第1話 平野伊万里は今宮兄妹と出会った (8)

 ゴールデンウィーク前の金曜日、一年一組の教室はざわめいていた。五月中旬に、初めてのイベント、歩行遠足があるのだ。


「静かにして下さーい! 班と班長が決まったら、前に書きに来て下さい!」


 クラス委員の男子が教卓の前で声を張り上げ、同じく女子が黒板にチョークを走らせる。三十名のこのクラスで、五班から六班を作れと言う。しかも男女混合。


「ぜーったい! 伊万里と一緒じゃなきゃ嫌っ」


 萌果はそう言って伊万里の腕に絡み付いた。みんな自分の席を離れて、誰と一緒になるだのと騒いでいる。そこかしこでグループが作られていたが、二人には誰も声をかけてこなかった。


「班とか関係なくない? うちら二人で行動しようよ」


「さすがにそれは無理じゃ……」


 伊万里は苦笑いした後、背後の気配に気付き素早く振り返った。


「俺たちと一緒の班にならねぇ?」


 軽めな笑顔で声をかけてきたのは、伊万里が苦手なタイプのアイドル顔、高井田功たかいだこう。その隣にいるのは正反対な無愛想男子、八尾匡やおたすくだ。


「はぁ? なんで」


 伊万里をかばうように萌果が前に出る。功は笑顔を崩さずに、萌果へと一歩近付いた。


「他は大体メンバー決まったみたいでさ。ここでくっつかないと、あいつらと同じ班だよ?」


 あいつら、と功が指差したのは、囲碁将棋部のメガネ男子と漫画研究部の女子のグループ。萌果は別に彼らを好きでも嫌いでもないが、話は合わなさそうだと思った。


「この四人でいいだろ?」


 功に同意を求められた匡は、興味無さげに伊万里と萌果を見て頷いた。


「じゃ、班長は匡な」


「なんで俺が」


「頼んだ! はーい、班決まりましたぁ」


 強引に班長を押し付けられた匡は、渋々黒板に名前を書きに行く。その背中を見ながら萌果は、功に言った。


「言っとくけど、伊万里を狙ってるんならダメだからね」


「え、バレてた?」


 功の言葉に、伊万里は思わず目を見開く。


「って、ちげーよ。平野って男アレルギーじゃん?」


「アレルギーと言うか、苦手なの」


「おんなじだろ?」 


 萌果と功のやり取りを見ながら、伊万里は遠足を休みたい気持ちになってきた。


「伊万里、遠足休んじゃダメだよ?」


 見透かしたような萌果の台詞に、伊万里はなんとか笑顔を作って頷いた。

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