第2話 出会いの一時に
「な、なんだこれは……!?」
SG本社の正面玄関に辿り着くと酷い有様だった。自動ドアや外壁が破壊されて彼方此方に破片が飛び散っている。負傷し倒れた警備員を助け起こす。
「しっかりしろ大丈夫か?」
「おお、君は10号か……面目ない。守り切れなかったよ……」
「相手がアバターなら仕方ない。どんな奴だ?」
「青い礼装のような衣装を着たアバターだ。獲物は大剣。手から、魔法みたいなものを出しやがるんだ。トカゲ共をを率いていきなりここを襲撃してきたんだ。そしてうわ言の様に戦え、戦えって……」
「それ以上は良い、感謝する。借りるぞ」
怪我の痛みで思わず苦痛の表情を浮かべる警備員。ナミヲは彼を壁に寝そべらせると警棒を借りた。
ロビーではサポート部隊が爬虫類型モンスター相手に激しい銃撃戦を繰り広げている。
モンスターはグリーンリザードウォーリア。中級エリアにいるエネミーであり、剣と盾で武装して軽めの鎧を着込む。最大の特徴は尻尾が切れるとそこから増殖してしまうこと。戦い方に気を付けないと敵の数を増やしてしまう厄介な相手だ。
――まずは隊員の人達を守らないと――
掴は意識を研ぎ澄ましプログラミングする様をイメージ。潜在意識空間内に電子キーボードが出現。掴はキーボードに指を置いて高速でプログラミングを開始。
電装態から光が放出されてサポート部隊を覆った。彼らの身体はそれぞれ炎の光壁に包まれる。
「これで安心してやれる」
この場を切り抜ける為にナミヲはインタフェイサーにロッドを近づける。
『
「いざ参る! 火炎大車輪」
FG粒子を纏った二本のロッドを高速で振り回すと炎に包まれる。そのまま身体を回転させると火の竜巻となりグリーンリザードウォーリアの軍勢に突っ込む。炎の竜巻が彼らを包み込み、あっという間に一匹残らず燃え尽かせ消滅させた。尻尾もろとも火炎で焼いてしまえば増殖することはない。防壁に守られサポート部隊は炎に巻き込まれない。
「……この気配は……!?」
攻撃を終えたナミヲは突然動きを止めて上の階に視線を向ける。そしてひっきりに何かを探すように首を動かす。
――どうしたナミヲ?――
『この反応はまさか……!?』
――おいスウェンまでどうしたんだ?――
「間違いない。この胸の高鳴りは、同じ存在を呼び合うような引かれあう感覚はきっとそうだ!」
ナミヲの思考と感覚が掴にも伝わり、スウェンの解析したデータも思考に流れ込む。その瞬間掴も敵の正体を理解した。
「『――
かつての姿の一部とも言えるデュークの気配を感知した矢先、スウェンは考え込むような顔文字を画面に表示して疑問を口にする。それは掴達も同意見ではあった。
――偶然じゃないのか? アバターは何処に現れても不思議じゃないだろ?――
「その通りだ。この"ますたーでーた"とやらがあるこのフクオカシティに限られるがな」
『だがあまりにもタイミングが良すぎる。それにここにはシティガーディアンズの切り札がある』
「――切り札?――」
そんなものが有るとは初耳だった。
『インタフェイサー所有者だけではアバター討伐には限界がある。そこでプレーヤーでなくともアバターを所持しなくとも限りなく近いシステムを御守は開発しておいたのだよ。アーマードスーツとしてな』
――あの人そんな物騒なもの作ってたの!? ……いや普通か御守さんなら……――
リハビリ患者の為に強化外骨格、4D体感型を実現する為にスーツ型コントローラー、プレゼンパフォーマンス用に飛行スーツを自作してしまう神経の持ち主だ。 その延長線としてアーマードスーツを開発していたとしても何ら不思議ではない。今自分が恩恵を受けているこのインタフェイサーをも作った人なのだから。
『4機の内1機が既に三条教によって稼働している。この本社にはロールアウト前に3機がある』
「なるほど、確かにあまりにもタイミングが良すぎるな。だが、今は上の階に行く方が先決だ」
『そうだな……やはりスーツが置いてある最上階か。階段では間に合わん』
「ならば跳ぶまでだ!」
そう言うと助走を付けて走り出し、屈んで屈伸すると、最上階へ向けて勢い良く跳躍。ナミヲに備わっている
その頃、佐伯達はデュークと攻防戦を繰り広げていた。先程の黒田と水島の連携攻撃は少しだけ効いたが相変わらず決定打には至らない。四方八方から強化銃弾を撃ち込まれるも防壁魔法により無効化され、接近を試みれば火属性や電属性等の魔法攻撃で妨げられ接近することすら出来ない。運良く隙を見つけて近づけたとしても大剣を振り回して対応される。その巨大な刃が直撃すれば即死は免れない。
『
「突き捨て御免! 双炎突!」
しかし、デュークが今まさに魔法攻撃を発動させようとしたその時。彼の背後、窓ガラスと壁が破壊されて外の景色が丸見えで吹き曝しとなったところから電装態10号が出現。一階から
「助けられたぞ、と」
水島は電装態の肩を軽く叩いて称賛する。黒田もサングラスをかけ直して微笑む。
「この階までハイジャンプして来てスキルバーストするなんて無茶するんだから」
「無茶は承知だ。なにせ……
残り粕とはいえ、失われたかつての自分の一部と再会したことにより、それまでの虚ろな瞳に妖しき光が宿り活性化を果たし、雄叫びを上げると共に彼の身体から赤色の粒子に包まれた黒い泡が溢れだす。それは禍々しいオーラのようにも見え、彼の状態が正常でない事も表していた。
「タタカエ……タタカエ…………ワタシトタタカエ……ア˝ア˝ッ……!? ミツケタ、ワタシヲミツケタァァァ!!」
『これは……彼の身体から奇妙なエネルギー反応が出ている。あの赤い粒子に包まれた黒い泡だ。あれがデュークを蝕んでいる』
黒い泡は生き物の様に蠢き、デュークに纏わり付く。動く度に血の如く赤い粒子が吹きだし、彼を取り巻くエネルギーの様に渦巻く。見るからに不気味な光景で、思わず息を飲む。スウェンの言葉通り、蝕まれているのは確かだった。
『グレーウルフにも感染していたウイルスだ。どうやらアバターに感染するとデータを侵食して狂暴化させる効果があるようだな。実はブラックレッドの時も微かに検出していたんだ』
――彼女にも? あんな粒子と泡は無かったぞ?――
『彼女の時はそこまで質量が無く表面化していなかった。だが、デュークの場合は事情が違う。身体が壊れて電脳空間に漂っていたところを運悪くあのウイルスに感染したのだろう』
――それであんな風に暴走してるのか、早く助けてやらないと!――
「ああ、我が半身を見殺しには出来ん!」
『掴。グレーウルフやブラックレッドの時とはウイルスのレベルが違う。ウイルスを除去するプログラムを作って展開するんだ。私は登録されたファイアウォールを展開させる。ナミヲはなるべく致命傷を与えないように攻撃を頼む』
――任せろ!――
「承知した!」
掴は潜在意識内で電子キーボードを出現させ、ウイルスバスターのプログラムを構築し出す。ナミヲは両手のロッドを構えデュークに向けて駆け出す。佐伯はナミヲ達を援護すべくサポート部隊に指令を下した。
「総員、電装態 緑の10号を援護せよ!」
「「了解!」」
デュークに向けて一斉射撃が行われる。インタフェイサーから広範囲に渡るFG粒子が散布されて隊員達を守るバリアを形成。これで攻撃に巻き込まれることはない。水島は残された矢を慎重に選びながらチャンスを伺い、黒田は手甲と警棒を構えて10号と共にデュークに突っ込む。佐伯も腕に電磁波が放出されるリストバンドを両手両足に装着して後を追う。
「ア˝ア˝ッ……ガァガァァ!? ナ、ミヲォォ……!!」
デュークの瞳は黒い泡に覆われ、白目が黒に変色した恐ろしい風貌となった。
「ナ˝ァ˝ァ˝ァ˝ミ˝ィィヲ˝オ˝オ˝オ˝ォォォォォォォ!!!!!」
正気を失い代わりに狂気を宿し、反響掛かった雄叫びを上げる。
「私の名を叫ぶ程、私が愛しいか、我が半身よ。私もだ!」
デュークが大剣を大きく振り回してナミヲに襲い掛かる。左のロッドで受け流しつつ跳躍して相手の頭上へ上がる。回転しながら勢いを殺さず右のロッドをデュークの頭に振り下ろした。直撃して怯んだものの、すかさず右手を翳して雷撃魔法を放射して10号を吹き飛ばす。その攻撃の隙を突いて黒田と佐伯が高圧電流を帯びた一撃をデュークの脇腹に直撃させ、後方へ下がる。デュークは2人に敵意を向けるが、やはり反存在に引かれるのか、足元に魔法陣を展開してクイックダッシュを発動。吹き飛ばした10号機に一瞬で近付いた。
「キ˝カ˝ヌハタワケェェェェェ!!」
次の瞬間、彼の口から赤い粒子に包まれた黒い熱線が放射される。ファイアウォールにより防いだが大きく吹き飛ばされて瓦礫にぶつかる。痛みに耐えて立ち上がろうとしたが、クイックダッシュで接近して来たデュークに頭を掴まれた。
「オイテユケ……!」
「は……?」
思わず生返事で聞き返してしまった
「ブキゴトオイテサガリタマエェェェェェ!!」
「ッゴァ!?」
強力な魔法攻撃を連続で食らい、10号の生体装甲と強化皮膚は焼け焦げる。大剣の刃を食らった生体装甲が大きく抉られた。激しい痛みが襲い掛かる。確実に筋肉と骨に激しい損傷を受けた。痺れにより上手く動けず、火傷による痛みも襲う。さらに先程の攻撃でロッドを落としてしまった。デュークは10号が落としたロッドを拾い上げ、品定めするように眺める。
「トルニタランブキダ……」
興味が失せたように放り捨てる。まるで嘲るような態度で。
『何て奴だ。ウイルスに侵食されてもなお以前の癖は残るとは』
「それでこそ私だ……デュークだった頃の記憶も、少しづつ思い出して来たぞ……ぁぐぅ、あがっ……」
『バイタル低下。左胸部生体装甲・強化皮膚損傷。肋骨骨折。筋肉裂傷。内出血確認。意識混濁。状態異常麻痺・火傷。自己回復が間に合わない! これではプログラムを展開できない』
デュークが動けない10号に向かいクイックダッシュで接近し、大剣を振り下ろそうとするが、水島が彼の両手首に捕縛ワイヤー矢を絡めてバランスを崩して転倒させる。弓に設置したスイッチを操作してワイヤーに電流を流す。すかさず黒田が10号の身体を抱えて隅に逸らし、佐伯がリストバンドから小型電流網を発射。二重の電流攻撃に流石のデュークも悶絶。
「しっかり、ウイルスバスターはまだなの!?」
「すまん……まだ……ぁがっ……」
敵が動けない。そんな絶好のチャンスをデュークが逃すはずもなく、彼は口角を上げて狂気の笑みを浮かべると、拘束された状態で無理矢理クイックダッシュで一気に佐伯達に接近。背中から黒い触手が出現し、先端が大きな鎌状に変化。その刃は佐伯達を捉えようとした。
避けられない。確実に仕留められると直感が告げる。彼女達は死を覚悟した。
「でえいぃ!!」
死を覚悟した正にその時、遠方から力強い掛け声と共に一筋の雷光が放たれる。 集束し巨大な雷球となったそれはデュークに直撃。彼はそれまでにない高出力の電流に身を焦がされ絶叫を上げながら吹き飛ばされた。
「え……? 今の攻撃は……まさか……」
その巨大な雷球攻撃には見覚えがあった。スーツの起動実験時に
「教(きょう)さん!」
威風堂々、まるで武道の達人の如き佇まいでその男はそこに存在した。
名を三条(さんじょう)教(きょう)。三条(さんじょう)三兄妹の父にしてシティガーディアンズを率いる警備長兼サポート部隊隊長。その両手にはスーツの標準装備である強化型超高圧電流ナックルが握られていた。
「でえいぃ!!」
気合いを込めるように声を吐き出し、ナックルを握る両腕を交差させた後にゆっくりと下げ、息を深く吐き出す。声は部屋中に響き渡り、彼の身体から凄まじい闘気と熱気が放たれ、一気に張り詰めた空気が放たれた。その場にいる全員が思わず身震いする。
「待たせたな……!!」
その一言はとても力強く頼れる、重き一言であった。明らかにその場の空気が一変する。ウイルスにより狂暴化しているデュークでさえも、教(きょう)から放たれる武人然とした圧倒的強者のオーラを感じ取り、感じたことのない高揚感が沸き上がるのを感じた。
ナミヲの視点越しに、間一髪助太刀に現れた
「お前が掴くんのアバターか……」
「ああ、残り粕だがな……」
電装態10号の表人格を務めるナミヲに向かい確かめるように尋ねる教、彼の溢れ出る闘士と漢気に、ナミヲは思わず身震いを覚える。神々しさすら感じたのだ。
『
「わかった……」
教は眉を顰めた険しい表情で静かに頷き、デュークを見据える。余程肝が据わっているのか気にしていないのか、インタフェイサーから発せられるスウェンの指示も、生体装甲と強化皮膚に覆われた異形なる掴の姿にも驚く様子を見せない。
一つ確かなことは、その瞳に宿っているのは恐怖ではなく燃え盛る闘魂。
「残念だが……スーツは稼働限界時間が過ぎて冷却モードに入っている。だが、ナックルだけは使えたから持ってきた……」
「相手はウイルスで狂暴化しています。いくら隊長でもスーツ無しで接近戦は危険すぎます!」
「3分だけなら問題無い……」
佐伯と隊員達に対し、口元を緩めて小さく笑う。そのままデュークに向かい駆けだした。強者の出現に闘士が活性化したデュークは狂喜。雄叫びを上げながら大剣を構えて走り出す。稲妻や炎の魔法攻撃を掻い潜り、教はデュークの懐に入り込み、気合の掛け声と共に強烈な一撃を一度二度叩き込む。
「す、すげぇなおい……」
「……あ、ああ……凄いな……」
「お前達! ぼやっとするな! 俺が攻撃している隙を狙って撃てええい!!」
「「りょ、了解!」」
佐伯達を含めた隊員達は一瞬身体を振るわせた後に強化銃を構え、命令通り一斉射撃を開始する。水島のみは弓なので、隊員に混じって矢を放ち続ける。放つ矢は爆薬仕込みの矢だ。
人間である
「それが本気か……? 使い慣れてない拳如きでは魂が籠っとらん!!」
怒声にも似た咆哮を上げ、横っ面に蹴りが直撃。身体を大きく回転させながら床に叩きつけられる。固唾を飲んで見守っていたナミヲ達は、このまま倒してしまうのではないかとすら考え始めた。
『回復率100%! 組み上げたウイルス除去プログラムをインタフェイサーにダウンロード開始! デュークに出来るだけ接近しろ!』
「承知した!」
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