第3話 電装!双剣のハルモニアフォーム!

 ――おい、お前今殺すって言ったよな!?――


「ああすまない。語弊があった。それは既に過去の事。今は――」


 つかむは急ぎナミヲの言葉の真意を問い質そうとしたが、突然視界が暗くなったかと思うと凄まじい衝撃波が襲い会話は中断。咄嗟に気付いて上空に跳躍した事により直撃は免れたが、一体何事かと辺りを伺う。


「あ、あれは……!?」


 ――おいおいあれってまさかバグか?――


 衝撃波を発生させて奇襲してきた存在の正体は、先程倒したはずのモンスター群勢の一匹。灰色がかった体毛を持つ狼型モンスターグレイウルフ。

 その身体からは0と1の粒子らしきものがオーラの様に漂い、まるで文字化けしたかのようにあちこちが欠けて剥き出し、激しくノイズが走り歪んでいる。ゲーム内で表示にバグが起きた時と同じ現象。現実で目にするとグロとまではいかなくとも少しだけえげつない。


「バグか、こちらの言葉ではそう表現するのだな。私達は存在イメージが暴走していると捉えていたのだが」


 ――ぼ、暴走? まあ確かにバグはある意味暴走していると言えばしてるかもしれないけど――


「っ危ない!!」


 N掴が双剣で防御態勢を取り、勢い良くバグモンスターと化したグレイウルフが襲い掛かり間一髪その爪を受け止め払い除ける。しかし、今の衝撃で双方の刃に亀裂が入り折れてしまった。落下した刃は0と1の粒子となり消え失せる。


「――折れたぁぁぁ!?――」


 思わず同時に叫ぶ。よもや折れるとは思っても見なかった2人は動揺の色を隠せない。グレイウルフはその隙を逃さず、口を開いて大きく叫ぶ。狼の咆哮は強い衝撃波を生み出し、容赦なく襲い掛かる。咄嗟に次の武器を取り出して防御に入ろうとしたが、背後には小鳥がいる。


「小鳥!!」


「へ!?」


 N掴は彼女の名前を叫び駆け寄る。自分がガードに成功したとしても衝撃の余波は確実に瓦礫に隠れた彼女にも当たってしまう。ただでさえ不安定な瓦礫が崩れでもしたらがれきの下敷きになる。思考を切り替えて背後を振り返りながら駆け寄ろうとした。

 小鳥も見に迫る危険を察知して逃げ出そうとしたが、彼女の速度では衝撃波の直撃に間に合わなかった。衝撃波はN掴の身体を貫きダメージを与え、そのまま止まらず小鳥のいた付近に到達。均衡を保っていた瓦礫の山が崩れた。一番大きなコンクリートの板が彼女目がけて落下する。


「きゃあぁぁぁ!!」


 恐怖に駆られた小鳥は悲鳴を上げる。


 小鳥は死を覚悟したが、咄嗟に現れた人影が彼女を抱えて転がり、瓦礫を避けた。驚いた彼女が眼を開けて確認すると、自分を助けてくれたのはスーツに身を包んだ女性。


 佐伯レイコであった。


「大丈夫? お嬢さん」


「え、あはい……大丈夫です。ありがとうございました……」


「どういたしまして。さて……」


 ――さ、佐伯さん!? 良かった無事だったんだ……大空さんも助かってなによりだ……――


「佐伯……?」


 掴の安堵する声に反応し、ナミヲは視線を彼女に向けて見つめる。

 潜在意識に引っ込んでいるとはいえ、視界を共有している掴はナミヲを通して佐伯と視線を交す。ナミヲが憑りつく事によりN掴へと変貌している掴に対し特に慌て動揺する事も無く視線を交し合った佐伯は、何処か覚悟を決めたような複雑な表情を作る。

 しかし、グレイウルフがよろめきながら起き上がる。N掴は再び武器を取り出す動作に入ろうとしたが。


「掴くん! これを使って!!」


 佐伯が懐から何か取り出し、N掴に向けて思い切り放り投げた。声に気付いたN掴は咄嗟に振り返り投げ出された物体を掴もうと手を伸ばしてキャッチする構えを取る。


『精密機器を投げるとは何事だぁぁぁ!!』


 投げられた物体から電子音声が発せられた事に驚くが、それに気を取られて落とすことなくキャッチした。

 掴んだ物体は四角形の携帯端末。銀をベースに黒ラインが入っており流線的フォルムをしている。中央には電子ディスプレイが設けられており、黒い画面に顔文字のような幾何学柄が表示されている。


『私の名はスウェン。このインタフェイサー10号機に搭載されているAIだ。私を身体に装着し、緑のボタンを押して変身するんだアバターよ』


 端末機から流れ出る電子音声は、自らをAIスウェンと名乗った。ディスプレイに表示された顔文字と音声は連動しているらしい。見た事も無いデザインとその様子に、掴は何故父がこのような物を所持しているのか訝しむ。


「これでいいのか?」


 特に躊躇する事無く、ナミヲは促された通り、インタフェイサーを身体に取り付ける。すると妙に軽快な音が一瞬だけなった。


 ――ええ普通に付けちゃうのお前? てか変身ってなんだよ?――


「変身か、キャラチェンジの容量と似通っている。ならばこの状況でするべきことはコレしかあるまい!」


 ――え何して……!?――


 N掴はインタフェイサーの緑のボタンを押す。


PosseポゼPosseポゼPossessionポゼーショ~ン!』


 いきなりスウェンが軽快なリズムで歌い出す。


 ――なんでこんな時に歌ってるんだよ!? グレイウルフ動き出そうとしてるぞ!?――


 慌てる掴を他所に、ナミヲは両手に双剣を握るような動作をして胸の前で交差。そのまま両拳を前に突き出し――


「変身!」


 ――はぁ!?――


『インタフェイサー10号機 憑依アバター音声登録認識完了』


 ――ええっ!?――


『電装・ハルモニアフォーム!』


 AIが歌い、自分の身体に憑依した存在が変身ポーズやら変身と叫んだりと、完全に置いてけぼり状態の掴。それでも事は進んでいく。

 インタフェイサーから膨大な量の黄緑色に光り輝く粒子が放出。六角形・0・1の形に変化しながらN掴の身体を包み込み、視界が光りに覆われる。


「こ、これは……!?」


――なんだよこれ!?――


 その瞬間、掴とナミヲはまるで身体の中で蟲が蠢くような、気持ち悪い感触と微かな痛痒さを感じる。皮膚や筋肉、ありとあらゆる器官や細胞一つ一つが別の物へと変化を遂げてゆく感覚。

 彼等が感じた感覚は正しい。インタフェイサーから放たれた光の粒子は憑依したアバターの力をエネルギーへと還元して夢緒ゆめおつかむの身体の細胞一つ一つに入り込み、劇的な変異を起こしていた。彼の身体を敵と戦える超人へと変えるため。


『繰り出す双剣は・永遠の調和!!』


 変身したフォームを表わすスウェンの口上が終わり、粒子が撒き散らされ変身したその姿が顕わになる。

 黒い強化皮膚の上から緑色の生体装甲に覆われた身体。顔はフルフェイスヘルメットを被ったかのように変異しており、各器官を表わす顔のパーツも確認できたが、まるで仮面を被っているかの様。

 ナミヲは両手を見つめ、確認する様に顔や体に触れる。正常に感触が伝わる。


 ――う、嘘だろ。身体が変わってるじゃないか……――


「この装甲、まるで自分の皮膚のような感触だ、このレンズの様な物も……イタッ眼か……五感もちゃんとあるぞ」


 戸惑う彼らを他所に、無事に変身した姿を見た佐伯は安堵の笑みを浮かべて拳を強く握る。


「やったわ、成功よ!」


「え、ええ……!? つ、つか……夢緒さんが……!?」


 逆に、小鳥は驚きながら軽く怖がるといった最もらしい反応を示す。眼前で愛しの人が得体の知れない生物的装甲を纏った姿へと変貌すればこのような反応は妥当であろう。


「先程はよくもやってくれたな? 今度はこちらの番だ」


『地面に落ちている二本の鉄棒を握れ。武器に変わる』


「ん? これか……」


 スウェンに催促され、足元に落ちていた鉄棒二つを手に取る。

 瞬間、二つの鉄棒から0と1の粒子が溢れだし、揺らめきながら一対の剣へと変わる。緑色に光る刀身と柄には激しく稲光る稲妻が纏わりついている。この双剣はナミヲに装備させていた魔法が施された魔剣。連結させれば攻撃の幅が広がる。


 ――物質の構造を組み変えたのか!? ありえないだろこんなオーバーテクノロジー!?――


『私も含めた詳しい話は後だ掴』


 ――お? おう……――


 名前を呼ばれ少し動じる。スウェンの声が潜在意識空間の周りで響く。どうやら彼とも繋がっているらしい。何処か懐かしさを感じるのは気のせいだろうかと考える。


『アバター 跳躍したあと懐に飛び込め』


「心得た!」


 スウェンの指示通り、走り向かってきたグレイウルフをハイジャンプで避け、そのまま背後に周り込み突き進んで懐に飛び込み、双剣を下方から振り上げる。

 二つの刃は腹に直撃。グレンウルフは吹き飛ばされ地面に転がるがすかさず大きな咆哮を上げる。


『掴 防御プログラムをイメージするんだ。君なら出来る』


 ――え!? 防御プログラム……ああ!――


 理屈はわからない。イメージが直接流れ込む。スウェンの言わんとしてる事を理解した掴は、いつも自分が電子キーボードを叩いてプログラミングしているファイアウォールのC言語を思い浮かべ、両手の感覚を想像して前へ突き出す。


 電装態の身体から魔方陣が放出され、魔法陣は分解されるように炎の渦へとなり巨大な壁を形作る。狼の咆哮は炎乃壁ファイアウォールに阻まれ掻き消された。


「おお、これが創造主の力か!」


 ――う、上手くいったけど、こんな感じでいいのか?――


『その調子だ掴。アバター! スキルバーストを発動させろ。双剣を私のディスプレイへと持って行け』


「承知した」


 インタフェイサーのディスプレイに双剣を近づける。すると、弾けた音と共に

ディスプレイから稲妻状のエネルギーが放出され双剣に纏わり付き、刃が緑の炎に包まれる。


SKILLスキルBURSTバースト!!』


双方の柄頭を付けて連結させリーチを伸ばし、回転させて構えた後に勢い良く走り出す。


「斬り捨てぇ御免!! 炎斬!!」


火炎を纏う二つの刀身が、臆する事無く牙を浮き出して襲い掛かってきたグレイウルフの躰を真一文字に斬り裂く。炎に包まれた狼は身を焦がしながら最後の断末魔を上げるように一吠え、倒れると同時に大爆発を起こした。


 ――えなんで爆発するんだよ!? 爆発しようなんて設定してないぞ!?――


『落ち着け掴。そういう仕様だ』


 ――いやいや敵を倒すと爆発する仕様だなんて周りが人だかりだったり住宅街だったら炎上するだろうが、どういう仕様なんだよ!?――


『実に最もらしい反応だが無害だから安心しろ。だがこれから君がギャラリーと同等の反応では困る』


 ――ど、どういうことだよ……?――


「使い終わったが、後は君を外せばいいのか?」


 聞き終える前にナミヲがインタフェイサーを握り、そのまま外してしまった。

 その瞬間、急に意識が引っ張られるよな感覚に襲われ、気が付くと視界が開けて意識がはっきりとした。自分の人格と意識が元の身体に出て来たらしい。掴は途惑いながら身体を見渡す。右手にはインタフェイサーが握られている。先程ナミヲの意識のままで握られていたからだ。だが、その肝心のナミヲが何処にも見当たらない。


「え? あれ? どこ行ったんだアイツ……」


『奴なら私の中にいる。安心したまえ』


「え? ああ、このままでも喋るのか。お前の中にってどういうことだよ携帯端末くん?」


『言葉通りの意味だ掴。それと私の事はスウェンと呼べ』


「いやだか」


「掴くん!」


「夢緒さん!」


 背後から佐伯と小鳥に呼びかけられ振り返る。二人とも怪我は負っておらず無事な姿を確認して掴は安堵するが、小鳥は心配そうに眺め、佐伯は複雑な表情を浮かべてつつ、徐に口を開く。


「よく勝ったわね、掴くん」

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