第3章

第1節アバター襲撃編

第1話 アバター襲来

 あれから数日が経過したが、ファンギャラに触れないことが関係しているのか、掴や周辺の人々は危険な目には遭っていない。


 騒がれていたニセスコーピオンの件も、現在は目撃報告は無く沈静化。


 氷棘事件の被害者は無事に目を覚まし、意識不明に陥っていた人々も意識が回復したとニュースで報道されている。ファンギャラ内で発生していたバグも落ち着きを取り戻している。


 ほんの短い期間の間に小さな事件が重なりフクオカシティに暗雲が立ち込めたと思われたが、いまのところ平穏そのもの。世間はまた何かよからぬことが起きるのではないかと密かに恐れてはいるものの、それでも変わる事の無い日常は続いていく。


 そして、本日はそんな平和な日々を祝うかの如く、掴はネグロエンタープライズ日本社で行われる祝賀会に家族で訪れた。


 願家・三条家も集い、ブレイン・アールグレイ教授も来ている。掴達は馴れない礼服に身を包む事は無く、学校の制服で済ませている。こういう場所ではなんと便利な事か。堅苦しいスーツ等の正装に身を固めた大御所や関係者も大勢訪れ会場も大いに盛り上がっている。


「まだ来ないな……」


 そんな浮足立った空気に逆らうかのように、掴は静かに呟く。


「こ、来ないね……」


 叶も困った表情で答える。


 しかし、肝心要である意味主役である御守、御門家がまだ来ていない。

 育継は呆れた表情で溜息を付きぼやき始める。


「またあの馬鹿は……」


「まあ昔からこうだったじゃないアイツはさ……」


「まったくしょうがない奴だね御守は……」


「ミカミカはいつになっても進歩しないね……」


 いつも穏やかで丁寧語な父から出た"馬鹿"という単語は妙に強烈な印象を与える。妻の雛形も呆れ笑顔でいつもの事だと宥め、拓斗と硝子しょうこは同意して苦笑いを浮かべて貶す。しかも全員表情が怖い。その様子を見ているだけで"ああ、昔からこうだったのか"と、思わざる負えない。


「……しかしあれだね。御守はともかく、アリアさんや望くんと踏子ちゃんまでいないなんてどうしたんだろうね……」


「何かあったのかしら? 途中で事故に遭ったとかなければ良いのだけれど」


 この場に御守はおろか、アリア、望、踏子までいない事に対してきょうは訝しむ。妻の母艦もかも心配そう彼らの安否を気遣う。

 御守はいつものことだが、多少マシではあろうアリアと望、まともな踏子までもが揃って遅刻とは珍しい。掴も色々と原因を考えてみるが……。


「大方御守さんを叩き起こして、引っ張って行っているから遅れてるんじゃないかな?」


「いやぁもしかして逃げ出して追っかけてんじゃねの?」


「お前らだけで行けとか言って、アリアさん達を困らせてるのかも?」


 三条三兄妹が三者三様の推測を言い出す。どれもありえるから質が悪い。そして全員庇う気もなく頷き制定している。普段の御守がどれだけ無茶苦茶なのか表わしているようだ。


「てかこんな時に別荘に籠って開発してるとか何してるんだあの人は……」


 掴は思い返す。祝賀会の数日前、御守が日本近海に設置した研究開発用の別荘に赴き何かを開発していると聞かされた事を。別荘は御守が何者にも邪魔されずに研究開発を目的としている為、何人たりとも許可なく入室する事を許されていない。

 会社関係者にとっては、常識的に考えてそんな理屈は通る筈もないが、NネグロEエンタープライズ社にとっても御神と彼が開発する製品は会社の根幹と命そのものであるため、特例として容認している。日本にしては珍しい対応だと思う。


「望くんが言ってたけど、今日の祝賀会でお披露目するものらしいよ」


「そうなのか? まさか完成してなくて遅れるとかそういうのじゃないよな」


「それはないよ。もう完成したから運び込むって張り切ってたらしいから」


「じゃあなんで遅れてんだよあの人……」


「まあ……御守さんだし?」


「……なにも言えねぇ……」


 それを言われたは何も言えない。御守の予想できない行動はいつもその言葉で片付けられる。


「あの人よく結婚して家庭持てたわよね……はっきり言って常識の欠片も無い人なのに……」


 何処か達観したような冷たい流し目で御守を貶す巡。父の友人でも容赦なくきつい言葉を送る姉の姿に微笑を浮かべた。


「まあ……それでも面白いおじさんだなって思ってはいたけど。お父さんもよく友達続けられるよね? 私だったら蹴り飛ばした後に切り捨てるよ」


「め、巡。蹴り飛ばすのは後で訴えられるから……」


「ふふ、もちろん正義にはそんなことしないで優しく教えてあげるから」


「いやいやそういうことじゃなくてね?」


 若干本気でやりかねない巡の言葉に大真面目に対応する正義せいぎ

 惚気ろバカップル。そして三条家はからかうようないやらしい笑顔で正義と巡を見つめている。


「まああれでも良い所は沢山ありますからね。あれでも正義感は強くて理不尽に立ち向かう奴ですから。それで私達も大いに助けられた部分もありまして、部下思い出もあるんですよ? ただ破天荒でコントロールが効かないだけで……」


 巡の問いに答えるように育継は御守のことを話し始める。昔を思い出すように嬉しそうな、苦い思い出を含めた複雑な表情。

 掴にとってはプログラムの師匠でもある御守。決して嫌いにはなれない気さくで不思議な魅力が彼にはある。でもコントロールが効かないのはその通りだと思う。何をしでかすかわからない人だ。


「会場の料理巡りでもしてくるよ……」


「あ、俺も。腹減ったし」


「私も」


 式まではまだ時間があるので、掴達は会場の料理でも食べて周る事にした。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 ♢NE社内研究室


「どうやら御守くんはまた迷惑を掛けているようだな……」


 特別ゲスト枠として祝賀会に招待され、研究室内で調べ物をしつつ寛いでいると、かつての教え子育継から呆れと愚痴が交じった御守が遅刻しているとの連絡を受けブレインは苦笑いを浮かべる。まったくしょうがない奴だとでも言いたげに。

 その様子を不思議そうに眺めていた孫の小鳥は思わず尋ねる。


「お祖父様じいさま、どうかなされました?」


「御守くんが家族揃って遅刻気味だと育継くんから連絡があってね。相変わらず困った奴だよ」


 そう言っている割には困る素振りも見せず嬉しそうな笑顔を浮かべる祖父に対し小鳥は疑問を抱く。


「その割には嬉しそうですね?」


「少し昔が懐かしくてね。彼は昔からああだったよ、はっはっはっ」


 ああ、単に昔を懐かしみ、それで微笑んでいるだけなのかと内心納得する。

 コントロールの効かない破天荒な人物だといつも聞かされていたが、実際にどのような人柄なのかは会ってみないとわからない。少しだけ御守に興味が湧いてきた。


「おおそうだ。掴くんも来ているが、会わなくていいのかい小鳥?」


「えっ!?」


 不意に祖父から掴の名を出され、思わず挙動がおかしくなり素っ頓狂な声を出してしまう。孫の明らかに動揺した様子にブレインは首を傾げた。


「私何か変な事言ったかい?」


「ええ? いえ、そのような事はございません! ただちょっと驚いただけですから……」


「なんで掴くんの名を出しただけでおどろ……?」


 そこまで言いかけ、ブレインはコトリの頬が赤らんでいる事に気づき、微かに彼女の表情が笑顔になりかけて緩んでいる点を見逃さなかった。


 ――あちゃ……あの子も罪作りな事を……――


 この場合どちらが不幸なのだろうかと軽く自問自答しつつ、かわいい孫の為にあまり追求しないで話題を変える事にした。


「会場の料理でも食べてきたらどうだ? 私が言うのもなんだが美味いのが揃っているぞ」


「え? あ、はい! ぜ、ぜひそうしてきます。お爺様も早めにいらしてくださいね。それでは失礼します!」


 若干嬉しそうに、必死にはしゃぎたくなる気持ちを抑えているのが丸わかりな孫の態度を薄眼で眺めつつ、茶化すようにな目線で見送った。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 一通り料理を食べて周った掴は一足先に家族と合流し、式が始まるまでの間、寛いでいた。


「やっぱ来ないね~御守さん達、なにやってんだろ」


「おっと、噂をすればと言うやつですよ」


「連絡来たの!?」


 丁度良く育継の携帯端末に御守からの着信が入る。育継は開口一番静かに怒鳴るつもりで通話キーに触れようとしたが、映像が添付されている事に気づき、先にファイルを開いて映像を見る。

 育継はディスプレイに映し出された映像を凝視したまま表情が強張り、目を見開き驚愕している。父のただならぬ様子に掴はどうしたのか尋ねようとした。


「なんていうことだ……」


「どうしたの父さん? まさか御守さん達事故に遭ったとか……?」


 あまりにも鬼気迫る表情だったため、まさかここに来る道中に事故に遭い、その現場映像を御守が送ってきたのかと考えたが、育継は若干恐怖を宿した険しい表情で首を横に振り否定すると、額に汗を垂らしながら口を開く。


「事故なんてものじゃない……襲われたんだ……!」




 次の瞬間、背後で凄まじい爆音が轟いたかと思うと衝撃波が掴達を襲う。




 一瞬だけ意識が刈り取られ、自分の体が宙に浮く感覚がはっきりと理解できた。煙や炎が舞う目の前の光景すらもスローモーションのように緩やかに見える。地面に激突したと同時に全身に走る激しい痛み。思わず苦痛の声を漏らして悶絶し、呼吸が乱れた。

 衝撃波と熱風が吹き荒れ、建物が倒壊。破片と火の粉が辺りに散らばり、その拍子で火事が発生して黒い煙が噴き上げ始める。一瞬にして平穏が破られ、祝賀会の会場は地獄絵図と化す。


 掴と育継は爆風と衝撃波により数メートルに渡り吹き飛ばされていた。

 駐車場に止められた車群は破壊され炎上し、会場に集まった人々は突然の事態に悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「……ぁがぁ……と、父さん……」


「しっかりなさい、掴、掴!!」


 育継は苦痛で立ち上がれない掴に対し必死で呼びかけて抱きかかえる。彼自体は辛うじて受け身を取れたらしくスーツは裂けて汚れたが大きな外傷は負わなかった。


「いったいなんだよ……!? 何が起こったんだよ!?」


「襲撃を受けたようですね……」


「しゅ、襲撃って!?」


「説明は後だ! 雛形さん達と合流して早く非難を!!」


「何を言っ」


 未だ事態を呑みこみ切れない掴を肩に背負うと、育継はとても尋常ではない速さで走り出す。そしてその間も、周りで激しい爆発が続き、炎が吹き荒れる。

 爆発事故でも起きたのか、あるいは強盗か放火魔が爆弾か火炎瓶を投げ込んだのかと思ったが、あまりにも規模が違い過ぎる。煙が正常が呼吸を妨げ、者が焦げた匂いが辺りを漂い、熱気が肌に伝わる。


 そして、背負われた状態で上空に視線を移した瞬間、育継の言葉の意味が瞬時に理解出来た。


 この会場を襲撃した者は、上空に存在した。だがそれは到底直ぐに受け入れられるものではなく、思考が乱れて混乱を招いた。


 人間だ。


 空に3人の人間が浮かんでいる。


 直感で現実の人間ではないと悟る。

 まるで3次元の質感を完璧に模倣し創り出されたCG故に醸し出す違和感と不気味さ。服装は現代の物ではない。ファンタジーゲームで見かけるような実用性を無視したデザイン重視のありえない空想世界の服装。


 だがそれだけでない。掴は3に見覚えがあった。


「……トライン三兄妹……?」


 トライン三兄妹とは正義せいぎまことあいが使用しているアバター達の総称。

 それぞれ自分の名前を英語にした「ジャスティス」、「シンセリティ」、「ラブ」と名付けている。

 上空に浮遊している襲撃者の姿は、彼らの姿と類似している。否、まるで本当にゲームの中から出て来たかのように、本物然としてそこに存在している。見間違いと思い目を凝らしてみるが、見れば見る程やはり彼らそのものだった。どうやって空中に浮かんでいるのかまるで見当も付かない。トリックなのか、頭の何処かを負傷した事により幻覚でも見えているのだろうか。


「よりにもよってトライン、まさか奴らの狙いは――――」


 育継の言葉から自分が見ている幻影ではないことはわかった。しかし「奴らの狙い」と言う言葉の意味が理解できない。未だ状況が飲み込めずに混乱するばかりだった。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 ♢襲撃が起こる数分前


 小鳥が笑顔で退室して行くのを見送った後、ブレイン教授は真剣な表情で電子キーボードに指を走らせ、自身のアバターピグマリオンの消失した原因を探っていた。世間で意識不明者が続出し、氷棘事件が発生して騒がれ始める少し前、突如としてブレインのアバター、ピグマリオンは忽然とその姿を消した。

 最初はファンギャラ内で発生したバグに巻き込まれてデータが消失したのかと思われたが、デリートされた形跡は無く、むしろこうして存命である証が存在している。

 モニターには彼の行動ログが映し出され、追跡してみた結果とても人間にしか思えないようなある程度自立した行動を取っている事が判明したのだ。


 ――ピグマリオンは私の脳をマッピングして作り出したバーチャルブレインをそのままアバター移植して特別なアバターとなった。私の分身と言ってもいい。

 しかし、いくら人間の脳を写し取ったとしても、このような自立した行動を取るものなのか? しかも、ゲーム内には留まらず様々なシステムに入り込んだ形跡がある……こんな時御神くんならどう考えるだろうか……――


 ブレインは教え子の一人、御守のことを思い返す。

 数日前、彼から緊急の連絡が入ってきたときは、彼が語る話しの意味が全く理解できず、その上決して口外しないようにと厳重に口止めをされた。

 一体何が起きているのか? 彼が今側にいてくれたら、自分のアバターがとっている謎の行動もただのバグだと一蹴してくれるかもしれないと思ったが……。


 ――あぁ……!――


 そこまで考えて、ブレインは直感である結論に達した。同時に、最悪の事態を確信した。


 ――最近連続で起こっているファンギャラプレーヤーが意識不明に陥りゲーム内で頻発していたバグ。巷で広まっているニセスコーピオンの噂。現実ではありえない謎の氷棘により重傷を負った被害者。そして、データを解析しようとして幻聴と衝撃波に襲われた掴くん……まさかこれらの事件を引き起こしている首謀者の正体は―――


「ん……何だ?」


 突然、モニターに非通知メールの知らせが鳴る。


 ――誰からだ?―― 


 ブレインは妙な胸騒ぎを覚えながらもメールを開いた。



 『あなたは知りすぎた』



 ミミズの這ったような、歪で不気味な文章が、血のような赤色の背景に表示された。

 戦慄し、その意味を理解する前に普段は絶対に鳴らない筈の警告音が建物一体に鳴り響いた。この警報音は、外部からの侵入者に対して警告を示し、社員やスタッフに避難を促すためのもの。このタイミングでどうして警報が鳴るのか。


 答えは直ぐに導き出された。あまりにもタイミングが良すぎる。


「まさか、狙いは私か!?」


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 トライン三兄妹。


 彼らはファンタジアギャラクシアでそう呼ばれていた。


 長男ジャスティス正義

 次男シンセリティ

 長女ラブ


 三条三兄妹が制作したアバターであり、気軽に冒険を行うサークル「月桂樹」を結成していた。


 だが、それは過去の話。


 創造主の縛りと理から解き放たれ、神に反逆を開始した彼らは、この現実世界にとって侵略者と化している。


「すべてはあのお方の導きの元……」


 自信の身の丈位以上もある砲身を背に掲げ、陣羽織衣装に身を包むジャスティスはその銃口をNE社へと向ける。ポニーテールにまとめた長髪が風に揺れ、髪飾りが微かに光る。


「ラブ、シンセリティ、ハイメガランチャーで片づける。エネルギー供給を頼む」


「了解、兄貴」


「オッケージャス兄♪」


 兄の言葉に景気良く返事を返すシンセリティとラブ。


 シンセリティは上半身に僅かな装飾しか付けておらず、頭髪をリーゼントヘアーに整えた不良染みた外見。

 ラブは露出度の高い民族風衣装。頭に透明度の高い布が付いた大きな笠を被り、二つ結びのおさげが特徴。


 先程、始めの一撃として凝縮された熱線を放射し、NE日本本社で開かれていた祝賀会場を炎の海へと変えた。辺り一面が燃え盛る炎と黒煙に包まれ、建造された建築物の大半を瓦礫の山へと変えた。逃げ惑う人々の声など気にする素振りなど微塵も見せず、彼らは再び攻撃を開始する。


 今度は今回の第一の標的を抹殺するために。


 ジャスティスが背面にセットした身の丈以上のビックランチャーと、右手に握るライフルを連結させる。ギャラクシア用の装備だが、この現実世界においては絶大な脅威となる事は目の前の光景が物語っている。

 シンセリティとラブがジャスティスの背に手を置くと、紋章が描かれた円形状の陣が展開し、2人の魔力がジャスティスに供給される。銃身は激しく発光しながら膨大なエネルギーを蓄積させる。


「さらばだ、あのお方の創造主よ」


 言葉が終わり、銃口から轟音と共に激しく煌めく光の熱線が発せられた。

 ライフル単体で撃ち込んだ時とは比べ物にならない程の凄まじい威力。

 放たれた大筋の赤い光は地面に直撃。


 凄まじい熱量と高温によりコンクリート製の地面は溶解しながら抉られていく。ジャスティスはそのまま銃身を移動させ辺りの建物も同じように破壊。この施設の破壊は神々にとっても甚大な被害をこうむる事は理解していた。標的と重要施設を同時に消せるのなら都合が良い。

 熱線は曲線を描きながら進行上の物を溶解、そして標的のいる建造物へと向けられる。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


「何だこの激しい音は!? 地震か?」


 ブレイン・アールグレイの勘はあながち間違いではなかった。

 地震はトライン達が発射した高濃度のエネルギーで作られた熱源光線ビーム。正真正銘のビームが物体を溶解した際に際に生じた衝撃によるものなのだから―――。


「なっ、これは――――」


 最も激しい揺れを感じた瞬間、苦悶の声と共に彼の肉体は瓦礫と熱線に晒され、細胞の一つ一つまで焼き尽くされ消滅した。

 高く建造されたネグロ・エンタープライズ社は襲い掛かる熱源光線により下の階から徐々に破壊され、最上階まで達して建物全体が爆発四散。上の階が倒壊し、巨大な塊が地面に落下して炎上し甚大な被害を出す。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


「ひゃっは~流石兄貴。やることがえげつねぇぜ!」


「きゃっはっはぁ、凄い全部吹き飛んじゃった!」


 兄の容赦極まりない攻撃方法に、シンセリティとラブは歪んだ笑みで狂喜する。


「これで第一標的は抹殺できた。次は第二標的。我々の創造主に憑依するぞ」


「「ラジャー」」


 これだけの破壊行動を行ったにも関わらず、ジャスティスはあくまで冷静沈着。 次の目的に対して思考を切り替える。シンセリティとラブも気にする素振りなど見せずに普通の笑顔で返事を返す。


「待ってろよ俺の創造主さんよ!」


「アタシの創造主ってばどんな子なんだろう?」


 あまりにもプレーヤーである三条三兄妹とはかけ離れた異常な反応。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


♢祝賀会会場跡


「そ、そんな……やはり狙いは、先生だったのか……くそっ……!!」


 育継の無念の声が絞り出され、その場に膝をつく。

 眼前で恩師が無残にも殺された。受け止めたくない事実に目からに大粒の涙が溢れ頬を伝い流れ落ちる。


「ちくしょお! ちくしょお! せんせえええええええええええええええええ!!」


 育継は地面に拳を何度も叩きつけて絶叫する。コンクリートが砕け、拳が血で赤く染まる事など構わずそれでも叩き続け、悔しさと悲しさで思考が支配される。


「な……何だよこれ……? 嘘だろ教授……こんなことって……」


 掴は目の前で起こった悲劇が受け入れられず放心状態になる。人は自分の理解を越える事態が起こると何もできなくなる。この惨状は既に掴の許容範囲を越えている。あの育継が涙を流して絶叫している光景も掴に追い打ちをかけていた。


 自分は今、人が死ぬ瞬間を見たのだと。


 母さんは、姉さんは、叶達はどうなった。

 急激に心に恐怖と言う感情が押し寄せる。先程の攻撃でまさか死んでしまったのではないだろうか。そんな考えが頭を過る。無事でいてほしいと悲痛な祈りが込み上げる。ここにいては自分達も死んでしまう。喉から声を絞り出して父に呼び掛ける。


「と、父さん……はやく逃げ……」


 一瞬、視界の隅に少女の姿を捉えた。視線を移すと、その少女は倒壊したNE社の方を見たまま呆然と立ち尽くしている。まるで生気でも抜けたかのような表情で。

 そして彼女の顔をはっきりと確認した瞬間、掴は叫んだ。


「大空さん!?」


 見間違いではない。制服を着ていて装いは違うが、あれは間違いなく幾度と言葉を交わしたティンカーベルこと大空小鳥と掴は確信した。何故彼女があんな所にいるのか。あまりにも危険すぎる。


 途端に身体全体に活力が戻る。頭で考えるよりも早く身体が動いた。気付いた父が呼び止めるのも無視して小鳥の元へ駆け寄ろうとしたが、彼女は大粒の涙を零しながら膝を付き、悲痛の叫び声を上げた。


「おじいさまあぁ―――――――――――――――――!!」


 距離は大分離れていたが、その悲痛な叫び声は騒乱の中でも充分に響き渡った。


 改めて気づかされた。彼女は祖父であるブレイン教授に会いに来ていた。恐らく親族という事で特別招待されていたのだろう。

 だが、先程の攻撃で彼は死んでしまった。彼女はNE社から離れたため助かった。しかし、酷な事に祖父が死ぬ光景を目にしてしまったのだ。


「大空さん――――――!!」


 掴は全速力で彼女に駆け寄った。叫びに気付き掴の方振り返る。


「ゆ、ゆめおさん……?」


「大空さん、怪我は!?」


「お……おじいさまが……おじいさまが……しんで……ぁぁ……ああ……」


 祖父を失った悲しみで染まった顔。赤く充血した瞳から流れ出てくる涙。光が消え失せたかのように悲痛な表情で彼女は嗚咽を漏らす。

 ついこの間、自分もブレインと言葉を交わし笑い合ったばかりだった。ブレインとの思い出がよみがえった瞬間、今頃になって悲しみが込み上げ、小鳥を思い切り抱きしめ掴も咽び泣いた。


「今はここから早く逃げよう大空さん!」


 自分を鼓舞するかのように小鳥へ呼び掛ける。しかし、小鳥は背後に何かを発見したらしく、その表情は直ぐに恐怖へと変わった。


「危ない!」


「えっ――!?」


 振り返ると、鋭利な物体が高速でこちらに迫っている事に気付いた。後方から赤い粒子の様な物を撒き散らしながら向かっている。まるで獲物を狙う獣の牙のように。あれは襲撃者達の放った武装だと理解できた。


 そして直感した。


  ――間に合わない!――


 避けきれずにあの物体に貫かれ自分達は死ぬ。


 迷う暇など無く、思考するより早く手が動き、小鳥を突き飛ばした。




 死を覚悟した瞬間というのは、目に映る光景が緩やかにスローモーションの如く見えるのかと実感しつつ、掴は諦めと皮肉の笑みを零した。

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