第37話「コーヒー牛乳とフルーツミルク」

 風呂から上がった後は、専用着を着用する。着るだけで上下賄えるお手頃物だが、帯と呼ばれる布をベルト代わりにして巻かなければ前がはだけてしまう服、浴衣orバスローブだ。


 一応旅館なので裸というわけにはいかず、ネア達に着させる。生地が薄いからそこまで邪魔ではない。似合う似合わないは別にしてだ。係りの者からチェイサーとサイダーの洗浄が終わったと聞かされ、様子を見に行く。弟機の方は来たばかりでついでだったが、姉機の方は随分きれいになった。


「気持ち良かったか?」


 機械に気持ちいいという概念が理解できるのかは不明だが、社交辞令で尋ねた。


《感覚は理解できないが、綺麗にしてもらったこと自体は嬉しい》

《姉さんのついでに僕まで洗ってもらって、ありがとう》


 その後、休憩所に行くと驚くことに、コーヒー牛乳とフルーツミルク、そして温泉マンジュウが販売されていた。しかもご丁寧にマッサージチェア、極め付けに卓球台が追いてあるで。浴衣に似たバスローブにも疑問は感じたが、ここは異世界の特異点だった筈。何故日本よりの文化物があるのか非常に疑問だ。確か係りの者すべて骨格は東洋でもなければ肌の色は黄色でもなかった。だがどうでもよいことなので深く考えるのは止めて、これらの文化物をネア達にも体験させる。


「アンチさん。これ、どうやって飲むのですか?」


「ああ、こうやるんだ」


 ネアに飲み方を教えるため、腰に手を当てて、上を向いて飲んでみせた。


「ああ、そうするんですね。え~と」


 ネアも腰に手を当てて上を向き、思いっきり飲んで見せた。


「あ˝~美味しい……」


 火照った表情がにこやかに緩み、ぷは~と息を吐いて美味しいと喜んでくれた。コルラと少年もマッサージチェアから降りると、同じように飲む。


「あ˝ぁ˝ぁ˝~美味しいわコレ」


「濃厚で甘くて美味しいですわ~」


 和やかになったところで、ソファーに座り一休み。背もたれに寄りかかって寛ぐ。温泉マンジュウを口に放り込み、コーヒー牛乳を飲む。いい組み合わせだ。実に美味い。コルラと蠍ボーイは再びマッサージチェアに座り込み、「あ˝あ˝あ˝」と声を揺らせながら全身をほぐし始める。面白い光景だ。


「ねえねえ、アンチさん?」


 ネアが何か珍しい物でも見つけたかのように目を輝かせて腕を引っ張る。


「どうしたネア?」


「あれってなんですか?」


 彼女が指差す方向にあるのは、敢えてスルーしていた卓球台。


 これは……教えた方が良いのだろうか? そもそも理解できるのか心配だ。競技や親睦試合という概念が彼女にあるのなら大丈夫かもしれないが、文化的に知らなそうだからな……。


「あれはな、あの小さなラケットと呼ばれる物体で、あの小さなオレンジ色のボールを弾き合って遊ぶものなんだ。真ん中に網があるだろう? あれを越えて打ち合わなければならない」


「え? 遊ぶ?」


 待て。まさか遊ぶという概念自体知らないのか。そこから説明するのは流石に勘弁してほしい。夜が明ける。


「弄ぶん……ですか?」


「違う」


「じゃあどういう意味なんですか?」


「お互い高め合うような、一勝負するという。余興の様な物と言えば理解できるか?」


「余興で勝負するって事ですか?」


「そう言う事だ。それが遊び、もしくは遊戯と呼ぶ。あれはそういうものの一種だ。人間の文化の一部だ……私の故郷のな」


 嘘は付いていない。どう考えてもあの文化は地球にしかない。ここにあるから完全否定は無理だが。


「ええ!? アンチさんの故郷の文化なら私やりたいです~」


 目をしいたけの様に輝かせて私の腕を掴み、ぶらぶらと揺らしながらおねだりしてきた。


「ねえ~ねえ~やりたいやりたい、アンチさんとやりたいです~」


「周りの人が見てるから言い方を変えなさい。教えてあげるから」


「やった~」


 こうして卓球をやる事になった。コルラと少年も交え、勝負の結果がどうなったのかはご想像にお任せする。そして案内された部屋に戻るが、ここは何故か洋風でベッド式だ。色々納得がいかないが、もう疑問を感じること自体どうでもよくなってきた。さっさと布団に入って就寝する。

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