第12話「鬼人登場」
「シャアアア!!!!!」
ネアは洞窟内に響き渡るほどの甲高い叫びを上げる。愛らしかった表情は左右の口角をあげて牙を覗かせた不敵な笑みを浮かべ、両腕で艶めかしく髪を掻き上げると、彼女の額には4つの赤く小さな眼があった。
いまさら驚きはしなかったが、恥ずかしくて隠していたのか本気を出すから露わにしたのかはわからない。ただ一つわかっているのは彼女はやる気満々ということ。その殺気を察知するかのように、洞窟の奥から多種族混成の増援部隊が迫る。
主にホブゴブリンが進化した鬼系種族と、少数の獣人、人間で構成されている。どうやら先程とは違いステータスも高めだ。佇まいとオーラもこれまでとは違い歴戦の猛者であることが確認できる。
「覚悟してください。私が相手をします」
妙に乗り気な台詞を吐くネア。それでもどこか愛嬌が残っている。
「ネア・ラクア、変身!!」
一瞬何を言っているのか理解できずに彼女の方を改めて振り返る。
すると、ネアの身体がまるで中心へと折り畳まれるように集束していき縮小。同時に光に包まれながら別の手足が生えるように変態していく。喘ぐような声を漏らしながら肉と骨が組み変わるかのような生理的に不快感を覚える接触音が耳に入り込み、別の形態へと変化していく彼女の様に思わず両耳を塞ぎ視線を逸らすが、一体何に変わろうとしている。
敵も同じ心境に陥ったようで、ネアの生々しく変態する様を見て青ざめる者や、口元を抑えて嘔吐している者など同情に値する反応をしていた。
「ああげっほごっほ、ああしんどいぞこれ……はあ……はぁ……がはっ……ふぅ……」
負担の掛かる事を乗り越えたような声を吐き、ネアの変身は完了した。
「アタシキレイ? キレイでしょう? キレイって言え!」
その下半身は完全に二足歩行のヒューマノイド。男を誘うかのような膨らみを持つ美尻と、綺麗に整ったエロティックで艶めかしい太ももとふくらはぎ。つま先は五本の指。上半身と下半身を保護するかのように赤い体毛が綺麗な曲線を描いて覆い、人間で言えば生殖器に当たる部分を隠している。しかし背中からは八本の蜘蛛足が生えており先端が尖っている。正直に言おう。妖艶さと狂暴さ、そして何処か抜けきれない可愛らしさを備えた肉体へと変貌している。
「ネア……」
「何ですかアンチさん?」
敵がドン引きして怯んでいる隙に声をかける。その容貌に反してやはり可愛らしい微笑みを向けてくれる彼女。目線が下になってくれたので首を上げなくて済む。
「いったいその姿はなんだ!? 説明してくれ!」
「えっと、元の姿とアンチバレットコア態を繰り返してたら、頭にお告げが来たというか、変態能力が備わったことに気が付きました。だからやってみたらできちゃいました」
「そういう影響だったのか……おいコンピューター。ああいう効果が備わるなら説明してくれ」
『アンチバレットコアに変換しサーヴァントバレットとなった従者には、自由に姿を変えることができる能力「トランスフォーメーション」が備わります。経験を積めばより強い個体へと進化が可能となります』
「今言わなくていいよ!」
「これが人間の足ですか……変な感じですね」
彼女は自分の下半身を不思議がる様に眺める。足で地面をつついて見たり、お尻を触ったり身体を捻る等。いじらしいな。蜘蛛の下半身じゃないから背丈もこちらより下になり、より少女らしくも見える。下半身確認が完了したらしく、彼女は屈伸運動をした後に攻撃の構えを取る。
「それでは……行って来ます!」
両足で地面を蹴って高速ともいえる速さで混成部隊へと駆けた。そのまま直進するのかと思いきや、進路変更して壁を垂直に走り出した。そして背中の蜘蛛足で天井にしがみ付くと、両足を広げ股を開いた。思わず目を逸らす。何をやるかは一瞬で想像がついた。
少し過激だが、彼女の尻から赤紫色に輝く糸が放出される。先程のネアの変身と今行った卑猥っぽい行為にすっかり油断して隙を突かれた兵士達は、彼女の糸の餌食となり粘着質のある繊維にからめとられた。しかも稲妻効果があるようで、捕まった者達に電流が流れて悲鳴が沸き上がる。
「さらに……」
「まだやるのか」
ネアは地面に両手を付けた。すると彼女の掌から波動のようなものが流れて地面へと吸収されていくのが見えた。視界に表示されるデータによれば、あれは高エネルギーのようだが……。
「サイコパワーです」
「なに?」
「サイコパワーです!!」
一際大きな声でカッと6つの眼を見開き、次の瞬間地面からおびただしい程の稲妻と波動が糸に捕らわれた兵士達に向かい放出され、諸に直撃を受けて苦痛の叫びが轟いた後に爆発を起こした。兵士達の情けない断末魔が聞こえる限り、生きてはいるようだが……。
「恐ろしい子……まるで容赦が無い」
「全滅ですアンチさん!」
「ああ、そうだな……」
「これでしばらくは動けない筈です。先程のサイキックパワーで既に倒して来た後方の者達にも衝撃が伝わっているので安心ですよ?」
「容赦なくえげつないことだ……」
満面の笑顔で頬を赤く染めながら近寄るネア。根は純粋でいい子なのは理解済みだ。ここは素直に褒める。笑い掛けつつ頭を撫でる。彼女は嬉しそうにはにかんだ。成人男性として子供がいた経験は無いが、これが娘か教え子を持つ気持ちだろうか。
「先程よりも強い異世界チート能力転生者の波動を感じる。どうやら、ここを抜ければすぐ近くにいる。着いてこれるか?」
「はい!」
もう一度彼女の頭を優しく撫でて言葉を掛ける。
「心して掛かれ」
「はいです!」
2人で洞窟の奥へと向かい走る。足音が洞窟内に反響する。
「今気づいたが、この洞窟はずいぶんと整備されているようだな。さっきから天井の至る所に明かりが灯してある。なんだ……小さな球体の中に炎が灯してあるではないか」
異世界の文化圏はまだ詳しくは無いが、あの小さなガラス球の中に小さな炎を灯し続ける技術など存在するのか。ガラスは結構貴重なものと推測するがどうなっているのか気になるところだ。
「ネア。この明かりは魔法かなにかなのか?」
「いえ、単純に燃えているだけだと思いますよ。魔力は感じませんし」
「魔力? ああ……エネルギーの源だな。では、これらの明かりは純粋に技術品と言うことか……」
そう思ったが、ランプを見た時だけ微かにレッドフィルターが掛かる。
『警告。この物体はチートにより作りだした違法品です。この物体はチートにより作りだした違法品です』
「やはりこれは、チート能力で作り出した物か。だとしたらこの先に存在する異世界転生チート能力者は技術面のチート能力を保有しているのということか。
しかし、先程の種族混成部隊といい、ここに住む者達はどういう経緯で集められているんだ? なあネア。人間やエルフ、獣人共が一堂に協力して部隊を編成するなどありえるのか?」
「正直に言いますと、まずはあり得ないですね。少数ならありますけど。あんなに多種多様な種族が集まって、しかも何かを目的として行動するなんて正気の沙汰ではありません」
「いや、そ、そこまで言うか」
「事実です。私の世界ではそうでした。身を寄せ合う理由があるならともかく。基本は干渉し合わないのが普通です。争いも起きますし価値観が違いますから」
「何処の世界でもそれは同じか……だがあいつ等の身体から妙な波動も感じたのが気になるな」
「どんなですか?」
「何と言えばよいか。まるで赤と青が入り混じったような紫色だが黒に近い判別しづらいものだ。異質だと言うのは理解できたが、それ以外は普通故、余計に気味が悪い」
先程の戦闘部隊に思考を巡らせていたが、微かに女の声が聞こえた。耳を澄ませてみると何やら苦痛か苦悶に耐えているような喘ぎ声のようだ。
しかも、かなり激しい。ネアと目が合う。彼女にも聞こえているようで、女性の防衛本能が警告しているのか無言で訴えている。
『警告。この先に強いチート反応あり。この先に強いチート反応あり。ヒューマン女性の反応あり、脈拍低下。かなり弱っています』
ナビ通り、同時に異世界チート転生者の強い波動を感じ取り、全身がざわめく。
この女性とチート能力者は間違いなく一緒にいるのは理解できた。辺りを見渡すと道は3つに分かれている。その内の右側通路の先にいるらしい。レッドフィルター掛かった視界に警告を示すように点滅し女性の悲痛な叫びも徐々に近くなっている。気配を消しつつ通路を通る。増々女性の声が鮮明になり大きくなっている。そしてついに部屋と思しき穴倉から女性の悲鳴とチート能力者の気配がしている事を突き止め、微かな暗闇に紛れて内部を覗き込む。
「っな……!?」
大きな体躯の鬼が、人間の女性に乱暴を働いていた。
鬼の方を見ると。全身灰色の肌に二本角、紋様が体に走り、銀髪の髪は肩まで伸びていて屈強な顔立ち。かなり特殊な装備を纏っている。
そして、炎めいたオーラが浮かび上がる。中に映るは地球の人間と思しき容姿。
「前世の記憶保持者か……」
女性は苦痛に悶えながらも必死に耐えている。歯を食いしばり、表情は苦痛に歪み血と泥で薄汚れているがそれでも美貌の女性だと理解できる。腰まで伸びる赤み掛かったブロンドヘアーを振り乱し、彼女からは確固たる意志と戦士としての気配を感じられた。
破かれた服と周りに散らばった服の残骸と鎧。あれは彼女のものだろう。推測するに女性の兵士か。先程から彼女に対して無慈悲に行われている"殴る・蹴る"といった行為は明らかに彼女を服従させようとしている。
「強情ナ女ダ。コレダケ責メテモマダ耐エルカ」
口から牙を覗かせ鬼が喋る。それに対して女兵士は険しい表情で鬼を睨みつける。
「ふん! こんなことで、わたしは……屈しはしな!」
「ソウカ、生キ残ルチャンスヲ棒二振ルトイウナラバ。セメテ我ガ軍ノ慰ミモノトシテ果テルコトダ」
「ぁあぐぅ!? げほっ!」
恐ろしいほど冷淡な声で女兵士を見下しながら彼女の身体を掴みあげた挙句さらに地面に叩き落した。彼女は白目を向きかけながら吐血し、苦悶の声を上げる。
一瞬で思考回路がショート寸前になり、アンチートガンナーをホルスターから取り出すより早く、鬼に向かって手をかざして突入した。
「アンチブラスト!!」
掌から暴風と雷、衝撃と波動が入り混じったエネルギーブラストを放射。
勢い良く突き抜ける攻撃は鬼に直撃。その巨体が吹き飛ばされて壁へと叩きつけられ、微かに低い呻き声を上げた。鬼から解放された女兵士は地面に倒れそうになるがネアが蜘蛛の糸を尻から出して彼女を保護して抱きかかえる。
「ぁ……貴方達は……がはっおえ……」
「それ以上喋らないで。もう大丈夫です……」
ネアの表情は険しく怒りに震えている。例え忌み嫌う人間でもここまで一方的に暴力を受け凌辱されるのは我慢ならないようだ。
「もはや理性を残す余地は無い。よく聞けチート転生者、いやこのクソ野郎! 俺は異世界チート転生者の番人にして執行者、死神。アンチートマンだ。今からお前を処刑する!」
鬼はその屈強なる顔立ちを崩すことなく眉間にしわを寄せてこちらを睨みつけていた。視界に鬼人のデータが表示される。
『チート転生者の前世を表示します』
▼石動恭弥
年齢は25歳。警備部門に就いていた。任務でも度々活躍していた強者。しかし、誤解から生じた身内の人間関係により殺されてその生涯を閉じる。
最初こそはこの弱肉強食の世界で純粋に生きてやろうと思っていたが、自分が人よりも、多種族よりも同族よりも強くなって行くにつれ態度が上から目線に変化した。
▼チート能力:コピー
他の者が持つ能力やスキルをコピーする。
典型的なチートコピー能力。
「ほお、典型的なチートコピー能力か、ならお前は典型的なイカサマ野郎ということか!! しかも無抵抗な女性に対して暴力を振るうこの仕打ち……はっきり言ってやろう、お前の行いは反吐が出るぜ!」
渾身の怒りが込められた言葉を鬼に向かい投げつける。いまならどのような暴言も罵詈雑言も吐き捨てられる自信がある。
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