第7話 SHOWTIME!!

「まさか貴様らが姿で来るとはな……」


 スコーピオンは顰めた表情を浮かべて2人に言葉を投げる。


「そのあからさまに嫌そうな態度はなんだ?」


「まさかアンタが一番乗りとは驚いたけど……」


 一番最初に最深部へと辿り着いた驚き、妙に不遜な態度をゼフィロスノワールは不思議がる。そしてこんなにも速く到着したという事は道標の事も知っているわけで、当然尋ねてきた。


「非常に興味深いが、これはどういうことだ?」


「なんで天下の歌姫様がアンタと一緒にいるんだい?」


「混沌とした要因が重なり合い全てを貴様らに話す余裕は無い。簡単に申せば我々はバグによりこの最深部へと飛ばされたのだ」


「「バグ!?」」


 2人とも目を合わせて驚く。よもやそのような単語を聞くとは思わなかったからだ。ネットゲームゆえにファンギャラでも少なからずバグは発生してしまう時はある。しかし、御守(みかみ)が組み込んだ基礎プログラムと、搭載されたAIにより絶えずアップデートが行われバグ発生極力抑え込んでいる。


「そして、我が父君からこの試練を乗り越えてみせよと対処を任された。だからこうして歌姫と共に時間を稼いでおったわけだ。今宵この場をエンターテイメントショーとするためにな」


 スコーピオンの大分簡略化した説明に、大体の状況を理解したゼフィロスとノワールは、視線で頷き合う。


「なら協力するほかあるまい」


「仕方がないね……」


「理解が速くて助かる」


 レッドアンタレスが三頭竜を抑え込んでいる間に、3人はティンカーベルの元へ駆ける。突如現れた2人の姿に、彼女は驚き歌を中断。物騒で近寄り辛い雰囲気を放つ出で立ちを眺めつつ、不思議そうに尋ねる。


「あの、スコーピオンさん。そちらのお2人は……?」


「我の友とでも言おう」


「お初にお見えに掛かる歌姫殿。ゼフィロスだ」


「私はノワール。よろしく、天下の歌姫さん」


 ゼフィロスは蠱惑的な笑みを浮かべながら右手を胸に置き、静かに頭を垂れてかしずいて見せる。それに対しノワールは腕組をしたまま顔を伏せ気味に流し目で見やるだけに留める。

 内心、彼らも掴と同じように演技ロールしているのだなと自分に言い聞かせ、こうも途上人物になりきっている彼らに対して称賛の意を抱く。微かに自分も何かキャラを演じてみた方が良いのかと考え始めた。


「私はティンカーベルです。お2人とも、よろしくお願いします」


「まさか歌姫殿と直接言葉を交わす事になるとは夢にも思わなかったな」


「アンタがスコーピオンとイベントに参加しているとは驚きだよ。何があったかは詮索しないから安心しな」


「は、はい……ありがとうございます……」


「さて、戦力が増えたとなれば攻略も多少は容易くなろう。この場には4人もの位持ちアバターがいるでな」


 ゼフィロスは刀を取り出し、三頭竜に向かい縦横無尽な動きで翻弄しつつ切り込む。ノワールは銃剣を用いて遠距離から銃弾を浴びせ、接近しては斬る戦法を取った。ティンカーベルは引き続き歌と音符の川で翻弄。スコーピオンはレッドアンタレスに騎乗して攻撃を再開。絶大なステータスを持つアバター3人とモンスターの猛攻を食らい続け、三頭竜のライフを示すゲージは大幅に削る事に成功。このまま戦いを続け、他のアバターが合流すれば数の暴力により攻略は容易くなる。


 これがスコーピオンが立案した計画。


 そして読み通り、ティンカーベルの歌調による道標に導かれた大勢のアバターがこの最深部へと到達した。


 歌姫と賢者だけでなく、ゼフィロスとノワールまでラスボスと戦っている現状を眼にした参加者達は狂い喜び乱舞の様に騒ぎ立つ。位持ちアバターが4人もこのイベントに参加しているだけで大事件。しかも眼前で高次元の戦闘を繰り広げている。この場は1つのエンターテイメントの場と化す。高揚と喜び、楽しみに溢れたプレーヤー達の感情を感じ取ったスコーピオンは、彼らに合図する様に指を鳴らす。一瞬の沈黙の後にスコーピオンは高らかに宣言する。


「よくぞこの三つ首の竜が留まりし最深部へと辿り着いた。我は賢者スコーピオン。今宵この場はエンターテイメントの場と化した。ここに集いし貴様らも思う存分力を発揮しろ、そして我々の乱舞を大いに楽しむが良いぞ!」


 マントを両腕で広げ演説の如くアバター達に声明を送る。彼らは掛け声とともに喜び勇み、自分達もこの一大バトルショーに乗らなければと武器を取り出し三頭竜に目がけて攻撃を開始する。

 スコーピオンは踊り狂うように三頭竜に斬撃を浴びせ、魔法の雨を降らす。双剣・大剣・大鎌と武器を切り替えながら魅せる戦いを披露。その姿にアバター達は盛り上がり声援を送る。ゼフィロスとノワールも応えるように連係プレイを見せてさらに沸きたてる。

 湧き出た感情は、ティンカーベルが紡ぎ出す旋律と混ざり合う。草原の会場を包み込み、観客の熱気は世界と融合して1つとなる。戦いの場は皆が出演者となり、まるで大きな舞台を見ているかのよう。


 スコーピオンは流れを完全に支配した。彼を中心にこの場所は特大の舞台となったのだ。


 ティンカーベルは内心驚く。にこれだけのエンターテイナーとしての一面が隠れていたことに。表舞台から身を引き、自分のコンサートを手伝ってくれた時とは違うサービス精神と圧倒的カリスマ性がスコーピオンにあったのだ。新たに発見した顔と彼の存在に、ティンカーベル小鳥は強く惹かれた。

 そして、電子の歌姫に淡い想いを芽吹かせた事に気付きもせず、スコーピオンはひたすら三頭竜に斬撃を叩き込み、魔撃を浴びせていた。



 だが、事態は一変。


 突如として三頭竜の身体に揺らぎが発生。それは砂嵐の様なノイズ音と共に大きくなり、やがて激しく歪み始め黒い泡状の物が耳障りの悪い音を立てながら次々と出現。一同はざわつき、ゼフィロスとノワールも何事かと目を丸くする。異常に気付いたティンカーベルも思わず歌うのを止めてしまう。

 だが、一番驚いたのはスコーピオン。三頭竜に発生した激しいノイズと歪みは対象ポリゴンやテクスチャーがプログラムと統制が取れなくなって発生するバグのせいだと理解できた。しかし、黒い泡だけは理解の範囲外。まるで生物のように蠢いて三頭竜を侵食していくそれは、明らかに支障をきたして発生した類ではなく人為的なものを感じた。当然三頭竜にこのようなプログラムを仕込んでなどいない。

 心の中に微かな動揺とざわめきが生まれるが、こういう時こそ冷静にの正体を見極めなければならないと思考を透明に保つ。


「なんだこれは……なんだというのだ?」


 半分自分に言い聞かせるように呟く。

 黒い泡蛇腹状の蛇を模した。そのまま三頭竜の身体に寄生し一体化。赤い血管が浮き出た紫のオーラを放ち、鱗を黒色へと染めた禍々しき姿へと変貌させた。赤く光る瞳で睨み付け、牙を剥き出しにした三頭トライヘッド黒竜ブラックドラグーンは激しい咆哮を上げて衝撃波を生み出しアバター達を吹き飛ばす。

 ゼフィロスはさり気なくノワールの腕を掴んで引っ張り庇い、スコーピオンは間一髪ティンカーベルを抱きかかえて救出。衝撃波直撃は避けたものの、何年か振りにダメージを貰った。


「こういう仕様?」


「パワーアップなんて聞いてないよ?」


 ゼフィロスノワールが少しだけ素に戻ってスコーピオンに問いただす。


「これはスコーピオンさんがプログラムなさったんですか……?」


 ティンカーベル小鳥も三頭黒竜の姿に怖気づきながら尋ねる。


「あんな現象が発生するプログラムは打ち込んでいない。バグだ」


「バグ? だがこれは、そういう仕様にも見えるね……」


「その通りだノワール。だから問題なんだなんだよ。でなければこんな生物的動きや侵食するような描写を出せない」


 掴は確信した。今まで発生していたバグは自然発生で引き起こされたものではなく、何者かが意図的に起こしたイレギュラーだと。

 そうでなくてはシステム管理者が見張り、高度なAIが管理して終始アップデートし続けているファンギャラでこうも連続してバグが起こるわけがないのだ。特に目の前でおぞましい形相となって暴れる三頭竜が顕著な表れだ。


 現実リアルでも仮想バーチャルでも深く溜息を付いて頭を垂れる。せっかくのイベントにこのような事があっては全てが台無しになる。参加者達も大いに盛り上がっているというのに。幸いプレーヤー達はこの事態がバグだとは気づいていない。それでも掴の心は憤慨し、邪魔されて堪るかという強い意志が生まれる。


「……しかたあるまいな……楽しんでおる参加者の為にも覚悟を決めようか……」



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