転生者を知っている」


「そうね。立ち話もなんだから、私の巣で詳しい話をするわ」


 モコの提案で、一旦彼女の巣に向かう事にした。


 しかし、何やら森の奥から蠢く小さな物体が視界に入る。しかもそれはこちらに近付いてきている。目を凝らしてズームにしていると、それはまるで芋虫と人間の子供を絶妙に融合させたような、何とも愛らしい存在だった。


 ▼モス族/個体名不明/♂

 芋虫と人間を絶妙に融合したモンスター系獣人族。口から吐く糸はプラズマ放電効果がある。プリズム効果でレーザーを出す事もある。見た目に寄らず意外と強い時がある。


 身体の色は茶色で、白目の無い青い瞳。細かい脚の様な物が生えているが、人間と同じ手足がある。表情は子供そのもので今にも泣き出しそうな顔だ。しかし、如何やらこちらの様子に気づいたようで……。


「ぴええぇぇぇ!!!!!」


 いきなり泣き出してこちらに全速力で接近してきた。


「おねえちゃあぁぁぁぁん!!!!!」


 お姉ちゃんと言う単語を発しながら泣きじゃくり近寄ってくる。誰の事を言っているのかと思いきや。


「ああ、バイラ!? 駄目じゃないこんなところまで1人で来ちゃ」


 モコがそう叫んで芋虫っ子に近付いて抱き着く。


「びええぇぇぇ!!!!! ここ何処お~!?」


 バイラと呼ばれた芋虫っ子は眼から滝のような涙を流しながらモコにすり寄る。


「ああこの子ったら、迷子になっちゃったのね。お姉ちゃんがいるからもう大丈夫だからね?」


 芋虫っ子は彼女の事を姉と呼んだ。コウモリが芋虫の姉とはどういうことだ。


 この女の子、少年よりも幼い。幼稚園児くらいだ。


「ああ~かわいい~モス族の女の子だよ~? 同じ昆虫族だ」


 ネアの表情が緩くなり、だらしのない笑顔を浮かべる。


「この子は私の家族、バイラです。ほら、挨拶して?」


「びやあぁぁぁ!! おばけぇぇぇぇ!?」


「え!? お化け? 何処、何処なの?」


 泣き叫びながら訴えるバイラ。モコもお化けと言われて周りを見渡す。今は明るいからお化けは出ないと思うのだが……?


「旦那、旦那その姿!」


 少年の指摘に全員が彼を見て何処にと尋ねる。すると少年はこちらを指差す。


「ぴえええええええおばけええええええこわいよおおおおお!!!!!!」


 変身を解除するのを忘れていた。この子はこの姿に怯えていたのか。

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