第4話 赤くて眠い狙撃手の噂

 シティガーディアンズ社を拠点としたアバター対策本部。通称「ACH」。

 本部には御守みかみが開発した高度演算粒子コンピューター「ミーミルの泉」が設置され、世界中の電子機器やネットワークを介してアバターやエネミーの探索が行われる。

 外観は円形状の巨大なプールの様な形状。円形の中に流れる水の様な液体は粒子の集まりらしく、覗き込むと光り輝いておりうっすらと回路基板や回線コードが設置されているのがわかる。機械全体を防護する様に透明な四角形の防壁が張り巡らせている。泉とは良く表現したもので、確かに光り輝く電子の泉のように美しい見栄えとなっている。


 夏の日差しが沈み多少熱さが和らいだ午後の夜、ミーミルの泉によりアバター出現の報告を受け、掴とナミヲはマルチフォーマーに変身。シティガーディアンズと共にワゴンに乗り込み現場に急行するが、そこで驚くべき光景を目にする。


―え!? なんだよこれ!?―


「おい、これはいったいどういうことだ!? 既にアバター達がやられているぞ!?」


『行方不明者達も発見したぞ!』


 駆けつけた現場に残されていたのは、身体のデータが壊れた瀕死状態のアバター達。憑りつかれていたとおぼしき意識不明者達。教と佐伯が指示を飛ばし、早急に彼らは保護された。衰弱はしているが意識は目覚めており無事が確認できた。


「まさか、こんな形で保護できるなんて思わなかったですね隊長」


「ああ……だがこのアバター達はいったい……」


 教と佐伯は地面に倒れ込んだアバター達を訝しげに見る。彼らの身体には狙撃痕がいくつも見られた。何者かの銃撃によりやられたらしい。


「アバター達は銃弾と呼ばれる武器でやられたのか……だが、誰が?」


 ―人間の仕業じゃないのは確かだろ? アバターは現実の武器じゃ倒せないし―


『だから完全にデリートしてやれなかったのだろうな。身体のデータが壊れただけで留まっている。このままでは永遠に苦しむだけだ。ナミヲ。介錯をするんだ』


 インタフェイサーシステムでなければアバター達を倒しあちら側へと還元する事が出来ない。襲撃されたアバター達の身体は0と1の粒子を散らしながら揺らめいでおり、呻き声を上げて苦しんでいる。ナミヲは双剣を構え、神妙な赴きで彼らを楽にするために振り上げる。


「介錯仕る…御免!」


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 この件以来、各地で残りの行方不明者は全員発見され無事に保護。同じように銃撃を受けて瀕死の状態となったアバター達も発見される。

 そして、保護された人々は口々に言う。自分達は赤い何かに助けられ、自分たちに憑依していた何かが出ていく感覚があったと。

 その赤い何かの正体はわからなかったが、最近になって興味深い内容がSNSと世間で話題になっていた。


 暗闇に紛れて出現し、宙や地面と這うようにぬるぬると蠢く赤い化け物。

  

 この赤い化け物は狙撃を行うらしく、遥か遠方からターゲットを狙い撃ちするとの情報も飛び込んでいる。

 呻き声のように「ねむい」「眠気がくる」と呟くらしく、付いた呼称が「妖怪アカネムウチ」。彼に撃たれた者は二度と目覚めないと言う噂まで囁かれている。


「妖怪なんてくだらないな。そんなもんこの世の中にいるかっての」


 ACH本部を訪れている掴は苺味のスムージー片手にインタフェイサーでSNSを開き、件のアカネムウチに関する情報を集めていた。

 最も、妖怪など科学で証明できない類を信用していない彼のとって心底つまらない作業であり、終始表情をしかめている。


『そうだな。私も科学の粋を集めて作られた存在故妖怪などの類は信じない』


「だろうスウェン? それのこいつは絶対アバターに決まってる」


「夢緒さんは魂や超常現象は信じない人なんですか?」


 ティンカーベルと一緒にソファで紅茶を飲みながら寛ぐ小鳥。掴の発言に相容れない何かを感じて問いかけた。彼女の問いに掴は回転椅子を回しながら頭を抱えて答える。


「幽霊に殺されるなんて理不尽なことがあってたまるかって話しですよ? 物理的に触れられなければ何も対処できないでしょ? 嫌いなんですよそういうの」


「皆のことは受け入れたのに?」


 小鳥は隣のティンカーベル、コーヒーを飲みながらご満悦気味のナミヲとデュークを指差して示す。


「アバターはネットの中から生まれた存在でしょう? いわば未知の科学現象から生まれたから立ち入る隙はある。それにスウェンで対処できる」


「はあ……」


「なに? 大空さんはそういう類を信じるタイプ?」


「職業柄そういうものはありのまま受け入れるようにしています。ねえティンク?」


「え? ええもちろんですわ小鳥様。私アバターですけどね……」


「まあ信じるか信じないかは個人個人の趣向によりますからとやかく言いませんけど、俺はこのアカネムウチがアバターだという確信がある」


「どういう根拠ですか?」


 掴はナミヲとデュークを神妙な表情で見つめた後、確信めいた瞳で自身の予想を語り出す。


「こいつ特徴があまりにもかつての紅蓮にそっくりなんだよ」


 紅蓮クレンと言う単語に、ナミヲとデュークが反応して掴に視線を向ける。

 かつて同じスコーピオンという存在だった己の半身の名である。


「明らかに人質に取られた人々を助けてアバターだけを倒してる。たぶん紅蓮クレンはウイルス感染を逃れて1人で戦ってるんだよ」


「待て掴。では彼はどういう経緯で戦っているんだ?」


「ああ。同胞と敵対する理由がわからないね。しかもわざわざ瀕死の状態にして」


「ナミヲもデュークも覚えてないか? かつての俺達だぜ? あいつの行動理由はわかるだろ……?」


 ナミヲとデュークに詰め寄る掴。彼の追及に、2人は自分達の欠けた記憶を遡る。スコーピオンが一番最初にキャラチェンジした姿、紅蓮クレンだった頃の自分達を。そして掴にとっては最も荒んでいた頃の自分を。

 辛うじて残っていたかつての記憶を思い出したナミヲとデュークは、思わず眉を顰めて不愉快そうな表情になる。


「ああ、そういうことか……」


「嫌なことだね。実に嫌な気持ちになる……」


「だろう? ならアイツの行動理由も何となくだけどわかる気がするんだ」


 3人が何の話をしているのか理解できず、思わずティンカーベルが訪ねる。


「あの、皆さんどういうことですか? その、紅蓮殿の行動理由とはいったい?」


「ああごめんティンクさん。あのね、アイツは、紅蓮クレンは理不尽が許せないんだ。嫌いなんだよ」


「そう。掴と同じでな。そしてなにより、一番掴と似ているといっても過言ではない。なあデューク?」


「うん。何せ一番荒んでいた頃にキャラチェンジした姿だからね。おぼろけながらその時の感情も思い出して来たよ」


「夢緒さんが一番荒んでいた頃……? 昔荒れてたんですか?」


「ああいその……まだ小学生ぐらいの頃……ちょっとね……?」


 荒んでいた時期があったというのか。小鳥はそう疑問に思いながら掴を見つめるが、掴は言葉を濁しつつ視線を逸らす。

 そんな時、部屋中に警報が鳴る。ミーミルからのアバター出現の知らせだ。掴達は小鳥達を残し、急いで指令室へ向かう。そして確信していた。紅蓮やつだと。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 敵はギャラクシアのエネミーである機械軍勢を率いたアバター達。

 だが既に一人のアバターが交戦しており、激しい銃撃戦で彼らを追い詰めていた。


紅蓮クレン!!」


 彼の姿を視界に捉えた。赤い衣にダウナーな雰囲気と手にした双銃。やはりアバターの正体はやはり紅蓮クレンだったのだ。掴の呼び掛けに紅蓮クレンは気付く。


「……お前らは……そうか、俺の半身と創造主か……」


 その鋭く冷たい瞳が掴、ナミヲ、デュークを見据える。全員の視線が交差した瞬間、まるで共鳴したような感覚が走る。


「やっぱりお前だったんだな、紅蓮クレン……。そうだ、俺がお前のプレーヤー、掴だ」


「……そうか……意外と軟な風貌だな……」


「お前が戦ってくれてたんだな? なんでかは知らないけど、ありがとうな」


「……礼を言われる筋合いはない……それよりも……」


 突如、手負いのアバター達は逃げ遅れてた民間人を人質に取った。だが紅蓮クレンは人質に構わず、双銃をアバターに向けて狙撃した。危うく銃弾が人質をかすめるところだった。


「おい何してんだよ!? やめろ!!」


 掴はファイアウォールを発動させて紅蓮クレンの動きを止めて妨害する。ハルモニアフォームにチェンジして羽交い絞めにした。危険と判断して教率いるサポートチームも紅蓮クレンを取り囲む。

 

 結果的にこの行動は仇となった。

 アバター達は人質を連れて逃げてしまったのだ。


「……見損なったぞ? 逃した敵はいずれ力と悪意を増してより攻撃的になり向かってくる……。俺は人質に取られたからといって一切容赦はしない……」


「じゃあ人質が死んでもいいってのか!? 人質ごと撃とうとするなんて何考えてんだよ!」


 掴の追及に対し、紅蓮クレンは冷たい瞳で睨み付けて胸倉を掴みあげた。


「……それはお前達が弱いだからだろう……? 強ければ何を盾にされようが関係なく動ける。周りのことを考えて戦えば何もできなくなるぞ……? 対局を見据えろ。俺の創造主の癖に随分と甘ちゃんになっているものだな……」


 乱暴に掴を離すと、紅蓮クレンは赤い衣をはためかせながら飛び上がり、何処かへと立ち去ってしまう。


「……俺が甘ちゃんになっただと……!?」


 紅蓮クレンに言われた言葉が突き刺さる。


「……かつての自分に言われちゃあ世話無いな……確かにそうかもな……」

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