第2話 桜川那子は江坂悠李に僅かな望みをかけると決めた (6)

 ――店長がどんな人か知らないけど、あんなバイト男子に面接を任せるなんて……。

 那子が心で悪態を吐いていると、さっきの男の子がやって来て、那子の前にドカッと座った。いかにも偉そうな態度が、那子の癇に障る。


「店長に面接代行を頼まれた江坂って言います。今日は店長が不在で申し訳ありません。持参した履歴書見せて頂けますか?」


「はい……」


 那子はバッグから履歴書が入った封筒を取り出して渡した。


「えっ!? 桜川那子って……。お前、桜川!?」


 いきなり馴れ馴れしい口調で言われ、那子は思いっきり怪訝な顔を向けた。


「髪色も髪型も違うから、履歴書の名前見るまで、全然わかんなかったよ。俺の事、知らない? 同じ学年の江坂悠李えさかゆうり


 見覚えのない顔でフルネームを言われても、那子には全くピンとこない。


「一年も二年もクラス違ったから、そっちは知らないか」


 悠李はあっけらかんと言い、悪戯な笑顔を向けた。

 ――同じ学校の、同じ学年の奴が、先にバイトしてたなんて……最悪。

 那子がバイトを断ろうと、口を開きかけた時だった。


「桜川って……。俺等より、いっこ上だったんだ?」


 悠李に言われて、ハッとする。こんな事なら、生まれ年を詐称すればよかったと、思ったところでもう遅い。一番知られたくなかった連中のひとりに、秘密がバレてしまった。よりによって、保健室登校が打ち切りになったこの時期に、だ。


「ちょっと、それ返してよ」


 那子の思考はちょっとしたパニックを起こして、バイトの面接なんて事は、すっかり頭の中から抜け落ちていた。

 那子が履歴書を奪い取ろうと手を伸ばすと、悠李はひょいとそれをかわして、意味深な笑みを浮かべる。


「採用決定」


「えっ?」


「取り敢えず明日からバイト入って。ゴールデンウィークで、人手足りないんだよね」


「ちょっ、勝手に決めないでよ」


「心配しなくても、秘密は守るから安心して。但し、桜川がここでバイトしてくれたら、ってのが条件な」


 究極の選択を迫られて、那子の心は揺れに揺れた。

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