第14話 一先ず終わる


 触れた物を凍結させる氷の糸を攻略するのは簡単だった。終始ファイアウォールを展開しておけば、いくら相手が糸を噴出してきても無効化および解凍できる。

 挑発に乗って人質を解放し圧倒的不利に陥ったことに気付けなかったブラックレッド。もはやナミヲの勝利は明白であった。

 二つの刃が身体を切り裂き、血が出る代わりに赤色の0と1の粒子が放出され、本物の血と勘違いした掴は思わず視界を閉ざす。


 斬られたブラックレッドは地面に転がり落ちて呻き声を上げる。


「ごはぁ……な、なんでだテメェ。同じアバターの癖に神様に味方しやがって……アタシらの目的を忘れたってのかぁ!?」


 赤い粒子が漏れる胸の傷口を押さえつけ、それこそ血反吐の如き赤粒子を吐きながら叫ぶ。異形の姿へと変身して攻撃を加えて来たことに対する動揺と憤慨が入り混じる。これまでの態度から頭がぶっ飛んでいると思われたが意外にも同族意識は持っていたようだ。掴の心が酷く痛む。良心に訴えかけてくる。


「だからといって、無抵抗な神達を殺して良いという道理はない」


「こいつら神様はアタシらジンルイを支配しようって奴らだぞ!? 頭ん中に入って来る声もそう言ってんだろうが!」


「その声に対して何も疑問に思わないのか? もしかしたら私達は良いように使われてるだけかもしれないんだぞ?」


「黙れ裏切りもんがぁ! 殺すぞテメェ!!」


 彼女は一際大きな咆哮を上げると全身に冷気を纏い、凄まじい剣幕で斬りかかってきた。その瞳は殺気で満ちており、白目だった箇所が黒く変色し明らかな異常さを示した。既に交渉が通じないことを意味した。


「……許せ……」


 静かに一言呟き、インタフェイサーのディスプレイに双剣を近づけた。


SKILLBURSTスキルバースト!!』


 スウェンの電子音声が勢い良く発せられる。双剣の刃から火が生まれ一層光り輝く。


「斬り捨て御免……炎斬!!」


 直進してきたに彼女の胴体部分に炎の一振り。それは一瞬の出来事だった。通り過ぎたブラックレッドは斬られた箇所から炎を噴き上げながら絶叫し、その身体は爆発四散。


「っな!? 爆発!?」


 背後で起こった爆発にナミヲは振り返り確かめる。光が集束してやがてFG粒子に包まれ始める。攻撃を食らった相手が爆発して消滅するという、その予想だにしなかった現象に掴とナミヲは驚きを隠せず動揺した。


 ――ど、どうなってんだよ!? なんで爆発したんだよ!?――


「おいどうなっているカラクリ、爆発するなんて聞いてないぞ。これでは助けようがないではないか!?」


『案ずるな。電装態のSKILLBURSTはアバターの分子構造を分解して予め御守が用意しておい空間に送り込み再構築して保護する』


「――つまりどういうことだ?――」


 説明を聞いても要領を得ない2人に対し、スウェンは説明は不要と判断し結論だけを述べた


『彼女は無事だ。しばらく別の場所に保護されるということだよ』


「そ、そうか……」


 ――まあどうして爆発するのか原理もさっぱりわからないけどな……――


「あれはインタフェイサーから放出されたFG粒子がアバターの分子構造に入り込み結合した後に崩壊する時に発生する現象だ。それにより量子粒子状態となったアバターはFG粒子とインタフェイサーに搭載されているシステムに導きにより別の空間へと転送され」


「――だからわからん!!――」


『もっと柔軟な思考で受け入れたまえよ……そういうものなのだから』


 相変わらず原理も説明もさっぱり理解できなかったが、とりあえず彼女の無事がわかり安堵の息が漏れる。しかし、これからアバターをSKILLBURSTする度に爆発するのは流石にどうかと思われた。


「終わったのね」


「お疲れちゃんだぞっと」


「……よくやったな……」


 佐伯達が明るい表情で近寄り労いの言葉を駆ける。ナミヲは解除キーをタッチしてインタフェイサーを取り外す。変身が解除されて細胞が組み代わり掴の身体に戻る。


「アイストリームさんは大丈夫ですか?」


「ええ。意識はちゃんとある。ちょっと混乱してるけどそれらしい説明をして誤魔化せば大丈夫よ。後はこちらに任せてくれれば問題無いわ」


「そうですか……いてっ?」


 不意にチクリとした腕の痛みに気付く。どうやらまったくの無傷ではなかったらしく、微かに切り傷が出来てうっすらと血が滲んでいた。大した傷とは言えなくもないが、こういう怪我は地味に痛い。思わず顔をしかめる。電装態の時は絶えずインタフェイサーからFG粒子が放出され、生体装甲と強化皮膚が傷を負うごとに自己修復しているのだが、直し漏れ。治りきる前に変身を解除してしまったようだ。


「あら怪我してるじゃない!? ちょっと待って、ちゃんと水で濡らして保護しないと……」


 佐伯に促されてワゴン車へ赴き、常備していたペットボトルの水を傷口に掛けて傷口を清潔にして潤し手当を受ける。しかし、ガーゼを当ててテーピングする途中でナミヲが再び掴に憑依する。いきなり意味が読めずに困惑する一同。


 ――え? どうしたんだよまた憑りついて?――


「……いや、お前が戦闘で受けた傷は私の責任だ。だからその痛みを引き受けるのは当然だろう……私の凡ミスで意味も無く変身するわけにもいかんだろうが? からくりにも負担が掛かる」


 それは掴の身体が受けた傷が治りきる前に変身を解除してしまったナミヲのちょっとした贖罪。さり気なくスウェンへの気遣いも含まれていた。


 ――いやいいよ、大した怪我じゃないし――


『私まで気遣わなくてもいいぞ? それにお前にも負担は掛かるのだぞ?』


「いやだが、掴の身体を使う以上、私には責任がある」


 ――そこまで気を負わなくてもいいって!――


『君達の過度な負担は私がかけさせないから安心したまえよ』


 ――気持ちはありがたいけど皆で戦ってるんだからさぁ――


「だからといってな――」


 三者ともそれぞれを気遣う言葉を掛け合う。素直に礼の一言でも言えばそれで収まるのだが。元を辿れば同じ存在ではあるため一向に意地になった気遣い合いが終わらない。その光景は滑稽でもあり、微笑ましく思えた佐伯は微笑む。水島と黒、隊員達も悪戯な笑みを浮かべてやりとりを眺める。いつの間にか2人と1機には信頼関係が芽生えていた。


「『――だからその……!――』」


 同じタイミングで何かを言い掛けて止まり……。


「『――ありがとう……――』」


「お前ら面白んだよ」


 照れ気味に感謝の言葉を掛け合ってようやく終了。水島が思わずツッコミを入れる。

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