第2節ゲームプレイ編

第1話 原点/過去

 夢緒ゆめおつかむがファンタジアギャラクシアを始めたのは、まだ年端もいかない幼稚園児の頃。自分の父と望の父が開発に携わったと聞き、掴は幼いながらも興味を掻き立てられた。

 子供特有の驚異的な吸収力と集中力を発揮し、瞬く間に有名プレイヤーとして名を馳せる事になる。


 元々、治癒促進リハビリ効果上昇を目的とした、最新型医療リハビリ装置に付属するMMORPG式のコミュニケーションツールとして作られた本作。

 その前身となるβテスト版は、先にファンタジー世界観の「クエスト・オブ・ファンタジア」の名で始まる。

 そして、このゲームにはクリエイトプログラムという特別なシステムが採用されていた。これは、システム側が用意する物以外にプレーヤーがプログラミングした魔法やアイテム、武器を申請し、許諾されればゲーム内に追加できるという仕様。より面白い発想をユーザー側にも求める開発者責任者御門みかど御守みかみのアイデアだ。


 βテスト版に「ナミヲ」として参加した掴はこのクリエイトプログラムを興味本位で受ける。まだ4、5歳にもかかわらず、彼には既にプログラマーの才能があった。


 その後、怒涛の勢いでプログラミング力を開花させた掴は、次々と新しい魔法・アイテム・武器をプログラミング。育継を通して掴=ナミヲのプログラムを見た運営は、その高い精度に衝撃を受けつつ快諾。その結果、正式版の「ファンタジアギャラクシア」で使われている大半の魔法・アイテム・武器は掴が構築したもので占められた。幼い掴の才能を垣間見た会社は将来彼を雇う意思を示した程。

 しかし、当の本人はただ面白くて楽しいから作り続けていただけ。運営が騒ごうがプレーヤーが騒めこうが気にする事無くファンタジアギャラクシアで遊び続けていた。


 そして、β版最大のイベントとして「エイジ・オブ・アバトロン」という難解クエストが開催され、もちろん掴=ナミヲはこのクエストに挑む。挑戦した大半のプレーヤーがラストダンジョンにまで辿り着けずに脱落していく中、ナミヲはラスボスである「アバトロン」を倒し唯一の攻略者になった。

 さらにこの時、アバトロンの眷属としてプログラムされていた「アンタレス」のAIが服従して使い魔になった。

 このイベントを経てナミヲの姿はバージョンアップ。アンタレスを模した刺々しい紫の鎧と衣を身に纏う外見となり、クリア特典としてスコーピオンに改名。

 スコーピオンのデータは正式版にも引き継がれた。その後も様々なイベントに参加。気まぐれに他のアバターを助け、魔法・アイテム・武器を申請しては採用させたりと、自由気ままプレイを続ける。


 これらの偉業、無双プレイっぷりに、スコーピオンの名は伝説として今も語り継がれている。もはや彼が出るだけで一種のイベントとして多くのプレーヤーは大喜び。中身が幼児だとはつゆ知らず、彼の行うプレイを大いに楽しむ風潮まで生み出した。いつしか彼の活躍は最大の娯楽としても受け入れられており、運営側にとってもユーザー側にとっても無くてはならない存在へと昇華していたのだ。


 スコーピオン=掴の父親である育継は、息子が楽しそうに自分の作ったゲームを遊び、ユーザーを楽しませている事は喜ばしくも誇らしかった。

 しかしスコーピオンの正体が自分の息子であることを同僚や部下にどう打ち明けるかが、目下の悩みだった。そんな父親の心配など知らず、掴はこの後もさらなる伝説を作る。


 何故なら、ファンギャラのバージョンアップに従い、スコーピオンは三つの新たな姿と名前を持つことになるからだ。


 クエスト・オブ・ファンタジアの後に、SF世界観のミッション・オブ・ギャラクシアβテスト版が稼働。このギャラクシアのテストが終了し、ファンタジアと共に連動稼働する事が、ファンタジアギャラクシアの正式なサービススタートの運びとなっている。


 掴もミッション・ザ・ギャラクシアにテスターとして参加した際、スコーピオンの外見が長い黒髪、黒づくめの衣装の上から赤い衣を纏ったものに調整された。名前も区別化のため紅蓮クレンにした。

 出で立ちは嫌でも目立つ。重苦しい世界観を意識してか、子供の無邪気さはなりを潜めて寡黙となり、一言二言しか発言しない。

 SF世界観に見合うよう、メインウェポンは光学双銃とレーザーサーベル。効率的に敵を仕留める為に育成を行い、攻撃力と超能力(魔法)をバランス良く高めた。

 跳躍した後に身体を捻る事でもう一段回ジャンプできる反転跳躍クイックジャンプ。武器浮遊による中距離攻撃。これらの不意の機転により勝利の鍵となる。

 最大の必勝法は、回転しながら敵を巻き込んで爆発させる回転攻撃である。


 そして、掴は紅蓮を使い様々なミッションを攻略し始める。


 どのミッション内容もアウトローなものばかりで、ほとんどが暗殺等の対人戦。背後から近づきナイフや爆弾で仕留めるもの、重火器や光学兵器で遠距離からの狙撃。激しい銃撃戦や闇討ち、懸賞金が掛けられたアバターの討伐等、滅多にないがレーザーサーベルでの斬り合い。

 この頃、少しだけネットの悪意を理解していた掴には、絶好の憂さ晴らし・ストレス解放の場となっていた。ちなみにこの時期は、遠距離から狙撃で獲物を狙う待機状態のままよく寝落ちしている。


 そんな殺し合いのようなミッションを攻略し続けた結果、気が付けば紅蓮は凄腕の暗殺者として名を馳せていた。


 そう、掴はうっかり紅蓮状態でも有名にしてしまったのだ。


 幸いなのは、のぞむが自分のアバターであるゼフィロスを使いギャラクシア内で最強の座を射止めていた事。おかげで騒がれずに済んだものの、有名になりすぎたのでファンタジアでも通常プレイができなくなり、掴は異例となる二度目のキャラチェンジを行う羽目になった。

 スコーピオンと紅蓮はアカウント兼データ上同一人物のため、表向きは元老院に所属していないことにした。真実を知らないプレーヤーの間では、何故紅蓮が爵位持ちアバターでないのかが未だに議論の種となっている。


 掴もこの時の事をよく振り返っており、ちょっとだけ荒んでいたとはいえさすがに迂闊だったと反省。育継いくつぐもスコーピオンと紅蓮の正体が自分の息子だと社員達に明かすタイミングを見失っていたが、結果的にギャラクシアが軌道に乗ったので良しとしている。


 だが、二度あることは三度ある。


 掴はこの後、三度目のキャラチェンジをする羽目に陥る。


 幻想世界とSF世界という、二つの世界を並行稼働させた運営が次に用意したのは、闘技場アリーナ

 ファンタジアとギャラクシア、どちらにも属しない中立のエリアとして作られ、ファンタジーとSFが混ざり合ったような世界観をしており、煌びやかな装飾に彩られた幻想的な建物と無機質で冷たい機械的建物が融合している。

 普段はファンタジアかギャラクシアを選んで、アバターを行き来させているプレーヤーも、ここでは同時に集まれる。

 魔法と光学兵器が本格的にぶつかり合うバトルエンターテイメントの場。アバターによる多種多様なバトルを楽しんでもらうのが目的。血沸き肉躍る展開は、気落ちしている人々に活力と元気を与えると見込んでの導入である。


 そう、掴はこの闘技場でもやらかしてしまったのだ。


 ギャラクシアで有名になってしまった紅蓮はキャラチェンジの対象となり、異例のスコーピオン3rd態として新たに作られたアバターの名は、デューク。


 青と白を基調とした英国スーツ調の衣装に身を包むアバター。

 紅蓮の反省点から、今度は闘技場のデータ観測用テスターとして参加。ゲームマスターとプレーヤーアバターの中間のような立場を取り、闘技場を訪れるアバターとの戦闘を繰り返してデータやシステムの改善点を逐一運営側に報告提出するのを責務とした。


 あまり突出した能力を獲得してしまわないように育成を進め、魔法による攻撃と防御を主体に置き、攻撃力と一撃必殺は武器性能に頼るようにわざと調整。メインウェポンは強力な一撃を叩きつける大剣を選んでいた。

 データ観測をする為の持久戦に持ち込むため、魔法陣を足元に展開させ、瞬時に素早い動きで移動する縮地走行スライドダッシュスキルをセット。このスキルは通常移動は地を滑るように移動するため、攻撃が当て辛い効果がある。


 強力な攻撃面を武器に頼るため、様々なレア武器を収集。多くを語らない紳士的な態度も相まって武器コレクターと認知されるようになっていたが、それでもテスター活動は順調に進んでいた。


 しかし、そう上手くはいかないもの。


 挑戦者たちも月日が経てば技術が向上して強敵になっていく。そんな彼らと拮抗する為に魔法を延々と使用すれば、当然魔法スキルは上昇していき強力な魔法が使用可能となってしまう。全力で向かってくる相手に対して本気で戦わないといった失礼な事は出来ない。そして闘技場という場所ともなれば嫌でも知名度は上がる。


 さらに、デュークの戦い方はこれまた盛大に盛り上がるバトルとなってしまい。せっかく楽しんでくれている観客を裏切るような真似が出来ず、板挟みに悩まされた掴は結果的にデュークをトップランカーに仕上げてしまった。


 良かれと思い慎重に動いてきた事が最終的に裏目に出てしまったある意味不幸な出来事であった。


 そして、とうとう迎えたタイトルマッチ。


 この対決により、ファンギャラ初の闘技場チャンピオンが決まる。


 盛り上がる世間。沸き立つ観客。純粋にエンターテイメントとして楽しみに待つ人々。


 辞退は…出来なかった。


 そして、全力で行われた対決は無情にもデュークの勝利に終わる。


 せめて相手が掴よりも強敵ならば良かったのだが、残念がらファンギャラには掴を越えるプレーヤーは望以外にいない。


 とうとう闘技場初チャンピオンになってしまった掴は、素直に喜べないジレンマに発狂したが、もう正体が息子だと増々明かせなくなり焦燥しきっていた父の疲れ切った笑顔と共にこんな言葉を贈られる。


“逆に考えましょうよ、いっその事チャンピオンとして貴重なデータが取れるからいいやって…ははっ…”


 育継のその言葉に、掴も苦笑いを浮かべつつ了承したが、育継は運営に対して息子の正体をどう説明すればよいか増々悩み、事情を知らない上司や部下、同僚が心配する程に消耗していった。

 最も、同じ開発責任者の御守からは“素直に言えばいいだろうが馬鹿野郎”と一蹴され、意外とあっさり解決したとか…。


 もういっそのこと決勝戦を投げ出せばよかったのだが、父が社員一同全力で取り組んで作ったゲームでそんな真似が出来る筈も無く、3rd態デュークも結局有名になってしまったのであった…。


 その後、何かしらのイベント事や調整等がある時は1st態のスコーピオンを使い続けた。だがこの頃には完全にネットの悪意や闇により性格がひん曲がり、勝手に押し付けられる期待や羨望に耐えられなくなり、リアルでのいざこざも相まってスコーピオンすらも使わなくなる。


 その結果が今の彼である。


 不幸な事に、今現在になってもデュークはチャンピオンの王座に座り続けている。掴がデュークの使用を拒否しているので当然である。スコーピオンと同一人物なのでアカウント停止云々は意味が無く、スコーピオンもファンギャラの顔なので影響力が大きく運営も手放したくはない。掴もそれを承知しているので今は会社のためにしか動かしておらず、当然2ndの紅蓮も全く使用していない。


 積みに積み重なった筋金入りの不幸、とも言えなくもない。


 彼の人生においてこの経験は決して無駄ではなかったが、彼の人生観と人間性、人格形成に影響を及ぼしたのは事実。だからといって手が付けられないほどグレたわけでもない。御門家・願家・三条家との家族ぐるみの付き合い等、周りにも恵まれていたので特に荒れる要素も無い。


 しかし、ファンギャラの通常プレイを再開するようになったのは、それから暫しの年月が経ってからである。


 望の妹である踏子が物心付くようになってきた事。三条三兄妹の末っ子との交流。叶に姉弟が出来た事。部活動でパルクール部に入部、気軽に付き合える先輩との出会い。リアルでの事件解決等、色んな物事を経てそれなりに軟化。


 相変わらず外への関心が薄いものの、望達と普通に遊ぶためスコーピオンに四度目のキャラチェンジを行った。

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