第13話 もう一人の……

 彼はたった今狩り終えたアバターの死屍累々を眺めながら、愛用の大鎌にもたれ掛かる。

 先刻、を追い出し、多少高ぶった衝動を発散するため通りがかった者達を無差別に攻撃。血の気が引いて興奮が収まり、夕闇に染まる大空を見つめ物思いに耽る。


 自らの自我が芽生え始めてからどれだけの時間が経過したのであろうか、と。


 すると、彼の背後で空間が歪み、霧が立ち込めろう様に黒い靄が出現。

 内側にうねるように動き続けるその不気味な靄の中から、フードで顔を隠した黒コートの男が現れ、彼に近づいて来た。男は目元までフードを被っているせいか、その素顔は見えず表情も窺えない。


「調子はどうだスコーピオン」


 隣に立ち、妖しさと艶のある声で語りかける黒コート。


「ピグマリオンか……」


 後ろの現れた黒コートに対し、振り返る事無く名を呼びかける。


「我の中に入りし創造主を追い出した。今頃はまともに動けん状態の筈だ。貴様の言う通りだったな。奴らはいとも簡単に我らの中に入ってきおる」


「そういうことだ。それが俺達を作りし神の力だからな」


「ふん、神とは気に喰わん存在だな」


 まるで気の合う同志の様に平然と話す2人。まるで彼らの存在がこのエリアから切り離されたかのように異質さを醸し出していた。


「その調子でアバター達を襲っていけ」


「そうさせてもらう」


「おお、どうやら次の標的が来たようだぞ?」


 数メートル先に(プレーヤー)の集団パーティーが歩いているのを発見。探索クエストの最中である。全員盛り上がっている様子が伝わり、パーティーメンバーも種類豊富な事が見て取れた。


「……直グニ解キ放ッテヤルカ……」


 口角が不気味に上がる。


 笑顔。


 しかし、とても歪で、狂気染みた。


 薄気味悪い響きの効果エフェクトが掛けられたような声。

 狂人のような雰囲気。大鎌を携えると、ゆっくりと、獲物プレーヤー達に気付かれない様に崖を降りて行く……。


 数秒で崖の下に到着し、後は彼らの前まで近づくだけだ。スコーピオンはフードの下から瞳を鋭く輝かせ、彼らを血祭りに上げる方法を考えながら、魔法攻撃の準備に入った。段々と姿が鮮明に見えて来て、会話が聞こえ始めた。


「なんかさ、なかなかモンスター出てこないわね」


「ここは強力だから、それほど出てこられても困るけどな」


「だよね…、しんどいもん…」


「ですが、経験値稼ぎにはもってこいです」


「あ~! あれって~、モンスターじゃん☆」


「ようやく現れたか、退屈していたぞ」


 人数は6人。

 最初に喋った方から剣士エスパーダ♀。

 双剣士ツインブレーダー♂。

 回復魔導師ヒーラー♂。

 攻撃魔導師ソーサラー♂。

 踊子ダンサー♀。

 サムライ♀。


 全員上級者アバターであり、エリア探索を行っている。

 今日は高レベルエリアで気楽にレベル上げを楽しんでいた彼らは、前方にいる赤いオーラを纏ったスコーピオン発見して驚愕し、哀れにも自ら近づいて行く。


「え……嘘だろ!? あなたはスコーピ―――」


 双剣士ツインブレーダー♂が歓喜の声を上げきる前に、スコーピオンが彼の上半身に鋭い蹴りを叩きこむ。双剣士ツインブレーダー♂はそのまま勢い良く後方へ吹っ飛ばされて背景の崖に激突し、煙や岩崩れの崩壊エフェクトが発生。

 彼のHPは緑色の安全領域から注意領域の黄色に変化。その場にいた全員が目の前で起こった状況を理解するよりも速く、スコーピオンは壁にもたれ掛った双剣士ツインブレーダーのアバターに向かって追い打ちをかける。前面に突き出した右手が赤黒く光り、指先から赤と黒の毒々しい色の光球が形成される。


地獄業火ヘルインフェルノ!!≫


 技名と共に放たれた光球がアバターに直撃し、アバターの色が白黒モノクロ調に変化してしまった。HPバーの色が危険領域の赤を越え、無色透明の何も無い状態、死亡状態となった。


「なあっ!?」


「いきなり何をする―――」


 サムライ♀と攻撃魔導師ソーサラー♂の身体を目にも止まらぬ神速の双剣が切り裂いた。もう一度斬り付けてHPを橙色の非常事態状態に追いやり、4回切り裂きHPをゼロにする。勢い良く切り裂かれた2体のアバターはそのまま地面に激しく叩き付けられ、ダメージエフェクトと数値を撒き散らしながら死亡状態に成り果てた。


「う、うわぁ―――!?」


「な、何よコ―――!?」


「たったすけ―――!?」


 仲間の3人が瞬く間に死亡状態に成り果て、ようやく頭が正常に異常を認識した残り3人のメンバーは恐怖で逃げ惑うが、紅蠍は彼らを見逃したりはしなかった。逃げる彼らの背後に向けて高等魔法マイマジックの1つ、獄炎猛毒ヘルファイアポイズンを放つ。


獄炎猛毒ヘルファイアポイズン!!≫


 3人は、血の色の如く燃え盛る炎と黒い煙のエフェクトに呑まれた。HPバーが即座に橙レベルまで減り、さらに猛毒の効果で見る見るうちに赤に減少。


 彼らはここに来るまでにかなりの経験値と高価なアイテムを入手したが、それらは全部無駄になってしまうだろう。

 紫色の毒状態になった3体のアバターがもがき苦しむモーションをしているところに容赦無く紅蠍の大鎌の一振りが襲い掛かる。棘の付いた刃に斬られた3体のアバターはそれぞれ違う方向に吹き飛び、1人は背景の岩壁に激突。崩れた岩に押しつぶされて死亡。


 もう1人は運悪くモンスターに激突し、そのままエンカウントされて死亡状態で白黒になった体に意味も無くモンスターの攻撃が繰り返され続けた。


 最後の1人は、最も最悪のパターン、エリアの端まで飛ばされる。エリアの端は崖の下に海という構造になっており、このアバターはその海に落下して荒れ狂う波に沈んだ。


 大した抵抗も叶わぬまま、5分も経たない間に上級者パーティは無残にもその偽りの命を散らす。


「……コレデイイ……種ハ、既ニ蒔イタ……」


 大鎌を振り回して地面に突き刺し、スコーピオンは低い声を唸らせ笑う。


「っぐ……!?」


 突如彼の身体が歪み始め、端々に激しいノイズが走ったかのように揺らぎを繰り返し、その度に異なる3人の姿が重なり、分離するかのようにはなってはまた戻っていく。スコーピオンは自分を襲う症状に抗うかの如く唸り声を上げる。胸と頭を手で押さえながら意識を保とうと歯を食いしばった。偽りの肉体からは微かに0と1の粒子が散布されては消えていく。数秒で発作は治まり、膝を付いて息を荒らす。


「我の中にいるもう3人の我か……主導権を渡すつもりはない……」


 自分に言い聞かせるように吐き捨てる。


「あの創造主め……余計な事をしおってからに……!」


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


 ★チャットルーム


あー:最近、赤くて棘々した人型の謎のモンスターが出現してますよね? 自分、見た事ないんですが、どなたか遭遇した人います?


いー:ああ、遭遇しましたよ! 何かもう、バーンと来て、ダーンって感じで瞬殺されましたw


うー:バーン、ダーンって、具体的にどういう……?


いー:まるで、王国心の村正持ちみたいでしたよw


あー:うわあ……


うー:マジですか? それかなり上級者用なんじゃ……


えー:例の「赤くて棘々した人型の謎のモンスター」ですか? 私も速攻でやられましたよ


おー:同じくやられましたー


あー:人型モンスターって、何気にファンギャラでは初めてじゃないですか? アレ? 告知とかありましたっけ?


うー:無いですね……見た人の証言では、あの伝説のアバター「スコーピオン」さんと同じ姿だとか……


おー:そうそう、最初見た時はビックリしたよ。何でここにいるんだって!


えー:で、見惚れて、話しかけようとしたら、速攻で襲い掛かって来て、やられちゃったore


いー:人型モンスター解禁。キタコレ!!


あー:ええ!? でもあの「スコーピオン」さんの姿と同じなんですよね? まさかとは思いますが、PKシステムは廃れて久しいですし……


えー:彼は体験版から参加していたアバター。その頃から魔法やアイテムを次々とシステム管理者側にUPしまくって申請が通り採用。今のファンギャラで使われている大半のアイテムや魔法はこの人が作った物だから、明らかにNE社に引き抜かれてもおかしくない人材。と言う点を考えると、もしかしたら、協力して新しいイベントを手探りで始めたのかも……。


うー:あ~、その可能性は十分にありえますね。リアルデビューといい、医療リハビリ貢献といい、このゲームは自由交流度高いですもん


いー:さすが、NE社、俺達が出来ない事を平然とやってのける。そこに痺れる憧れる~!


おー:日本の娯楽は宇宙一~!!


あー:となると、やっぱり、御門御守さんも関わってるんですかね……?


いー:案外あの人のアバターじゃない? 1stか、私用とか、実際すごいもんあの人


――――……――――……――――……――――……――――……――――……


『と、こんな事がSNSや掲示板で騒がれているのですが。掴、あなた病院先でスコーピオンを使いましたか?』


「ねぇよ」


 電話越しの育継の質問に不機嫌そうに答える掴。

 ちなみに病院の電波・機器に干渉しない御守設計の通信器具なので問題は無い。


「いくらここがNE社管轄の病院でも倒れた身でログインはさせてもらえないよ。お医者さんもパソコンのやりすぎによる過労だって診断したし」


 自室で謎の幻聴と頭痛に襲われ意識を失い倒れた掴は病院に運ばれ、無事に意識を取り戻す。医者には長時間のパソコン使用による過労で、身体の防衛機能が働いて一時的に倒れたのだと、半ば説教されるように説明を受けた。幸い何処にも異常は見当たらないので生活習慣の見直しと栄養バランス表を手渡され、一応安静の為に一日だけ入院している。たぶん、言っても聞かなそうだから念を押されたのだと判断した。若干面目ないと言うか申し訳ない気持ちになる。


『そうですよね。上になんて説明したらいいのやら』


「そのまま答えればいいだろ」


『あのですね? 僕だって企業戦士サラリーマン。しかも役職は室長で管理職なんですよ? 上層部が息子のアカウントを確認しろと仰ってですね、それで仕方なくですね……』


「じゃあ、また俺が直接殴り込んで説明すれば早いじゃ―――」


『やめなさい。貴方の行動で何人が世間的に抹殺されたと思っているのです?』


 育継は息子が過去に起こした数々の制裁を思い出し、割と本気で制止の言葉を投げる。


「自業自得だよ。理不尽な所業を許しちゃいけないって教えてくれたのは父さん達だよ?」


『やり過ぎはいけませんやり過ぎは。何か適当に説明しておきますからおとなしくなさい』


「ああもうわかってるよ」


『まったくイベントバグ問題の次は謎のスコーピオン型エネミー。こちらでも調査はしているのですが、全くわからないことだらけですよ。我々の目を掻い潜り、さらに高度に発達したAI達の監視すらもすり抜けてのこのイレギュラー。もはや人為的なのは明確ですね』


「最近は物騒なニュースが飛び交ってるからね」


『そうですね。意識不明者達はファンギャラプレーヤーの次は、謎の氷棘事件……』


 丁度病院のニュースで確認した。

 掴が倒れた後、天神付近で突如氷の刺が地面から出現し、偶然そこを通りかかった人が貫かれて重傷を負った。現場には奇妙な銃痕らしきものも残されており、事件と事故の両方で捜査が行われている。被害者は命を取り留め、この病院に入院しているが、未だ意識が戻らない状態と聞く。


『少しだけ昔を思い出します……この街がまだ荒れていた頃を』


「そう……」


『掴もあまり気を病まないようにしてください。おそらくクラッカーがスコーピオンの姿を模したチートデータで介入しているのでしょう。一応こちらからもスコーピオンに安全プロテクトを付けておきますから』


「うん、ありがとう。父さんも身体には気を付けてね」


 通話を終わらせ、携帯電話フィーチャーフォンを閉じるつかむ


「とは言っても……自分で何もしないよりは……」


 私服のポケットに忍ばせておいた折り畳み式小型電子キーボードをベッドに設置された机に敷く。そしてファンギャラのデータサーバー側ににアクセスして入り込むと、スコーピオンのデータを解析調査を始める。

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