第14話「罪と罰、カクヨム神の元へ」

 鬼人はネアの腹に収まり、残された肉片も女性兵士によって細切れにされて塵に返った。

 ネアのお腹はかなり膨らんでいる。そりゃ巨大な鬼一体を丸ごと食べたのだから当然だ。本当に骨まで残さず貪りつくしてしまった。彼女は満足そうに壁にもたれ掛っている。女性兵士も興奮が冷めたようで、ネアに抱きかかえられている状態。その表情は完全に呆けており、生気が抜けたかのように眼の焦点が定まっていない。

 鬼人の肉体が置かれていた場所に浮遊している魂。まるで揺らめく炎。その魂を掴み取りガンナー内へと収める。


「アンチさん。また魂をあの世へ飛ばすんですか?」


「いや、こいつには相応の報復を受けてもらう」


 あの時と同じように天へと返すつもりかとでも言いたげな、不満そうなネアの質問に対し、含みのある静かな口調で答えた。


「あの……助けてもらって助かった」


 焦燥しきった女性兵士が力なさげに口から感謝の言葉を零す。ネアは優しく微笑みかけるがその顔立ちに彼女は多少苦笑いを浮かべる。元は愛らしいけどグロテスクだからな今のネアは。


「お気になさらず。コイツは女の敵だから許せなかったし」


「そ、そうか……」


 膨らんだ自分のお腹を指差してさらに腹を叩くネア。女性兵士はやはり苦笑を浮かべる。ここら辺は種族の特徴的に仕方がないだろう。


「ところで、君達は……人間なのか? 亜人なのか? この辺りでは見かけない種族だが……」


「世界の調停者と、その従者とでも言っておこう」


「調停者……?」


「世界の秩序を壊す者を狩る番人、執行者、死神だ。この子もああいった奴等の被害者でね。俺が保護して相棒にしている。自己紹介がまだだったな、アンチ・イートだ。そして彼女が」


「ネア・ラクアです」 


「よろしく……アイリーン・アドラステアだ。アイリス国騎士団の副隊長を務めていた……私一人を残して部隊は全滅してしまった、あの鬼人によってな……それでここに捕らわれて服従する様に……同じ女の同僚や部下は、逆らったために皆殺された……辱めを受けながら惨めにな……」


 アイリーンは両手で身体を抱きかかえて身震いを始めた。やがて顔を覆い、嗚咽を漏らしながら咽び泣く。どれほどの恐怖と苦痛、屈辱を味わったのか痛い程伝わってきた。ネアが彼女を宥めるように傍に寄り添い頭を撫でる。


「すまない……俺達がもう少し早く駆けつけていたら、助けられた命があったかもしれない……」


「いや……大丈夫だ……こうして、助けてもらったんだ……」


 長い間暗い洞窟の中に閉じ込められ、ろくに食料も水も与えられず辱められ続け相当体力を消耗している。肌も荒れており髪も艶が無い。身体は血と泥と埃に塗れてかなり汚れ、そのせいで女性にしては体臭もかなり臭い。もはや辛うじて元の美貌を保っているボロボロの状態だ。今はネアの糸に保護されて見えないが、身体中に痛々しい打撲や傷があったのを覚えている。彼女の綺麗だったであろう顔も赤く腫れたり切り傷などがある。ネアは優しく彼女を抱き寄せる。


「それよりも、ここにいた者達が気掛かりだ。全員種族がバラバラだ。妙に統率が取れていたが、異なる種族があれだけ足並みを揃えるなど、本来はありえない」


「ああ。きっと懐柔されたか、無理矢理服従させられているのだろう。どうやら寄生物で逆らえなくしているらしい。女性は誘惑したのだろうな」


「そういうことか……」


「もちろん、その人達も助ける。鬼人によって人生と種族の秩序を狂わされたんだ。体内の寄生物も取り除く。ネア、アドラステアさんを支えてあげなさい」


「もちろんです」


 糸に捕らえた者達も含め、洞窟内の者達を全て集合させた。取りあえず騒がないように全員ネアの糸で囲んだ上で事情を説明した。彼らを支配していた鬼人は自分とネア、そしてアドラステアが殺したこと。今まで奴がしてきた所業と危険性を掻い摘んで話しを聞かせた。全員が全員納得できなくともよい。


 アンチートガンナーの特殊モードスイッチを押して、ピンポイント浄化モードに切り替える。


「なんですかそれは?」


「これは何かしらの要因で埋め込まれたチート物を摘出・除去・浄化して残さないようにする機能だ。鬼人が消えたとはいえ、異物をこの世界の住人に残しておくことはできない。痕跡は消去せねばならない」


「しゅじゅつってやつですか」


「そんな感じだ……はいチクッとしますよ~」


 寄生物を一人づつ一瞬で除去していく。処置を施された者達は何をしたのか理解できずに首を傾げる。視界にブルーフィルターが掛かり、最初に見られたような赤と青の色合いではない。

 これでもう安心だ。そしてそれぞれの居場所へ帰る様に告げる。1人残らず洞窟から出ていかせ、それぞれ自分達の住処、故郷へと戻っていくのを見守る中、再びアンチートガンナーを取り出し、記憶消去モードに切り替える。


MemoryメモリーLostロスト


 引き金を引き、銃口から放たれた揺らめくエネルギー波が拡散してそれぞれのターゲットに向けて着弾していく。今回はターゲットロック式拡散型。遠くに離れた標的にも当たるホーミング機能だ。


「あれ? なんでわざわざ皆を洞窟から出して使用したんですか?」


「ああ。記憶を消去した瞬間、人間と亜人と獣人やモンスターが一堂に会しているのは非常に危険極まりないからだろう?」


「ああ確かに……台無しになっちゃいますもんね。さあ、アドラステアさんは先に水浴びをして綺麗にしましょう」


「あ、ああ……すまない、こんな汚くて臭い姿で……」


「大丈夫ですよ、さあしっかり洗いましょう」


「ああ」


「ご丁寧にこのイカサマ野郎は風呂と洗浄用具を作ってるからな。……石鹸にシャンプー、桶まであるのかよ……まあいい、思う存分使わせてもらえ。俺は念のために入口を見張る」


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 アイリーンは身体中に蓄積した垢や埃に菌などの汚れや臭いを綺麗さっぱり洗い流した。鼻を近づけて臭いを嗅いでみる。もう臭くない。身体を支配していた痒みも不快感も消えた。とても女子からしてはいけない異臭。髪は元通り綺麗になった。久しぶりに湯船に漬かった。その瞬間、彼女の身体を温かさと極上の快感が包み込む。


「ああ……生き返る……何て気持ちいいんだ……風呂とは、こんなにも心と体を癒してくれるものだったのだな……ぁぁ泣けてきたよ……」


 風呂の後は傷の手当て行う。傷口に泥や細菌が侵入して化膿し悪化している箇所もあったが、洞窟内の回復薬や医療道具を使い適切な処理を施す。

 アンチート抗体には殺菌作用があるとナビに教えられアンチは積極的にアイリーンの傷の治療に役立てる。ネアの作る糸も殺菌作用や治癒効果が含まれていたので大いに治癒を速めた。


「ああ服がいりますね……」


「う~ん……倉庫に服飾は置いてあるが、お世辞にも女性が着れる物ではないな」


「じゃあ私が糸で編みましょう」


「その糸は服が作れるのか!?」


「はい。じゃあアドラステアさんじっとしててくださいね」


「あ、ああ……わかった」


 アイリーンの身体にネアの糸が吹きつけられる。ネアは丁寧に彼女の身体に糸を編み込みながら採寸も行い、あっという間に下着から上着まで立派な物を作り上げる。淡い色の長袖シャツにフリルの付いたロングスカートに足を守るためのタイツ。おまけに革を利用してブーツまで作ってしまった。

 アイリーンはその出来栄えに、暫し見惚れる。どうやらこの手の服装には馴れていないようで恥ずかしがっている。


「まあ後は上から防具を装備したら……ほら、完成です」


「あ、ありがとう……服まで作ってもらうなんて、感謝してもしきれないな……」


「喜んでもらえて私も嬉しいです」


「さあ、後は無事に故郷に戻るだけだな。これを持っていけ」


「これは……!?」


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 アイリーンの記憶は改変するだけに留めた。彼女は元々鬼人を討伐に来ていた部隊の副隊長だった。ならば鬼を倒した証を持たせて帰還させた方が辻褄が合う。

 彼女が倒した証として持ち帰るのは、あの漆黒の槍とネアが不味いからと食べ残した鬼の二本角だ。


 鬼人の魂を収めたアンチートガンナーを腰のホルスターに収める。洞窟前で待機させていたアンチェイサーがエンジン音を立てながら自動走行で戻ってきた。早速跨りグリップを握り、ネアを後ろに乗せて二人乗りさせる。人間態へは戻らずこのままの姿で行く。


「あの、何処へ向かうんですか? ガンナーに魂を収容したままですよね?」


「これから向かう所は、少し特殊な場所だ。俺達よりはるか上の次元にいる者達がいるところだな。俺をこの多次元宇宙マルチバースに転生させたインテリジェントデザイナーと呼ばれる存在と同等の存在らしいが……」


「たじげ、まるち、いんてり……?」


多次元宇宙マルチバースとはあらゆる異世界、違う選択をした異世界が無数に存在する空の上の世界さ。インテリジェントデザイナーは要するに神様だ」


「ええ!? アンチさんって神様に遣わされたんですか!?」


「そうとも言えるし、操り人形とも言える。すぐに全部受け入れなくてもいい。正直俺もあのひとのことはよくわからん。そして、今から会いに行くのは同等の存在……カクヨム神だ」


 アンチェイサーを走りださせた。徐々にスピードが速まり、高速に突入しようとしている。中央部分にある装置のレバーをセットし直す。行き先は亜空間。

 メーターが振り切れて周りの景色が歪む。そして目の前で空間が裂けた。向こう側に見えるのは白い空間。予め行き先をセットしておいたのであの妙な森を通る事は無い。車体が回転しハンドルを握りしめる。旋回しながら空間の裂け目へと吸い込まれていった。

 

 裂け目を越えてカクヨム神が存在する空間へと到着。アンチェイサーのタイヤが白い地面へ接触して多少の衝撃が伝わる。ある程度走行してアンチェイサーを駐車して降りた後、何もない真っ白な空間に向かい大声を上げた。


「聞こえているかカクヨム神。俺はインテリジェントデザイナーの使徒、アンチートマンことアンチ・イート。今日は転生させる魂を直々に運んできた」


「ま~じで? 今行くよ~」


 白い空間に妙に軽いノリの声が響いたと思うと、白装束に身を包んだ男が出てきた。まあ美男とでも言えばいいだろうか。平均的な。それ以外は特にどうとも思わない。


「どうも、アンチ・イートくん。今日は僕が当番だ」


「脳天をぶち抜くぞ、このクソ神が」


「いきなり毒付き過ぎじゃない!?」


「俺はインテリジェントデザイナーの使徒。そのように作られてるから多少の素っ気無さと無礼講は仕方のないと思え。御前等・・・のせいで異世界チート転生者が乱立しているのだから少しは自覚を持て! 人の作り出した神だからか欲望も忠実だな」


「あはははは……だってしょうがないじゃん、暇だし、神様だってうっかりミスすることあるよ?」


「三枚におろすか? それとも二枚で済まそうか?」


「わ~たったっ! わかったよわかったよ。ちゃんと仕事するってば!!」


「では、この魂をカクヨム次元に存在する何処かの異世界へ転生させろ」


 アンチートガンナーから鬼人の魂を引き出し渡す。彼は魂を隈なく見渡すと、神妙な表情で尋ねてきた。


「そうとうやらかしたようだねこいつ」


「ああ、だからそれ相応の報いを受けてもらう。容姿端麗な絶世の人間美女へと転生させろ。前世の記憶を保有したままな」


「ほう……?」


 カクヨム神はこちらを伺うような視線を送り、魂を見つめながら静かに質問する。


?」


 その質問に淡白に応えた。


「ゴブリンの群れの中、産まれたままの姿、全裸でだ。強姦される女の苦しみを味あわせる。チート能力で頑丈な肉体を与えてくれ。半永劫ゴブリン達に犯され続けさせろ」


「女の敵です」


「ま、当然のことをしてるよね。因果応報、輪廻転生。前世の罪は重い。罪と罰を与えないとね。了解、やっておくよ」


 カクヨム神の両手に包まれた魂が激しく輝き、光りの粒子が包み込む。カクヨム神が掛け声と共に魂を掲げると、何処かへと高速で飛翔した。行き先は多次元宇宙マルチバースに存在するカクヨム次元に属する異世界。


「さらばだ。哀れなチート転生者。良かったな。今度もチート能力付きで、しかも絶世の美女に生まれ変わり人生初めからイージーモードだ。いい異世界ライフを」


「……アンチさん。半端ないですね。もちろん私は同意しますけど」


ネアから称賛の言葉が贈られた。

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