Pickup:2

第2話 桜川那子は江坂悠李に僅かな望みをかけると決めた

 シンと静まり返った保健室では、そんな校内の喧騒が遠く聞こえていた。

 室内の片隅に設置されている一組の机と椅子。その主である桜川那子さくらがわなこは、金色に染まった髪を指先でクルクルといじりながら、見るからにやる気のない態度で座っていた。

 机の上に置かれた数学のプリントは、名前を書いただけで一問も解いていない。

 この春三年に進級した那子が保健室登校になったのは、二年生の二学期からだ。それまではなんとかクラスで授業を受けていたのだが、なかなか馴染めず、そのうち出席日数も危うくなり、最終的に取られた手段がこれだった。のだが……。

 学年も変わり、担任も変わり、更には校長まで変わった事で、那子の保健室登校も、このゴールデンウィークまでとなってしまった。これで出席日数が足りなくなれば、留年するか退学するかの二択しか道はない。そうなれば、快適な瞳子とうことの生活も、手放さなければいけなくなる。それだけはどうしても避けたい那子だった。

 瞳子というのは、那子の父の妹で、所謂、那子にとって叔母だ。堅苦しい親族だらけの中、昔からやんちゃをしていた瞳子は、現在もバツ2(子供なし)という破天荒ぶりで。そんな瞳子を小さな頃から慕っていた那子は、中学卒業を機に、家出同然で瞳子のマンションに転がり込んだ。

 大会社の社長令嬢に生まれた那子は、幼稚園受験をし、大学までの一貫校に通っていたのだが、何でも言いなりにしようとする親への不満が、抑えきれずに爆発したのだ。

 最初は大激怒していた那子の父も、新たに高校受験をし、無事卒業する事を条件に、瞳子との生活を渋々ではあるが認める形となっていた。

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