第11話 追い払う声と痛み

 喧騒に気付いたアバター達がタウン内の入り口付近からスコーピオンとベヒーモス軍団の戦闘を野次馬の如く興奮して眺める。


 つい数日前にイベントで姿を現したばかりのスコーピオンが、再びファンギャラに現れ、突如出現したベヒーモスの群れと戦闘を繰り広げている。その事実だけでも熱狂の種となり、瞬く間に芽吹いて人だかりが生まれる。ベヒーモスの出現はバグによるものだが、丁度イベント期間中の為に誰もがイベントの一種だと思い込んでいるのは幸いである。基本ファンギャラをプレイしている人々の半分は入院患者かリハビリを受けている人々。大体はノリが良く純粋にエンターテイメント楽しむ傾向にあるので、ある意味好都合で助かる。とはいっても、残りの大半はネットの屑に変わりはないとスコーピオンは忌み嫌っている。


「まったく人の気も知らずにのうのうと見物しおって……」


 呆れと少しの苛立ちを混ぜた気持ちで悪態をつきつつ、スコーピオンは召喚魔法陣を展開させレッドアンタレスを呼び出す。流石に6体も相手にするのは分が悪いので、彼に相手をしてもらっている内に大型魔法で攻撃を加える。レッドアンタレスがその巨体を回転させながら両鋏と尾針をベヒーモスらの体表に当てると、体色が濃ゆい紫と緑色に変化。泡状のエフェクトが噴き出て毒状態であることを示す。  レッドアンタレスが両鋏でベヒーモスらの腕や足を挟んで傷を付け、尾を振り回して先端の毒針を突き刺す。憤慨しその巨腕を当てようとするが、体格的に上手く届かず交され、多足の利点を生かして彼らの身体に纏わり付いて戦うアンタレスは厄介なモンスターである。召喚獣のアシスト攻撃を続ける中、スコーピオンは両掌を叩き合わせ空に突き出し、特大魔法を発動させる。眩い閃光が包み込み粒子が吹き荒れ陣が囲む。放出された雷が雷鳴と共に集束して一気に解放される。不規則に蠢く稲光は這うようにベヒーモス群の身体を貫き、数秒の間電撃攻撃に晒す。


 強力な雷の雨と猛毒に敗れたベヒーモス達は、粒子を撒き散らしながら跡形も無く姿を消滅させた。


「無駄に戦わせおってからに……」


 吐き捨てた後にレッドアンタレスを戻し、野次馬の騒がしさを無視して速攻で追跡を開始する。座標位置、ログの形跡、プログラムのゆがみなど、スクリーンを次々と表示させてデータ収集に掛かる。


 スコーピオンから意識を逸らし、高速で電子キーボードを叩く。バグの発生源からこれらを意図的に発生させた奴らの痕跡を探る。この場所、エリアサーバーのデータが表示され、細工した後や穴がないか徹底的に探し当てる。そこを辿っていけばクラッカーの正体を突き止めれる筈だ。


 ――ヤ……メ……!――


「えっ!?」


 一瞬家族の誰かに声をかけられたのかと思い振り返る。しかし部屋には自分一人だけ。アバターが近付いてきたわけでもない。電流が脳内を駆け巡ったかのような痛みが襲い掛かり、思わず両手で頭を押さえて呻く。


 ――ハイ……クルナ……!!――


 あの幻聴だ。あの声が再び脳内を駆け巡る。まるで傍いて直接話しかけてくるような籠った声。痛みと並行して堪らず椅からずり落ちて倒れる。必死に何かにしがみ付こうと手を伸ばし、ベッドの端を掴み立ち上がろうとするが、その間にも痛みと幻聴が続いてよろめき、再び転倒してしまう。一体何が起こったのか理解できずに混乱する。まさか新手の嫌がらせか、脳を揺らすような不快音を聴かせるようなプログラムトラップにでも引っかかったのかと考えたが、モニターから離れているのにもかかわらず痛みと声が続いているという事は、この不可解な現象は電子機器類のものではない。


 ――……デ…イケ……!!――


 今まで途切れ途切れにしか聞こえなかった声が、始めて鮮明に聞こえ始める。しかし何のことかわからず痛みと、頭の中を引っ掻きまわされるような気持ちの悪い感覚で意識が朦朧とする。

 同時に、ファンタジアギャラクシアの光景と思しき場面が次々と脳裏に現れては消える。フラッシュバックの様だ。自分が今まで見て来た光景かと思えば違った。 明らかに自分が言った事の無い場所や、交した覚えのない会話の様子が埋め尽くす。自分で直接見聞きしている感覚で間違いない筈だが、まるで違う人物の視点を見ているような。一気に視界が開けたかと思うと、デジタル・サイバースペースを表現したような0と1の粒子が散漫する空間に到達。空間の中から4つの手が伸びて首元を鷲掴みされ、息が詰まった。わが身に起こっている事が幻覚か現実なのか判別できずに戸惑う。



 ――……ワレワレノナカカラデテイケ……!!――



 最後にはっきりと、頭の中で響いた。視界が暗くなったかと思うと目の前に自分アバター、スコーピオン達の姿が映し出される。しかしその姿はおぞましく、その双眸はまるで怨念に憑りつかれたかのように歪んでいた。拒絶する様に突き飛ばされ殴られた感覚と痛みを覚えた瞬間、掴の意識は途絶えた。




 数分後。

 妙な物音に気付いた雛形が掴の部屋を訪れ、倒れている掴を発見。驚いて駆け寄り必死に呼びかけるが気絶しておりまったく目を覚まさず、急いで119番通報をして病院に運ばせた。

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