第2節オリジンクエスト編

第1話 いきなり邂逅

 あのNE本社襲撃から短い日数が経過したが、日本の日常は直ぐに元通りという運びには至っていない。国内には調査委員会が設立されて現場検証を行い、某国から派遣された調査隊も調査に立ち入ったが、結局のところ、彼らは今も襲撃者であるアバターの存在を特定できずにいる。


 当然だ。そういった行為をされないようあの時、夢緒ゆめお育継いくつぐを含めたネグロの関係者とシティガーディアンズの部隊が現地に赴き証拠隠滅と情報操作を謀ったのだから。ファンタジアギャラクシアに生じた異常が発見された時から既にネグログループによる働きかけは行われている。新たな敵を作りださぬためにもアバター関連の情報は国外や外部に漏れるわけにはいかないのだ。


 平日だというのに相変わらず閑散としたオフィス街。日本の住民殆どは自宅待機しており、最低限の仕事を務める者達が出勤する事を認められている。


「当然よね、こんな非常事態に働きに行く方がどうかしてるもの」


 佐伯レイチェルことレイコはコーヒー片手に窓から外の様子を眺めて呟く。


「それひと昔前に言ってたら確実に顰蹙買いますね」


「そんなの知ったこっちゃないわよ。そもそも危ない時に仕事に行く前の世代に人達がどうかしてる」


「まあそりゃそうですけど」


 少し不機嫌な顔で水島に反論する佐伯。水島は特に言い返すことなく同意して黒田と共に切り札の最終調整に入る。


「……ようやく完成だな……」


 水島は黒田と軽くハイタッチを交す。佐伯も明るい足取りでモニターを覗き込み、満足そうな笑顔を浮かべる。


「既に三条さんが試験的に装着して稼働してるけど、おかげで正確なデータが取れたものね。これで掴くんの負担も減るわ」


 ――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 大空小鳥おおぞらことりに連絡を取り合い、結局そのまま会うことに決定。

 待ち合わせは喫茶店という気分にはなれず、人通りがまばらな自然公園。


 周りが木々や池などに囲まれたこの場所は、大きな散歩コースも設置されており歩きながらの気晴らしには持って来いの場所。

 季節は丁度夏に入り始めた。そこまで厳しい暑さではなく、薄い素材の長袖でも歩ける程度の気温。掴は半袖の上に軽い長袖を羽織った簡易な服装でベンチに座っている。そして、待ち合わせ場所に現れた小鳥の服装は、半袖の白いワンピースに水色のサンダル。大きな麦わら帽子という何とも涼しげで清楚な服装だった。


「こんにちは、少しだけお久しぶり……」


「うん。そうだね」


 開口一番。小鳥はぎこちない笑顔で挨拶。その雰囲気につられ、掴もいまいち乗り切れない挨拶を交わす。彼女の当然心情は察している。祖父を目の前で失い先日遺体の無い葬式を上げたばかり。とてもじゃないが立ち直り元の明るい笑顔にを取り戻すには時間が必要。今更ながら本当に会って良かったのだろうかと思い始める。


 午後の時間。公園の人通りは少ない。

 昼休みのサラリーマンもいなければ、子連れの母親、犬の散歩で訪れる人。普段ならそれなりに賑わう場所も、祝賀会襲撃の件で日本中に暗い空気が流れ警戒態勢に入ってるせいか、外出を控える人々が多い。


 そんな中でわざわざ傷心の少女を呼び出して公園で待ち合わせるなど、中々滑稽にというか常識と配慮の無い行為なのではないかと思えてきた。


「今日はありがとうございます」


「え? ああいや、なんかいきなり呼び出して会うことになっちゃって」


「いいですよ。部屋でずっと泣いているよりは、こうやって緑に囲まれた場所に行く方が良いから」


「そうか……」


 にこりと儚げに笑いかけ、ベンチにもたれて澄み切った青空を見上げる小鳥。掴も彼女と同じように青い空を眺めはじめる。少し涼しげなそよ風が流れて肌に心地良さを感じさせる。


 傍から見たら自分達はどんな関係に見えるのだろうかと考える。とてもじゃないがカップルには見えないだろう。お互い隣合わせに座っているとはいえ距離は開いており結構なぎこちなさを感じさせる。おそらくわけありな少年少女には見える。


「夢緒さんは……その、あれから大丈夫でした?」


「ああそれは……」


 あの襲撃時、彼女もファンギャラから出て来たモンスターを目撃している。そして掴にナミヲが憑りつき、インタフェイサーを使い異形の姿へと変貌して戦ったことも全て見ている。アバター実態化の事情は知らないだろうが、中途半端に見てしまっているが故に、どうやって説明して話すべきか迷ってしまう。いっそのこと正直に話すべきか、それとも良心が痛むが内容を噛み砕き誤魔化して話すべきか。


 彼女はファンギャラの歌姫ティンカーベルのプレーヤーではあるが、掴達アバター討伐の関係者ではない一般人。無暗に事情を明かして巻き込むべきではない。


 ましてや彼女の祖父であるブレイン教授の仇と対峙して戦闘を行った等と、とてもじゃないが言えない。


 掴は小鳥の精神に負担を与えないよう、敢えて真実をぼかすことにした。


「大変でしたよ。とてつもない事に巻き込まれたのは確かかな」


「とてつもないこと?」


「自分にしかできないプログラムを任されたと言いましょうか。使命を帯びたと言うか」


「使命ですか……」


「厄介なことだけど。色んな人達がサポートしてくれるから大丈夫ですよ」


「そうですか……」


 上手く誤魔化せているのか心配になる。しかし、彼女の表情から察するにある程度理解はしてくれていると掴は確信。そのまま話を続けようとしたが、突如彼女は身を寄せて接近。思わず驚いて身構えてしまい、彼女の顔を凝視したまま固まる。

 小鳥は掴の眼を見つめたまま、少しだけ険しくも迷いのある表情を見せる。どうすればいいのかわからず、すこし上ずった声で尋ねる。


「ど、どうしたの大空さん?」


「あ、あの夢緒さん。驚かないで聞いて下さい。いえ、見てくださいね?」


「え? ああはい、なんでしょう?」


「コトリ? 出てきていいよ」


 次の瞬間、大空小鳥の頭部付近が黄緑色に光り、飛びだすようにライトグリーンカラーの発光体が出現。浮遊したのち地面に着地すると形を変え、一瞬にして小柄な少女の姿へと変貌する。


 その少女には見覚えがあった。


 当然である。数週間前に一緒にファンギャラのイベントに参加したのだから。


 黄緑色のドレス風衣装。妖精を人間の少女サイズにしたような可愛らしい容姿。頭の上にはかつてスコーピオンが授けたティアラが光っている。


「は、初めまして……? ティンカーベルじゃなくて、コトリです……」


目と口を見開いたまま、驚きの表情で硬直。完全に思考が停止する掴。

ティンカーベルのキャラチェンジした姿であるコトリが目の前に現れた。小鳥の頭から出て来たような様子から、彼女に憑依して潜在意識内にいたことは確かである。完全に予想外の告白である。


「私のアバター、コトリです。ティンカーベルの姿は目立ち過ぎるのでこっちの姿で過ごしてもらっているのですが……掴さん?」


 まさかの事態に、小鳥の声は掴の耳に入っていなかった。


 ようやく思考が回復して我に返ると、半ばヒステリック気味に小鳥に詰め寄る。 当然だ。一般人だから巻き込むわけにはいかないと気を利かせていたら、実態化した彼女のアバターを紹介されてしまったのだから。

 トラインブラザーズの件もあり、掴はコトリことティンカーベルに少しだけ警戒の態度を取る。だが、懐に忍ばせているスウェンからは特に反応が無く、ニオイでアバターの存在を感知するナミヲも話しかけてこない。


『安心しろ掴。彼女に害はない』


「ああ!? スウェンお前出て来るなよ!?」


『彼女に隠しておく必要は無い』


 事の展開を傍観していたスウェン。小鳥を気にしつつも懐から出て来てインタフェイサーとしての姿を露わし危険は無いと進言。小鳥は前回スウェンを見ていたので少しだけ不思議そうに見つめるが、ティンカーベルはスウェンに対し何か得体の知れないものでも見るかのような視線を送る。


『あの時トラインブラザーズから放出されていた精神の波形パターンと彼女のパターンを比較してみたが明らかに異なる。トラインは赤。ティンカーベルは青。恐らくこれはアバターが正常な精神状態であることを示している。だから安心したまえ』


「そうなのか? じゃあ安心か」


 ――その通りだ――


 突如脳内にナミヲの声が響き、彼は実態化して小鳥達の前に現れる。


「おいお前まで出て来て、人に見られたらどうするんだよ!?」


「人通りが少ないのなら問題無い。それに同じアバターである私がいた方が歌姫も話しやすいであろう」


 ナミヲは2人に視線を移す。小鳥は前に助けてもらった事もあってか、少し驚いただけで特に警戒はせずお辞儀をする。ティンカーベルは突然同胞が目の前に出現したことに驚きを隠せなかったようだが、暫し見つめ合うと何かを思い出した様に表情を和らげる。


一度・・お会いしましたな、歌姫殿」


「はい……あの時はスコーピオン様、分身を使って……」


 彼女は頬を赤く染めつつ照れるように俯き、手で頭のティアラに触れる。そんな彼女の様子を見ていた小鳥も同じような仕草で頭を触りながら掴に視線を移すと丁度眼が合い互いに照れた。

 即座に理解した。ティンカーベルの言うとは三頭竜の攻略イベントの時であると。あの記憶も持っているということは、彼女達の人格と記憶はいつ頃から形成され始めていたのか非常に気になる。


「すまない。今の私は記憶と能力の大半を失いナミヲとして存在している。実態化の際に不具合が起きたようでな。難儀な話だ」


「まあ、お気の毒に……」


「だが貴方とのやりとりは微かにスコーピオンとして覚えている。そのティアラ、良くお似合いです」


「あ……ありがとうございます……」


 ナミヲの言葉にティンカーベルは増々頬を赤く染めて嬉しそうに微笑む。割とキザな台詞を平然と言ってのけるナミヲに対し、こんな演技していたかと頭を捻るが、確かにそんなやりとりをしていたのを思い出し急に恥ずかしくなる。

 小鳥とも眼が合ってしまい、お互いその時のことを思い出してしまいさらなる恥ずかしさが襲い掛かった。そしてスウェンからからかうような冷ややかな表情を向けられ、誤魔化すように小鳥に尋ねる。


「ところで大空さん。なんで君のところにティンカーベルが?」


「それはですね……」


 小鳥はティンカーベルに視線を移すと、彼女も小鳥と視線を交す。そしてお互いにどう説明すべきか迷っているような困った表情になる。


「どう説明したらいいのか、自宅に帰ってきたらこの子がいたのです」


「いたんですか……? この子、ティンカーベルが?」


「はい。私の自室でうずくまっていました」


 掴はティンカーベルを見つめる。今はコトリの姿をしているが、それはすなわちキャラチェンジ機能がアバターにも備わっている証。スコーピオンの場合は不具合が起きて分裂してしまったが、彼女はその憂いに遭わずに済んだという事になる。


「えっと、ティンカーベルさん……? どうして彼女の部屋に……?」


「お恥ずかしながら、わたくしは突然目覚め、どのような状況なのかも理解できずにあちらの世界からこちらの世界に降り立ったようです。そして実態化の果てに辿り着いた先が、たまたまわたくしの創造主であらせる小鳥様であります」


「そうだったのか」


 どうやら自分でも何故この世界に来たのかわからないのが現状らしい。話し方はファンギャラ内で大空小鳥がプレイしていた時と寸分変わらない。人格も所作もティンカーベル=コトリのまま。それだけで心の底から安堵する。

 穏やかな歌姫のまま実態化した彼女の存在は、御守みかみの言っていた争いを好まないアバターの証明でもある。戦わずに済むのならそれに越したことはない。


「最初は驚きました。目の前に私の分身がいるのですから。でも既にナミヲさんを見ていたこともあって、不思議とすんなり受け入れました」


「わたくしも胸の高鳴りで、小鳥様が自らの創造主であると理解致しました。右も左もわからず戸惑っていたわたくしをお傍に置いて下さって」


「普段は私の中に入ってもらってます。両親が見たら驚きますから」


「そりゃそうだ」


『まだ事情を知らなかったというのに賢明な判断だ』


「歌姫殿は我々アバターの事情は理解しているのか?」


「かつて貴方が導きの声の主と共に、私達アバターを先導していたことも理解しております。そして、私達を覚醒させる導きの声。この世界が私達を創造した神々の世界であることも。こちらの世界では実態を長く保てないのは承知しておりました故、小鳥様の脳に憑依させていただき数日間この世界の人々と触れ合いました。そして真実を知りましたわ……」


「そう。実際はただの人間と変わりない。神と言われる程の力も無い」


「そういう言い方をされたらされたで何だか申し訳なくなるなおい……」


 アバター視点からの全人類に半ば落胆したような言い方は妙に申し訳ない気持ちを抱かせる。


「だからわたくしは貴方方神……いいえ、人間と争うつもりはありません。そもそもわたくしは歌姫。歌い、舞い、人々を助け癒すのが使命。戦う術など持ち合わせておりませんから」


 歌い舞って人々を助けるのが使命。小鳥の心情と同じ言葉。2人の姿が重なり、電脳世界と現実世界の歌姫はやはり同じなのだと感慨深くなる。

 ファンタジアギャラクシアを代表する本物・・の歌姫が現実世界で創造主である歌姫と邂逅しているこの事態。ある意味奇跡のツーショットと言える。


『ティンカーベルの存在だが。やはりシティガーディアンズ保護してもらった方がいいだろう。今の生活では小鳥に負担が掛かる』


 スウェンの言葉に、小鳥とティンカーベルは思わず目を見開く。


「そ、そんな! ティンクを一人になんてできません携帯さん」


「お言葉ですがカラクリ殿。わたくしも見知らぬ土地では心細いのです。できれば小鳥様と一緒に過ごしとうございます」


 小鳥はティンカーベルに寄り添い、ティンカーベルも小鳥の手を取りスウェンに反論する。だが、確かにサポート部隊のバックアップも無しにティンカーベルの存在を隠し通すのには無理が出て来る。妥当な判断にも思えるが、せっかく良好な関係を築いている2人を引き離していいのだろうかと疑問が浮かぶ。


『私の名はスウェンだお嬢さん方。だが所持者とはいえ君達はまだ事情を知ったばかり。これから正式な手続きを経たほうが安心だろう。丁度近くにシティガーディアンズの本社が』


 スウェンの話は突如響き渡る爆音により中断される。悲鳴があちこちで上がり、瞬く間に煙の臭いが立ち込める。


「なんだ今の爆発音!? スウェン、ナミヲ」


『なんということだ! シティガーディアンズの本社から火災が発生しているではないか。しかもこの反応は』


 スウェンとナミヲが視線を交し頷き合う。


「アバターのニオイだ」


『その通り。アバターの反応を感知した』


 民間警備会社シティガーディアンズ本社は掴達のいる公園の裏側。立ち位置的にほぼ真後ろにいた為、煙の臭いと喧騒がダイレクトに伝わってきた。そのタイミングでインタフェイサーに着信が入り、着信主は佐伯だとスウェンが教える。インタフェイサーを通話モードに切り替えて通話に出る。


『掴くん緊急事態だから今すぐ来て!』


「アバターに襲撃されたんですね? 今丁度裏側の公園にいて爆発も煙も確認しました」


『まるで地獄で仏、ナイスタイミングね! 本社の正面から白昼堂々と襲い掛かってきたの。敵の姿は大剣を持った青い服装の男アバターよ! モンスターを率いてるから!』


「今行きます!」


 通話を切るとインタフェイサーを身体に取り付ける。そのままナミヲを憑依させようと緑のボタンに指を伸ばす。


「トライオン!」


 スウェンの電子音声と共にインタフェイサーからFG粒子が放出され身体を包み込む。身体の細胞にFG粒子が入り込み、彼の皮膚を強化皮膚と生体装甲に組み変え電装態の素体形態プラットフォームへと変身。

 そして電子音声と待機音が流れてナミヲがプラットフォームに自動的に憑依。薄い生体装甲はグリーンカラーのより強化された生体装甲に変化。掴の意識は潜在意識内に引っ込み代わりにナミヲの意識が表人格を担当。ハルモニアフォームへと変身が完了した。

 一連の変身を間近でみていたティンカーベルは眼を見開き暫し呆然と電装態を見つめる。小鳥の場合は一度見ていたからかさほど驚かなかったが、物珍しげに眺めていた。

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