第10話 頻発
意識不明者続出。
ホロネットニュースを閲覧すると、そのような見出しがいくつも目に留まる。
倒れた人々は未だ意識が戻らず、脳に何らかの強いショックが与えられた痕跡が見受けられ、外傷等は全く見当たらず原因究明の手がかりは無い。
怖い話だ。この街がかつて福岡と呼ばれアウトローや殺し屋が蔓延っていた頃とは比べ、フクオカシティで暗いニュースは流れなかった。こういう類の話を聞いたのも随分と久しぶりだと感じる。
「まったく怖い話ね。こんなニュースが流れるのも随分久しぶり」
彼女達にとって現在の福岡は平和そのもの。この手のニュースには大して悲観的にならない。しかし、雛型含め掴の心中は穏やかではない。
縁起の悪い事に、意識を失った被害者は全員ファンギャラプレーヤーという共通点が見つかり、何かしらの要因になっているのではと騒がれているのだ。
何の脈絡もなく信憑性も無い噂程度の情報にもかかわらず、半ば本気でNE社に問い合わせの電話やメール。さらにテレビ関係の取材まで来たのだ。丁度イベントの不具合発見と重なったのは不幸だった。
対応したのはもちろん開発責任者である御守と育継。
御守はメンテナンス中にそのような雑音を持ち込まれた事に憤慨。苛々が募っていたことも合わさり烈火の如くブチキレた。佐伯や水島から聞いた話では、それはもう鬼の如き形相で怒声を撒き散らしたそうで、自らの開発品で手荒く追い出そうとしたため育継が力づくで止めて事なきを得た。
この無言の圧力が効いたらしく、その類は一切無い。当然だと掴も安堵している。第一医療リハビリで貢献しているシステムにそのようなありえない現象が起こるはずない。それは全て創作物の中の話だ。たかがネットゲームでそのような症状が出ていたら今頃殆どの人類が意識を失っている。
「ああ掴? あんたちゃんと病院行ったの?」
「大丈夫だよ母さん。特に異常は見られないから、パソコンなやり過ぎで疲労からくる片頭痛じゃないかって診断されたよ」
「まあそんな事だろうと思ったわ。あんたもいい加減やり過ぎには注意しなさい。若いうちから体壊したら元も子もないんだから」
「はい、善処します……」
イベント中に起こった一瞬の頭痛がどうも気になり、念のために病院に行った。
大したことはなかったが、頭痛が起こるのは初めてだった。母の言う通りかもしれない。身体が警告を発したのだろうと思い、少し反省する。
しかし、気掛かりだったのは同じような症状が望と叶、小鳥にまで起こっていた事。さすがに医者には言わなかったが、幻聴が聞こえた点も同じだ。
「望くんと叶ちゃん、それから例の女の子はどうだったの?」
「問題無いってさ。俺と同じ診断だったよ」
「なら安心」
結局のところ全員異常は見当たらなかったので一安心。取りあえずパソコン作業をなるべく抑えて身体を労わる生活を心がけよう。
「それにしても奇妙な偶然もあるものね」
「奇妙な偶然?」
「いやね? ご近所の奥様方から聞いたんだけど、あんた達と同じようにファンギャラプレーヤーの子達が一瞬だけ片頭痛が起こったんですって」
「え? そうなの?」
「しかも薄気味悪いけど幻聴染みた声が聞こえたとか……」
幻聴と言う単語が
「まさかあんたも?」
「気のせいだよ気のせい。参加者が一杯いたからそれらを錯覚しただけだって」
妙に必死に誤魔化すような喋り方になってしまう。雛型は怪しそうに表情を歪めつつも納得してくれた。
とは言ったものの。
実は確信は無い。
何故ならあの時の幻聴と思しき声は周りの喧騒からはみ出た声の類ではなく、まるで脳に直接語り掛けてくるような、中から聞こえてくるような感覚だったからだ。それも、まるですぐ傍にいるような気配と視線すら感じた。
はっきりと気のせいだと確証できるものは何も無い。
そして掴にとって一番不可解だった、
初日のイベントが終わった後、NE社は速攻で緊急メンテナンスを実施。イベント参加者達はスコーピオンのバトルショーで高揚しきっていたので幸い苦情が入る事はなかった。育継の命で、たちまちシステム関係者総動員体制のデバック作業が行われた。人為的にバグが発生した疑いがあることを父に報告し、クラッカー関与も視野に入れて調査が進められ、あの生物のようなバグは明らかに人の手であると社員全員が疑いを持っていた。
複数の高機能AIの監視を免れてこのバグを発生させたとなれば相当の腕を持つクラッカーであろうと誰もが思っていた。
だが、結果は何も異常無し。
何かを操作して荒らした痕跡も無ければログを残す等の形跡も無し。
何度試してもエリア・三頭竜・ゲート転送など問題無く動き、どれだけ調べても原因は不明。まるでバグなんて初めからなかったかのよう。全員で首を傾げながらしらみつぶしにチェックして回ったが、結局何も問題は見つからなかったのでイベントは再開。今現在もイベント攻略は無事に行われている。
あの黒い寄生虫の様なバグも報告は無い。エリアやゲート転送に不備が発生したという知らせは今のところない。
――いったいどうなっているんだ? あの生物的動きや外見はどう見てもバグの類じゃなくて人の手で制作されたものだ。なのにあれだけ調べても何も出て来ないなんておかしい。AI検査にも引っかからないなんて……――
余程プログラムに精通している者でないとありえない。
それも御守と育継を出し抜くような……。
そう考えに至った瞬間、携帯端末に育継からの着信が入る。
「もしもし父さん? どうしたのさこんな時間に」
「少し困ったトラブルが発生しまして」
嫌な予感が脳裏を過る。とうとうイベント中にバグが発生したのだろうかと予想してしまう。恐る恐る尋ねてみる。
「……もしかしてバグ?」
「正解。再びバグです」
悪い予感が的中するのはこんなにも嫌なものかと頭を抱える掴。
「幸いプレーヤーは誰もそれがバグだとは気づいておりません。なので早急に掴に対処してもらいたいのですよ」
「断っても無駄なんだろう? 引き受けるよ。どんな状況なのさ?」
「エリアゲートに続く橋の前で大型モンスターが出てきました」
「はぁっ!?」
思わず大きな声を漏らす。一体どんな会話を交わしているのかと訝しげに掴を眺める雛形。
「座標と詳しいデータを送りますから今すぐファンギャラにログインしてください。こちらでも敵さんを補足する準備は整えてあります」
「やっぱり父さんも人為的だと思ってるんだ?」
「もちろん。新たのクラッカーによるハッキング攻撃でモンスター配置を呼称させたのでしょう。さあ早くなさい」
「わかってるよ」
通信を終え、急いで自室へ。
モニターの電源を入れるとたちまちデジタルスクリーンが表示される折り畳み式電子キーボードを叩く。直ぐに育継からのメールが届き、詳しい情報が開示される。映された巨大モンスターを見た瞬間叫ぶ。闇渓谷付近にしか生息していないは筈の闇属性超巨大モンスター、ダークベヒーモスが映し出されていたからだ。
山羊と牛を合わせて二足歩行に進化させた外見。紫の皮膚を覆う丈夫な黒体毛。上方に伸びた一対の太く鋭利な角。口元から除く牙。大木や鉄骨など簡単にへし折ってしまいそうな巨腕と脚。その身体は正常なプログラムを経てその場に現れていないことを示す通り、全体像が揺らぎ激しいノイズが走っている。
ファンギャラへログインしてキャラ選択画面に来ると、迷わずスコーピオンを選択してタウンへと降り立つ。
――まさかまた直ぐにスコーピオンを使う羽目になるなんてな……――
心中で嘲りつつ、既にお祭り状態のタウン内を駆けてゲートブリッジへ向かう。遠くからでも目視できる程の巨体がタウンを囲う壁の外から見えており、全身から黒いオーラを纏いながら鋭い眼光を発している。幸いベヒーモスに気を取られ誰もスコーピオンに気付いてはいない。ファンタジアのタウン内では武器・スキルの類が使えないので銃や魔法等の遠距離攻撃が出来ない。エンカウント認識されるタウン外にまで出なければならない。何とかショートカットできるように壁を走り屋根を飛び越えつつ距離を縮めていく。
「ここまでくれば良かろう!」
最後の屋根を飛び越え壁の向こう側に佇むベヒーモスに急接近出来た。やはり激しくノイズが走っている。エンカウントされるまであと少しの距離。敵に発見されたと認識されればプログラムが正常に働いてスキルも武器も使えるようになる。
「今ぞ!」
壁を飛び越えるか飛び越えないかの近距離でベヒーモスのぎらついた瞳がスコーピオンを捉え、その瞬間エネミーエンカウントが作動。戦闘用コマンドに切り替わりスキルが発動する。すかさずスコーピオンは得意の大鎌を取り出すと同時にベヒーモスの顔面を横一線に攻撃。三日月状の斬撃は見事に命中。その巨体を大きく揺らしてバランスを崩して転倒する。
「反撃の隙など与えぬ!」
スコーピオンは続けざまに三日月状の斬撃を飛ばす。倒れた直前だったため対応できず避けられないベヒーモスの巨躯に連続で叩きこまれる大鎌の斬撃は、瞬く間に
「止めだ!」
落下しながら大鎌の柄頭をベヒーモスの急所へと突き刺すというエグイ止めを刺したスコーピオン。ベヒーモスは断末魔の方向を上げて光の粒子となり消滅する。
以外にもあっけなく勝負が付いた事に疑問を感じつつ、直ぐに何か痕跡がないかプログラムを走らせて調査を始める。
「ん……? 危険察知だと?」
突如備えている危険察知スキルがエネミーエンカウント直前の警告を発す。間髪入れず、一斉にスコーピオンの周りに巨影群が出現。とっさに防壁魔法を発動して守りの体勢に入ってから辺りを見渡し愕然とする。
「……なんということだ……」
周りを6体ものベヒーモスに囲まれてしまった。しかも全てバグっている事を示す激しいノイズと揺らぎ付き。
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