第13話「特定亜種チート成り上がりの始末」

「異世界チート転生者ヲ狩ル死神ダト……? オ前モ異世界転生者か。邪魔ヲスルナラ食ッテヤル!」


 鬼は勢い良く立ち上がり、険しい表情と血走った鋭い眼光で睨みつける。その巨体は見る者に威圧感と恐怖を与えるには十分だが生憎こちらには通用しない。鬼人はその巨椀を振りかざす。両腕から衝撃波が放たれる。


『警告します。衝撃波に痺れ効果あり』


「痺れ効果? 電流でも流れているのか」


Bladeブレード!》


 アンチートガンナー上部から刃が展開する。取り扱いがしやすいようにナイフ程度の大きさだが、それだけでも威力は折り紙付き。鬼人が放ったサンダーインパルスを真一文字に切り裂く。


「ナニィ!?」


 攻撃が無効化されたことに驚いた鬼人は、右手を翳す。すると、周囲が歪曲して孔の様な物が開き、その中に手を突っ込んで引くと、その手には黒い槍が握られていた。何が起こったのか理解できない。思わず見間違いかと自分の眼を疑い瞼を擦る。


「い、いったい今のは何処から取り出したんだ!?」


『空間を捻じ曲げる空間魔法です』


「は?」


『本来は物質的に接触不可能な空間を一時的に物質化。物理干渉を可』


「キャンセルだ。さっぱりわからん」


『了解……』


 鬼人が黒槍を振り回すと、黒い靄と紫色の稲妻が迸り洞窟全体を激しく揺らし始めた。洞窟中に響き渡るほどの咆哮を上げながら接近し、その鋭利な刃を振り下ろされたがこちらの得物で難なく受け止め、刃と刃の接触により生じた摩擦熱で火花が散る。


 リーチでいえばあちらが有利だがそんなことは関係ない。二度三度刃が交わり鍔迫り合いが続くが、既にこちらの勝利は俺が奇襲を加えた時に決まっている。


「無駄ナ抵抗ハ止セヨ? 今スグ俺二食ワレタ方ガ楽二死ネルゼ?」


「残念だが、その要求はお断りだぜ! 俺は喰われない。自分の身体の異変に気付いたほうがいいぜ?」


 不敵に口角を上げて笑っていた鬼人の表情が揺らぐ。


「ナ……ニッ!?」


 突如として膝から崩れ落ち吐血した。赤黒い血液が奴の口から放出され地面に落ちて染み込む。奴は自分にに何が起こったのか理解できずに驚いた様子を見せている。


「俺がさっき貴様に食らわせたエネルギー波はアンチブラスト。このガンナーと違い放射し続けることが可能だが自分のエネルギーを消耗しるから10回が限度だけどな。だが体内に直接チート抗体を浴びせることが可能な先手必勝の技だ」


 身体は抗体によって破壊が始まっている。皮膚が裂けて血管から血が吹き出し、筋肉や臓器は裂傷する。呻き声を上げる鬼人。


「この勝負。俺が奇襲を掛けていた時から既に勝敗は決まっていたのさ!」


「どういうことダ……!? チート能力ガ……消えてイク……ダト!?」


 苦痛の表情を浮かべる鬼人。瞳に映る奴の魂。ゆらめく炎の中に浮かび上がる人の姿は前世の記憶を保持していることがわかる。


「石動恭弥、年齢は25歳。SP部門に就いていた。身体能力や五感が鋭く、任務でも度々活躍していた強者。しかし、誤解から生じた身内の人間関係により殺されてその生涯を閉じる」


「何故俺の前世の名前と生涯を知っている!?」


「冥土の土産に教えてやろう。魂を見るか、肉体に少しでも触れればチート転生者がこれまで歩んできた行動パターンと心情まで頭に流れ込んでくる。

 最初こそはこの弱肉強食の世界で純粋に生きてやろうと思っていたようだが、人間から亜人になってからは随分と上から目線のようだな。貴様が他の種族を蹂躙して食い殺す際には上から目線の心情が多い。かつて人間だった前世の記憶を保持したまま亜人の振る舞いをするなど笑わせるな!」

 この辺りの勢力図まで変えたか。近隣の国や先遣隊の関係まで塗り替え、捕らえた優秀な者や女は全て自分の軍勢に加えて男は惨殺。逆らえないように寄生物を埋め込む。典型的なチート転生者、イカサマ野郎だ!」


「誰だって生き残るためにやること。当然のことだ!」


「生き残るためにやるだと? 確かに正当性もあり仕方のないことだ。だが貴様は力が欲しい故に次々と他者の能力をコピーしてまわった。クリエイトスキルまで収得して軍備を整えてな。部下達に生き残るためだと言って吹き込んできたようだが、自分が生き残るためにやっているだけに過ぎない。本来この種族はこの山岳地帯でひっそりと暮らしていた種族だ。貴様のねじ曲がった生存競争の行いがそれを歪めた!」


「笑わせるな! 異世界に転生したのならば、自分の好き勝手に暴れても構わんだろうが! 一体誰が咎めるというのだ!?」


「ならば教えてやる。それは世界だ!」


 先程から自分でも信じられないくらいに暑苦しい物言いをしている。エコーボイスが余計に洞窟内に響き渡っている。大分思考回路がヒートアップしているが、冷却機能は働いているから回路が焼き切れることはない筈。


「最もタチが悪いのは、彼女にしたように自分の言うことを聞かない者は暴力を使い服従させたことだ!それ以外の女性はあたかも助けると言って甘く囁き、媚薬や魅了魔法でかどわかして惚れさせ、仕舞いには孕ませた……外道極まりないその行い怖気が走る!

 貴様はただでは殺さん! 転生してこの世界に生を受けたことを後悔させるほどの苦痛を与えて殺す。今までの女性犠牲者の悲痛な思いが、無残にも殺された男性戦士達の無念の感情が俺に流れ込んできた! 貴様は超えてはならない一線を越えすぎた女の敵だイカサマ野郎!」


Gunガン!》


 有無を言わさずアンチートガンナーの引き金を引く。銃口から高速で放たれる光弾が奴の肉を抉り、穿ち血が噴き出してその度に苦痛の咆哮を上げる。


「既にブラストの効果は出ているがすぐに逝かせんぞ! 今までの仕打ちを今度は自分が受ける番だ!」


 光弾を打ちつつ徐々に近付き、顔面を殴って転倒させ、蹴りを入れて骨を砕き内臓を潰す。口から激しく吐血。

 だがまだ力が残っているらしく、反撃されてこちらも脇腹辺りに傷を負うが、こんなもの犠牲者達に比べればどうということはない。


Bladeブレード!》


 身体に刃を突き立て肉を斬る。何度も斬り刻む。貫く、穿つ。血が吹き出し、鮮血が視界を覆う。悲鳴にも似た叫びが聞こえるがそんなもので許されると思うな。高速で斬りつけながら急所を的確に攻めていった。


『警告。警告。これ以上の感情の昂ぶりと激しい動きは非常に危険。オーバーヒート寸前です。強制冷却で機能を一時停止する前にお止めください』


 自分の身体が過熱状態になっている段階でようやくその手を止めた。思考がショート寸前。危うく強制冷却とやらに晒されるところだった。激しく動き過ぎたせいで息が切れた。


「……っぁはあ! ぜぇ……ぜぇ……!」


 肉塊となった奴の肉体が残る。辛うじて原形を留めているが、あまりにもグロテスク過ぎる。自分でやっておきながら思わず嗚咽が漏れそうになる。

 だが、かなり生命力が強いらしい。飛び散った肉片と本体が今にも復活しそうに蠢いているが、いずれ抗体が効いて完全に動かなくなるだろう。


「ネア」


「はい」


 本当の意味で頭を冷やすために冷淡な呼びかけ。ネアも淡白に応えるが心なしか悦びを覚えているようだ。俺の容赦無いスプラッターショーに発奮したらしい。


「ならば都合がいい……食っていいぞ」


「シャッハァ待ってました! こんな男、骨も残さず食い尽くしてやります」


 ネアの瞳が赤く光る。それは獰猛なモンスターの瞳孔。

 あの時、彼女は女性兵士の仕打ちに対して激しい怒りを覚えていた。人間とはいえ、同じ女同士だからこそ彼女がされたことに怒りを感じたのだろう。根はやさしい子だからな。だったら彼女にもその正当な怒りの感情を発散させるべきだ。


 ネアは怒涛の勢いで鬼人の肉体と肉片に牙を剥き出しにして貪り始める。絹を引っ掻くような、肉を食べる時に出る独特の咀嚼音が辺りに響く。


「はぁ、あんむっ! むぐ、もがんんぐ……ぶはぁ……あぐもぐ! んはぁぁぁ……あああっなんて美味しいの! 美味しい! 美味しいです! はむっ! んんぐむぐっ!」


 顔の周りを血に染めて牙で肉を噛み切り心から食事を楽しむ様に肉を食べるネアは恍惚とした表情を浮かべている。物凄く凄絶かつ壮絶。子供には決して見せてはならない残酷描写。


「す……すまない……」


 不意に女性兵士が声を絞り出してこちらに呼び掛ける。体力を消耗しているのに無理はさせられない。直ぐに女性兵士を抱きかかえる。


「あまり動くな、あれだけ暴行を受けたのだぞ」

 

「私にも……あいつに……復讐させてくれ……散っていった仲間や上官のためにも……」


 疲弊しきった彼女の瞳を覗き込む、彼女が何を想っているか理解した。その悲痛な思いも。


「そうだな。アンタにもその権利はある……」


 女性兵士は弱弱しく剣を拾い上げ、まだネアが食べていない肉片に向かい剣を突き立てる。好都合なことに、肉片は復活しようと激しく蠢いている。彼女は何度も刃を突き立てる。


「くそ……くそ……う、ぅぅ……うああああああああああ!! 死ね、死ねぇ! 死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇ!! よくも……よくも皆おおおおおああああああ!!」


 やがて怒り狂う様に泣き叫びながら肉片を細切れにしていく。その度に血飛沫が舞って彼女は返り血を浴びる、それでも攻撃を止めることはなく呪詛を吐く様に雄叫びを上げていた。


 アラクニアの捕食と女性兵士の切り刻み、グロテスクだがどこか美しき血に染まる光景。俺は黙って彼女達の捕食と報復の陰惨な光景見守る。


「まだ魂は回収していない。ここからが本番だ……」

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