第12話 叶られぬ消えた望

 トラインブラザーズが立ち去った後、佐伯達を含めたサポート部隊が現地に留まり何かしらの痕跡が無いか調査。掴達はバンに乗せてもらい、誰にも接触する事無く穏便に自宅へと戻った。

 二度目の戦いを経験し肉体的にも精神的にも疲労困憊しきっていた掴はベットに倒れ込むなりそのまま深い眠りに付いた。熱線で受けた熱傷や打撲などの傷はインタフェイサーから散布されたFG粒子と呼ばれる粒子物の効果により殆ど癒え、多少筋肉痛を患いながらも深刻な痛みは無かった。


 インタフェイサーも自己修復機能により問題無く機能している。


 ただ、ナミヲは掴の肉体のダメージを一手に引き受けた影響で心身共に疲弊してしまいダメージが残ってしまったので、スウェンに指示でインタフェイサー内に入り込み体力の回復に努めている。冷静に動けと忠告を聞かずに動いた結果、熱線の攻撃を食らわせてしまったため、掴の心には罪悪感が募るばかりであった。

 わかってくれたのならいい。これから気を付ければ良い""と、ナミヲとスウェンから言葉を掛けられた。その言葉を真摯に受け止める。


 佐伯達とこっそり外出していたことに対し雛形と巡は特に追及しなかった。

 もしかしたら外に出ていたことすら気付いてないのかもしれない。今朝はいつも通り起きて朝食を一緒に食べる。学校は休校のままだが、昨日の戦闘で校舎の半分が半壊してしまったためどちらにせよ期間が延びてしまった。

 校舎が破壊された一件は当然事件として朝のニュースで流れており、多少気まずくなる。シティガーディアンズサポート部隊による事後処理とネグロの情報操作により真相が語られることはない。


 朝食を終えて自室に戻り、スウェンと昨日の件について話し合う。彼はモバイルモードから手足を備えたアクティブモードに変形している。

 そして、三条さんじょうきょうが自分達の関係者である事を明かされる。戦闘には来られなかったが、これからは彼も合流してサポート部隊の隊長として先導してくれるそうだ。


きょうさんも関係者だったのか。まあ佐伯さん達の上司だから当然か」


『昨日の件は佐伯と水島から三条さんじょうきょうに伝えられた。重い現実だが受け止めてもらうしかない。三条さんじょう母艦もかにはアバターの存在はぼかして伝えているがな』


「そうか……辛いよな2人とも」


『君だってそうだろう?』


「うん……相当応えてる。正直に言えば気落ちしてる」


『奴らは今も何処かに潜んでいる。だが敵は彼らだけではない。他のアバターやモンスター達がこちらの世界に攻めてくる。一刻も早くナミヲのデータを発見して彼を元に戻さなければない。三兄妹を助けるにはそれしかないのだから』


「ああ……」


 叶の自宅を見た後に望の自宅を眺める。


 今朝も彼らは起こしに来なかった。いつもなら左右の窓から入り込み早く着替えろと急かす日常。毎回のことで気付かなかった。2人が起こしに来ないだけで心に得体の知れない寂しさが沸き上がる。


「叶、望……」


 思わず彼らの名を呟く。神妙な表情の掴を見つめ、スウェンは徐に尋ねる。


『やはり気になるか』


「え? そりゃあ一昨日から会ってないからさ、連絡も無いんだぜ? あいつらの方から来ないからさ、いつもなら真っ先に殴り込んできそうなのに」


『ならば自分から連絡を入れればいいだろう。君はいつも2人から引っ張られる形だからこういう時に限って自主性に欠けるな。いまさら恥ずかしいのか?』


「なんでそんなことまでわかんだよ!?」


 図星。もとい自分の弱点をまるで昔から見て来たかのように指摘され動揺

する。


『言って無かったな。私は君のバーチャルブレインを基に作られたAI。君のデータはインプットしているし行動も大半は予測できる』


「なにそれ初耳なんだけど!? 俺が小さい頃に作ってもらったバーチャルブレインがお前に!?」


『そうだ。声も似てるだろう?』


「電子音声じゃねえかよ」


『それよりも。連絡は取らなくていいのか? 最もすぐ隣にいるのだから直接会いに行く方が効率的だ』


 小さいアーム型の指を突きつけられ詰め寄られる。ディスプレイに表示された顔文字は遠い目で見るような、呆れているような表情にも取れる。自分のバーチャルブレインを基にしているなら自分に催促されているようなものではないかと若干奇妙な感覚に襲われるが、確かにスウェンの言う通り。正直気が進まないがそんな事も言ってられない。意を決して叶から会いに行くことにする。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


「え? いないんですか?」


「ごめんね掴くん。あの子緊急の用事があるとかで出掛けちゃってるんだ」


 ようやく会いに行ったら、出掛けていると母の硝子しょうこから申し訳なさそうに伝えられた。まさかの不在である。学校が休校し日本全体が得体の知れない何かに襲撃された事により不安な空気が流れる中、彼女は如何なる用事で出掛けたというのか。内心合点がいかず疑問が沸く。


「いつ頃戻るかわかります?」


「う~んいつ戻るかはわからないなぁ。一昨日からふらっと出掛けては帰って来るから時間は不規則だね」


 増々彼女の行動の意味がわからない。こんな状況下で仕事を頼んでくる者もはいない筈である。


「まあ戻ってきたら掴くんが尋ねてきたって伝えておくから。大丈夫だよ」


「ああはい。ありがとうございます」


「でもまあ、掴くんも無事でよかったよ。あの惨状で誰も大怪我は負ってないからね……」


 硝子は掴の肩に手を置いて明るく笑みを零す。しかし、その笑顔の向こうに悲しみを宿している事を見逃さなかった。ブレイン教授を失った悲しみを。夫である拓斗たくとも悲しみに暮れたに違いなかった。雛形ひながたもブレイン教授の訃報を聞いた時は、普段の気丈な彼女から想像できないほどに泣き崩れていた。

 そして孫であり、目の前で彼が無残にも殺される場面を見てしまった大空小鳥の悲しみは尋常なものではない。心に深い傷を負っても不思議ではない。

 あれ以来まだ連絡を取っていない。不意に彼女の顔が脳裏に過り、心配でたまらなくなる。一度会って話したいとまで考える。


「それにしても、ミカミカ達は何やってんだろうね……」


「なにがです?」


「いやね? ミカミカ達てば結局来なかったじゃん? 家族揃ってまだ家に戻ってこないんだよ」


「ええ!?」


 硝子の言葉に耳を疑った。御守が襲撃させたことは既に知っているが、望とアリアに踏子とうこが家に戻っていないという事実は初耳である。内心嫌な予感がする。


「あれその反応知らなかったの? つぐつぐとひなひなから聞いてないの?」


「いやその……硝子さん達と無事を確認し合ったって聞いたので、てっきり戻ってきているのだと……」


「いやちゃんと聞かなきゃ」


 "相変わらずこの子はしょうがないなぁ"とでも言いたげに苦笑いを浮かべて呆れる硝子。途端に申し訳なくなり思わず頭を下げてしまう。


「まあ、ミカミカと望くんは仕方ないとはいえ、アリアンローズと踏子とうこちゃんまでいないとなるとねぇ。流石に心配だけど。そのうち何食わぬ顔でひょっこり帰って来るでしょう」


「そ、そうですね……」


 明るい笑顔で御門家は心配ないと言葉をかけてくれる。確かにこの一家ならそうかもしれないと思えたが、アバター関連の事情を知る掴にとって、今はもうそんな楽観的な考えは出来なかった。

 ファンタジアギャラクシアの世界観を構築したプログラマー兼エンジニアである御門みかど御守みかみとその家族。いつアバターに狙われてもおかしくは無い。既に御守は襲われ、彼が開発していたインタフェイサー10機の内3機が破壊されてしまっているのだ。


 望は既にインタフェイサーを所持している。これから共に戦おうとしていた矢先に、まさか家族揃って行方知れずとは思わなかった。


 三条さんじょう三兄妹人質の件といい、掴は不安に駆られるばかりだった。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 自室に戻った掴は、自分のインタフェイサーで望のインタフェイサーに通信を送れば連絡を取れることに気付き、急いで電話番号を入力して通信を試みようとしたが……。


『追い打ちをかける形ですまない。実は3機のインタフェイサーの所在を探索する際に御門みかどのぞむのインタフェイサーにも通信を試みているのだが居場所が特定できない』


「特定できないってどういうことだよ?」


『私が搭載されているこの10号機は全てのインタフェイサーの管理司令塔。当然それぞれの所在も常に監視して把握しているのだが。御門望が持つ01号機の所在が全く感知できない』


「まさか壊されてるんじゃ……」


『壊されてはいない。01号機の場合は通信が出来ない状態なだけだ。まるで見えない何かに阻まれて通信が遮断されかけているかシステムが判断しかねている。場所が特定できない』


 ご丁寧に小型のアームを器用に屈折させて腕を組み、険しい表情を表示。まさか携帯端末らしく電波の届かない圏外地にでもいるというのか。


「ああもう、なんだよそれ……肝心な時に役に立たないのかよ!」


 我慢ならずに頭髪を掻き見出し、大声を上げながらベッドに仰向けで倒れ込む。彼の精神は度重なる不安と苛立ちに押しつぶされそうになり感情的になっていた。肝心な時に役に立たないと言われたスウェンはあからさまに不機嫌そうな表情をディスプレイに表示。掴の顔付近に接近すると、小さいアームで思い切り頬をはたいた。小物が当たった程度の極小の痛みを感じて飛び起きる彼に対し、スウェンは八つ当たりは止せと険しい顔で諭す。間違ってもポンコツと言わなかったのは正解だった。


「悪い……正直不安で一杯一杯なんだよ……」


『君だけじゃない。育継も。雛形も巡も。願家も。サポート部隊も日本全国皆皆不安で一杯なんだ。そう一人で抱え込むな。また望と叶に言われるぞ?』


「わ、わかってるよ……」


 ばつの悪そうな表情でスウェンから視線を逸らし、誤魔化すように叩かれた箇所をなでる。


『今も通信は試みている。望がそう簡単に死ぬわけがないだろう? アイツの事だからきっと平然とした顔で戻って来る』


 まるで掴のような言い方で掴に言葉をかけるスウェンに対し、掴は奇妙さを覚えつつも何となく安堵感を覚え小さく頷く。


『それよりもいいのか?』


「なんだよ?」


『大空小鳥の事だ。君はさっき明らかに彼女の事を心配するような表情をしていた。いや彼女の事を考えていた』


 そっぽを向いていた顔を振り返って戻し、目を丸くしてスウェンを凝視した。


 こいつには所有者の心や考えている事を読み取る読心機能でも備わっているのだろうかと疑う。それとも自分のバーチャルブレインを基に作られたAI故、オリジナルである自分の思考パターンをある程度予測して発言できるのかと動揺を隠せずに汗がじんわりと噴き出る。


「お前はエスパーか!? 読心術でも備わっているのか!?」


『君がわかりやすいんだよ。どうなんだ? 心配なら連絡を取るか直接会いに行きたまえ。今の彼女には君の様な気の知れた者の支えが必要だ』


「妙なところで気を利かすな!」


『私は気を利かせれるAIでね』


 ディスプレイから鼻のデジタル立体モデルが表示され、鼻高々である事を示すスウェン。細かい芸当である。しして散々スウェンから促された掴は、小鳥に連絡を取ることにした。

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