第1章

第1節日常編

第1話 日々/幼馴染み

 福岡をゲーム業界のハリウッドにするGゲームFフロンティアFフクオカ計画。

 代表御三家なる三つのゲーム会社と、八つのデジタル会社。九州大学と福岡市まで加盟したこの計画は、西暦2028年現実のものとなった

 多角的大企業NEネグロエンタープライズ社の加入と、御社から画期的なテクノロジーが開発、提供されたからである。


 医療リハビリ装置「リング」に搭載された4D体感型コミュニケーションツール用VRММОRPG「ファンタジアギャラクシア」。



 仮想空間技術ヴァーチャルリアリティー。


 脳科学。


 人工知能。


  AI。


 電脳空間。


 人工生命。


 情報生命。


 これらの高度技術を集結して開発されたのがこの世界ゲーム


 最大のウリは、身体的・言語障害があろうが脳を使うだけで操作が可能、様々な人と分け隔てなく繋がる事が出来る事。

 最初こそ治癒効果促進とリハビリ効果、コミュニケーションツールとして起動し、絶大な効果を出し、圧倒的リアルなSFとファンタジーの外観から徐々に口コミで広がり一般にも普及。やがて世界中で人気を得た。


 ただの娯楽作品に過ぎなかったゲームが、医療リハビリの分野との相乗効果で世界中の人々と繋がる作品となったファンタジアギャラクシア。


 二つの世界観が用意されているのが最大の特徴。

 幻想生物と魔法・精霊が存在する幻想世界を舞台とし、亜人のアバターをエディット可能なファンタジー世界「クエスト・オブ・ファンタジア」。

 重厚な暗黒の未来都市世界を舞台とし、ロボットやエイリアン種族のアバターをエディットできるSF世界「ミッション・ザ・ギャラクシア」。

 このファンタジー世界観とSF世界観が揃うことで“ファンタジアギャラクシア”として連結する。どちらも自由に行き来でき、アバターの衣装も世界観に合わせて自動変更される。


 さらに歌や絵を投稿できるサイトシステムを搭載した事で創作によりその交流の輪を拡大。これにより、エンターテイメント文化を日本国民と政治に認めざるえない状況にさせた最大の切り札となったのだ。


 このゲームをプレイするため必要なものは自分のから放出されている


 ユーザー登録する為にホームページを開き、アバターを作成しログインしたその瞬間、脳から放出されている脳波が、ネットワーク上にある仮想世界と我々人間の意識を繋げる。頭の中にゲーム世界がそのまま流れ込み、脳で考え意識した事が実際に画面の向こうに反映される。

 自分の意識が脳波を介してゲームと繋がっている状態。脳波が脳の視覚野や聴覚野にダイレクトに与えられる情報を見聞きし、五感全てとアクセスしている。


 この実績を重く受け止めた政府は、日本を救うのは技術と資源、そしてそれを生み出す人的資源こそに価値があると定めた。


 それから時が経ち、西暦2045年。ゲームフロンティアフクオカは黄金期の真っただ中であった。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 小鳥がさえずる麗らかな朝、気持ちの良い朝日がカーテン越しに部屋の中に差し込む。

 そんな心地良い朝でも、机に突っ伏し惰眠を貪る整った顔立ちの少年がいた。

 少年の名は夢緒ゆめおつかむ。身長は低く小柄な体格をしている。

 寝間着姿で机で眠りこけているのは、父親に頼まれたプログラムの仕事を夢中でやり続けた結果。

 パソコンの電源は付けっ放し。半透明気味のデジタルスクリーンが空中に表示されたまま。机には飲み干したコーヒーカップや書類が乱雑に放置され、多数のメモがセロテープで貼り付けられている。自分の好きな事や仕事になると寝食忘れ没頭するのが彼の癖。生活態度は比較的雑。


 『おはようございます。本日のニュースをお伝えします』


「すか――くか――」


 画面向こう側のニュースキャスターが伝える内容に目を覚ますことなく、口元から呑気に寝息を立て続ける。こんな間にも本来登校すべき時間が刻一刻と迫っている。このままでは間違いなく学校に遅刻するであろう。


 しかし、これまで彼が遅刻した事は一度もない。その理由は、二人の幼馴染みのおかげだ。


 そして今日も、絶賛寝坊中の掴を起こしに、幼馴染みの少年少女が訪れる。


 


「おはよう、かなちゃん」


 少女に対し、少年は親しげにあだ名呼びで挨拶。まるで雑誌モデルのような長身と美麗な容姿の少年の名は御門みかどのぞむ。先端が巻き毛気味の黒髪が、彼の動きに合わせ静かに揺れる。


「うん、おはよう望くん」


 彼の名を呼びながら柔らかい笑顔で答える少女の名はねがいかなえ。お花畑で佇む可憐な少女のような柔らかい雰囲気は、たれ目と相まって彼女の可愛さをより引き立てている。光の角度で桃色のようにも見える亜麻色の髪が朝日に照らされている。


 御門家と願家はちょうど夢緒家の自宅を挟み建造されており、御門家が右側、願家が左側。そして二人の部屋は示し合わせたように掴と同じ二階にあり、彼等の部屋は一直線に窓が設置されているため、玄関を使わなくとも窓から屋根を伝い部屋にお邪魔出来る仕組み。


 望と叶は小さな頃からこの方法で掴を起こしているため、この光景はもはや日常茶飯事。


 双方革靴かわぐつかばんに入れ、窓を静かに閉めて鍵を施錠。

 お互いの顔を見合わせ微笑んだ後、掴に忍び寄り十分に近づくと揃って口を開き大声を出した。


「「いつまで幸せそうに寝てんだ!」」


「がっ!?」


 左右の大声が耳に響く。声は脳に届き意識の覚醒を促し、夢心地から呼び戻された掴は飛び起きる。しかし不安定な体勢で立ち上がったことでバランスを崩し転倒。そのまま景気良く身体を家具にぶつけてもんどりうつ。


「おはようつかっちゃん」


「おはよう掴ちゃん。迎えに来たよ。急がないと遅刻だよ?」


「……馬鹿やろう――――……」


 ぶつけた個所をさすりながら叶に苦言を申そうとしたが、勝手にクローゼットを開けて学生服を床に放り投げる望が視界に入り、思わず叫ぶ。


「おいこら!! なに人の制服ほっぽり出しちゃってんの望!?」


「つかっちゃんは俺達がいないと朝もまともに起きられないからね」


 掴の言葉など気にも留めず、望はまるで保護者のような視線を送る。


「嬉しそうに保護者ぶるな! つか何でお前らいつも窓から入ってくるんだよ!?」


 大袈裟な手振りで二人を指差して指摘する掴に対し、二人は柔和に微笑む。


「文句ならこの家を作った大工さんに言ってよ掴ちゃん」


「っていうか、いつも窓を開けてくれてるじゃない?」


 顔を見合わせた後、満面の笑みで。


「「この寂しがり屋さんめ~」」


「お前ら超ウゼェ――――!!」


 思わず叫び声を上げた背後で、部屋の扉が開き、延長線上に立っていた掴は追突されて転倒。扉を開けた主は彼を気にする事無く声を掛けた。


「おはよう望くん、叶ちゃん」


 ハスキーなボイスで冷静に喋る女性は、掴の実姉夢緒ゆめおめぐる。紫がかった黒いロングヘアと流し目。フリルの付いた白いシャツに黒いタイスカートから生足が覗いている。音大に通う音大生であり、その歯に衣着せぬ口調と冷静な雰囲気から、クールビューティーと評判。


「「おはようございます巡さん」」


「ええ、おはよう。で、アンタはいつまで地べたを這いまわっているの?」


 床に転がり悶絶していた掴を上から見下ろし、淡々とした音程で言葉を投げる巡。そんな姉の指摘にばつの悪そうな表情を浮かべる掴は、何も言い返せない。彼は姉に頭が上がらないのだ。


「ああ、しかもわざわざ遅刻しそうになってる」


 細い手首に巻いた腕時計を流し目で見つめながら、巡は表示された時間を示す。 瞬間、三人は青ざめる。


「望くん! 掴ちゃんを早く仕立てて!」


「了解かなちゃん!」


「自分でできるっつうの!!」


 望と叶は急いで着替えさせようとするが、掴は激しく抵抗。


「黙りなさい愚弟カス。誰のせいで遅刻しそうになってるの」


「あすんませっ!!」


 巡は手刀で弟を大人しくさせ、静かに退出。

 着替えを済ませた掴は二人と一緒に部屋から出て、急いで階段を駆け下りリビングへと到達。既に巡の姿は無く、父親も出社している。朝食の後片付けを済ませ寛いでいた母親の夢緒ゆめお雛形ひながたが息子に気付き視線を送る。彼女は大学生の娘と高校生の息子を持つには若すぎる容姿をしており、一見すると若奥様。夫と揃って化物かともっぱらの評判である。


「母さん、いつもの!」


「毎日しょうがないわね…」


 溜息を付きながら掴に昼食の弁当箱と母特製朝食用飲む栄養ゼリーを差し出す。


 望と叶が挨拶を交わし、玄関まで急ぐ。望と叶は鞄から靴を取り出し、掴は置いてある靴に足を入れる。


「「「行って来まーす!」」」


「はい、いってらっしゃい」


 雛形に見送られ、三人は玄関から飛び出る。


 掴はゼリーの入った袋を吸いながら朝食を済ませる。フードコーディネーターの母が作ったものなので早速効果が現れたらしく、掴の眠気は吹っ飛び、お腹も満たされた。


「まったく、育継いくつぐさんの手伝いしてるのはわかるけど、夜更かしはやめなよ? かえって心配かけるだろ?」


「ついやりこんじゃうんだよ…、っていうか、俺なんかほっといて二人で行けよ」


「そしたら掴ちゃん遅刻しちゃうでしょ~?」


「むしろ休ませてくれない?」


「「ダメ!!」」

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