第2話 ポゼーション!

 死の瞬間が訪れる事は無かった。


 何故か。


 既に信じられない事態が連続して発生しているが、それでも掴は自分の目を疑い眼前の光景を凝視する。


 掴を貫かんとした鋭利な物体は突如現れた緑の人影に斬り裂かれ、真っ二つに裂けて炎を上げて爆発。赤い粒子が辺りに散らばる。


 人影の正体は、緑色のレザージャケットを羽織った青年。その両手には一対の剣が握られており、双方の刃が炎に照らされ煌めく。この双剣で守ってくれたらしい。


 奇妙な親近感を抱いた。この青年に見覚えがある。

 いつも傍にいたような。つい最近まで彼を使ってイベントを攻略した。


「間に合ったか……」


 青年の声を耳に入れ、彼の顔を目視した瞬間、脳に電流が発生したような衝撃が走る。とても受け入れ難い人物が、ありえない存在が掴を見下ろしていたからだ。


「問おう、貴殿が私の創造主か?」



 ナミヲだ。



 今しがた自分を助け、創造主かと問いかける緑の青年は、スコーピオンのキャラチェンジした姿であるナミヲがいたのだ。


「……え? ナミヲ……?」


 わけがわからず頭が混乱する。ただでさえ脳のキャパシティを越えているのにこれ以上は気が触れそうになっていた。


 グリーンカラーの毛が逆立ったヘアーに目元の引き締まった凛々しい表情。光沢のある緑色のレザージャケットの上に肩当・膝手などの最低限の装備をした軽装備。言葉で表すなら漢気溢れるワイルドスタイル。何もかもが自分が設定したナミヲと瓜二つの外見。いや、まるでゲームからそのまま飛びだしてきたような本物。


「我が名を呼び、今感じているこの呼応を察するに、正しいようだな。我が創造主を相手に今更名を名乗る必要もあるまいが、敢えて名乗らせてもらおう」


 ナミヲは掴に向かい合い、双剣を一振り。


「天下絶双、ナミヲ! ここに推参!!」


 双剣を上空に掲げ、見栄を切る様に武人然としてポーズを決めた青年。はっきりと自分からナミヲと名乗った。


「……はぁ?」


 もはやどう反応したらいいかわからず、素っ頓狂な情けないか細い声しか出ない。心と体が疲弊しているため、正常な反応もままならない状態。

 この青年がナミヲとそっくり投げ意見をしているん事も理解不能だが、何故自分と、親しい一部の者しか知らないはずのナミヲと言う名前をこの青年が名乗ったのかまったくもって理解が出来ない。それは掴の背後で座り込んで呆けている小鳥も同然で、いきなり現れ意図の読めない事を言い出すナミヲと名乗った青年を呆然と眺めるだけだった。


「我が肉体が感じる創造主との繋がりを道標としてこの場に参ったが、しかし、神はどのような仰々しい姿をしているのかと考えていたが、存外貧弱で人間と変わらないな。連れの女子おなごを助けるその姿に見惚れて思わず助けてしまった」


 随分と時代錯誤の様な武士染みた喋り方。思わず助けてしまったとはどういうことなのか。我が創造主とは恐らく自分の事だろう。

 だが、それではまるでこのナミヲと名乗る青年がファンギャラの中から出て来た本物のナミヲと認めてしまうことになる。そんな空想のような話があってたまるかと脳内で思考を切り捨て否定する。


「お、おいお前、一体なんなんだよ!?」


「ナミヲだが?」


 必死に絞り出した大声に対し、平然と答える。その態度が疲労困憊した掴の癪に触り堪らず大声で叫ぶ散らす。


「そうじゃねえよ! お前は何者なんだよ!?」


「二度も言わせるな創造主よ。私はナミヲだと言っている」


「なんでお前が俺のアバターのキャラチェンジした姿の名前を名乗ってるんだよ!?」


「私が貴殿に創り出されたアバターだからだ。最も、このアバターという言い方は好かない。我々が貴方方神々にに作られた存在に過ぎないと認識させられるからな」


 彼の言っている事がまったく頭に入って来ない。否、荒唐無稽で理解できない青年の話しを、もう脳が混乱を招かないように拒否しているのだ。

 これ以上この青年の話しを聞いていると頭が狂ってしまうと判断した掴は、正常な思考が出来ないまま、彼の存在を否定するかの如く怒声を浴びせる。


「意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ! ファンギャラから出て来たみたいな言い方しやがって、頭沸いてんのかお前は!!」


「貴殿こそ先程から言葉の乱れが激しいではないか。まるで話がかみ合わない。わけがわからないのはこっちの方だ。聞いていた話とまるで違うではないか」


「テメエの話なんか知るか! それに俺のナミヲはそんな喋り方じゃねえし、そんな風に演技ロールした覚えもねえよ!!」


「し、してましたよ……?」


「え?」


 不意に小鳥から肯定されたことにより、一瞬素に戻り思考が正常になり彼女の方を振り返る。


「え、あの……してたっけ……?」


「えっと、少しだけあの人が話している喋り方になってましたよ? 短かったですけど……」


「ええ!?」


 小鳥もナミヲと名乗る青年をおっかなびっくり指差しつつ、その存在をどう認識すればいいのかわからずに半信半疑で答えているようだった。掴はつい青年の方に振り向き直して凝視する。青年は臆する事無く話を続けた。


「おっと。悠長に話している場合ではないようだ。敵はまだいる」


「え? 敵!?」


 恐怖に駆られ掴は身を強張らせて身構える。咄嗟に小鳥を守ろうと抱き寄せた。 掴の突然の行為に小鳥は小さな悲鳴を上げて頬を赤らめる。



 敵と聞いた瞬間、小鳥を抱き寄せて守ろうとする掴の姿勢にナミヲは感心を覚える。自分の創造主は人を守ろうとする立派な人格者なのだな、と。


 彼らの周りを、既に異形の大群が取り囲んでいた。

 その姿は、これまたファンギャラから飛び出してきたようなモンスター。どれもファンギャラ内で見掛けた姿と同じだ。明るめな毛色にありえない配色。鋭利な角や牙を生やした獣達。二足歩行で歩き棍棒や鉄メイルで武装したクリーチャー。

 現実の動物とは似ても似つかないその異様さ。敵意を剥き出しにして掴達を襲わんとするその姿は、恐怖を抱かせるには充分だった。


「我が創造主が死なれては困る。だがこの状況では守り切れん……致し方ない、試してみるか」


 彼は意を決した表情をして掴に向き合った瞬間、彼の身体が急激に透明感が増したかと思うと緑色の半透明状に変化。0と1の粒子を撒き散らしながら光り輝き、宙に舞ったかと思うと掴の向かって突進。


「なっ!?」


 思わず身構えたが、半透明状になったナミヲは激突することなく掴の身体に吸い込まれるように消えた。何が起こったのかわからず自分の身体を見つめて困惑していると、脳に電流が駆け巡り自分の意識が遠ざかる。まるで身体の奥底に意識が持って行かれそうな感覚に襲われ誰かが自分の中に入っていくような気持ち悪さ。


 ――な、なんだこれ!? どうなってんだよ――


 叫んだ瞬間、自分の声が喉から口を通して出せていない事に気付く。自分の声は周りで響いているように聞こえている。しかし周りを見渡しても、まるで宇宙の様な煌びやかな星々と暗黒染みたものが広がっているだけ。身体を動かそうにも動かしている感触が伝わらないが、五感は微妙に機能しているが自分ではない誰かに乗っ取られているような奇妙な……。


「悪いな、貴殿の身体に憑依させてもらった。初めてやってみたがこれが憑依能力か。まるで自分の身体のように動かせるのだな」


 自分の意思とは関係なく自分の身体が、口が動かされている。今発せられた声が意識の周りを巡り響く。そして声の主がナミヲだという事が出来た。憑依と言う通り、どうやら青年は本当に自分の中に憑りついたというのが何故だか理解できた。この名状しがたい現象ではそう思わざる負えないのだろうか。


「ゆ、夢緒さん? あれ? さっきの人が入って……」


「女子よ、今は落ち着いてくれ」


「髪型と声が変わってる!?」


 小鳥が掴の姿を見て驚愕の声を上げる。

 その理由は、ナミヲが憑依した事により緑の稲妻が走って掴の風貌が変化したからだ。

 髪は前髪を垂らして逆立ち、後髪が僅かに伸びて緑色のメッシュが入っている。貧弱だった体型は筋骨隆々となり、瞳の色はグリーンに変色して輝き、首元に同じく緑のスカーフが巻かれている。目元を引き締めた凛々しいその表情は、ナミヲをそっくり写し取った様。声も掴のものではなくナミヲの声に変化している。


 ――お、おい何だよこの変な感じは? お前俺の身体を乗っ取ってるのか!?――


「人聞きは悪いがその通りだ。攻撃に晒されるよりはこうした方が都合が良い」


 宙に向かい何かを取り出すような動作モーションをみせると、何もない空間から0と1の粒子が溢れだし光に包まれ両手に双剣が出現する。双方の刃には緑の稲妻が激しくほとばしっている

 先程ナミヲが持っていたのと同じ、豪華な装飾の無い中級レベルのありふれた双剣。確かプログラミングした覚えが掴にはあった。


 ――す、すげえ!? 双剣が出た!?――


「いざ参る!! いざいざいざいざぁぁ!!」


「へ? きゃああああああ!?」


 Nナミヲ掴は小鳥を抱き寄せるとあろうことか上空に放り投げる。


 ――お前何やってんだよ!?――


 小鳥を上空に放り投げた後にN掴は跳躍。そのジャンプ力はファンギャラで設定したのと同じく高い跳躍力を生んでおり軽く3mは越えた。そのまま双剣を下に振りかざすとエネルギーを纏った斬撃らしきものが放出され、避けきれなかった異形のモンスター達に直撃。断末魔を上げながら吹き飛ばされた者達は0と1の粒子となり消え失せた。滞空していた小鳥をキャッチして地面に落下すると同時に身体を回転させて回転斬りを軍勢に食らわせ駆ける。それなりの瞬足で集団から逃れ、小鳥を瓦礫の隅に隠れさせると、再びモンスターの大群に向けて走り出し、大きく跳躍して双剣による斬撃を浴びせる。


「間を置かず攻め立てる!」


 一振り二振りと二本の剣を振り回して囲んだ者達を片っ端から斬り捨てる。連続で高速斬撃を繰り出し敵を葬っていく。


「これで決まりだ!」


 N掴は双剣を交差させると唸り声を上げる。身体に粒子と稲妻を纏ったかと思うと二つの刃に緑の炎が灯った。この動きと技名を知っている。掴は思わず声に出す。


 ――こ、これは、まさかスキルバーストか……?――


「スキルバースト! 突き斬り御免、烈火あぁぁぁ!!」


 瞬速となった剣撃で反撃を許さず、炎属性魔法が付与された双刃を敵群に突き刺し続け斬り焦がしていく。一匹一匹突いては斬る事を繰り返し、五分も掛からずに一匹残らず消滅させる。


「決まったな……」


 ――ま、マジかよ……――


 N掴の現実離れした動きと華麗なる戦闘の様。視界を含めた五感は共有している感覚があり、自分も実感している。まるで自分も戦ったかのような奇妙さ。

 未だ全てを受け入れきれてはいないが、一先ず自分達に降りかかった危機を振り払う事が出来た事に対する安堵が心を満たす。


「私が殺す前に創造主に死なれては困るのでな」


 安堵したのも束の間。

 物騒な言葉を聞き、一気に血の気が引いて現実に引き戻された。


 こいつは味方ではなかったのか? 自分が殺す前に創造主が死なれては困るとはどういうことなのか。わからないことだらけで精神が疲弊しきった。

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