第2話「これが異世界転生者か……」

 何処までも整備されていない土の道が続いている。アスファルトに固められた道路など存在しない。周りには見たことも無い極彩色の草花が咲き乱れ、時より小さな小鳥や虫が飛び交っているが、やはり妙な色合いや形をしている。雲一つない青空も何処か違和感がある。外国に行った時に感じた感覚と似ている。同じ空でも気候によって変化する。これが異世界というものなのだろうか? もしかして地球にある別の国にいるだけではなかろうかと思う。物的証拠が今まで見た事も無い小さな動植物だけでは、少しだけ信じきれない。

 だが、自分の半サイボーグ化された身体こそが一番信じられない出来事だ。意識するとデータ表示が解除されて普通にものを観れるようになる。便利な作りだな。


「いやあああ!!」


 何処からか女性の悲鳴が聞こえたが、その声が聞こえたこと自体に驚いた。悲鳴は自分の前方遥か遠くから来たのは確かだが、その声事態がまるで近くで聞いたかの如く鮮明なものだったのだ。以前の自分にこんな優れた聴覚は無かった。これもこの体の能力だろうか? 何はともあれ、あの悲鳴は明らかに生命の危機に瀕した時のものだ。脳内で色々とパターンを想像するか、ここがゲームやハリウッド映画に出てくるファンタジー異世界ならば……。


 1.動物か乱暴な種族に襲われている。

 2.盗賊に襲われている。

 3.乱闘騒ぎが起こっている。

 4.建物崩壊などの事故に巻き込まれる。


 想像できる要素はこれくらいしかない。とにかく悲鳴の聴こえた場所まで向かうために地面を蹴って走ると、驚くほどに駿足で駆けだす事ができた。まるで風を切るような感覚と爽快感が全身に漂う。幸いな事に助けを求める悲鳴が今でも聞こえているので場所は安易に特定できる。数秒でその場所まで辿り着くと、どういう事だろうか? 身の丈3メートル程はあろうかという、人間の上半身のような身体が生えている巨大な赤い体毛の蜘蛛が……人間に襲われている!?


「な……!? なんだあのクリーチャーみたいな生き物は……!?」


 しかもその奇妙な蜘蛛に生えている人間の上半身のような身体、よく見ると薄紫色の肌をした女のようだ。人間を構成しているパーツは下半身以外すべて揃っている。肩まで伸びた髪の色は濃ゆい藍色。赤い線紋様が身体に描かれており、白目の無い円らな黄土色の瞳。両腕を必死に振り乱しながら悲痛な表情を浮かべており、瞳から涙が零れて必死で泣き叫びながら、蜘蛛の糸らしき繊維を……下の方から吐き散らして助けを求めている。


「どういう状況なのか判断しかねるな……」


 対して彼女(?)を攻撃している人間は、まるでファンタジー小説に出てきそうな格好とでも言おうか、全身ゴールドの鎧に身を包み、豪華な装飾の盾と人目で強そうとわかる堅牢な剣を所持しており、蜘蛛少女が吐き散らす蜘蛛の糸を何度も切り裂いては、やれ魔物だの大人しく倒されろだの罵声を言いながら彼女に攻撃を加えようとする。蜘蛛少女と勇者らしき者が何を言っているのか理解できると言う事は、通じるかどうか別としてどうやら言語はわかる。攻撃を繰り返している勇者の表情は余裕たっぷりそうな顔で、おそらく人間で言う高校生ぐらいの年齢ではないかと思われる。


 少女の上半身が生えた巨大な蜘蛛の姿に驚く前に色々と状況が呑み込めない事の方に気が逸れて驚愕しそびれてしまった。今沸き上がっているのはこの状況を理解しようとする思考だけだ。


「これは……どう判断するべきだ……?」


 泣き叫びながら必死で助けてと泣き叫んでいる蜘蛛女と、罵声を浴びせながら今にも殺さんとする勇者。


「どうすればいい。明らかにモンスターをいじめている人間……いやまて。あの蜘蛛少女をモンスターと認識すること自体が間違いではなかろうか?」


 ファンタジー物語で人型ではない様々な種族が登場する。

 一方的にモンスターと決めつけるのは、それが人の姿をしておらず、言葉も人の言語を用いないからだ。だが、耳の長い種族や背が低く髭の長い種族、獣の特徴を持つ人等といった種族はモンスターとは呼んでいない事が多い。それは、古くから続く小説、映画、ゲーム等の媒体でそう表現しているからだ。


 人の姿でなければ躊躇なく殺せる。


 そんな恐ろしい発想が頭を過る。それは人間の究極のエゴであり残酷な悪魔の心を表現している。


 見た目だけで判断してはいけない。あの蜘蛛少女は本当に悪意があるモンスターだろうか? それとも人間っぽく振る舞っているだけで勇者の少年の方が正しい事をしようとしているのか? だからといって泣き叫んで助けを請うまで追い詰めるのは正義なのか? 早くどちらか決めなければ手遅れになるかもしれない。そうだ、止めるだけならばいい。間に入りにでもすれば少なくとも殺生沙汰にはならない。


「よせ!!」


 すり抜ける様に2人の間に入り込む事に成功した。どちらもいきなり現れた自分に驚いてはいるが、今はそんなことどうでもいい。


「な、何だよアンタは!?」


「少年、この……スパイダーガールも怯え泣き叫んでいる。やり過ぎるはただの虐待だ。やめておけ」


『チート転生者。現地住民のデータを表示します』


「なに?」


 突如視界にグラフのような物が表示されて驚いて瞬きを繰り返して擦ってしまった。


 ▼アラク二ア族/個体名不明/♀

 人間の上半身と蜘蛛の下半身を持つモンスター系獣人種族。紫外線が見える特徴を持ち、お尻から糸を放出して敵をかく乱、捕縛する。糸で巣を作る。半分人間の知性と文化を獲得した彼女達は、親臨で独自のコミュニティ文化を設立。人と関らずにひっそりと暮らす。危険を察知するスパイダーセンスを持つ。


 ▼間村宏一

 31歳。つまらぬいざこざで挫折してニート生活を送り続け、改善のチャンスが何度もあったのにもかかわらず怠慢な生活を続ける。

 父親が死んだ時ですらネットサーフィンをしていた事で家族親戚共々から縁を切られるように追い出され、そのままトラックに轢かれて死亡。


 ▼チート能力:能力奪取

 振れた相手の体組織を破壊して死に至らしめ、その後に相手の固有能力、種族限定能力が全て奪える。


「なんだこれは……?」


 明らかに目の前の少年とは似ても似つかない情報。さらに、少年の身体に炎のような淡いオーラが見える。揺らめく炎の中に人のような姿が見える。太っていて顔立ちは整っておらず冴えない風貌の男だ。年齢は30代ぐらいと思われる。オーラの中の男性は少年と同じ仕草、同じ表情をしているが、冴えた顔の少年と冴えない顔の中年ではこうも違うのかと凝視してしまった。視界は警告を表わすように赤いフィルターが掛かったかのような状態になった。


「そうか。そういうことか……!」


 視界に表示される少年のデータと、目の前にいる少年の食い違い。そして彼の背後に漂う、男の正体。そう、この少年の正体は背後に映る中年の男、彼は異世界にチート能力を持って転生した存在、異世界チート転生者。ようするにイカサマ野郎だ。


「どいてくれないか? こいつを倒さないと経験値が溜まらないんだ」


「……なに?」


「だから、そのモンスターを倒さないと、経験値が溜まらないからどけって言ってんの! そいつ結構レベル高いんだよ」


「おいまて。それは正気で言っているのか? 経験値、レベルが高いだと?」 


 何故そのような事を何故平然と言える? 恐怖で怯えている蜘蛛の少女を、まるでゲームの敵キャラみたいに扱う発言。


 自分の中に、蜘蛛少女をまるでゲームの中のモンスター呼ばわりするこの男に対する底知れぬ不快感と気味の悪さ、そして憤怒の感情が込み上げてくるのを実感する。果たしてこれが異世界の常識なのだろうか。

 いや、そうではない。おそらく異世界転生者の考えなのだろう。この男は転生したこの世界をゲームのようなものだと思っているだろう。何を考えているんだ。


 この蜘蛛の少女は生きた命だ。


「……助けて……!」


 後ろでか細い声が聞こえた。弱々しくか弱い声。それでも助けてくれと懇願している強い意志だ。そっと彼女の方に視線を移す。よく見ると白目は無く、不気味だが円らな瞳から大量の涙を流し、あどけなさの残る洗練された顔立ちは恐怖で引き攣って歯を震わせている。瞳孔が小さくなっているのは恐怖で緊張状態になり微妙に興奮している状態だ。


「さっきも言ったが、この少女は怯えている。過ぎた正義は虐待行為でしかない。明らかに攻撃もせずに糸を吐いてるだけだ。何も危険性は無い。その剣を閉まってはくれないか?」


「なんだよ!? モブキャラNPCの癖に生きた人間のように振る舞ってんじゃねえよ!」


「……なん、だと……?」


 経験値が溜まる、レベルが上がると言う単語自体はもしかしたらこの世界の理として当たり前に存在する文化なのかもしれないと考えた。だが、モブキャラ、NPCという単語は明らかに現代日本の言葉だ。その瞬間理解できた。あの炎オーラが魂精神と仮定するなら、何故その中に浮かび上っている人物の姿が肉体と同じ少年ではなく、中年男性の姿なのか。



 あの姿はただ前世の姿を写しているのではない。前世の記憶を保有していて人格が前世のままだからあの姿が魂に浮かび上っているのだ。だからレベルだの経験値だの、モブキャラ、NPCと言う単語を口にできるのだ。少年と邂逅した時に、歳の割に雰囲気と喋り方に明らかに違和感を覚えたのはそのためだ。よくテレビやアニメで入れ替わりネタがあるが、大抵の友人や家族は入れ替わっている事に気付かないが、入れ替わったら人格がそのまま変わってしまうのだから明らかに違和感あるのはわかる筈である。そして今自分はそれと似た状況を目の当たりにしている。


 だが問題はそこではない。彼の最も許せない事は、この世界に確かに生きている自分と蜘蛛の女性をモブキャラとNPC扱いした事だ。まるで命の無いコンピューターキャラのように。人の姿ではないが、後ろで必死に助けを求めている彼女が、命の無い存在なわけがないだろう!


 この感情を何と説明していいか、名前を付けていいものなのかはわからない。だが、俺をこの世界へと転生させたインテリジェントデザイナーの願いと、自分に課せられた使命は理解できた。


 そうか、このためにこの世に再び生を受けたのだ、異世界転生者の番人、異世界転生者を狩る死神、アンチートマンとして……。


 その瞬間、自分の頭の中に今まで入っていた概念が、音を立てて落ち、新しい別の概念が入り込む充足感を覚えた。これからやる事は理解できた。後は行動に移るだけだ。


 だが、その前に執行者としてこの男の真意を確かめなくてはいけない。

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