ファンギャラ~電装戦士マルチフォーマー~
大福介山
序章
始じまる前
煙と火が上がり、住宅地が壊されている。鉄や材木が焼けた焦げ臭い匂いが鼻孔を貫き思わず顔を曇らせる。まるで災害でも通り過ぎたような惨状に目を覆いたくなる。幸い住民は避難しており、視認は出ておらず負傷者もいない。
今、自分はゲームの世界の戦場ではなく、本物の戦場にいる。
あれから何度も経験している筈なのに未だに馴れきっていない。
けっして遊びではない。攻撃されれば皮膚が裂けて傷付き血が流れ、下手をすれば死体を晒す事になる。
極度の緊張感と興奮、恐怖と焦りが心と体を蝕む。汗が噴き出す。だが、ここで戦わねば大勢の人が死ぬかもしれない。乱れた呼吸を徐々に整える。最後に深呼吸をして何とか気持ちを落ち着かせる。これしか術がない自分が恥ずかしく思う。
遠方で街を破壊しまわっているあの存在は人間ではない。ファンタジアギャラクシアというネットワークゲームから、この現実世界へと飛び出して来た、ファンギャラプレーヤーが作成したアバターだ。
まるで蜘蛛を思わせる紋様が入った黒地に赤のレオタード。その上に軽い鎧を装備している。髪は短髪で肌は浅黒い。しなやかな体型をしており、レオタードがより女性らしいボディラインを際立てている。
蜘蛛の足を模した装飾が施された剣から衝撃波を発生させて建物を倒壊。瓦礫へと変えてしまう。更には指先や口から糸を噴出させている。明らかに日常から逸脱した存在はこの世界の法則すら捻じ曲げている。
倒さねばならない。否、完全に消滅させなければ意味がない。
決意が思考を滾らせ、全身に活力が駆け巡る。身体に取り付けた小型携帯端末インタフェイサーのディスプレイに顔文字が表示され、搭載されているAI「スウェン」の電子音声が流れる。
『住民の避難は確認した。
「ああ、勝利のプログラムを書き込むぜ!」
スウェンに促され、威勢良く叫びながらインタフェイサーに手を伸ばす。
あちらの国では日常ともいえる事がこちらでは非日常。戦う非日常へと気持ちを切り替えるには何かしらの
深呼吸で酸素を鼻孔から取り込み口から吐き出し思考を清浄する。イメージしろ、日常から非日常へと意識と気持ちを切り替えるのだ。
「トライオン――」
――ちょっと待て。身体を借りるぞ――
「え? ナミヲ――」
しかし、突如脳内に直接声が響いた。その声は、自らのアバター「ナミヲ」。
次の瞬間、まるで自分の意識が奥底に押し込められたような感覚に襲われる。
アバターであるナミヲが
わかりやすくするため、このナミヲ憑依状態はN掴と呼称されている。
――おいナミヲ、いきなり出てくんなよ――
潜在意識内に引っ込んだ
「すまないな。あの蜘蛛のお嬢さんに見栄を切りたくなったのでな」
N掴はゆっくりとした足取りで蜘蛛衣装のアバターに近付いていく。糸を吐き散らしていた彼女はN掴に気付き、身体をくねらせ舌なめずりしながら残忍な視線を送る。
「あぁん? なんださっきのアバターじゃない。アタシと一緒に暴れたくなったのかい? それともアタシとやりたくなったの?」
身体をなまめかしくくねらせながら誘ってくる蜘蛛衣装のアバターに対し、N掴は鼻で笑いながらインタフェイサーに設置された緑のボタンに指を当てる。
「冗談は止してくれ。お前の様なガラの悪い女は嫌いではないが。積極的過ぎるのは遠慮したい」
――おい冗談だろナミヲ?――
『趣味が悪いぞ』
「その代わりお前を釘付けにしよう。私の格好良い変身を見せてやる」
「あぁん? 釘付けだぁ?」
N掴は緑のボタンを押し込んだ。
『
インタフェイサーからやけに明るめな曲調の音楽が流れ始め、それと共にスウェンが歌い始める。
握りしめた両拳を胸の前に突き出した後に交差させ、N掴は力強く叫んだ。
「変身!!」
すかさずスウェンの電子音声が続く。
『電装・ハルモニアフォーム!』
インタフェイサーから溢れんばかりの光の粒子に噴出され陣が展開。粒子の形は0と1を象り、視界が光に覆われた。身体中に気味の悪い感触が走る。まるで細胞が勝手に蠢めくような、細胞の一つ一つが異なるものへと変貌していくような感覚。
光りの粒子の影響を受けた細胞は生体装甲を形成していく。掴の身体はインタフェイサーとナミヲの力で生体装甲と強化皮膚に覆われた異形の姿へと変貌を遂げた。
『繰り出す双剣は・永遠の調和!!』
変身が完了するかしないかのタイミングで、スウェンの奇妙な掛け声が流れる。本当に何の意味があるのか、精神の内側にひっこめられた掴の疑問は尽きない。
目の前で起こった異様な光景に女性アバターは目を丸くして戸惑う。
「な、なんだそりゃ? まさかアンタ、アタシとやり合おうって気じゃないだろうね?」
「残念ながらその通りだ。いざ参る! いざいざいざいざぁ!!」
地面に転がっていた鉄パイプ二本を蹴り上げて掴む。掴まれた二本の鉄パイプの分子構造に変化が起きる。細かく分解され粒子化した鉄パイプは双剣へと形を変えた。
手にした物質を憑依しているアバターが装備していた武器へと変換させる機能。 この世界の分子構造の法則すら簡単に捻じ曲げてしまうというのか。そう考える掴だが、勝手に動かされているのに五感では認識できているこの奇妙な感覚に戸惑っていた。視界もまるで自分が見ているように認識できる。
「正気かテメェ!? シャアッ!!」
接近してきた電装態ハルモニアフォームに対し、蜘蛛衣装アバターは掛け声を上げながら、蜘蛛柄の長剣を勢い良く振り下げる。双剣で弾きつつ素早く跳躍したナミヲは背後を取り二つの刃を振り下ろすが振り向きざまに受け止められる。
「アバター同士で殺し合うなんて頭いかれてやがんのかぁ? アタシを誰だと思ってる? 泣く子も黙るブラックレッド様だよ!」
「生憎知らぬわっ!!」
互いに刃を弾いた後に再びぶつかり火花が散る。そのまま睨み合い鍔迫り合いとなった。
この現実世界は、ファンタジアギャラクシアは何故このような事態に陥ってしまったのだろうか?
戦闘の刹那、掴は平和だった頃を思い浮かべ、脳内で時を遡り始める。
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