第24話「城下町のスター・バックス」

 情報を聞く場として酒場は定番という記憶がある。確かに人が集まるには持って来いの場所だ。昼間だが昼食で賑わっている筈である。


「ん? 待てよ。ネア、コルラ。失礼だが君達の年齢を教えてくれないか?」


 モンスター系統の種族とはいえ、ネアとコルラが未成年だとしたら酒場に入れるわけにはいかない。女性に年齢を尋ねるのは気が引けるが仕方ない。


「16ぐらいですよ?」


「18程ですわ」


「なんだ嫌な顔一つせずにあっさり教えてくれるんだな」


「え? なんで歳を教えるのに嫌な顔しないといけないんですか?」


「歳を教えるぐらいでは嫌な顔なんてしませんわよ?」


「ああすまん、俺の古い認識と価値観だった。ありがとう」


 時より失念しかけるが、ネア達にとって人間の価値観と認識は当て嵌まらない事が多いのだ。何処まで人間と共通するものがあるのかはまだわからないが、気を付けないといけない。所詮自分は男であり、女性の考えを完全に理解は出来ないのだから。


「アンチさん、もしかして酒場のこと気にしてるんですか?」


「人間の常識や法律は僕達にはあまり適応できませんことよ? 身体の作りも価値観も似通ってはおりますけど、根本的な部分は違いますわ」


「ああわかってる。ちなみにお前達はお酒は飲めるのか?」


「飲めますよ。人間の酒以外は」


「飲めますわ。人間のお酒以外は」


「よしわかった! 軽い食事を取れるところに行こう!」


 どちらにせよ行けそうにない。よくあるパターンで酒場の男共に目を付けられて尾行され襲われでもしたら男共が殺されるかもしれないからな。

 無駄な被害を避けるために視界センサーをフル作動して食事処を探索する。街中をセンサーで隈なく探り続け、大人しめな軽食屋を発見してさっさく入店した。


「店内も穏やかに食事と飲み物を楽しむ客人ばかりか。まあ話ぐらいは聞けるだろう。だがさすがに何か注文しないと冷やかしになる。先刻に異世界食堂で腹は満たしてしまった故、摘まめる食べ物があればいいが……飲み物だけでもいいか」


「旅のビーンズよ。昼時に飲むべきものに頭豆を悩ませているのならば、コーヒーがお薦めですよ」


 不意に隣の席に座っている男性客にコーヒーを勧められた。言葉のチョイスが少々特殊で聴き辛かったが。


「はあ、コーヒーですか? じゃあ頼むとするか。ウェイトレスさん。えっと、このノーマルコーヒーを3つください」


「ノーマルコーヒー3つですね。かりこまりました」


 特に決めていたものがなかったので、彼の言う通りウエイトレスにコーヒーを注文した。ウエイトレスの格好はフリルの付いたメイド姿だったが、このファンタジー世界だと奥ゆかしいというか、違和感が無い。


「この堅牢な農場地で育った豆は、限定された朝日により少々異なる育ち方をしている。そんな彼らから抽出される旨みはゆったりとした時間をくれる」


 ゆったりとした口調でこの店に置かれているコーヒーの、豆の栽培工程まで噛み砕いて説明してくれた男性客。彼が目を瞑りながら口にカップを近づけてコーヒーの香りを楽しんでいる様子を見ると、只者では無いような気がしてならない。言葉選びが妙に限定されている気がするが独特な話し方だ。


「……あなたは何者です?」


「只のコーヒー好きだよ」


 只のコーヒー好きという物腰の柔らかそうな平凡な顔立ちの男性客。彼なら何か有力な情報が聞けるかもしれない。少なくとも後で襲いそうな雰囲気は皆無だ。


「失礼、少しこの土地について話を聞かせてもらえないか?」


「ふむ。ブレイクタイムに未知なる豆とのテイスティングも悪くないさ」


 こっちの勝手な主観だが、大抵の異世界はファンタジー世界、それ相応の戦意や布で構成された洋服を着用している。決して現代のような服装ではなく軽く見積もっても中世か少し進んだ辺りの格好だ。

 しかし、この男性が来ているのは艶のある黒いフード付きレザーコート。上質な材質なのか光沢感があり見た目も綺麗だ。コートの下からは同じレザーの服が覗いているが、どうやら体格にフィットするように作られているらしい。

 さらには目元に銀星印が施された黒いアイパッチを嵌めており、完全な素顔ではない。声も妙にエコーが掛かっている。正体を知られたくないのかそういうスタイルなのかはわからない。

 服装のせいなのか定かではないが、周りに溶け込むような雰囲気を醸し出しており、まるで影と言う存在自体が昼間の一時だけに実態化しているような感じだ。椅子に座り込んだ上品な佇まいも妙に様になっている。


 一体何者なんだこの御仁は。


「ここのコーヒーは古き良き時代の焙煎がなされている。香しく懐かしさを感じる」


「そうですか……それは楽しみだ」


 彼はカップを手に取り、コーヒーの香りを吟味しながら口に含んで飲む。その表情から、如何に美味と言うことが伝わる飲み方だ。


「未知の豆を堪能しにご家族で訪れたのですか?」


 柔らかい笑みを浮かべてネアとコルラに視線を移して尋ねてくるジェントルマン。家族というわけではないが……まあそう言う見方もあるだろう。冒険者でもない。


「まあ、そうです。妹達とちょっとした旅を」


「妹?」


「妹ですの?」


「そう、妹。歳が近くて少し発育が良い家族です」


 驚いて身を乗り出すネアとコルラを一瞬睨みつけ、話を合わせろと意志を伝え適当に誤魔化す。


「そうか、旅はいい。私も仕事柄様々な未開の地へ豆を調査しに行くことが多い。大抵は実力行使のドリップを行い、新たなブレンドを見つけることもあるが、現地でじっくり焙煎することもある」


 頭にクエスチョンマークが浮かぶとはこういうことを言うのだろう。この紳士の言っていることが理解できなくなった。全部コーヒー用語だからだ。

 妙な御仁に捕まってしまった。そう思っているとコーヒーが届いた。さっそくカップを手に取り口に含んで飲んでみる。


 絶妙なコクと苦みが口に広がる。香しき香りが鼻腔を突いてくる。美味しいな。 思わずホッと一息ついてしまう。ネアとコルラには念のためにミルクとシュガーを入れさせた。蜘蛛とコブラという概念を考えると、苦い物は口に入れられないだろう。


「ああ、自己紹介していなかった。スター・バックスだ」


「アンチ・イートだ。で、妹の……」


「ネア・ラクアです……」


「コルラ・スネイブですわ……」


 妹設定を了承してくれた2人はこちらの流れをくんでくれた。ありがたい。


「この農場地は奇妙な育ち方だ、聞いていた話よりも穏やかなコクが漂い過ぎている」


「はあ……」


 やはり行っている意味がわからない。ここは農場ではないのだが……。


「聞いた話では勇者の豆を輸入せねばならない程の経営だと聞いていた。だがその割には、ここのビーンズ達は穏やかに過ごし過ぎている。という焙煎を出してもいいが、それにしては温度が緩いと思わないかね? この農場地自体も紅茶の侵略に晒されていると読んでいたが……」


 ああ、本当に妙な人に捕まってしまった。真剣な表情で喋ってるけど言いたいことが読み取れない。翻訳機能が上手く出来ずに思考回路がショートしそうだ。彼はコーヒー星人か何かか。誰か助けが欲しい。


「あ、この泥水みたいな飲み物美味しいですね~」


「ほお、微妙に苦いですけどまことに美味ですわ」


「甘くて苦いのかな? 美味しいです。私こんなの飲んだことありません」


「僕もですわ。なんて絶妙なのでしょう」


「えっと、この透明な粉と白い液体のおかげ?」


「みるくとしゅがーというものでしたわね?」


 こっちは逃れようと助けを求めているのに、ネアとコルラは呑気にコーヒーを飲んだ感想を述べている。頼んでおいて今更だが、彼女達はコーヒーを飲んで大丈夫なのだろうか。


「ふむ。ミルクとシュガーを加えたテイスティングはカフェオレと言うんだお嬢さん方。まだ馴れないうちはそのブレンドがお薦めだ。絶妙な甘苦さを醸し出す」


 スター・バックスという御仁は2人に対して気兼ねなく説明を始める。仕方がない。もうしばらくこの御仁に付き合うしかない。悪い人物では無くコーヒーマニアであることは理解できた。

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