第13話 初めての見知らぬ敵
しかし、登録されている小鳥の番号に電話を掛けようとした正にその時、脳内にナミヲの声が響く。
――掴、アバターのニオイだ!――
「なに!?」
ナミヲからの知らせと同時に、インタフェイサーのディスプレイが点滅し出す。これはスウェンがアバターの存在をキャッチした時の反応だ。
昨日のトラインブラザーズに引き続きアバターの出現。基本的に朝が苦手な掴にとって早朝からの戦闘沙汰は辛い所である。
「何処に現れたんだ?」
――……これは医療施設か?――
『通門病院のある住宅街付近だな。その辺りをうろついているようだ』
「なんだって?」
反応のあった場所の名を聞いて思わず声を上げる。掴が一日だけ入院した所であり、襲撃事件以前に意識不明の患者が大勢入院している場所。あれから意識不明者達がどうなったのかまだ知らなかった。
「今回もかなり不味い状況よ。水島と黒田が現場にいたから良かったけど」
佐伯に促された隊員がデータパットを掴に見せる。一人の女性が映し出されており、セミロングの女性とわかったが、その顔には見覚えがあった。
あの事件の被害者であり、印象が残っていたので強く記憶していたのだ。
「氷棘に貫かれて意識不明の重体を負った女性じゃないですか!」
『やはりアバターは意識不明者を狙ってきたか』
「そう、以前から意識不明に陥った人々はアバター実態化と関連があると睨んで全員をマークして親族に不審に思われない程度に警護してたのよ」
データパッドのスクリーンを指でスクロールして意識不明者全員のリストを見る。かなりの人数がリストに入っており、彼らの使うアバターやこれまでのプレイ記録の詳細なデータが添付されている。
「そして奇跡的に目覚めた直後にこの有様か……」
佐伯は瓦礫が転がる煙にまみれた惨状を嘆く。幸い病院自体は損傷が少ない。
『今まで実態化する力を蓄え攻撃する機会を伺っていたわけだ。合理的な侵略方法だな』
「報告によれば、他の意識不明患者も目が覚めるなり一斉に襲い掛かってきたみたい。まるでホラーね。逃亡しようとしたから追跡班が追いかけたんだけどやられた」
「この意識不明者の人達全員にアバターが憑依してたのか……」
そう考えただけでも気が滅入ってしまった。トラインだけでも厄介だというのに事実上大勢の人質を取られたも同然であった。スコーピオンがナミヲへと成り下がり、脳に憑依したアバターを切り離すキルドレインがまだ使えない今、打つ手が無いのだ。
サポート部隊と共に激しい攻防を続ける水島と黒田の姿を確認。気づけば辺り一面氷結しており、まるで蜘蛛の巣でも張り巡らせたかのような幻想的な箇所がいくつも展開している。氷の蜘蛛の巣という表現が似合う。漂う冷気に思わず寒気を感じた。
『奥にいる奴がターゲットだ』
スウェンの声に、氷結した建物の中央奥に佇む女性の姿を目視で確認。入院患者用の服を着用した20代前後の女性。しかし、その容姿はアバターが憑依していることを示す特徴が表れている。写真と異なる不自然に跳ね上がった髪は赤黒く変色。黒い縁取りの赤い瞳。肌の色も浅黒くなっており、首元には蜘蛛の巣を模した紐が巻かれている。
「シャアァァァ!! いくらそんな豆鉄砲撃ったてなぁ、アタシには効かねぇんだよ! テメエらそれでも神様かよひゃっは~!!」
女性は品の無い大声を上げ、両腕から冷気を放射。放たれた冷気はたちまち糸状に変化。触れた物体を氷結させた。瓦礫の陰に隠れつつ矢を放ち応戦する水島と、隙を突いてサポート部隊と共に弾丸を撃つ黒田。
「ち……ちょっとだけならバレないか」
水島は舌打ち混じりに苦い表情を浮かべると愛用の赤い弓を構える。一瞬炎のようなものが見えた瞬間、何処からともなく燃える矢が放たれる。炎矢は女性が放った冷気を溶かして破ると背後の壁に直撃。一瞬で燃え上がらせた。その様子を見た女性は不快そうな表情を浮かべて水島を睨み付ける。
「テメェ……」
「あ。怒った?」
「……マズいな……」
「調子にのんじゃねえ!!」
彼女は叫ぶと水島達に向けて人一倍大きな冷気を放った。しかし、より巨大な光り輝く炎の防壁を纏った掴が立ちはだかり、放たれた冷気を遮り消滅させる。粒子を纏う炎の防壁は隊員達を包みように展開し冷気から守る。掴は一先ず安堵の息を吐く。一度使用したプログラムはインタフェイサーに登録され自動的に発動できるのだ。
「おう、間に合ったと救世主!」
「茶化さないでください。芳しくないようですね」
「……氷の糸を放つ。迂闊に近づけない……」
「人質取られてるからせめて麻酔弾やガス弾を撃ちこんでんだけどな? ことごとく凍らしてきやがる! 拘束ワイヤーや微弱電流矢も試したが全部凍っておじゃんだこのやろう!」
「……そういうことだ……」
『この氷属性の蜘蛛の糸で作り上げた蜘蛛の巣に触れるだけでも氷結効果がある。彼女に有利なテリトリーというわけだ』
「女子大生でハーフの雲井アイストリームさんに憑りついているのは、彼女のアバター「ブラックレッド」。どうやら粗暴な姉御肌を
情報を聞いた全員が彼女の方を見やり、もう一度顔を見合わせ。
「「ないわ」」
明らかに姉御肌とはかけ離れてるクレイジー気味な彼女の様子に、その場にいる全員が否定の言葉を口にする。スウェンすらも呆れ顔を表わした顔文字をディスプレイに表示させて賛同。彼女も人格形成に失敗したのだろうと誰もが確信した。
『身内ではない初めての相手だな。大丈夫か掴?』
スウェンの指摘に掴は改めて気付く。確かに前回は身内であるトラインを相手にしていた。だが、今回は正真正銘。自分が全く知らない敵との対峙であった。
知らない相手となれば、攻撃に躊躇する必要はないと言えばかなり聞こえは悪い。他人だからと言って安易に戦えないと言うわけでもない。思わず自分の道徳心に問いかける。少しだけ迷いが生じるが、それでもやるしかない。
改めて周りを見渡す。煙と火が上がり、住宅地が壊されている。鉄や材木が焼けた焦げ臭い匂いと冷気の冷たさが鼻孔を貫き思わず顔を曇らせる。まるで災害でも通り過ぎたような惨状に目を覆いたくなる。幸い住民は避難しており、視認は出ておらず負傷者もいない。
「それでもやるしかないさ、そうだろう?」
スウェンに対して決意の笑みを送る。
『よろしい。住民の避難は確認した。
「ああ、勝利のプログラムを書き込むぜ!」
威勢良く叫びながらインタフェイサーを身体に取り付けようとした。
「トライオン――」
――ようやく出番か――
「え? おい――」
しかし、自分の意識が奥底に押し込められた。
ナミヲが
「すまないな。あの蜘蛛のお嬢さんに見栄を切りたくなったのでな」
N掴はゆっくりとした足取りでブラックレッドに近付いていく。糸を吐き散らしていた彼女はN掴に気付き、身体をくねらせ舌なめずりしながら残忍な視線を送る。
「あぁん? なんだアバターじゃない。アタシと一緒に暴れたくなったのかい? それともアタシとやりたくなったの?」
身体をなまめかしくくねらせながら誘ってくるブラックレッドに対し、N掴は鼻で笑いながらインタフェイサーに設置された緑のボタンに指を当てる。
「冗談は止してくれ。お前のようなガラの悪い女は嫌いではないが。積極的過ぎるのは遠慮したい」
――おい冗談だろナミヲ?――
『趣味が悪いぞ』
「その代わりお前を釘付けにしよう。私の格好良い変身を見せてやる」
「あぁん? 釘付けだぁ?」
N掴は緑のボタンを押し込んだ。
『
インタフェイサーから明るめな曲調の音楽が流れ始めスウェンが歌う。
握りしめた両拳を胸の前に突き出した後に交差させ、N掴は叫んだ。
「変身!!」
すかさずスウェンの電子音声が続く。
『電装・ハルモニアフォーム! 繰り出す双剣は・永遠の調和!!』
インタフェイサーから溢れんばかりの光の粒子に噴出され陣が展開。粒子の形は0と1を象り、視界が光に覆われた。身体中に気味の悪い感触が走る。光の粒子の影響を受けた細胞は生体装甲を形成。電装態10号、コードネーム「マルチフォーマー」へと姿を変えた。
目の前で起こった異様な光景に、ブラックレッドは目を丸くして戸惑う。
「な、なんだそりゃ? まさかアンタ、アタシとやり合おうって気じゃないだろうね?」
「残念ながらその通りだ。いざ参る! いざいざいざいざぁ!!」
地面に転がっていた鉄パイプ二本を蹴り上げて掴む。掴まれた二本の鉄パイプの分子構造に変化が起きる。細かく分解され粒子化した鉄パイプは双剣へと形を変えた。
「正気かテメェ!? シャアッ!!」
接近してきた電装態ハルモニアフォームに対し、掛け声を上げながら蜘蛛柄の長剣を勢い良く振り下げる。双剣で弾きつつ素早く跳躍したナミヲは背後を取り二つの刃を振り下ろすが振り向きざまに受け止められる。
「アバター同士で殺し合うなんて頭いかれてやがんのかぁ? アタシを誰だと思ってる? 泣く子も黙るブラックレッド様だよ!」
「生憎知らぬわっ!!」
互いに刃を弾いた後に再びぶつかり火花が散る。二度三度刃をぶつけた後に互いに後退して距離を開けた。牽制として冷気と斬撃を出し合い、避けると接近して防御。そのまま睨み合い鍔迫り合いとなった。
「どうした? そんなものかお前の力は。それとも憑りついているせいで上手く動けんか? だとしたらとんだお笑い草だな?」
「なんだってぇ?」
不敵な笑みを浮かべてブラックレッドを挑発するナミヲ。安易な方法だが、思いのほか効果的だったらしく、彼女は眉間をひくつかせて怒りを露わにする。
「上等だコラァ!! そう舐められちゃあこんな器に入って戦う必要もねえぇ!!」
彼女の身体、頭部付近が赤黒色に発光したかと思うと、雲井アイストリームの肉体を放り出してブラックレッドが憑依状態を解き、ナミヲとの鍔迫り合いを続行。放り出された雲井を水島達が直ぐにキャッチして確保。無事に保護。
しかし、怪我も無く人質を助けた喜びとは裏腹に、掴とスウェンは拍子抜けした。
――馬鹿で助かった……――
『まったくだ。こっちの苦労も知らずにこんなあっさりと……』
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