第12話 刑事の戸惑いと追憶
●フクオカシティ・テンジン親不孝通り某所(休日/深夜)
「こいつはいったいどうなってやがんだ……」
長年の勤労により刻まれた皺顔を歪める中年の男刑事、
念のために持ってきた愛用のコートを羽織り、この異様な寒気から身を守る。口から吐く吐息が白く染まるぐらいに周辺の温度は低いようだ。
路地裏で大きな物音と共に人が襲われたと通報があり駆け付けた。
ここ数十年目立った物騒な事件も起こらずに平和を保っていた沈黙が遂に破られたのかと所内に戦慄が走り、捉自身も驚きと遂にその時が来てしまったという落胆の感情を抱いていた。
辺り一面が霜と氷で覆われ、壁やアスファルトにに銃痕のような焦げた穴がいくつも開いている。これだけでもかなり異質な光景である事は間違いない。一体何をどうしたら道路が氷床と化して焦げ穴が穿つのか想像できない。
そして一際目立つのがまるでオブジェクトの様に地面から突き出た鋭利な氷柱。長さの異なる氷棘が存在し、一番太い刺に被害者の血液が付着して氷結している。
あきらかに何処からか持ち出した物ではない。植物がアスファルトを貫き生えてくるように、この氷の棘は地面から生えて来たのだ。時間が経過している筈だが、一向に溶ける気配は無く、悠然とそこに存在して冷気を放っている。現場検証を進める鑑識班も戸惑いが隠せない……。
――超常現象かなにかじゃあるまいし……――
僅かに眉を顰める。幸い被害者は死亡していないが、意識不明に陥っているらしい。原因はこの氷棘に突かれ負傷した際の出血ショックによるもの。応急処置と輸血が遅かったら命は無かっただろう。
巨大な氷棘の表面を手でなぞる。冷たさが指から掌を伝わる。
――……あきらかに普通の人間の出来ることじゃないな……――
捉はさらに険しい表情を浮かばせ、頭を抱える。
長年続いた栄光と穏やかな日々により、もうこのような現場に出くわす事は無いと思い込んでいた。
最後に血を見た現場はいつ頃だったか記憶を辿る。
そう、彼がまだ若かりし新米刑事の頃だ。
フクオカシティがかつて福岡と呼ばれていたあの時代。今の平和な雰囲気からは程遠かった。殺し屋・拷問屋・復讐屋、ありとあらゆるアウトロー達が萬栄し、人々の日常の陰に潜り込み、奴らによって人知れずに殺された者達が後を絶たなかった。被害者や遺族の無念を晴らそうと警察は必死に捜査を続けたが、その過程で尊敬していた上司も、親睦を深めた同僚も後輩も。多くの同胞が無残にも命を散らした。
何度涙を流しただろうか、抗えない力に打ちのめされた。自分達警察や、法律は理不尽な力には無力でしかないのかと。
そんな時だった。あの少年と、彼が率いる
存在を知った時は必死に止めた。子供が法を犯してまで危険な目に遭い犯罪者を止めるのは間違っていると言い聞かせた。それでも彼は決して譲らなかった。
――だからって刑事さん達が犠牲になる必要もねえだろ!! 俺の発明品で1人でも多くの命が救われるなら、俺は喜んで法を犯す。俺がこの理不尽な世の中を変えてやるよ!!――
少年の叫びは、深く深く、確かに心に届き、その言葉が重くのしかかった。あの時の言葉は今でも昨日の事のように鮮明に覚えている。何度助けられただろうか。
彼は後にファンタジアギャラクシアと呼ばれる、医療リハビリ装置
最後に会ったのはいつだろうか? 結婚式には呼ばれて祝福したのを覚えている。最近では彼もとその友人達も忙しくて顔を合わせていない。お子さんは元気にやっているのだろうか。確か親友の子供が弟子だとも聞いた。
まるで親のような気持ちが湧いてくる。自分も今では若い刑事達を率いる立場。妻子にも恵まれ、あれから歳を取ったものだと痛感する。
「……御守くん……街がまた壊れ始めたかもしれねえ……」
建物の隙間から見え隠れする夜空に向かい、彼の名を呟き嘆く。
できればこの事件が平穏を崩す序章にならない事を祈りつつ。
「ん? これはなんだ……?」
ふと、氷塊の中に微かに光る細かい粒があること発見する。さっきまではわからなかったが、丁度鑑識用のライトが強まった瞬間、僅かに発光した事で気付く事が出来た。鑑識員を呼び寄せ、直ぐに取り出せるか試させた。
意外にも安易に取り出す事に成功し、粒をガラス皿に置いて光を照らして確認してみる。
「0と、1……?」
単なる粒状に見えたが、光を当てると黄緑色に発光。その形は数字の0と1が重なり合ったかのような形状をしている。鑑識も含め周りの捜査班も首をかしげ不思議そうに見つめる。
「こんな形の粒は見たことねえな。どうやったらこんな奇妙な形になるんだ?」
「それは調べてみないとわからんよトラ。俺もこんな形の代物を見んのは初めてだからな。直ぐに調べよう」
「頼む、ゲンちゃん」
現場で発見したこの奇妙な粒が、事件の手がかりになることを捉は願い、引き続き現場検証を行う。
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