第8話「ゴブリン発見」
アンチェイサーで異世界を越える。ご丁寧にスピードメーターが設置されているが、どうやらこれは普通に早さを計測するものではなく、特定のスピードに達すると空間に捻じれを生みだし、開いた空間の裂け目に入り込める機能。そしてこのアンチェイサーに乗っていれば難なく次元の壁を走行して異世界同士を渡り歩くことが出来る。
一気に最大まで加速すると、周りの空間が揺らぎ、目の前に裂け目が生じて向こう側の景色が見えた。勢い良く裂け目の中に突っ込むと、無事に向こう側に辿り着いた。そして、エンジンを吹かせながら呑気に走り続けている。
裂け目の向こう側に待っていたのは奇妙な森林。まるで森全体にパソコンの色付け効果を付けたかのようなパステルカラー掛かった奇妙な色合いで食欲を失いそうな色彩、一見すると普通の植物が経ているように見えるが所々ねじ曲がった奇妙な色の蔦や枝が生い茂り、咲いている気味の悪い極彩色。視界に入る大木もグロテスクな茶色と黒がぐちゃぐちゃに混ざりあった色、そこらかしこに赤紫色の皮に包まれた果実が実っている。
一瞬食べたいと思ったが嫌な予感がするので止める。そしてこの森全体に漂う空気が冷たく暗い気持ちにさせる。何というか、淀んでいるわけではないが鼻から口に入る酸素が、生気を感じられない気がする。もしかするとここは死の世界ではなかろうかと疑うが、この世界を想像したインテリジェントデザイナーの事が頭を過り、それはないなと一蹴する。
だが、そんな気持ちとは裏腹に元気な者もいる。それは……。
「何だかここ居心地がいいです、アンチさん」
ネアだ。さっきから腰のホルスターで元気にはしゃいでいる。どういうことだろうか?
「居心地がいいのか?」
「この冷たく生気のない感じが私みたいなモンスター系亜人にはちょうどいいんです! 風景も綺麗だし、植物も生い茂っていて素敵です。いったいどこの異世界何ですかここ?」
どうやら種族の違いにより、彼女にとってはこの森は大変魅力的な場所のようだ。よくよく考えれば元が蜘蛛なのだからこういう所のほうが合っているのだろう。価値観が違うのだろうな。それはしょうがない事だ、ちゃんと受け入れないとな。そう言われて見えばこの森も結構いいかもしれないな……。
「何処の異世界かはわからん。表示されているデータによると、ここはただの通路らしい」
「ただの通路なんですか? 住み心地良さそうなのに~」
「すまんな、次の異世界へ行かねばならないからこの場所は保留だ。また訪れる機会はいくらでもある」
「じゃあその時はぜひ私を元の姿に戻して満喫させてください」
「わかった」
走行しているうちに周りの景色が歪む。どうやら近いようだ。目の前の空間がジッパーが下りる様に開き出し、時空の裂け目が開いた。アンチェイサーが浮き上がり、まるで吸い込まれるように回転しながら裂け目の中に吸い込まれる。両ハンドルを強く握り、そのまま向こう側に見える景色を見た。
岩と緑に囲まれた風景が微かに視界に入る。これは、恐らく山岳地帯だ。裂け目を通り抜けて不気味な森林から整備されていない黄土色と茶色の山岳地帯に辿り着く。道端には緑の林が立ち並び、先程の光景とは大違いだ。一応地面は平らなようで石ころ等に車輪が躓くことはないが、どちらにせよこのバイクはモンスターマシンなので悪路だろうが問題なく走れる。
「ここでの使命は何だろうな……」
周りを見渡し呟く。鼻から酸素を吸ってみるが問題は無い。いや、別にこの体は酸素が無くとも問題は無いが。肌に変な感覚が起こるわけでもない。視界も良好。アンチェイサーから降りて土の感触を確かめる。
指で粒の一つ一つを擦り、砂粒が地面に落ちる。特に変わった所は無い。見た目の印象だけを言えばこうなるが、近くに変わった昆虫か植物、小動物でもいれば異世界だと認識できるが、今のところ真新しい視覚情報が無い。
「ん? あれは……」
林の奥で微かに蠢く影が見えた。しかも複数だ。凝視してみるとピントが調整されるように視界が林の向こう側を鮮明に映す。ぼやけていたシルエットがはっきりとなり彼らの正体が明らかになる。
緑色の肌に人型のフォルム。顔はお世辞にも整っておらず醜いが微かに愛嬌がある。黒目の存在しない不気味な黄色の瞳に先端が尖った耳、口には鋭い牙が並び、毛の生えた頭からは角が二本生えている。それぞれ体格はまちまちだが、全員人間の装備で武装している。これは……。
「アンチさん。彼等はゴブリンです」
ネアが答えを出してくれた。そうか、これがファンタジーでよく出てくるゴブリンという種族なのか。始めて目にするが感動すら覚えた。映画や漫画の中でしか見れなかったお決まりの種族を見れた事に心がざわついた。二足歩行で歩いているではないか。如何にもゴブゴブゴブゴブと喋り出しそうだ。あの面構えは正しく人間をさらうモンスター。私は自分が猛烈に感動していることに気付く。
「どうするんですか? 後を付けるんですか?」
ネアの質問に我に返る。さてどうしようか、未だやるべき使命も確定していないこの状況。何かしら動かねば事が進まない。この山岳地帯ならネアを元に戻して散歩させるのも悪くないが、彼女は図体が大きく、もしかしたら人間のハンターに出くわして攻撃を受ける危険性もあるので迂闊には戻せない。
「あいつ等を付けてみる。ここで出会ったのも何かの縁と思ってな」
「大丈夫なんですか? 聞いたところアンチさんはチート以外の能力には無力なんでしょう?」
「その弱点にも抜け道がある。相手が攻撃してきた場合はその弱点は無効化される。敵意を向きだしてきた相手には例外なんだ」
「そうなんですか」
「それに、いざという時のために君がいるんだ。先程も助けてもらった。今度も頼む」
「わ、わかりました!」
ホルスター内で身体を揺らす彼女を微笑ましく見つめ、アンチェイサーをこの場に待機させて、あのゴブリン集団の後をつける事にした。尾行の末に何と出会えるか楽しみだ。
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