第36話「混浴」

 まさかこの歳で混浴を体験するとは思わなんだ。


 ネアとコルラは風呂初体験。色々マナーや入り方を教えなければ危険が伴う故、一緒に入る事になった。特にコルラは視界が悪く、熱にしか反応できない。

 ネアに付き添われながらでないと溺れる可能性がある。しかも、やたらと湯気や謎の光りが入ってくるから下手をすれば命に関る。


 この身体を得てからは性欲が無い故、問題は無い。彼女達に欲情する心配は皆無。完全な保護者目線で見守れると言う事だ。


 だが、正直に言えば、少年も含めてネアとコルラは常時裸状態なので、羞恥心があるのかは不明だ。そもそも生殖器に当たる部分も、乳輪も体毛と鱗、薄い装甲で隠れている。当たり前の事だが、風呂でタオルは巻かない事を教えた。水着も駄目だ。しかし、それに対する彼女達の反応は。


「いや、何で巻かなきゃいけないんですか?」


「それは人間の都合でございましょう?」


 当然の反応か。それはさておき、温泉レクチャーを開始する。木で作られた小さな椅子の上に座り、隣に蠍ボーイを座らせ、前にネアとコルラを座らせる。


「まずは、身体を洗うんだ。最初に桶を持ってお湯を身体に掛ける」


「そこの湯船から桶ですくって掛けるの、いいわね?」


 こちらの指示通り、ネアとコルラは湯船に桶を入れてそのまま身体に掛ける。ネアがコルラをサポートするので問題は無い。2人ともお湯を被るのは初めてだったようで、いつもの口癖を叫んで戸惑っている。


「これがお湯か~中々熱いねこれ」


「ちょっとびっくりしますわね……」


「最初はそんなもんよ、アタシもお湯掛けられた時は驚いたもの」


「そう言う事だ。そして、これが石鹸だ。これがタオル。これにお湯を付け」


「ごしごし泡立てるの、うっかり落とさないように気を付けて頂戴。いいわね?」


 その後、面倒なので全員で輪になって互いの背中を洗う事に決めた。この方が楽だ。ネアの背中をタオルで洗う事になるが、女性の肌はきつく擦るのは良くないので優しく丁寧に洗う。ネアはコルラの背中を洗い、コルラは嬉しそうに少年の背中を、そして少年が私の背中を洗う。


「はいちょっとくすぐったいぞ~」


「きゃっはは、も~うアンチさん! くすぐったいよ~」


「我慢してくれネア。ああ、少年。もう少し上を頼む」


「あいよわかったわ。ああコルラネエさん、そこもうちょっと強めにお願い!」


「フフフ、強めにですわね~?」


「あはは、すごいねこれ? すごく白くてフワフワしてるよ~。気持ちいいな、洗ってもらうの」


 4人とも全身泡だらけになったのは何処か微笑ましく、背中を流し合うのも中々面白い。男女混合だが現実では考えられない光景だろう。周りの客も微笑ましそうに見守っているが、どういう関係なのかはわからないだろう。


 そしてお湯で泡を流した後、遂に湯船の中に浸かる事になった。コルラはネアに手を握ってもらいながら入水。最初は2人とも戸惑っていたが、やがて顔がほころび始めて頬が紅潮。口から吐息が漏れて気持ちよさそうな声を出していた。


「あぁ~すごく気持ちいいですわ~……」


 コルラが緩んだ艶っぽい声を出す。


「はぁ~……身体も洗ってすっきりした時は初めての気持ち良さを感じました~。この熱いお湯に浸かるのも身体がほぐれるというかぁ……気持ちですね~。身体の芯から温まると言うか……」


 ネアは完全に表情が緩み切っている。だらしない顔だが可愛い。俺も久しぶりに風呂に入ったが、この浮遊感と温かさ、気持ち良さはやはりたまらんな。半サイボーグだが大丈夫なのだろうかと思ったが、本体に戻らなければ問題はない筈。そもそも鉄で構成されているわけではないからな。


「ああ、アンチさん、コルラさんもピーコくんも見てみて、お月様が出てるよ! すっごいきれ~い!」


 はしゃぐネアに促されて夜空を見上げると、白と黄色が絶妙に混ざり合う満月が、無数に並ぶ白い星空に美しく輝いていた。幻想的で風流だ。日本とは違った風景に見える。


「あらいいわね~、星も輝いてて綺麗だわ」


「ぼんやりとしか見えませんが、美しいというのは理解できますわ」


 あの星は無数の異世界だ。あの星の数だけ異世界が存在している。夜空に浮かぶあの満月は、他の異世界でも同じように見えているのだろうか? 答えは違うだろうな。もしかしたらあの月はこの世界でしか見えていないかもしれない。

 だが、月を見て綺麗だと思える感情は人間だけだと思っていたが、ネア達も月を見て美しいと考える価値観がある事がわかり、種族は違えど嬉しいと思えた。


「アンチさん?」


 コルラの手を握る役目を蠍ボーイに交代させたのか、ネアがこちらに寄り添ってきた。コルラは少年を抱き寄せて撫でており、少年は恥ずかしがっている。ネアは緩んだ表情を浮かべて腕に自分の腕を絡ませてきた。


「なんだ、ネア?」


 彼女の名を呼ぶと、ネアは微笑みながら口を開く。


「ふふ、何でもないです……」


 満面の笑みでそう返すだけ。何も言う事は無いな。考えるだけ野暮だ。


「そうか……」


 こちらも思わず顔がほころんだ。良い湯だな。


「ところでアンチさん?」


「今度はどうした?」


「この大量の湯気と白い光りは何ですか? いくらなんでも不自然ですよね……?」


「ああ、我々を一次元上から干渉する者の対策だと、係りの者が言っていた」


「へえ~そうなんですか……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る