第25話「夜間活動開始」
「コーヒーを勧めてくれてありがとうございます」
「なに。一時の味わいを提案したに過ぎない。感謝すべきはこの農場地のバリスタだ」
「そ、そうですな……」
軽くスタッフの方々に一礼をする。一緒に店を出るが、この時始めて彼の後姿を眼にした。先程は椅子に座っていたので見えなかったが、彼が着込んだ黒コートの背面には大きな銀色の星が刺繍されていた。どういう意図があるのか理解しかねたがそういうデザインなのだろうか。だが、どうにもこのスター・バックスという男から目が離せなくなっていた。彼は店を出るなりフードを被ってしまい、アイパッチも相まって余計に素顔が見えなくなった。
「もし、この農場地について不審な雑味を抱いているならそれは当たりのテイストだ。捨てないことが良い」
「それはどういう意味で……?」
「なに。同じ豆としての香りがしたから忠告しただけだ」
スター・バックスはそう言い残し、人込みと街の中に溶け込むように去って行った。ほんの数秒間だけ視覚で捉えたが、その身のこなしはとてもそこらへんにるただのコーヒー好きではない素早い動きだった。完全に姿が見えなくなる瞬間まで背面に施された銀星印が目に焼き付いた。
「スター・バックス……一体何者だったんだ?」
「なんだか変な人でしたね」
「妙に印象に残るお方でしたわ」
スター・バックスが残した言葉が気になりつつ、その後は街中を見て周ることにした。現代とは違う石と頑丈な木材で作られた住宅街が立ち並び、道通りは異なる世界に迷い込んだかのようだ。
商店街は色鮮やかなペイントを施した屋根が目立ち、食料品を扱う店には、見た事も無い果実や野菜、魚などが陳列されており、肉は切られた状態なので目新しくなく、米も特に変わった特徴は無い。卵はせいぜい柄が赤や青などエキゾチックなことぐらいだろう。
洋菓子類が存在するのは驚いたが、おそらくこの異世界の食料文化は相当進んでいるのだろう。日用生活品やら武器防具屋等の古典的な店や、ポーションというファンタジーを象徴する物を売っている薬屋もあった。どれもこれも興味深い物ばかりだが、生憎こちらの資金は現地調達と物々交換で賄っているので買い物をする余裕はない。
ネアとコルラもこういう人間が営む商売店をじっくりと見て周るのは初めてらしく、終始目を輝かせてキョロキョロと見渡している。
「2人とも、あまり素人感丸出しにすると追剥ぎに狙われるぞ。特に女子は要注意だ」
「大丈夫ですよアンチさん。目に物見せますから」
「半殺しで済ませますのでご安心を」
「ああ心配ないか。せめて被害者がでないことを祈ろう……」
そして、ようやく夕暮れ時が訪れる。空の色が橙色に染まっていき太陽が沈み始める。実に良い眺めだ。
「この街は壁に囲まれているせいか、太陽が壁と重なり合うと横に広がる綺麗な光が印象的だな。その分日が沈めばより暗くなってしまうが、妙な明かりで平穏なる静かな夜を邪魔されるよりはマシか。
さて頃合いだな。これから城に忍び込む準備を始める。場所はあの勇者の記憶から読み取ったからある程度理解できてる。俺はチート能力以外には普通にダメージを受けるからお前達のサポートが不可欠だ。頼むぞ」
「任せくださいアンチさん。私の蜘蛛の糸でバッチリ潜入と捕縛は熟せます、麻痺と毒効果もありますから」
「僕も蛇睨みと舌舐め攻撃で麻痺効果を出せるから大丈夫ですわ。後は色香で惑わせば自白するでしょう!」
「これほど頼もしいモンスター
「えへへ~」
「ふふふ、お上手ですこと」
人気のない場所で半サイボーグ男1人とモンスター
実は住民にこの世界の現状について話を聞くことはできた。やはりこの世界を支配すると魔物を率いて各地を侵略している輩がいるらしい。
そして、軍では中々歯が立たない現状を打破するために、伝承に従い異界の者を召喚して立ち向かわせるらしいのだ。
だがその力は勇者にしか宿らないのか、何故異界の者でないと倒せないのか。そもそもその伝承は何なのかという詳しい質問をしても細かい事情は流石にわからないとはぐらかされた。そんな町民の態度が妙に不自然で違和感を覚えた。
――この農場地について不審な雑味を抱いているならそれは当たりのテイストだ――
自分が抱いた疑念にスター・バックスが掛けた言葉が重なる。あの言葉はどういう意味だったのだろうか。もしかして彼はこの違和感について何か知っていたのだろうか。
直接召喚した者達に話を聞けばよい。話を聞いた後でどうするか決める。再びチート能力を宿した勇者が召喚されれば断罪せねばならない。できればそれは避けたい。
そして日が完全に沈み、辺りが小さな明かりを灯すだけの静けさに包まれる。夕方と夜を体験するのは初めてだ。心なしか目新しさを感じる。暗視スコープ機能、赤外線機能は備わっているので視界については何の問題も無い。
ネアとコルラも夜行機能は問題ない。むしろ夜にこそ彼女達の進化は発揮されるだろう。
「よし、潜入作戦開始だ。準備はいいな?」
「はい、バッチリ」
「滞りありませんわ」
城への潜入作戦が始まった。ここからはネアとコルラが頼りだ。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
「こちらスター・バックス。ターゲットビーンズの潜伏先をドリップ完了。各豆は配置の土に埋まってくれ。私から水やりの合図があるまで発芽はするなよ」
「「イエッサー」」
フードに手を当て、内蔵された通信機器で各メンバーに通信を送る。
アンチートマンチームが城への侵入を開始した頃、城の反対方角では銀星印のフード男、スター・バックスも任務を遂行する為に城への侵入を開始していた。
「それはいいけどスター・バックス?」
「どうした月豆?」
秘密基地で通信を担当する女性メンバーからの言葉に耳を傾けるスター・バックス。
「いいかげんそのコーヒー関連の喋り方どうにかならないかしら?」
「悪いが焙煎馴れてもらうしかないね」
スター・バックスは肩をすくめて軽く返す。月豆と呼ばれる通信担当の女性は駄目だこりゃとでも言いたげに表情をおどけさせると城の全体図が映し出された立体映像に視線を戻す。
「気を付けてね。聖魔導師に紛れて奴らは潜んでる。最悪城の人達を盾にする可能性もあるから遠距離から狙った方が良いわね」
「ご忠告ありがとう」
闇に溶け込む黒い衣装と同じように、彼に手には得物である漆黒の剣が握られている。片方の掌を剣に添え、スター・バックスが遠距離攻撃用に弓を頭に思い浮かべると、一瞬の光と黒い靄に包まれ剣は彼の思考を読み取ったかのように弓へと形を変えた。
「ちょっと待って皆!」
「どうした月豆?」
いざ城の内部へと突入しようとした矢先、彼女から止められる。
「モニターにチーム以外の侵入者を確認。数は3人よ」
通信士からの報告にメンバーは脚を止め、リーダーであるスター・バックスの指示を待つ。彼は小さく息を吐くと眉を顰めて呟く。
「イレギュラーな豆か……」
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