アンチートマン~異世界チート転生者を狩る者~

大福介山

第1話「気が付くと、異世界に転生していた」

 気が付くと、水の中を回転するようにゆっくりと落ちていく感覚。


 しかし、息ができる。


 水と言うよりは、空気とも表現できる。妙な感覚だ。ただ、とても心地よい気分に浸りつつ落ち着いた穏やかな心でいられる。


 どこにいるんだろうか、ゆっくりと眼を開けてみた。一見すると暗い、だが回りながら落下している自分の身体を目で見れるので完全な暗闇では無いようだ。

 このままどこまで落ちていくのかと、不思議な心地よさに身を任せていると、急に体が浮かんだと思うとそのまま徐々に地面と思われる暗闇に足が着いた。


 瞬間、地面の闇は白く輝く鳥達の姿となって、上へ羽ばたき下からステンドグラス状の美しき地面が露わとなった。幻想的な光景にしばし見惚れ、辺りに視線を移す。


 何もない。闇が広がっているだけだ。


 自分が足を付けている、このステンドグラス状の台地が、美しき煌めきを薄っすらと放ち続けている以外は、何も。


 ここは、あの世か何かだろうか? 天国か、それとも地獄か、確かめようがないので不明だが、まるで夢の中にでもいるような摩訶不思議な場所である。


 ふと、気配を感じた。まるで、空間全体から、もっと上の次元からこちらを見ているような視線とでもいううべきか、辺りをいくら見渡しても、それらしき存在は発見できず、自分1人しかいない事を再認識するだけである。


 ――予の事は見えない、今はそういう状態……ぞ――


 世界に声が響いた。自分が今存在する、この世界に。何処から聞こえてくるのかわからない。再び見渡しても、同じ光景が続くばかりだ。大きすぎず小さすぎず、心に直接語りかけてくるような感じがする。


 ――うぬは、自分がどうなったか、覚えているか――


 謎の声に、記憶が瞬時に呼び起こされた。ああ、そうだ、自分を襲った不幸……死だ。呆気ないものだ。人生とは、命とは、ひょんなことで、一瞬のうちに終わりを告げる。だとすれば、やはりこの空間は、あの世であろうか、暗闇を見渡すが、不安や恐怖は感じない。何であろうか……。


 ――ならば、うぬも転生を望む……か?――


「テン……セイ? どういう意味で……?」


 口が開き、この世界での初めての声を発した。何故だろう、新鮮な気持ちだ。ただ言葉を発しただけなのに。


 ――文字通り、望まずして死を迎えた者に与える、第2の人生、異世界へ転生する権利……ぞ――


「失礼、言っている意味が全く理解できません……」


 ――で、あるか。ここは、世界。宇宙そのもの。予の空間。ここには、各世界で死した者達が、訪れる場所でもある。その中で、何も持たぬ地球の人の子らに、他の神は力を与え、異世界へ、転生させ続けた――


「つまり……こういう事ですか? あなたは死んだ地球の人達に力を与えて、異世界とか言う所に転生させ続けたと……あなたは神か?」


 ――予は神にあらず。世界を設計し作りだし、生み出した存在……ぞ――


「では何です?」


 ――世界を作りし意思、インテリジェントデザイナー……ぞ――


「インテリジェントデザイナー……」


 どこかで聞き覚えがある名前だ。しかし、何度思考しても、それをどこで見聞きしたのかが、思い出せない。大した内容では無かったのだろうか?


 ――頼みを聞け――


「頼み?」


 ――異世界中に蔓延したチート能力者達を、うぬの手で、絶やせ――


 再び聞き慣れない単語が、謎の声の主、インテリジェントデザイナーの口から出て来た。チート能力者とは、何者だ? そもそも、彼は何の話をしているのか、未だ要領を得ない。


 ――よかろう、すべて話そう。

 世界は宇宙は無数に並行して存在する。高温の水気で構成された泡状に、銀河は包まれておる。いくつもの泡が浮かぶ超空間がある。それこそ、予が創造した、並行する宇宙が幾つも存在する宇宙、マルチバース。

 そして不慮の事故で死した者、悲惨な人生で死した者達に対して、なろう神と呼ばれる神達が、その世界の法則には存在せぬ規格外の力、チートを授け続け、転生させ続けた結果、星の秩序は乱れ、理は崩壊し、転生者達は、各異世界で勝手気ままに、混乱を撒き散らした。予の予測を超えて……ぞ――


「神の情け、世界の秩序乱す……ですか?」


 ――うぬの存在を見込み、他のチート転生者共とは異なる力を授ける。力を使い、転生者達を……絶やせ――


「ちょ、ちょっと待ってください! 何故俺なんだ?」


 ――何故か……ふははははは!――


 インテリジェントデザイナーの声の後、上から光が降りて来た。粒子を撒き散らしながら徐々に降下してきた光は、差し出した手の上で、手を保護するような覆いとグリップ、銃口のような物が設置されている。上部分に尖った装飾が設けられているが奇妙な形だが、何処か神秘的で強そうな雰囲気が漂っている。


 ――全てのチート能力を打ち消し、全てのチート転生者を穿つ武器、アンチートガンナーぞ。うぬが転生者達と会合せし時、その武器を掌に押し付けるがいい。すると……――


「すると? するとどうなるのです?」


 ――ヌハハハハハハハ! 案ずることは……無し。ゆけ、アンチートマンよ――


「なっ!? ちょっと待って……あ……」


 直ぐに、意識が遠のいて来た。体勢を崩し、地面にゆっくりと倒れる様に寝そべった。瞼が重くなり徐々に閉じてゆく。意識も薄れ、やがて完全に途絶えた。


 ――――……――――……――――……――――……――――……――――……


「……バカな、生きてる……」


 瞼に感じる明るい光に、思わず目を開けた。


「太陽の光が眩しいな……」


 光は問題なく感じる。雲1つ無い晴れ渡った青空に燦々と輝いているが熱くは無く、暖かい温度を感じる程度。起き上がりながら息を吸う。鼻から喉まで、肺に到達するまで気持ち良く、ずいぶんと澄んだ空気だ。周りを見渡すが、非常に豊かな自然に溢れている。どうやら自分は木陰の下で寝ていた様で、微かに眠気が残る。


「明らかに現代とは違う雰囲気だな……」


 直ぐにとある単語が頭を過ぎった……。


「まさか……異世界……?」


 先程から遠目に見かける何世紀か前の服装の人々。見た事も無い動物と昆虫、池で跳ねる魚に飛び交う鳥。そして妙な形の植物群。


「これは信じるしかないようだが、俺はあのインテリジェントデザイナーとかいう存在の頼みを達成するために異世界とやらに転生されたのか……?」


 急に、目の前に文字が現れた。驚いて後ずさるが、文字は次々と現れたは消えていき、数字やグラフまで現れる。


「な、なんだこの文字の羅列は!」


 わけがわからず目をこすった瞬間……理解できた。この文字群はデータを表示しているのだと、そして自分の瞳自体に表示され続けていることに。


「これは……どういうことだ? これではまるで機械ではないか……」


 まるで、ロボットの視界を表すかのように次々と目の前にあるものを分析表示していくこの光景。そして、自分の体を動かすことに奇妙な違和感に気付いた。普通の人間の体ではない感覚。手足の関節部分に耳を澄ませてみると、微かに金属が擦れ合うような金属音が聞こえる……。


「ま、まさか……アンドロイド? サイボーグなのかこの体は!?」


 とてつもない衝撃が思考を駆け巡る。よもや、改造されて転生させられるとは夢にも思わなかった。だが、こういう時こそ落ち着かねばならん。取りあえず、自分の姿を確認してみる。背丈は平均的で、痩せても太ってもいない。服はちゃんと着用していて助かるが、しかしどうみてもファンタジーの服装ではない現代の服飾だ。前部分に銀の装飾が付いた紫色の長袖ジャケット、下に来ているのはヴァイオレット色のシャツだがタートルネック付きでズボンの色は鮮やかなすみれ色。履いている革製ブーツは唯一ダークブラック色だ。手首には黒い革ベルトの腕輪と銀の指輪をしている。さらに黒いトレンチコートも羽織っていたが、フードまでついている。丁度水溜りがあったので自分の顔も確認してみるが、肌は僅かに白く、瞳は何故か紫色。髪型は黒色の無造作ヘアーで瞳と同じく紫がかっている。


 思わず頬をつまんで引っ張り肌の感触を確かめる。古典的な方法だろうか。


「人工皮膚ってやつか? 感触は普通の皮膚だよな、まるでSFだな……まてよ、普通に痛みはあるのか?」


 拳を握りしめ、自分の顔を目掛けて思いっきりパンチを食らわせてみた。


「がはっ!?」


 電流が走るような感覚と痛みが、殴った方の拳と殴られた方の顔に襲い掛かり、視界がぐらついて砂嵐のようになり、脳内で警告音とナビゲート音声が流れる。


『警告。自壊行為はお控えください。自壊行為はお控えください』


「普通に痛いじゃないか……鉄を殴ったように硬かったぞ……!」


 明らかに人を殴ったような感触ではなかった。まるで硬い扉でも叩いたような感触と痛み。試しに骨の感触がわかりやすい箇所を軽く何度も小突いてみる。何かにくるまれた小さな金属音が確認できた。そこでようやくこの体の殆どが機械で作られていることを自覚出来た。鋼の骨格とでも言うのだろうか。


「鉄人形の外見では目立ちすぎるからな、当然の配慮か……」


 それでも、生前とさほど変わらぬ姿で助かったと言えば助かった。


 転生させたインテリジェントデザイナーとやらの使命を果たさねばならないのだろうか。しかしまずはどうすればいい?

 ふと、腰に手を当てると妙な武器を携帯している事がわかった。モダンな茶色の革製収納具に収められている……これはあの時渡された妙な武器か。

 サーベルの手を保護するような覆いとグリップ、銃口のような物が設置されているがこれが銃だとしたら頭身が長くない。弾は何処に装填するのだろうか?

 一応引き金は付いているが、妙なスイッチも付いている。上部分に尖った装飾が設けられているが見れば見るほど実戦向きでない。


「デザイン重視で実用性の無い武器だな……」


 使えるのかはさておき、これもインテリジェントデザイナーが用意した物。

 おそらく何かしらの用途があると思っておく。今はこの世界について情報を集めるために探索するとしよう。

 しかし、言葉は通じるのだろうか。いや、異世界に転生させたのならそれ相応の身体となっている筈。ましてや様々な異世界をまわれと言っていたのだから、何かしらの対策がなければあまりにも理不尽だ。


「せめて服装は周りの人達と合わせてもらいたかったのだが……」


 すれ違った人々の怪訝そうな視線を感じつつ、砂利道を革靴で踏みしめながら歩き出す。肌に感じる風と鼻から吸い込む空気の何と心地良い事だ……。


「身体は機械だというのに、五感は人間と同等。滑稽なものだ」

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