第15話 繋がりの疑い
「大きな怪我が無かったのは何よりだよ」
「軽く打撲はしたみたいですけど、まあ何とか大丈夫ですよ捉(とらえ)刑事」
精密検査の結果、外も内も大きな怪我は無かった。せいぜい軽い打撲で済んだぐらいだ。
小型モニターから発せられた謎の衝撃波の件は、事故と事件性両方の面から操作される事になり、掴は被害者として、訪れた捉(とらえ)刑事に事情を説明している。
スコーピオンのデータを調べたら自分の知らないログが見つかり、追跡しようとしたら脅迫文がモニターに現れその直後に謎の衝撃波で吹き飛ばされた事、自分がなぜ入院する事になったのかまで一応事細かくまで伝えた。参考にはならないかもしれないが、念のため幻聴の事も喋った。
「しかし、また君絡みで関るとは思わなかったよ掴くん」
少し皮肉が込められた言葉に、掴も皮肉を込めて若干不機嫌そうに返す。
「すいませんね、例の事件を追っている最中にこんな被害に遭って」
「別に攻めているわけじゃない。前回とは違うからな」
そう言いながら、彼の脳裏にはかつてこのひねくれ小僧が加害者に対して行ったえげつない制裁を思い返していた。しかし、その件を引き合いに出されたかつてのひねくれ小僧こと掴は何の割るぶれる素振りも見せずに強気に出る。
「悪いのは加害者だ。同情の余地は無い」
まるで情が感じられない冷たい瞳と言葉に、捉(とらえ)は思い掛けず恐怖を覚え身を強張らせる。視線だけで人を従わせてしまいそうな掴の表情すらも冷徹に見えた。
「あいつ等は世間から迫害され冷たい視線に晒されて当然の事をした。俺は暴力も使ってはいない。何も知らない世間の皆様に情報を開示して味方に付けたに過ぎない」
言葉の端々に世間や人を小馬鹿にした見下したような意図が隠れている。それでいて正論であり嫌な部分を容赦なく突いている。口調も感情が込められていないかのように冷酷に聞こえる。それでいて妙な威圧感が醸し出しており、大の大人である捉(とらえ)さえも若干怖気づいていしまう。
「だからといって世間的に社会復帰不可能になるまで追い詰めたのはやり過ぎだぞ? 彼らにだって更生の余地はある」
「そんなものありません」
一刀両断の如く斬り捨てられた。
「いじめは人類が最も犯してはならない文化レベルの低い愚かな重犯罪行為。一度犯した罪はどう償っても消えないのですよ。それに対する世間の認識もあまりにも低すぎる」
この場の空気があっと言う間に張り詰め息苦しくなる。まるで逆らえない力と対峙しているかの如く。視線を合わせたまま一歩も動けなくなる。額にから汗が伝い始め、捉(とらえ)は辛うじて口を動かして話題を逸らせる。
「育継と雛形嬢ちゃんの息子にこんな一面があるとは、流石親子と言うべきか……」
「え?」
不意に父と母の名前を出された事で掴は素に戻り先程までの冷徹な雰囲気は消え失せた。その瞬間室内の重苦しい空気も無くなり、捉(とらえ)は一安心して本題に入った。
「あの小型モニターの件だがな、これを見てくれ」
「これは……」
手渡された写真には、証拠品として押収された小型モニターが写っていた。モニターの液晶画面は真ん中から亀裂が入って割れているが、何処となく違和感を覚えた。
「察しが良いな。そう、こいつは明らかに内部から膨張して割れてやがるんだ」
「内部から?」
「俺の立場でこういうのは可笑しいかもしれないが、予め小型モニターに何らかの衝撃波を発生させる装置が仕組まれていいたんじゃないかと睨んでる。お前をピンポイントで攻撃するためにな」
「俺を!?」
「そう、お前をだ。警告文が出たんだろ? いい加減にしないと殺すってな」
「いや、いきなり話が飛躍し過ぎでしょう捉さん。衝撃波を発生させる装置だなんて何処のドラマですか」
現実離れして荒唐無稽とも取れる捉(とらえ)の言葉に、掴は戸惑いが隠せなかった。少なくとも警察の立場から出る発言ではない。
「育継坊ちゃんと雛形の嬢ちゃんがガキの頃は、そんな感じのテクノロジーを使用した犯罪が毎回行われたんだぞ? 御神ちゃんからも聞いてねえのか?」
「それはもう20年ぐらい前の時代でしょう? それににわかには信じがたいと言うか……実感が沸かないと言うか……」
細かく詳しい事は話してくれずに知らないが、両親や御守達から昔は大変だったとよく聞かされていた。当時の記事を見聞きしたりもしたが、何処の海外ドラマだと疑ってしまう程現実離れした内容ばかりで、未だに本当の事ではないと思っている世代も大勢いる。
「時代ね。確かにお前らの世代は平和を謳歌したかもしれんが、例の件でこの街も壊れ始めてる」
「……氷棘事件ですか」
「科学捜査班や鑑識が必死に調べてるが、まるで原因がわかりゃしねえ。せめて被害者から話しが聞ければいいんだが、生憎意識不明だ」
氷棘事件で身体を貫かれた被害者は無事に一命は取り止め、容体は安定しているものの未だ意識が目覚めずに意識不明の状態が続いているらしい。
「被害者のご家族に会う時はいつも堪らなくなる。いくつになっても馴れるもんじゃねえな」
眼を閉じ俯き気味に話す捉(とらえ)。表情は憂いを帯びている。彼の言葉からは事件の被害者とその家族を思う気持ちが見て取れる。信用に値する人物だと素直に尊敬できる。
「これは俺の勘に過ぎないが、一連の事件は繋がっているような気がしてならない。悪い予感がするんだ」
「一連って……氷棘事件とモニターからの衝撃波が?」
「ファンギャラで横行してるバグの件も、意識不明者の事も全部ひっくるめてだ。お前のアバターハッキングされたんだろ?」
「いやいやいくらなんでも飛躍し過ぎじゃ」
「いいからよく聞くんだ掴。いいか、得体の知れない何かがお前も含めてファンギャラ関係者を狙っている。俺はそう思っている。お前だって感じなかったわけじゃないだろう?」
捉(とらえ)の言う通り、同じような考えは持っている。あくまでクラッカーか何かがファンギャラに悪質なサイバーテロまがいの攻撃を仕掛けていると。自分を襲った電流や衝撃波の件も、バーチャリアリティや特殊音波を利用した新手の嫌がらせだと考えていた。倒れる直前に幻聴やスコーピオン達の幻影が見えたのもたのも精神的ダメージを狙った仕掛けだろう推測している。だが、氷棘事件はたまたまファンギャラプレーヤーが事故に遭っただけの可能性もある。意識不明者だって偶然ファンギャラプレーヤーが重なっているだけに過ぎない。掴のプライドと現実的思考が、素直に捉(とらえ)の考えに賛同する事を妨げた。
「とにかく、育継坊ちゃんからもファンギャラにログインするなって言われてんだろ? もうこれ以上あいつらに心配をかけさせるんじゃないぞ?」
「い、言われなくてもわかってますよ。迂闊にスコーピオンのデータを調べたのは軽率でしたから……てかアンタにそこまで言われる筋合いは……」
妙に親くさくこちらを気遣ってくれることに対し、何故か反射的に反抗的な態度になってしまう。父である育継とは違った反応。
「俺は若い頃から子供だったあいつらを知っている。フクオカシティの平和と文化貢献は御守ちゃんが勝ち取って築き上げたんだ。お前らはいわばこれからの時代を築く希望なんだよ。心配するのは当然だ」
軽く額を小突かれる。戸惑う掴を他所に捉(とらえ)は年代物のブラウンコートを羽織り、病室から立ち去ろうとする。
「もういいんですか?」
「幻聴の事も含めて細かく話してくれたじゃないか。もういいさ。パソコンのやりすぎには注意しろよ」
「わかってますよ……」
しかし、部屋から去ろうと扉まで出かかったところで捉(とらえ)は思い出したかのように振り返る。
「それとこれはオフレコなんだが、一応用心の為に聞いとけ」
「なんですか?」
「意識不明者や氷棘の被害者もな、全員意識を失う直前にお前と同じように幻聴を聞いていたらしい。しかも見えない何かに怯えていたそうだ」
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