第6話 生ける伝説再び

 紅蓮くれんは双銃を握る両腕を交差させた後に左右に開く。

 その動作を見たコトリは確信する。掴がプランCへ移行してスコーピオンになるのだと。


<CharaキャラCharaキャラCharaキャラCharaキャラCharaキャラChangeチェ~ンジ!>


「変身」


<OKオーケイ!TranceFormationトランスフォーメーション!>


 電子音声と共に、今度は紫の魔法陣が0と1の粒子を撒き散らしながら紅蓮の身体を通過していく。しかもこれまでのキャラチェンジとは違う。稲妻が走り音もおどろおどろしい。


<LegendレジェンドSageセージDancerダンサーScorpionスコーピオン!>


 蠍と百足を融合させたような、棘の生えた攻撃的な鎧に身を包み、鎧と一体型の暗黒色のローブがその異様さをより際立たせている。素顔はフードに隠れて全貌は確認できないが、薄紫色の髪と戦化粧を施した不敵な笑みが覗かせる。


 ファンタジアギャラクシアの生きた伝説が、この世界の魔法・アイテムの大半を作り出せし賢者スコーピオンが、この大地に再び降臨した。


「何年振りか、またこうして表舞台で踊るのは」


 低く放たれた声が耳に通った瞬間、戦慄を覚える。コンサートの時はまだ自覚していなかった。あの時手を交した彼がここまでのオーラを放つ存在であると。触れるだけで身を斬られそうな、危険な雰囲気。ナミヲ、デューク、紅蓮とは明らかに違う。これが彼本来の姿。口調も、話す態度もまるで別人。掴が操作していることなど忘れてしまうくらい。


 雄叫びを上げた三頭竜が身体を回転させながら突進してきた。スコーピオンは身の丈以上の大鎌を取り出すと、「ヴェノムーンスライサー」と叫んだ後に大きく振りかぶり、三日月状の斬撃を飛ばして三頭竜の胴体に直撃させスタンさせた。これで少しの間だけ時間が稼げる。


「覚悟は良いか? そう約束を交わした筈だ、歌姫殿」


 ゆったりとした動きで手を翳される。それは自分も覚悟を決めねばならない事の合図。電子の歌姫に戻らなければならない。コトリは瞼を閉じて静かに頷く。


「よろしい、では真の姿に戻るがいい。それまではあの三頭竜めは我が滅してくれようぞ」


 スコーピオンに促され、コトリから意識を戻した小鳥は直ぐに電子キーを操作してキャラチェンジコマンドを発動。教えられていたとはいえ、正式にするのは今回が初めてだ。妙な緊張感が生まれる。


<Charaキャ~ラCharaキャ~ラCharaキャラChangeチェ・ン・ジ!Charaキャラ~!>


 やはりあの奇妙な電子歌が流れ始めた。しかし、スコーピオン達とはメロディと歌詞が異なっている。もしかして一人一人違うのだろうかと疑問が浮かんだ。 

 そして妙に恥ずかしい。さらにあの言葉まで言わなければならないと思うと余計に恥じらいが沸き上がる。だが、深呼吸して意を決する。


「変身!」


<OKオーケイ!TranceFormationトランスフォ~メ~ション!>


 コトリの足元にライトグリーンカラーの魔法陣が描かれ展開され、粒子を放つ。

 電子音声と共に魔法陣が身体を通り過ぎる。光に包まれた少女は、優美な電子の歌姫へと変貌を遂げていく。


<ElectronエレクトロンDivaディーバFairyフェアリーTinkerbellティンカーベル!>


「本当に変わった……」


 光り輝く美麗のティンカーベルへと戻っていた。自分の姿を見まわしながら手も眺める。初めて体験したキャラチェンジ。恥じらいもあったが、少しだけ高揚感があった。気持ち良いという表現でもいいかもしれないと彼女は考える。あの変な電子音声や歌が気分を盛り上げてくれるらしい。


「無事に歌姫の姿へと戻れたか」


「はい、スコーピオンさん」


「ならば歌え。その麗しの口から旋律を奏でるのだ。おそらくお主の職業はシンガーになっておろう。歌で攻撃防御が可能だ」


「あの……本当によろしいのですか?」


「ふん、今更怖気づいたか歌姫よ? もとよりに陥らせるのが目的なのだからな。構わぬ、歌うがいい。ノリの良い歌で頼む」


「ノ、ノリの良いですか? わかりました。では、歌います!」


 内心、どうなっても知らないと思っていた。もちろんそれはスコーピオンも重々承知してプランCを決行する。この場をエンターテイメントに変えるために。


「銀河のPOPSTAR!」


 曲名を高らかに告げ、ティンカーベルは歌い始める。ポップで明るくリズミカルな、聴いていて思わず踊り出すようなノリの良い歌を。その場の空気が一瞬で変わる。仮想世界の中心が彼女へと移行していくかの如く。全てが集約されていく。森が全体が躍動し始める。樹が、花が、草が、踊り始める。

 電子の妖精に音符が出現して、流れるように彼女の周り旋回。生まれた音楽の生き物はこの広大な森林地帯を瞬く間に走り抜けていく。やがて自然そのものが歌を伴奏を奏でるかのように彼女の歌と一体化していき、羽を広げ音符の川に身を任せながら踊り歌う。スコーピオンはこのとてつもない心地良さに一瞬溺れそうになる。

 攻撃を仕掛けようとしていた三頭竜の動きが止まり、何が起こったのか理解しかねるような素振りを見せる。次第にそれぞれの首がリズムを刻むように小刻みに震える。効果が表れたようだ。


「真良き唄ぞ、今宵この場を狂乱する宴へと変えよう!」


 スコーピオンが右手を掲げると、親指と中指を擦り合わせて音を鳴らす。二指から放たれた弾け音は森林中に響き渡る。


 瞬間、仮想世界ファンギャラは一変する。


 イベントに参加している全プレーヤーの眼前にスクリーンが展開され、歌うティンカーベルと、彼女を守りながら三頭竜と戦うスコーピオンの様子が映し出される。さらに、ティンカーベルが発した音符の川と歌が参加者達のいるエリアまで流れ込む。そう、ラスボスへの道標が出来上がったのだ。彼女の調べを辿れば、参加者は三頭竜と2人の伝説がいる最深部へと楽に辿り着ける。


 世界は狂喜乱舞に包まれる。


 このイベントに天下のティンカーベルとスコーピオンが参加している事に驚き、途惑い、喜ぶ。思っても見ないサプライズにプレーヤー達は沸き立つ。歌姫と賢者が作り出した道標に従い、そのエンターテイメントショーを一目見ようと走り出す。


 スクリーンと道標はスコーピオンが即興で組み上げたプログラムで作った仕掛け。少しずるい気もするが、バグの事を誤魔化すためと腹をくくる。


 歌に惑わされ動きが鈍りつつも、三頭竜は執拗にこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる。身体で行う直接攻撃は遠距離で防げるが、三つ首が放つそれぞれ異なるドラゴンブレスは相殺する様に弾かねばならないのが少し厄介。スコーピオンだけならば素早くトリッキーに動き回る事が出来るので問題無いが、ティンカーベルは歌い続けなければならないので避けるのは困難。歌う目的でしか使っておらず攻撃方法も魔法も持たないので、そんな彼女の事を守りながら立ち回らなければならない。


「やむおえん。来たれ我がしもべ、アンタレス!」


 サーバーに負荷が掛かるかもしれないが、スコーピオンはアンタレスを召喚して三頭竜とがっちり組み合わせる。両鋏で左右の首を捕え、真ん中の首は尾っぽの刺で対処する。巨大な二大モンスターが森林を破壊しながら重量級の格闘戦を繰り広げる。その騒乱にティンカーベルは一瞬だけ驚くが、直ぐに自分の責務に戻る。

 スコーピオンはアンタレスの背に乗り、三頭竜の胴体に素早く双剣の剣撃を斬り込み、襲われそうになると大剣へ斬り掛けて叩きつけ、飛び上がって大鎌に切り替えると上空から鎌刃の斬撃を振り下ろして首にダメージを与える。


 傍から見ると、とんでもない大バトルが行われているこの光景。この様子は参加者達にばっちりと伝わっており、皆大興奮していた。早くこの一大バトルへ自分も向かいたい、と。


 ――アンタレスで抑え込めてはいるけど、やっぱり小回りが利く人間大の戦闘要員がいないときついか……――


 そう考えていていると、突然眼前の樹木群から光が漏れて弾け飛んだ。誰かが、遂にこの最深部への到達者が現れたのだ。

 掴はしめたと内心思いつつ、到達者達の姿を確認する。


「随分と面白そうな狂乱の舞台を演出しているようだな、スコーピオン」


 銀色の長髪をたなびかせた男性アバターが、刀身の長い刀を携え不敵に笑う。


「アンタ、もうその姿で戦わないんじゃなかったのかい? スコーピオン」


 黒い長髪をなびかせ、銃剣を持った女性アバターが流し目で問う。


 スコーピオンはフードの下で苦笑いを浮かべる。好都合と言えば好都合だが、出来ればティンカーベルとの関わりを詮索してほしくない者達。


「……なんと都合が良いと言うべきか、それとも間が悪いと言うべきか……」


 最深部へと辿り付いたのは、ゼフィロスノワールだった。




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