第1話 平野伊万里は今宮兄妹と出会った (7)
入学早々、三年生の間では萌果の事が話題になっていた。あの今宮律樹の妹が入学してきた、と興味津々で顔を見に来る者もいた。
早速萌果にアプローチしてきた男子生徒も、一ヶ月の間にはや三人。一年生二人、二年生一人。サッカー部、野球部、ラグビー部という面々だったがやはり撃沈。
『あなた、どのくらい強いの?』
付き合ってほしいと言う相手に、萌果はこう言い放つ。
『今宮律樹、知ってる?』
『もちろん! エビ高の今宮って言えば……って、まさか』
『そう。私も今宮って言うの』
『あ、あぁ。そうなんだ? 兄妹なんだね?』
『兄と勝負して、勝ったら考えるわ』
『ご、ごめん、俺ちょっと用事が……』
そうした噂は、嫌でも律樹の耳に入ってきていた。その度に冷やかされるのは面倒極まりない。
「おい律、妹ちゃんまた玉砕したんだって? サッカー部の松本って結構女子から人気あるヤツじゃん」
「知らん」
「つれないねぇ」
休み時間、律樹にじゃれつく悠李。そこに乱入して来たのは
「えっ、今宮くんの妹、まっつんに告られたの? すげー!」
「まっつん? あぁ、松本ね」
「アタシ、二年の時に振られたもん」
「お前もめげないよな、どんだけ振られても」
「へへ、ポジティブなのが取り柄なんで!」
悠李と夏成実が話しているのを、律樹はぼんやりと眺める。夏成実はカナダに留学していた事があり、周りとはちょっと違う雰囲気を持っていた。
「今宮くんもイケメンだよね! アタシと、どう?」
「は?」
「付き合っちゃおっか?」
「いい」
「んもー、冷たいっ」
呆れてそっぽを向いた律樹の横で、今度は悠李に矛先が向く。
「江坂くんはどう? 確か、今彼女いないよね?」
「あーごめん。俺、大人の女が好み」
「何よ、どいつもこいつも!」
プリプリして教室を出て行った夏成実を見送ると、悠李は律樹の肩を叩いた。
「なぁ、律。なんとかした方がいいんじゃね?」
「何を?」
「妹ちゃんだよ。萌果ちゃん」
「萌果が何?」
悠李は色白の細く長い指で、律樹の鼻先にツンと触れた。
「ブ・ラ・コ・ン」
「ブラコン?」
「あぁ。あれは相当だぞ」
「んな事言ったって……」
「お兄ちゃんが何とかしなきゃどうすんの? ありゃいつまでたっても彼氏出来ないよ」
律樹は頬杖をついて窓の外に目をやった。分かっている。年頃の妹、しかも普通より可愛い妹に、いつまでも彼氏が出来ないのは気にはなっているのだ。
「部活は見に来る、ファミレスにもついて来る、妹だけじゃなく律だって彼女出来ないじゃん」
「俺は別に……」
「空手が恋人とか言っちゃう?」
「言わねーって」
「高三にもなって、彼女の一人もいなくてどうするよ? なんなら誰か紹介しようか?」
「そういうのは……」
「じゃ、どういうのならいいわけ?」
「別に今すぐ、彼女が欲しいとかないし」
「あのさ、健康な十代の男が彼女欲しくないとかおかしいよ? もしやあれか? 二次元か、二・五次元か?」
「悠李、俺は……」
「あ、ライン来た。また後で」
席を立った悠李に、律樹は深い溜め息をついた。彼女が欲しくない訳ではない。だが、飢えている訳でもない。今はそういう気分じゃない、というのが正直な気持ちで。
萌果にもいつか彼氏が出来るだろう。その時にはちゃんと紹介してくれるだろうか。そんな事を思いながら、律樹は窓から見える白い雲の流れを追った。
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